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3話 カワイイ彼女

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「あの、早とちりしてごめんね…うわ恥ずかしい」
目の前の女の子はそう言いながら、苦笑いのまま自らの首を両手で覆った。

見たところ身長は僕よりも上、160センチ以上はありそう。
顔立ちもスッキリしていて、均整が整っている。
ちょうど首に覆った手にかかる程度の長さの髪は、トイレの照明によって艶やかな光を帯びている。美人だなぁ、と思った。
「や、あの、私もご心配かけました…」
僕はそう言って、他人行儀に愛想笑いを浮かべた。
一瞬「僕」と口にしそうになったが、それではあまりに不自然。少々堅苦しいが「私」がベターだ。
それよりも、女の子らしからぬ発言には気をつけなければならない。

そしてそんな二人の間に、たどたどしい空気が漂う。
僕の方は自分の喋り方に疑心暗鬼だし、彼女は余計なお節介を恥じている様子だった。

やがてそんな空気を嫌ったのか、彼女はいきなり話題を変えた。
「ところで、どうして泣いてたの?」
ストレート。なんとも答えづらい質問だ。
答えように困り、僕が言葉に詰まっていると、さらに彼女は追い討ちをかけてくる。
「もしかして、学校が楽しくない…とか?」
遠からず近からず。
直接の原因はそうではないが、しかし学校の事を考えて追い込まれていたのも確かだ。
反対のしようが無く、僕は「まぁ…そんな感じです」と濁す。

途端、彼女の表情は笑みを浮かべた。
「じゃあさじゃあさ、一緒に学校、サボっちゃおうよ?」
突然の言葉に、僕は思わず「え?」と聞き返した。
「実はあたしも今日は学校行く気分じゃなかったのよね。この際だし、思い切っちゃおうよ」

うーん、と唸る。話のテンポが早すぎて、頭の整理に時間がかかる。
心配されたと思ったら今度はサボタージュのお誘い。
物腰の柔らかそうな雰囲気を醸し出しているのに、なんて強引な人なのだろう、と思った。
僕らはついさっき顔を合わせただけの、赤の他人だというのに。

「や、あの、でも…」
でも?僕は自らに問いかける。
学校に行きたくない、それは本音だった。
まだ心がグシャグシャした状態で学校に行ったところで、満足に過ごせるという自身が無かったし、それに。
目の前の彼女の表情を見ていると、僕はなぜだか断れなくなっていた。
「でも…サボっちゃおうかな…」

僕のこの決断が良い方に転ぶか否かは、分からない。
むしろしばらくして後悔の念が押し寄せてきた。

しかし一方では、これで良いという気もするのだ。
流れに身を任せていれば、何とかなるかもしれない。
ケセラセラ。改札に向かって歩く彼女の後姿を眺めていると、そんな言葉が浮かんだ。




所変わってファーストフード店。
見慣れないこの店内の光景や雰囲気も相まってか、僕の思考はユラユラと漂っている感じ。
そんな中で、僕は2階から窓越しに駅前のロータリーを見つめていた。
視線を移せば溢れんばかりの人で一杯の、駅のホーム。そこを訪れては去っていく電車。
それがあまりに機械的というか他人事のように見えて、つい先ほどの生々しい記憶が幻であるかのように思えた。

そしてそれらをボーっと眺めていると、「おまたせ」という声と共に彼女が現れた。
抱えたトレイの上には、僕の分のジュースとポテトも。
「すみません」
「いいのいいの、あたしが無理やり連れてこさせたようなもんだし」
そう言いながら向かい側に座る彼女。

「ところでその制服、新都だよね?」
ポテトをくわえながら、彼女が興味深げに聞いてきた。僕は頷く。
「新都ってお勉強学校だもんねぇ…そりゃ辛くなるよね」
「うん、まぁ…」
とりあえずそういう事にしておく。
「でもあれよ。まだ1年生なんだから、これから楽しいこと一杯あるんだからね」
あれ?
言われて僕は、口に運びかけたジュースをそのままに手を止めた。
「あの、私…2年です…」
「えっ」
同じように、彼女も手を止める。

そして一呼吸置いて、紛らわすように笑いながら僕の肩を叩いた。
「やだもー、てっきり1年生だと思ってたじゃない。先輩風吹かせちゃって、バカみたい」
「や、でも3年生でしょ?先輩に代わりは…」
「違うよ。あたしも2年、おんなじだって。ほら」
そう言って彼女はブレザーの襟首を指した。「Ⅱ」と刻まれた小さなバッジが見える。
「だからもう敬語とか無しね。あたしってば思い込んだら激しいからさ、勘違いしてたよ」
彼女は先ほどから、笑いっぱなしだ。

何なんだろう、と思った。
喋らなければ凄く美人なのに…喋るからこそ、凄く可愛らしい。
それにこんなに大人っぽくて余裕があるのに、僕と同い年だなんて。

そのギャップが不思議に面白くて、僕はつい、声を漏らした。
思えば今日初めて笑ったかもしれない。

「あ、笑ったね?」
イタズラに微笑む彼女。でもそっちの方がカワイイよ、と続けた。
「か…可愛い?」
「うん、カワイイ。さっきの不安そうな顔してるより、ずっといいよ」
「そんな顔してたかな」
「してたしてた。もう、こんな感じ」
そう言いながら彼女が指で「´ `」と下がり眉を作ると、店内に二人の笑い声が響いた。


「ねえ、名前教えて。あたしニワメグミ。タンバの丹に羽で、メグミは漢字一文字で恵ね」
―丹羽恵。
「私は…シイナユキコ、椎名に雪子」
まるで偽名を使っているような、もしくは劇中で役名を名乗っているような感じがして、どうにもムズムズした。
でも僕はユキコという役を演じる役者。
そう思えばこそ、僕を縛り付けていた緊張は、自然と緩む。

「ちょ、それ説明になってないじゃん」
恵の言葉が可笑しくて、僕はまた笑った。

そのカワイイ顔で、愛らしく。
3

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