トップに戻る

次 >>

まとめて読む

単ページ   最大化   

バスケ好きな少年が、夢をかなえる日
ごむまり

1話「やらないか」

 これはとあるバスケ好きな少年が、田臥選手に続く日本人NBAプレイヤー第2号になるお話…になるハズ。
 しかしその少年は中学2年生の今現在、吹奏楽部に所属していた。
 
 なぜなら彼、瀧田いつき(たきたいつき)は幼少の頃よりピアノを習っており(今は引っ越してピアノ教室が遠くなったため習ってはいない)、音楽好きであったため、流れで吹奏楽部に入部、ホルンを吹いておりなかなかの腕前である。
 だが吹奏楽部をバカにしてはいけない。
 運動部ほどではないにせよ、息を思いっきり吸って吐いての繰り返しは、かなり体力がいるものである。
 さらにあのデカいティンパニやらバスドラムやら、チューバやらを運ぶのは引っ越し業者ばりの労働なのだ。
 ただいつきの所属する岩平(いわひら)第一中学校吹奏楽部は、実際のところ大して上手くはない。間もなく夏のコンクールが行われるのだが、おそらく今年も地区大会銀賞(野球とかで言うと、最初の大会で2、3回戦負けくらい)がいいところであろう。

 吹奏楽部の練習場所である、3階の音楽室からは運動場やプールが眼下に見下ろせる。
 「あー、あっっつい!プールいいよねー!」
 などど、水泳競技の練習の過酷さを知らないお気楽な部員はのたまったりするものである。
 いつきも合奏練習の合間の休憩中少しでも涼をとるため窓際に移動し、眼下のプールに視線を移す。
 「お、あれ賢哉じゃん。」
 いつきの同級生、藤島賢哉(ふじしまけんや)が25mプールを背泳で颯爽と泳ぐ姿が目に入った。
 もちろんその他にも、女子部員の競泳水着姿なども目に入っているが、それは彼の脳内のお楽しみである。
 
 「お前ら、あんま上から見てんじゃねーよ。」
 練習終了時刻が同じだったためか、いつきと賢哉は校舎の前で鉢合わせた。
 「しょーがねーだろ、暑いんだよ。プールしか見るとこないし。」
 「んなこと言って、お前はホントは女子を見てんだろ。」
 「ちげーし。」
 彼らはかなり仲が良い。部活もクラスも違うが、家も近くなにより気が合うのだ。
 「お前んとこ、大会もうすぐなのか?」
 「ああ、今週末コンクール。水泳部はもう終わってんだっけか、大会。」
 「おう。県大会止まりだったからな、個人も団体も。もうすぐプールも終わって自主トレ期間だよ。」
 ほとんどの部活が今日の練習を終えたようで、グラウンドに生徒の姿はまばらである。
 しゃべりながら歩いていると、グラウンドの一番校舎側に設置されたバスケットゴールの横にさしかかった。
 「あー、バスケしたいなあ。ボール持ってくりゃよかった。」
 「ホントだな。この時間にならないと使えないからな。」
 「コンクール終わったら、放課後やろうぜ。賢哉ももうすぐ暇になるんだろ?」
 「ああ。そうすっか。」

 実はいつきはバスケにとても興味がある。
 ス○ムダ○クの影響などというミーハーなものではなく、衛星放送で流れてくるNBAの試合を見ることが、家での大きな楽しみだった。
 この頃のNBAはマイケル・ジョーダンがリーグを席捲していたが、それを追随するライバルたちにも魅力あふれる選手が多かった。
 いつきは少々ひねくれているところがあるため、ジョーダンよりも対戦相手などを応援する傾向があった。
 特に応援していたのはレジー・ミラーとパトリック・ユーイングだった。
 しかし実際にやるとなると、学校のゴールを一人で使うというのは、けっこう気恥ずかしい。
 そのためいつきはボールを買って持っていたが、なかなか使う機会がなかった。
 今回道連れを作ったことで、気兼ねなくバスケが出来ることになり、いつきは少々浮かれ気味だった。

 そうこうしているうちに出場した吹奏楽コンクールは、地区大会銀賞という予定調和に終わった。
 何を演奏したのか、どこの学校が金賞をとったかなどは、この話が吹奏楽話ではないことから、描写されることは、ない。

2話「才気の片鱗、ただしほんの少し」

 「あれ、お前ら何やってんのー?」
 いつきらと同学年で、陸上部の江藤徹(えとうとおる)が声をかけてきた。
 「見りゃーわかんだろ、バスケだよ。」
 「ふーん。お前らバスケ部じゃなかったよなあ?」
 陸上部のたまり場がバスケットゴールの設置してある場所から近いこともあり、当然彼らからは目につきやすい。
 「俺も混ぜてくれよ。練習終わったんだ。」
 「おういいぞ。ホレ。」
 賢哉は言うが早いか、江藤にパスを出した。
 「ほっ」
 ワンドリブルついて放った江藤のジャンプシュートはリングにはじかれる。
 「やっぱなかなか入らんなー。」
 しかしいつきはそのシュートフォームにどこか見覚えがあった。
 「いや、お前今のシュート、フォームいいな。自己流か?」
 「バカ野郎、今バスケといったらアンファニー・ハーダウェーだろ。」
 「やっぱペニーか。」
 ペニーことアンファニー・ハーダウェーは一時期ジョーダンに最も近いと言われた、華のあるプレーヤーだ。
 「よーし、じゃあ俺はユーイングだ。見ろ、必殺のターンアラウンド!」
 そう言うといつきはゴール近くにいる賢哉に対し、ポストアップから大きくサイドライン側にグラインドし、シュートを放ち、ボールはリングに吸い込まれた。
 「うげー、お前よくそんな体勢から入るよな。」
 「ホントだよ。すげー。」
 気をよくしたいつきは、調子に乗って次々に脳裏に焼きついたNBA選手の技を試す。
 「オラジュワンのフェイダウェイ!」
 「マジックのベビーフック!」
 「うおおジョーダンクラッチぃぃ!!」
 ジョーダンクラッチというのは、ジョーダンのダブルクラッチ、特にあの有名な空中でボールを持ち替えて打つものを、いつき達が勝手にそう呼んでいたものだ。
 もちろんこれらのムーブやシュートは、NBAのスーパースター達の体力、技術、経験が合わさって完成した、分かっていても止められない必殺技だ。
 なので、今のいつきがやっても単なるそれらしい動きである。
 ダブルクラッチなどは最たるもので、相手ディフェンダーもいないのにやってもただの無駄な動きだ。
 だが、バスケットのオフェンス、とりわけ1on1において重要な要素の1つに、ディフェンスの予想を超える動きでゴールに迫ることが挙げられる。
 また、どんな体勢からでもゴールを狙うことができるのは、それだけでディフェンスにとっては脅威だ。
 そしていざ本番の試合で、相手ディフェンスを前にした時、いくらクリエイティブな動きをしても、それを練習で何度も何度もやったことがなければ、シュートなど入りはしない。
 まだいつきはそこまで考えてやっているわけではなく、ただただ楽しいだけなのだが。
2, 1

  

3話「最初の大会、自信と敗北 1」

 「ナカムラスポーツの張り紙、見たか?」
 いつき、賢哉、徹の3人はそれぞれの部活が終わった後、バスケをしに集まるのが日課になっていた。
 「おう見た見た。3on3の大会だってな。」
 賢哉と徹は運動部であるため、スポーツ用品店にはしばしば通っている。
 「えーマジで。そんなんあるのか。出ようぜ。」
 秋になり、日が暮れるのが早くなってきた。
 当然、この3人のためだけにグラウンドがライトアップされることなどないので、必然的に放課後のバスケの時間はこのところ少なくなっていた。
 3人のところには外部活で顔見知りの生徒が寄って来て、一緒にバスケをすることもあったが、バスケットボールというのは意外に難しく、連日やっている3人と互角にプレイできる生徒は、いなかった。
 岩平一中にはもちろんバスケ部もあるが、体育館は少し離れたところにあるため、彼らの目につくことはなかった。
 3人はボールが見えなくなってきたので終了し、地元のナカムラスポーツを訪れた。
 「この用紙に記入してね。」
 いつも店番をしている白髪の店長が、3on3大会の参加申込用紙を差し出した。
 「お、チーム名だってよ。何にする?」
 受けとった賢哉が一番上の項目を見るや、口を開いた。
 「そうか、チーム名がいるのか。」
 「あかん、俺こういうの全然思いつかん。」
 徹はお任せといった仕草で、問題を他の2人に投げたようだ。
 いつきは周りを見渡した。
 ちょうど目に入ったのは、緑色に光り輝く走る人間のシルエット。
 「非常口…」
 いつきは思わずつぶやいた。
 「は?」
 「いや目についたから。」
 「お、いいんじゃね、非常口。」
 意外にも思考放棄していた徹がのってきた。
 「アホかお前ら。ダサイだろ。」
 もちろん賢哉のこの感覚の方が正常である。
 「じゃあ英語にしようぜ。なんて言うんだ、英語で非常口。」
 あくまで肝心なところを他人任せな徹であった。
 この中で勉強が一番できるのはいつきだった。しかも英語は得意ときている。
 「えーと、イグジット…だっけか。イグジッツ。どうだ?」
 「おー、なんかそれっぽいな!」
 「いいんじゃね?」
 こうしてイグジッツの大会参加は極めて軽いノリで決まったのだった。

 大会は岩平一中から10kmほど離れた、市営の体育館で行われる。
 ナカムラスポーツからシャトルバスが出るということだったので、いつき達はそれに乗っていくことにした。
 マイクロバスにはいつき達の他に高校生くらいのチームと、小学生らしいチームが1組ずつ乗っていた。
 「そうか、年齢制限ないからな。小学生とあたることもあるのか。」
 「そりゃそうだが、地元の社会人チームも出るらしいぞ。あたったら、たぶん終わりだな…。」
 「バカ野郎、社会人がなんだってんだ。負けやしねえぞ、なあいつき。」
 賢哉はとても負けず嫌いだ。
 「ああ、そうだな。」
 (試合で悪い方向に出なきゃいいけどな…。)

 会場には大きなトーナメント表が貼り出されていた。
 イグジッツの初戦の相手は、庄内中ボーイズとある。どうやら同じ男子中学生のようだ。
 3on3はハーフコートでできるため、4面で4試合同時に進むという、タイトなスケジュールだった。
 審判は参加チーム同士で行う。
 老若男女参加可能な大会のため、得点ルールが少々風変わりだった。
 男子のフィールドゴールは1点、3Pラインから外なら2点。
 女子はその3倍の得点、つまり通常で3点、3Pなら6点入るというルールである。
 女子の参加者は、それほどいないようだったが。

 まともな試合など当然初めてのいつき達の導き出した作戦は、「いつも通り」やることであった。
 賢哉は足が速く、ドリブルのスピードも一番であるがミドルシュートはそれほど得意ではないため、PG(ポイントガード)の役割をする。
 徹はハンドリングが良くボールを奪われにくい。シュートモーションも速いので相手の意表をついたジャンプシュートを得意とする。
 いつきはこの3人では一番背が高いので、ゴール付近でのプレイが多くなるだろう。
 やがてイグジッツの、いつきの人生最初の試合の時間が訪れた。
4話「最初の大会、自信と敗北 2」

 迎えた初戦。
 先攻はイグジッツ、ボールをもらった賢哉がいきなりのドライブイン。
 意表をつかれた相手を完全に抜き去り、レイアップで1点を先取する。
 これで動揺したか、相手のぎこちないドリブルを徹がカットし、マイボールにする。
 イグジッツは賢哉がボールを運ぶうちにいつきがゴール左ローポスト付近に移動、すかさずボールが入る。いつきはボールを持つと間髪入れずスピン気味に左手でドリブルしゴール下へ。そこからのフェイクをイメージしていたが、予想外にマークを振り切ってしまったためそのままシュート。イグジッツ2点目。
 ここまででいつき達は、この相手の庄内中ボーイズの3人は自分たちと同じでバスケ部員ではないということを、うすうす感じとっていた。
 賢哉のマークマンは攻撃時最初にボールをタッチする役目だったが、賢哉のようにドリブルでゴールにせまるスキルはないので、取られないようケアしながらパス相手を探す。
 いつきのマークマンがかなり高い位置でボールをもらい、1on1の形に。いつきはわざと少し離して、その場からのシュートを打ちやすくする。相手はそれを見てセットシュート。
 いつきの目論見どおり慌てて打ったシュートはエアボールになったのだが、ちょうど徹のマークマンがそこに走りこんでおり、アシストパスになってしまう。ゴール下冷静に決めて2-1。
 イグジッツは賢哉が簡単にドライブできなくなったのを見て、徹がスクリーンに。ピックアンドロールを仕掛けるが、相手がスイッチしたためスクリーナーの徹にパス。
 スイッチした相手が小柄なのを見て、徹は得意のジャンパーを打つ。これはリングにはじかれるが、リバウンドがいつきの元へ。
 いつきがややゆっくりしたシュートモーションに入ると、ディフェンスが2人寄ってきた。すかさずゴール下まで入ってきた徹にパス、今度は落ち着いて決めて3-1。
 この後お互いのオフェンスでシュートを外し1回ずつ攻守交代。
 次のディフェンス、制限時間30秒ぎりぎりのシュートはみえみえで、いつきが楽々ブロックしマイボール。
 イグジッツの攻撃、高めの位置でボールを持ったいつきは左向きにワンフェイク入れ右からドライブ。マークは外れきらないが構わず、体をマークマンに預け気味に右手でランニングフックシュート。バックボードを弾いてリングに。これで4-1。
 この後いつきがもう1点。庄内中ボーイズはゴール下の混戦から1点返すが、賢哉が再び最初と同じレイアップで加点したところで試合終了。6-2でイグジッツの勝利となった。

 「うちのバスケ部の連中、見てたな。」
 試合後、切り出したのは徹だった。
 「ああ。あいつらも出てるんだな。」
 「F組の田中もいたな。あいつ県選抜メンバーだぜ。」
 「へー、そんな上手いのか。まず背高いしな。」
 田中というのはいつきの隣のクラス、F組の生徒だ。バスケ部キャプテン、実力もかなりのものだという話は知っていた。
 「まあ、今日は当たることはないだろうけどな、組み合わせ的に。」
 「それより俺らけっこうイケルんじゃね?この調子でいこうぜ!」
 「おう!」

 「おい、あいつらウチの生徒だろ。」
 「ホントだ。藤島と江藤と・・・もう一人誰だ?」
 「E組の瀧田、あいつ吹奏楽部だろ?なんでバスケやってんだ。」
 一中バスケ部チームの面々がいつき達に気づいたのは、試合開始しばらくしてからだった。
 「へー、けっこうやるじゃん。なあ、和弥。」
 「ん?ああ、そうだな…」
 田中和弥はいつき達の試合に見入っていたため、反応が少々遅れた。
 (瀧田?吹奏楽部?しかしあの動きは…)
 ちょうどいつきがフックシュートを決めた頃だった。
 和弥は岩平第一中バスケ部のエースだ。身長178cmは中学バスケでもそこまで高身長ではないが、センターとして県内でも有数の実力者として認められており、県選抜にも選ばれている。
 そんな和弥が釘付けになったのは、およそ基本からかけ離れたいつきの動きだった。
 (瀧田…か。)

 第2試合の時間になり、コートに対戦相手が現れたが、相手の姿を認めた徹は愕然としてつぶやいた。
 「うわ、当たっちゃったよ…。」
4, 3

  

5話「最初の大会、自信と敗北 3」

 「身長なんか関係ねえ、勝つぞ!」
 イグジッツの次の相手、ジョンソンズという名のチームは、行きのバス内で話していた地元の社会人チームだった。平均身長はいつき達より20cm近く上回っている。
 賢哉は息巻いたが、はっきり言って勝てる相手ではなかった。
 試合は一方的なものになった。
 3人は体格差でゴリゴリ中に詰められ、簡単なゴール下のシュートを次々決められてしまう。
 オフェンスにしても、中に入ればどのようにシュートを打とうとしてもブロックにかかる。そして、無理して自分のレンジ外から打つシュートはことごとく外れた。
 特に身長の低い賢哉は狙われ、ディフェンスでイライラを募らせた。
 「くっそ、やってらんねえ!」
 8-0とされた終盤、賢哉はオフェンスでもアタックを早々に諦め、いつきにボールを渡した。
 (何とか、何とか1点でも…!)
 高い位置でボールを持ったいつきに、190cm近いマークマンがマッチアップする。
 (抜くしかない!)
 ドリブルを開始したいつきは右に強いステップを踏んで抜きにかかるが、相手の長い腕のチェックから逃れきれない。
 次の瞬間、左足を軸に体をくるりと反転しロールを敢行する。意表を突かれた相手と並走する形でゴールへ。だが身長20cm差では、普通にレイアップにいってもブロックされる危険がある。
 いつきはわざと少し手前、ゴール正面左でジャンプストップし、シュートフェイク。ここで相手の足は止まった。残した左足でゴール下に向かってジャンプ、窮屈な体制から右手でシュートを決めた。
 この後また1点とられた時点で試合終了。9-1でいつき達の完敗となったのだった。

 「くっそ、卑怯だろあんなのよ!」
 賢哉はかなり悔しそうだったが、いつきはある程度の手ごたえを感じていた。
 (俺のプレーは通用するんだな。)
 負けたチームのために帰りのバスの早便が用意されていたので、3人はそれに乗って帰ることを決めた。

 帰る前に1試合だけ見る時間があったので、ジョンソンズの第3試合を見ることにした。
 3人はそこで驚くべき光景を目にする。
 きれいな弧を描いたシュートがリングに吸い込まれると、ジョンソンズのメンバーは絶望的な表情を浮かべた。
 そのシュートとは、3Pシュートである。しかも入った得点は6点、それが2本立て続けで、試合開始早々に12-0とされていた。
 そう、相手は女子チーム。スコアボードには庄内中女子バスケ部とあった。
 「ナイッシュー真理子!」
 2本の3Pを決めたのは同じ選手だ。
 男性チームであるジョンソンズはこの後3Pでも6本、通常のフィールドゴールでは12本も決めなければならなくなったのだ。これはいくら実力があっても、時間的に無理であった。
 いつき達を完膚なきまでに敗北させたジョンソンズは、この試合で敗退した。

 「女子すげーな。」
 「ああ、シュートが上手い。」
 「やっぱバスケ部は違うよなー。」
 3人は帰りのバスの中で今日の自分たちのプレーや、女子チームの勝利について話し合った。
 「今度はあの大人に勝ちたいよな。」
 「おう、絶対勝つぞ。」
 「お前らマジかー。」
 いつきと賢哉はリベンジに燃えていたが、徹はやや消極的なようだ。
 初めての大会は、3人にいろいろな想いを植え付けたが、こうしてあっさりと終了した。

6話「体育のバスケ」

 3年生になり、それぞれの部活は最後の大会を終え、引退していた。しかしバスケはボールとゴールがあればできる。
 今では部活のなくなった休日も全てバスケに費やしているほど、3人はますますバスケにハマっていた。
 「そういや体育の授業、次バスケらしいぞ。」
 相変わらずこういう情報を持ってくるのは徹である。
 「なにい、マジか!?」
 「うおー、ワクワクするな!」
 特に吹奏楽部ということで運動オンチと思われがちないつきにとっては、勝手に着せられた汚名を返上する絶好の機会である。
 賢哉や徹にとっても、もちろん畑違いと思われているバスケで実力を披露できるのは楽しみだったが、2人は周りから運動神経が良いと認識されているため、さほど驚かれることはないだろう。
 体育の授業は2クラス合同男女別で行われる。
 A組、C組、E組とキレイに分かれている3人はすなわち、同じチームにも対戦相手にもなり得ない。
 「いつき、お前F組の田中とやるかもな。」
 「ん?ああそうか、そうなるな。楽しみだ。」

 体育の授業においては、その競技の部活動に所属する生徒の配置がチーム分けの要だ。
 バスケにおいても、体育の授業のわずかな時間では、一般の生徒はゴール下のシュートすら確実に決められるようにはならない。
 4人でディフェンスし、ボールを奪ったらバスケ部員がワンマン速攻で得点するという光景は、日本中の学校で見られるものだろう。
 いつきのクラス、E組は体育の授業をF組と合同で行う。
 2クラスごちゃまぜにしたうえで、バスケ部員を各チームに分配していくのだが、4チーム作るのにバスケ部員は2クラス合せて3人しかいなかった。
 ここで、いつきはあえてバスケ部員のいないチームに入った。F組所属のバスケ部エース、田中和弥と対戦するためである。そしてその日はすぐに訪れた。

 「おーい田中ぁ、卑怯だぞ!」
 その長身は日常生活においても目立つため、和弥がバスケ部の実力者であることは全校生徒が知っていた。
 体育の授業でその有名人が本気をだし、素人である他の生徒のシュートをブロックしまくったりしたら、何を言われるか分からない。
 今もただゴール下正面の位置、ゾーンディフェンスの中心としてただ立って腕を広げているだけでそんな野次が飛んでくるのである。
 (まあ、俺が本気出したらみんな引くよな…)
 そんな思いから、散漫なプレーをしていた和弥の目を覚ましたのは、目の前でボールを持った男の信じられない動きだった。

 いつきはフリースローラインほぼ中央、和弥の目の前でボールをもらうと、迷わずドリブルでその長身に向かってつっこんだ。
 「おい、あいつ田中に向かってったぞ!」
 「無茶だろ!」
 しかしいつきには和弥が油断し、ヒザが伸びているのが見えていた。
 和弥が臨戦態勢をとるのも間に合わず、いつきは和弥の左脇をスルリと抜け、そのままレイアップで得点した。
 「うおー、なんだアイツ!?」
 「誰だ?何部だ?」
 「瀧田だってよ!」
 「マジか、ブラバンだろアイツ!?」
 …関係ない話だが、吹奏楽をブラバンと呼ぶのは全くの間違いである。
 ブラバンとはブラスバンドの略で言っているのだろうが、ブラスバンドはブラス、すなわち金管楽器のみで編成されたいわゆる金管バンドのことで、木管楽器と金管楽器の混声である吹奏楽は、ブラスバンドとは全く別物なのだ。
 つまり野球とソフトボールくらい違うものなのだが、音楽にあまり関心がなければどうでもいい話であろう、失礼した。

 「おい田中、やられたなー。」
 オフェンスになり、ボールを運ぶ生徒に声をかけられ和弥は我に帰った。
 「そうか、瀧田…アイツか。」
 いつきは当然このチームでは一番ディフェンスがいいので、ゾーンディフェンスの先頭に立って積極的にインターセプトを狙っていた。
 和弥はギアを入れ替え、中で手を上げてボールをもらうと、すかさずディフェンスの薄い個所からカットインして簡単にシュートを決めた。
 「おいおいバスケ部本気じゃねーの?」
 「さっきやられてムカついたんじゃね?」
 体育館は片面を女子が使っているため、1コートで試合をし、残りの半分の男子は試合を見学している。
 男子というのは根底ではみな同じなのだろうか、普段あまりスポーツに興味がなさそうな生徒でも、集まって見ていると盛り上がるものである。
 いつきはオフェンス時、なるべく他の生徒にシュートを打たせようとパスする相手を探しているが、たいていの生徒はすぐにドリブルをやめて足が止まり、袋小路にはまって助けを求める。
 今回もゴール右のサイドラインギリギリで助けを求めた生徒からパスをもらう。
 ゴールからは右ななめ45度、3Pライン一歩内側でボールを持ったいつきは、ゴールとの間に和弥しかいないことを確認した。
 (来るか。)
 和弥は自分とその先のリングを見据えるいつきの視線に動かされ、とうとう100%本気のディフェンス体勢に入ったのだった。
6, 5

  

7話「静寂」

 (スキがない…さすがだ)
 ドリブルを開始したいつきは左腕を前に張り、ボールを遠ざけながらややゆっくり和弥に接近した。
 ゴールからはまだ距離がある。この距離はセットシュートなら入れる自信があるが、足を止めたら一気に距離を詰められブロックされるだろう。
 いつきは視線と肩を右に振ったのち、左サイドに強くボールを突き出したが、するどく反応されたため慌ててボールを左手から右手に戻した。
 (抜けない…それなら!)
 いつきは先ほどパスをもらった生徒に一度ボールを戻した。そして一度和弥に体を接触させてから振りかえり、今度はポストアップの体勢に入った。
 「うおーアイツやる気満々だぞ!」
 「田中ー、身の程を知らせてやれ!」
 ボールが再びいつきの元に入るのに時間がかかり、オフェンスの時間は残り数秒だった。
 ボールを持ったいつきは左足を下げて一旦和弥と正対する。すぐさま今度は左にフェイクを入れてから右にドリブル、和弥は反応していたが、いつきは更に右へ進むフェイクでドリブルするボールを左手に叩きつけて止め、ボールを抑えると同時に右足を後方に伸ばし、それを軸にして大きくターンアラウンド、すかさずシュート体勢に入る。
 (ターンアラウンドジャンパーだと!?コイツ本当に…!!)
 和弥は意表を突かれたが何とか反応、ブロックに行くために体を伸ばす。
 その伸びた体の左脇―
 いつきはシュートにはいかず、左足で床を強く蹴り、体をかがめて和弥の左脇をすりぬける。
 この動きを追う足は、もう残っていなかった。
 (やられた…)
 窮屈な体勢から左足一本で飛ぶ、ノーマークだが難しめのシュートになったが、いつきはこれを沈めた。

 はっきり言って、周りの生徒は状況が理解できていなかった。
 田中和弥は一中バスケ部の絶対的エースであり、まして県下でも有数のセンターと認められている選手だ。
 その和弥が、体育の授業で、吹奏楽部の生徒に翻弄されている― 
 そんなことが、にわかには信じられなかったのだ。
 いつきのプレーに、見学者はもちろん試合中の生徒、さらには審判をしていた体育教諭でさえも、言葉を失っていた。
 「瀧田、勝負しろ!」
 静寂を破ったのはほかでもない、和弥の叫びだった。
 今この体育館にいる者の中で、実は和弥だけはいつきのプレーに驚いてはいなかった。
 昨冬の3on3大会で見たプレーが、しっかり頭の中に刻まれていたからである。
 しかしそのことと、バスケ部エースである自分がやられっぱなしでいいのかということは、全くの別問題であった。
 普段の学校生活ではむしろおっとりしており、バスケの試合中もチームプレーを重視するアンセルフィッシュなプレーヤーだが、彼の技術を裏付けるものはまさにバスケに対する情熱、プライドだった。
 こんなところで、負ける訳にはいかないのだ。

 和弥は自分でボールを運んだまま、トップオブザキー(ゴール正面3Pラインのやや内側)で止まる。
 身長差は10cm、その場からのシュートでもなんとか妨害できるよう、いつきは距離をつめた。
 チェンジオブペースから、和弥の体が左に揺れる。そのままカットインを試みる和弥に対し、いつきは低い姿勢を保ってついていく。
 不意に和弥の動きが止まる。いつきはまだ自分の動きの慣性に逆らえ切れていない。素早いモーションで放たれたミドルシュートが、リムを弾いてネットに吸い込まれた。

 シンプルだが無駄のない洗練された動き。
 いつきと和弥のプレースタイルは、対照的だった。
 あっさりとやられた感のあるいつきだが、内心はこれまでにないほどワクワクしていた。
 周りからの驚きの視線を感じていたこともあるが、何よりももっといろんな技を試したい、いつまでも勝負していたいという気持ちがあふれんばかりであった。
 しかしそこは所詮体育の授業、この後は周りの生徒にもボールを回し、ゆるやかに試合は終わりを迎えた。

 「瀧田、お前なんでバスケ部入らなかったんだ?」
 授業が終わり教室へ戻る途中、渡り廊下で和弥は声をかけた。
 「え? なんでって…なんでだろうねえ。」
 言葉通り、いつきには明確な回答はなかった。ただなんとなく、自分の能力を活かせるのが吹奏楽部だろうと思っていただけなのである。
 「まあ、今はバスケの方が好きなんだけどねー。」
 「どっかでやってるのか?」
 「ああうん、主に外のゴールで。」
 運動神経のいい人なら、専門外のスポーツもそつなくこなすことは、よくあることだが、いつきは明らかにそれとは違う。そのことがより一層和弥には不思議に思えた。
 「もったいないな。高校ではやるんだろ?」
 「バスケ部?うーん、そうだねえ。そのつもり。」
 いつきは思いがけない和弥の言葉に、今まで考えていなかったことなのに即答してしまった。
 (バスケ部…か。)
8話「進路」

 「田中と互角の勝負したらしいな。」
 「おう俺も聞いたぞ。やるなー。」
 いつものバスケの時間、賢哉と徹からひとしきり祝福を受けた。どうやらこの話は学年中広まっているようだ。
 「でもやっぱ上手いな、田中君。全然ディフェンスできなかった。」
 「そりゃそうだろー。バスケ部だぞ。」
 「終わった後とか田中に何か言われたか?」
 賢哉がシュートを打ちながら訊ねた。
 「ん?ああ、何でバスケ部入らなかったんだって。あと高校ではやるのかとも。」
 「高校かー。そういえばお前らどうするんだ?俺は西工の推薦受けるけど。」
 徹はすでに隣接する市にある、名西工業高校の推薦入試を受けることを決めていた。
 「俺は庄内北かなー。ギリギリだけどな。」
 賢哉も一般入試の志望校は決めているようだった。
 いつきはそれなりに成績もよく、教師にも両親にも進学校に進むと思われていたが、本人は迷っていた。
 「高校行ったら、部活どうする?」
 いつきは訊ねた。
 「俺はバスケ部だぞ。水泳はもういいや。」
 賢哉は即座に答えた。
 「俺もバスケ部入るぞ。高校で勝負だな。」
 「おお、いいなそれ。負けねえぞ。」
 徹もバスケ部に入る決意をすでに固めているようだ。
 「そっかー。俺は…」
 いつきはまだ迷っていた。
 バスケは、大好きだ。
 だが自分が高校で一番打ち込まなければならないことは何なのか。
 勉強なのか、部活なのか。部活はバスケなのか、吹奏楽なのか―
 「いつきは迷うだろうな。まあ、よく考えろよ。お前は俺らと違って頭もいいからな。」
 諭しているわけでもない。
 説得するわけでもない。
 だが今のいつきにとっては、この上ないほど適切な賢哉の言葉だった。
 「ああ、そうするよ。サンキュ。」
 「まあ、バスケはいつでもできるしな。」
 徹もそう付け足した。

 やがて志望校選択の期限がせまった頃、いつきは庄内北高校の受験を決めた。
 勉強はするが、むしろ部活を思いっきりやりたい。
 ランクの高い進学校では、あまり部活ができないかもしれない。
 賢哉も受験することは抜きにして、いつきとしては考えに考えた末の決断だった。
 やりたい部活は

 バスケットボール部だ。

 面接指導や受験する高校までの交通機関の下調べなど、同じ高校を受験する生徒が学級の枠を超えて集められる機会が何度かあった。
 そこには賢哉とともに、見なれた長身の男子生徒の姿があった。
 「田中君、庄内北なんだ。」
 「おお、瀧田。お前もか。」
 「田中ー、合格したら俺達バスケ部入るからよろしくな。」
 「藤島もか。面白くなりそうだな。」
 「まあ、その前にきちんと合格しないとな。」

 まだ肌寒い3月の晴れた日、岩平一中からは合計8人が県立庄内北高等学校を受験した。
 残念ながら8人中1人だけは不合格だった。
 その1人とは、バスケ部志望の男子では、なかった。

 満開の桜が、つい数日前まで中学生だった若者たちを迎え入れる。
 瀧田いつき、藤島賢哉、田中和弥。
 岩平一中から、3人が庄内北高校バスケ部に入部することになった。

8, 7

  

9話「高校バスケ少年」

 庄内北高校は全体として、部活動がそこまで盛んなわけではない。
 バスケ部に関して言えば、県内高校バスケの王者で全国大会でも上位に食い込む中日学院大高校に優秀な選手が集まる傾向があり、慢性的に部員不足だった。
 いつき達が入部した時、部員は3年生2人、2年生2人の4人しかいなかった。冬の大会には出場できなかったという。
 そんな中でも、キャプテンの田村清二(たむらせいじ)は部員を励まし続け、唯一残った同級生の西山修(にしやまおさむ)と共にしっかりと練習を続け、この春を迎えた。
 残りの部員は2年生の近藤良助(こんどうりょうすけ)と飯島千春(いいじまちはる)。
 1年前からエースはフォワードの近藤である。
 そこに入部した一年生はいつき、賢哉、和弥の岩平一中トリオと、庄内中でバスケ部だった森大介(もりだいすけ)の4人だけだった。

 「よく入部してくれたわねー。これで夏の大会参加できるね。」
 ジャージ姿の顧問、高見郁子(たかみいくこ)が両手を腰にあてたまま、2、3年生新入部員が対面して整列しているバスケ部員の前で言った。
 庄内北高には1年前からバスケ経験者の教諭がおらず、若い英語教諭の高見が顧問にあてがわれていた。
 「じゃあまず自己紹介してもらおうかな。新入部員、出身中学部活その他、よろしく。」
 高見はバスケ経験こそないが、体育会系のサバサバした性格だった。
 「藤島賢哉、岩平一中出身、中学の頃は水泳部でした。足の速さには自信あります。」
 トップバッターは賢哉、初心者扱いするなと言わんばかりの、堂々とした口上だ。
 「えっと、瀧田いつきです。岩平一中出身です。中学時代は、えーと、吹奏楽部やってました。」
 にわかに上級生組がざわつく。
 田村は西山に何かしら耳打ちしたが、西山はあまり取り合っていない様子だ。
 近藤は苦笑、というか少し鼻で笑ったように見えた。飯島は笑顔でへぇーとつぶやいた。
 「ただバスケはすごく好きで、えーと…よろしくお願いします。」
 特にバスケをしていたとか、そういうことは言わなかった。
 ある程度の自信が、ないわけではない。しかしいつきにとっては、運動部すら初めての経験になる。
 下手に生意気なことを言うことは、はばかられた。
 「えーと、自分は田中和弥、岩平一中で―」
 「ああ、田中君ね。みんな、この子は県選抜に選ばれた子よ。即戦力ね。」
 和弥の自己紹介は高見にさえぎられてしまった。
 上級生たちも、いつきの時とは明らかに反対の意味で何かつぶやいたり、ひじで隣の生徒をつついたりしていた。
 「あの、よろしくお願いします。それで、僕と同中のこの2人ですけど、バスケ部じゃなかったけど…けっこうできます。だからその…あ、えーと…すみません、よろしくお願いします。」
 一番驚いたのは他でもない、賢哉といつきだった。
 2人は最後しどろもどろでバツの悪そうな和弥の方を見つめていたが、ほぼ同じタイミングで顔を見合わせた。
 いつきも賢哉も、自分たちのやってきた部活でないバスケにある程度の自信はあるものの、下手をすれば中学から5年間あるいはそれ以上の経験を持つであろう、高校の先輩達の前でそれを誇らしげに語ることなど、できなかった。
 先輩からもすでに一目置かれているであろう和弥の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
 気恥かしさと、とまどいと、嬉しさが1:1:8の割合で2人の胸の内を満たしていた。
 「へーそうなんだ。まあその辺は練習してけば分かるよね、田村君?」
 「そうすね、まだ人数も少ないし、2人も最初から同じ練習でいきましょう。」
 人数が少ないせいか、練習は基本的なものが多かった。ほとんど、キャプテンの田村が主導して行っている。
 高校の部活動は最初のアップ等を除いて、いわゆる経験者と初心者で多少なりとも練習メニューが分かれるのが普通だ。
 同じ練習ということは、経験者扱いをするということ。それは同時に、ついていけなかった時には厳しいプレッシャーにさらされる、ということも意味していた。
 いつきはそれを理解したが、緊張よりもむしろ高揚感を覚えていた。

 「あのー、えーと、森大介、庄内中、バスケ部でした。よろしくお願いします。」
 その場のほぼ全員がハッとしたように、森の方を振り返った。
 和弥とほぼ同じ身長の少年は、いがぐり頭を軽くなでながら言葉少なに自己紹介を終えた。
10話「バスケは5人対5人」

 いつきはそもそも、運動ができない方ではない。バスケ以外の球技などは器用にこなせるほうではなかったが、基礎的な身体能力に関しては平均よりやや上のものを持っていた。
 賢哉にいたっては、おそらくスタミナと瞬発力はすでに部内でトップであろう。
 次々と行われる、おそらく日本中のバスケ部で行われているごく一般的な練習。
 和弥にとっては当然、中学バスケ部時代にほとんど経験済みのものだったが、いつきと賢哉には全てが真新しいものだ。
 なにしろ2人はずっと、徹を入れた3人でバスケをしていた。
 オールコートを走り回るツーメンやスリーメンのような練習は、やったことはなかった。
 しかしその分ボールに触る時間が長かったためか、2人はボールハンドリングはよく、慣れない練習でもボールをこぼしたりすることは、あまりなかった。
 このように、練習が淡々と進んでいくうちは、賢哉といつきは問題なくバスケ部に溶け込んでいるようだった。
 そして2人が、自分たちとバスケ部経験の長い他の6人との決定的な違いを認識するのは、大会が近くなり試合形式の練習が行われるようになってすぐだった。

 「藤島!もっとボールを回せ!」
 「瀧田!勝負しなくていい、戻せ!」
 「藤島ぁ!味方の上がりきちんと待て!」
 「瀧田ぁ!お前がシュート打つとこじゃねえぞ!」
 ここのところ体育館には、田村と近藤のどなり声がしばしば響くようになった。
 もっとも田村と違い、近藤の声にはある程度の怒気が含まれていたのだが。
 8人しかいない庄内北バスケ部は、5対3でフォーメーション練習、4対4で試合形式の練習を行っていた。
 いつきは少し背が伸び、170cmほどになっていたが、バスケ部では3番目に背が低い。
 その次は167cmの2年生飯島、一番背が低い賢哉は159cmだった。
 いつきと賢哉にはガードの役割を与えられた。
 ガードは、オフェンスになったらボールをフロントコート(自分たちが攻めるほう)に安全に運ぶことが、最も基本的かつ重要な役割だ。また、相手ゴールから遠い位置にポジショニングし、相手の速攻を防ぐのもガードの役目だ。
 真面目な性格で、中学時代からずっとポイントガードをやってきた田村は、オフェンス時は何よりもリスクを最小限にする堅実なゲームメイクを信条としていた。
 それはそのままチームのオフェンスにおけるスタンスとなり、いつからか庄内北バスケ部のスタイルはハーフコート主体のスローテンポなバスケとなっていた。
 そしてシュートは、なるべくエースの近藤が打つ―
 確率の高いオフェンスを選択したい田村と、それが浸透したチームの暗黙のルールだった。
 この決めごとが、実は庄内北バスケ部がなかなか勝つことができない要因になっていることに、実は顧問の高見はうすうす気が付いていた。
 エースへの依存は、時としてディフェンスの穴を見つける、個々人のオフェンスに対する創造力を阻害してしまう―
 しかし同時に、田村と近藤に現在のプレースタイルを変えさせるほどの指導力が、自分にはないことも分かっていたため、試合中の選手交代以外の作戦立案には、なかなか口出しできないでいたのだった。
 賢哉は無茶な速攻が多い、むやみにドリブルで切れ込もうとする。
 いつきはすぐに1on1をしたがる、フリーになるとすぐにシュートを打つ。
 2人はこのようなプレーを田村と近藤に批判され、練習中はどなられ、ミーティングでも指摘されていた。

 「はぁー、やっぱバスケ部って違うなー。なんかむずかしいや。」
 いつき、賢哉、和弥の3人は、高校までの通学方法は当然同じだ。
 「なあ和弥、先輩達のやり方ってあんま点とれないんじゃないのか?」
 「んーそうだな、そういうスタイルっぽいな。俺もいつきはもっとシュート打ってもいいし、賢哉ももっと走っていいと思うんだが、なんともな…。」
 賢哉の質問に答える和弥も、歯切れが悪かった。
 高校入学後間もなく、3人は下の名前で呼び合う仲になっていた。なによりバスケが大好きな3人なので、帰りが一緒になれば話題はほとんど部活の話だ。
 「でも和弥はすんなりフィットしてる感じする。さすがだねー。」
 「中学のチームも似たような戦術だったからかな。しかし中学の時の監督より近藤先輩の方がこえーくらいだ。」
 「高見ちゃんはあんましバスケ分からんみたいだからな。」
 24歳で独身の高見は、バスケ部以外の生徒たちからも、ひそかにこう呼ばれていた。
 巷ではおっぱいバレーなる映画が流行ったことがあるが、残念ながらおっぱいバスケになるには高見に色気が足りず、部員のモチベーションはすでに高い。
 しかし部員達は、分からないなりに一生懸命練習につきあってくれる高見を、信頼していた。
 「俺といつきは今度の大会は、出番ないだろうな。」
 「いや、メンバーチェンジは先生が指示するって言ってたし、分からんだろ。」
 センターとしてスタメン確実であろう和弥はそう言ったが、いつきも期待してはいなかった。
 吹奏楽部上がりの自分が、先輩達を差し置いてシュートを打ちまくる気など全くない。
 チームのシステム、というより5人でやるバスケの空気になじめていないのもよく分かっていた。

 自分のずっと見てきたNBAでは―
 オフェンスとディフェンスが目まぐるしく入れ替わる。
 1人1人の選手はもっと躍動的で。
 ディフェンスのわずかなスキを見つけて果敢にアタックしていく。
 それを封じようとディフェンスが動く。
 その穴をついてフリーの味方にパスしたり、さらに切れ込んで自分で決めたり、あるいはあざ笑うかのように長距離のシュートを決める…
 それはテレビの中の出来事で。
 しかし海の向こうで実際に行われている出来事だ。
 その人達は自分より身長が30cmも高い人ばかりで。
 でもやっているのは同じバスケットボールだ。

 ―いつか自分もあんな風に―

10, 9

  

11話「公式戦」

 インターハイ予選でもある県大会は、トーナメント方式で行われる。
 ベスト4からは決勝リーグとなる。
 前回大会のベスト8はシードとして振り分けられており、それぞれは再びベスト8となるまで対戦することはない。
 その他の学校にとっては、どのシードブロックに入るかは、かなり重要である。
 第一シードの中日学院のいるブロックかそうでないかでは、モチベーションの上で違ってくるからだ。

 抽選会場となった学校の会議室で、庄内北高校バスケ部顧問の高見郁子は今自分が引いたばかりのクジを、いまいましげに見つめていた。
 「やっちゃった・・・」
 初戦は避けられたものの、見事第一シードのブロックを引き当て、強豪中日学院大付属と3回戦で対戦することが決まってしまったからだ。

 抽選結果は学校に戻ってすぐバスケ部員達に告げられた。
 「うはー、先生クジ運悪すぎ!」
 「中日学院か、俺見るのも初めてかも。」
 「まあまあお前ら、その前に2勝しないといかんぞ。」
 高校バスケの勢力図をよく知る2、3年生は軒並み落胆していたが、いつき達1年生には実感がなかった。
 「うーん、ごめんね!でもまあ、西山君の言ったとおり。まずは初戦突破から。」
 初戦の相手は名東商業高校という、あまり強くはない学校のようだ。
 この日の練習の後半は、発表された県大会初戦のスタメンによるフォーメーションプレイの確認に費やされた。
 G 田村 飯島
 F 近藤 西山
 C 和弥
 いつき、賢哉、森はベンチスタートだ。

 県大会は主に各地の公共の体育館で行われていた。
 庄内北と名東商業高校の試合が開始となる。
 庄内北は序盤からエース近藤のシュートが好調、また和弥のインサイドからの得点などにより、終始リードを奪う展開となった。
 ディフェンスはマンツーマン、特に相手のインサイドを和弥が上手く封じ、さらにフォワードの西山がリバンドをよく捕っていたため、久々の公式戦とは思えないくらい安定した試合運びとなった。
 ポイントガードの田村はミスが少なく、オフェンスにたっぷり時間をかけているため相手は速攻が出し辛い。
 途中森がフォワードの近藤、西山を交互に休ませる形で出場した。
 賢哉は試合終了3分前に飯島と交代、残り1分ほどのところで今度はいつきが賢哉と交代した。
 といっても試合は大勢決し、ボールを運ぶのも田村の仕事だったため、2人は目立ったプレイをすることもなく終わった。
 試合終了のフエが鳴る。59-52で庄内北の勝利となった。

 G田村 40分 8P FG2/3 3P0/1 FT4/6 4A 6R 0B 1S 
 G飯島 37分 3P FG1/4 3P0/0 FT1/2 2A 4R 0B 2S 
 F近藤 36分 22P FG8/23 3P1/6 FT3/6 0A 5R 0B 0S 
 F西山 31分 10P FG4/9 3P2/5 FT0/0 1A 11R 1B 1S 
 C田中 40分 16P FG7/10 3P0/0 FT2/3 2A 12R 2B 0S 
 F森  13分 0P FG0/1 3P0/0 FT0/0 0A 3R 0B 0S 
 G藤島 2分  0P FG0/0 3P0/0 FT0/2 0A 0R 0B 1S 
 G瀧田 1分  0P FG0/0 3P0/0 FT0/0 1A 0R 0B 0S 
 出場時間 P得点 FGフィールドゴール 3Pスリーポイント 
 Aアシスト Rリバウンド Bブロック Sスティール
12話「超高校級」
 
 初戦の勢いに乗って2回戦も勝ちぬいた庄内北バスケ部は、ついに強豪中日学院大高校との対戦を迎える。
 県大会は常に一位通過する学校であり、OBには大学、実業団チームに進む者も少なくない。
 「センターの伊藤は超高校級だぞ。田中、胸借りるつもりで思い切ってぶつかってけ。」
 「はい!」
 気合を入れて臨んだ庄内北の面々だが、明らかに気おされていた。
 身長も平均で10cmほど差がある。
 だがそれ以上に、常勝チームの纏う空気が、始まる前から試合の流れを決定づけているようだった。

 試合開始直後から、中日学院は明らかに身長192cmのセンター、伊藤正和(いとうまさかず)にボールを集めてきていた。
 伊藤はディフェンスマッチアップの和弥を強靭な足腰と長い腕でしっかり牽制し、確実にローポストにポジショニングしてくる。
 この位置がゴールに近ければ、パワーでディフェンスを押しこみ、ダンクシュートばりの跳躍から確実にシュートを決める。
 やや距離があれば上下左右にフェイクを織り交ぜ、およそトラベリングというルールが不自由でないかのようなステップで和弥を翻弄した。
 また時には正対した状態から速いモーションでミドルシュートも放った。角度を利用しバックボードをねらう、非常に高確率のシュートであった。
 ベンチから見ていたいつきはその姿に、NBA屈指のインサイドプレーヤー、ティム・ダンカンを重ねていた。
 そしてその鍛え上げられたフットワークはディフェンスにも通じ、和弥の持っている技は何一つ通用しなかった。
 
 庄内北は近藤と西山のアウトサイドシュートで序盤こそなんとか食い下がったが、インサイドを支配され徐々に点差が広がり、第2クォーター半分を過ぎた時間帯で40-13とされていた。
 「伊藤にはダブルチーム(1人のオフェンスに対し2人がかりで守ること)しかないな。」
 選手たちがタイムアウトでベンチに戻る中、近藤が早口で言った。
 「すみません…」
 「あやまんな、あいつには誰も勝てねーよ。」
 西山がとりなしたが、和弥はうつむき加減のままだった。
 「先生、飯島の代わりに森を入れてインサイド固めたいんですけど。」
 「分かった。森君、頼んだよ。」
 「あ、はい!」
 タイムアウトのわずかな時間の中、とりあえず伊藤をダブルチームで抑える作戦だけは決まった。
 「和弥、気合入れろ!負けんな!」
 「おう!これ以上やらせねえ!」
 賢哉の励ましに和弥は答え、両頬を自ら叩いて立ち上がった。
 しかしいつきには、その表情が自分と対戦したあの時の― 自信と高揚感に満ちあふれ輝いていたものとは、全く違って見えた。
 
 結果的にこの作戦は失敗―
 というより、それこそが中日学院高校バスケ部の真骨頂だった。
 攻守両方とも5人対5人のバスケットボールにおいて、ダブルチームに行くということは1人を完全にフリーにするということ。
 もちろん洗練されたチームであれば、その穴をすぐさま埋めるためにディフェンスのスイッチが素早く行われたり、誰かがヘルプに入る間に体勢を整えるのだが、今の庄内北にはそこまでのチームディフェンスはできない。
 中日学院は伊藤にダブルチームが仕掛けられると、ボールを回すスピードが跳ね上がった。
 フリーになった選手は迷わずウィークサイドに向かって走り出し、すかさず中継のガード又は伊藤から直接のパスが入った。ボールをもらった選手はフリーでレイアップに行く、ディフェンスに遮られても更にその裏にパスを出した。
 庄内北のディフェンスは完全に崩壊し、ボールを追いかけるうちに伊藤のマークが外れ、さらに中で決められてしまうという、最悪の悪循環をも起こしてしまっていた。
 フリーになったからその場からシュート、などという単純なオフェンスではない。このシチュエーションを想定し、何度も何度も厳しい練習を重ねてきた、王者の勝ちパターンなのだ。
 そしてこれは、分かっていても止められないオフェンスでもあった。
 流れは完全に中日学院に傾き、庄内北はオフェンスでもことごとくディフェンスの網にかかり、むずかしいシュートを打たされたり、ターンオーバーを繰り返した。
 エース近藤にも打開策はなく、シュート成功率は1割台に沈んでいた。
 
 第3クォーター終了時点で96-21、もはや誰がどうがんばっても勝利することはできない点差となり、中日学院は伊藤をベンチに下げていた。
 (これは賭けね…)
 第4クォーターまでのインターバルで、高見はとうとう動いた。
 「え、マジで?」
 「うん。このままじゃ何もできないまま終わっちゃう。やらせてみよう。」
 「でもコイツらまだバスケ始めたばっかっすよ?」
 「いけるよね、瀧田君、藤島君?」
 高見の口から伝えられたのは、PGを田村に替えて賢哉、SFの近藤に替えていつきを投入するという大胆な作戦だ。
 そしてもっとも重要なのは、2人に「自分たちの好きなようにやってこい」ということだった。
 「やれます、やらせてください!」
 賢哉は即答だった。
 「瀧田君は?」
 いつきはチームメイトの様々な思いを含んだ視線を一身に浴び、思わずつばを飲み込んだが、ゆっくりと息をすって答えた。

 「やります、使ってください。」
12, 11

  

13話「本当のデビュー戦」

 「ディフェンス、トライアングルツーにしてもらっていいですか。あとリバウンドもスローインも、すぐに走ってる賢哉か僕に出してください。」
 いつきはわざと、ベンチを離れコートに向かう途中に声をかけた。
 第4クォーター開始時の庄内北のメンバーは、
 G賢哉 G飯島 Fいつき F西山 C和弥 となっていた。
 「おういいぞ、お前らの好きにやれって話だもんな。」
 チームの中で西山だけは、いつもとあまり変わらない様子だった。
 「ん?俺がトップか?」
 「はい、飯島先輩、お願いします。ローポストは西山先輩と和弥で、僕と賢哉はアウトサイドシュートをチェックして、速攻走ります。」
 相手もコートに入ってきた。5人はいつきの指示通りのフォーメーションでディフェンスについた。
 トライアングルツーは、ゴール寄り3人で三角形のゾーンを張り、残りの二人はアウトサイドの選手にマンツーマンでつくという、簡単にいえばゾーンとマンツーの混合パターンだ。
 いつきは今の自分たちのディフェンス力を鑑みて、またオフェンスのことも考慮してこれが最良と判断した。
 
 相手ディフェンスの変化にも中日学院はとまどわなかった。
 自分たちのオフェンススタイルをくずさない、百戦錬磨の試合運びだ。
 しかし誤算があった。庄内北は、短いインターバルを挟んで180度逆のチームとなっていたのだ。
 「速攻!!」
 リバウンドをとった和弥が、両手で持ったボールを頭上から強く前方へ放り投げる。
 賢哉はすでに中日学院のガードを置き去りにしており、トップスピードのままレイアップを決めた。

 まだ、中日学院にとっては一本速攻を決められただけ。
 スローインからのガードのボール運びはゆっくりしたものだった。
 中日学院のガードがハーフラインを越えたその瞬間、いつきがプレス(ボールマンに密着マークすること)をかけ、賢哉もそれに続いた。
 負けているチームがプレスをかけてボール奪取を図るのはごく普通のことだが、いつきは心理的にオフェンスを攻め急がせることを目的としていた。
 ボールこそ奪われないが、中日学院は明らかにオフェンスのリズムを崩された。
 中にボールが入れば、今度はすかさずゾーンの選手と挟み打ちをかけた。
 作らされたリズムで打つシュートは外れ、リバウンドを再び和弥が掴む。
 賢哉にはすでにディフェンスが並走しているため2度同じ手は通じず、今度はいつきがボールをもらい、迷わず走り出した。
 賢哉はいつきに行けと言わんばかりに、中には入らずスリーポイントライン付近でストップした。
 いつきは待ち構えていた自分のマークマンの前でふっとスピードを殺し、後方を見た。
 しかしこれはフェイクだった。すぐさま加速し、相手の右側を抜けてゴールへ向かう。
 そこには賢哉のマークマンが立ち止まった賢哉のマークから外れ、中で待ち構えていた。
 ディフェンス2人を引き連れる形になったいつきは、背後を逆サイドにカットしていく賢哉を気配で察知し、左腕から頭上を通すノールックパス。
 ディフェンス2人はシュート体勢に入っている賢哉を猛然と追ったが、あざ笑うかの如く賢哉からフワっとしたパスが再びいつきのもとへ。いつきは空中でボールをもってそのままリングに流し込んだ。
 
 中日学院のベンチから、監督であろう男性教諭の指示とも罵声ともとれないような怒声が発せられる中、両ひざに手を置いて試合を見ていたエースの伊藤は、この試合初めてコートに立った相手の2人のプレーに見入っていた。
 (あんな選手がいたのか…コート上で見てみたいな)
 伊藤は特にいつきの、その基本からかけ離れたプレイに注目していた。しかしこの試合すでに46得点をたたき出している伊藤に、この後出番はなかった。
 
 監督の声で落ち着きを取り戻した中日学院は、素早いボール回しからミドルシュートで得点する。そして全員が素早く自陣に戻っており、速攻は出せなかった。
 味方が上がりきったのを見て、すかさず賢哉はドリブルの速度を上げ、ディフェンスをかく乱する。
 ハイポスト右側でボールを受けたいつきは、ゴールを背にした状態からスピン気味にエンドライン側にドライブ。ディフェンスがしっかりついてきたのを見て、レッグスルーでボールを左手に移し、視線をゴールへ上げる。
 しかし再びエンドライン側へ抜け、そのまま中へ。バックボードのほぼ真下だがそのままリングへ向けてジャンプ。中にいた長身のセンターが自分に意識を向けたその瞬間、ノールックパス。和弥が簡単にゴール下のシュートを決めた。
 次のオフェンスでは、いつきがピックアンドロールから得意のランニングフックを決める。

 庄内北のオフェンスはいつきを中心に回っていた。
 賢哉といつきが相手ディフェンスを崩してからシュートを打つためリバウンドも取りやすく、オフェンスにリズムが出てきた庄内北はアウトサイドのシュートも決まりだした。
 サイズの差から、最初のプレス以降効果的なディフェンスはできずかなり決められたが、それ以上に得点をとっていた。
 
 アップテンポな試合はあっという間に進み、時間的に最後のプレーとなった。
 賢哉が相手のパスをインターセプトし、素早く反応し走り出したいつきの前方にパス。2対2の形に。
 お互い自分のディフェンスを引き連れたままだったが、一歩前に出た賢哉にゴール左前でボールが渡り、レイアップに行く。しかしこれはリングにはじかれゴール正面にボールがこぼれる。
 これをすかさず拾ってリングに押し込んだのは、後ろから走ってきた和弥だった。
 残り時間は6秒、中日学院がゆっくりとボールキープし、試合終了となった。
 
 第4クォーターだけ見れば24-23と、なんと庄内北がリードしていた。
 もちろん中日学院はエースを下げ、タイムアウトも残っていたにもかかわらずあえて取らなかった。
 そしてバスケはずっと試合の流れが一定であるということは、ありえない。
 仮にいつきと賢哉が第1クォーターからこのような試合展開をしたとしても、地力に勝る中日学院に勝つことはできなかっただろう。
 しかし庄内北にとって、特にいつき、賢哉にとっては確かな手ごたえのある試合には間違いなかった。
 勝った中日学院は、試合中の監督の様子から鑑みて、おそらくこの後厳しいミーティングが待っているのだろう…
14話「新キャプテン、新チーム、新エース」

 「キャプテンは近藤君に任せます。よろしくね。」
 夏大会の終了は、3年生の引退も意味していた。
 高校バスケにおいては冬の大会、通称ウインターカップが3年生最後の大会だが、受験を控える生徒や進学校のバスケ部では、これに参加せず夏で引退するケースも多い。
 庄内北バスケ部の3年生、田村と西山も大会前すでに引退の意を表明していた。
 「分かりました、がんばります。」
 近藤は顧問の高見からの要請に、間髪入れず返答をした。次期キャプテンは近藤であると、あらかじめ全員が認識をしていた。
 「みんなよろしくな。それで、これからのチームの戦術っていうか、決まり事じゃないですけど、そういうの決めときたいと思うんですけど。」
 PG(ポイントガード)の田村とフォワードの西山、2人のレギュラーが引退したので、これはごく当然な流れだったが、近藤がこんなにも早く提案してきたことに、他のメンバーは少々驚いていた。
 「こないだの試合の後、田村先輩とも話しててさ。まずはPGだけど、藤島にやってもらおうと思う。飯島、いいだろう?」
 「ああ、頼むわ。俺PGって柄じゃないし。」
 2年生のガード、飯島を差し置いて賢哉がPGに指名された。
 PGはオフェンスにおいて最初にボールを触る、バスケにおける司令塔だ。パス相手を探すコートビジョンや、ボールを奪われないハンドリングなど確かな技術と、コート上で誰よりも冷静でいられる精神力が必要となる。
 「じゃあ藤島、頼むわ。田村先輩の真似する必要はないからな。お前の思ったように試合を組み立ててくれ。」
 「はい!」
 「それからオフェンスの軸、つまりエースだけど」
 これまでずっとエースをはってきた近藤の口から、意外な言葉が発せられた。
 「これからは瀧田と田中、2人を中心にやってこうと思う。瀧田はこれからフォワードな。」
 これにはさすがに他の全員がざわめいた。
 「えっと、そうすると先輩は…」
 「西山先輩が抜けてスリー打てるメンバーが少ないから、俺はこれからアウトサイドシュートとディフェンスに専念してこうと思う。」
 いつきは困惑していた。先日の試合で確かにやれる自信はついたのだが、ダブルエースとはいえ自分がエースを任されることになるとは、夢にも思っていなかった。
 「へえー、そうするとこれからウチはランアンドガン(とにかく走って人もボールも動かし、シュートを多く打つスタイル)主体のチームになるのね。楽しみだわー。」
 「そうっすね。だから、体力を作るために走り込みの量を増やそうと思います。」
 「マジかよー。」
 事もなげに語ったキャプテン近藤のしごき宣言の前に、2年生飯島だけは露骨な反応を示した。
 「あのー、俺は控えってことでいいっすかね。」
 全員がハッとした表情で振り返った先で、またも森大介はイガグリ頭を軽くなでていた。

 こうして新体制を発足させた庄内北バスケ部は、冬の大会に向け練習を開始する。
14, 13

  

15話「出会い、いや出会っていた」
 
 10月、二期制をとる庄内北高校はたった1日の秋休みを挟んで、後期に入っていた。
 一日の中で、睡魔という化け物がもっとも強大で凶悪に成長し、容赦なく襲いかかってくる5時間目の授業、この日は英語だった。
いつきのクラスの英語の教科担当である中松教諭は、良い言い方をすれば「清廉なオールドミス」、身も蓋もない言い方をすれば「年増の行かず後家」だ。
 教師からの発問に対し、指名した生徒が答えられなければその場にしばらく起立させておくという、旧態依然の罰則を適用するすこぶる生徒からの評判が悪い教師でもあった。
 この日も例の如く、次々とクラスメートが立たされ坊主と化してゆく。
 教室の中央、前から4列目の生徒が壁側から順に指名されており、窓際に座るいつきの所に到達するまで残りは2人となっていた。
 中松の発問は、この授業で扱う単元の新出単語であるfrequentlyという単語の、意味ではなく同意語を答えよという、いわば不意打ちのような質問だ。
 処刑台まであと少しとなっている、いつきの右隣の女子生徒があたふたと英和辞書を引いているうちに、その隣の生徒が立たされた。
 「はい、福地さん。福地真理子さん。答えは?」
 おずおずと立ち上がる女子生徒が憐れになり、いつきは教科書を顔の前に立てた上、顔の方向は変えずなるべく口を右方向に尖らせてささやいた。
「often、often。」
 「オッ フン?」
 「はいその通り。座ってよろしい。」
 いつきはあえて、罰を免れ安堵の表情で自分の椅子に座る少女の方を、見ることはしなかった。
 教えたことがバレることはないにしても、特段恩を売ったつもりもなかった。
 そして肝心のいつき本人は、次に発問があった場合順番的に自分が指名されるということをすっかり忘れ、凶悪な睡魔の餌食となっていた。
 「瀧田君。これ、瀧田いつき。起きなさい。堂々と居眠りとはなんですか。しばらく立っとれ。」

 「さっきありがとね、瀧田君。」
 結局授業終了まで立たされていたいつきが、どっかりと座りこんでしばらくしたところに、隣席の女子生徒、福地真理子(ふくちまりこ)が話しかけてきた。
 「ああ、いや別に。まあ、自分が立たされちゃしょうがないよね。」
 バツの悪そうないつきを見て、真理子は微笑んだ。顔が傾いているので、セミロングの髪が横から頬に少しかかっていた。
 「ね、瀧田君てバスケ部だったよね?」
 「うん、そうだよ。」
 「私、中学の時バスケやってたんだ。庄内中で。」
 そういうと真理子は立ち上がり、いつきの席の前、窓に背中を向け後ろに組んだ両手を窓のサッシに置いて、いつきを見降ろした。身長は思いのほか高く、いつきとそう変わらないほどだ。
 「ねね、うちのバスケ部って強いの?男子。」
 「うち?うーん、俺もまだ大会一回しか見てないけど、そう弱くはないんじゃないかな。」
 「へー、そうなんだ。瀧田君は、レギュラー?中学でもやってたの?」
 「秋から部員6人だからね、一応レギュラーだよ。俺は中学の時は…」
 言いかけて、いつきはあることに気がついた。
 庄内中、女子バスケ部。
 「あ、あのさ、福地さん。」
 「ん?どうしたの?」
 「中2の時、ナカムラスポーツの3on3大会出てなかった?」
 すぐさま真理子は窓から体を離し、いつきの机に音を立てて両手をつき、身を乗り出した。
 「え、出てたけど、なんで!?なんで知ってるの!?もしかして、いた?見てた!??」
 「あ、あああ、やっぱり、ね。あの、俺らが負けた社会人のチームとやってて、3P2本決めたりして上手かったの、覚えてるから。」
 「くあぁぁそれ私だし!恥ずかしーー!!」
 真理子は今度は両手で顔をおおって天井を仰いだ。いつきは目の前の、引っ張り上げられたブラウスによって強調された胸元を1秒間凝視した後、目を逸らした。
 「べ、別に恥ずかしくはないじゃん、かっこよかったよ」
 「だーから、そういうのが恥ずかしいのよう、昔の自分が知られてるってのが、あーもう。」
 真理子はうっすらと赤くなった頬を両手でおさえていた。
 いつきはそれを見て、みぞおちの奥に突然出現した何かの臓器が、キュッとつぶされるような感覚を覚えた。
 切なく、それでいて心地よい感覚だった。
 「あれ、でも今はやってないんだっけ。確か自己紹介の時…」
 「うん。高校ではね、別のことしようって思って。なんとなくなんだけど。バスケ、今でも好きだけどね。」
 教室の放送スピーカーから聞きなれたチャイムが鳴り響く。
 気がつくと6限の予鈴と共に、気の早い授業の担当教諭が現れた。
 「あーもう時間か。瀧田君、まだいっぱい聞きたいことあるからねっ。」
 「ああ、うん。また後でね。」
 真理子は近くにも遠くにも感じる隣の席へ帰って行った。
 授業が始まってしまえば、それはお互いの絶対距離だった。

 6限の授業は、全く頭に入ってこなかった。
 (中学でバスケ、高校では別のこと…俺と逆か)
 首ごと隣を見れば、もちろんすぐバレるので、目線のみ、それすらも悟られぬようチラチラ、チラチラと真理子の方を伺っていた。
 机の下から見える、スラリと伸びた紺ソックスの先―
 いつきはそれ以上考えるのをやめた。
16話「ライバル」
 
 冬の大会を迎え、庄内北高は初戦、港中央高校との試合に臨んだ。
 港中央高校は夏のIH予選ベスト8の強豪であり、はっきりと格上のチームである。
 庄内北は序盤から苦戦していた。

 その理由は地力の差…ではなく、港中央のPG、背番号9番の選手だった。
 PGにしては長身でありながら、賢哉のスピードにしっかりついてくる。
 オフェンスでは身長差を利用し、中で賢哉に勝負をしかけてきた。
 庄内北は得意の速い展開に持ち込めず、ペースを乱されていた。
 第1クォーター終了時点で23-14と、点差をつけられていた。
 「瀧田、藤島からボールもらってゲームコントロールしてくれ。ディフェンスもマッチアップ交代で。」
 「はい、分かりました。」
 第2クォーターまでの短いインターバルで、キャプテンの近藤から指示が出された。
 「俺、交代した方が良くないですか…こんなやられて」
 珍しく意気消沈して弱気な発言をする賢哉に、近藤はすぐさま反応した。
「いや、ディフェンスにリズムができれば速攻も出せるハズだ。そこは、藤島の仕事だ。切り替えて行くぞ。」
 「はい!」
 答えた賢哉には、いつもの自信が戻っているようだった。
 人数の少ない庄内北バスケ部だが、近藤のリーダーシップによってチームはよくまとまっていた。

 第2クォーター最初のオフェンス、ボールはセンターラインを超えたところですぐにいつきに託された。
 いつきは中でポジションをとるセンターの和弥とアイコンタクトをとると、すぐさまボールを入れ、自身はエンドライン方向、ゴールに背を向けたままボールをもつ和弥の左脇へ向けて走り出した。
 すれ違いざま、ボールはいつきに―
ではなく、これはハンドオフフェイク(ボールを渡すふりをするフェイント)であり、和弥は意識が緩んだディデンスを尻目に逆方向からカットインし、そのままイージーなシュートを決めた。
 港中央はこれまで通り、PGの9番がボールを運んでくる。
 マッチアップがいつきに変わったのを見て、実力を試すかのようにドリブルで左右に振った。
 いつきは体勢が崩れそうになるのをなんとかこらえ、ペネトレイトを阻止した。
 庄内北はディフェンスを崩されることなく、相手フォワードのミスショットのリバウンドを掴んだ。
 港中央の戻りは速く、カウンターは出せなかったため、いつきがボールをコントロールしオフェンスを組み立てる。
 再び和弥とのアイコンタクト、今度は和弥をスクリーンに使う。
 自分のマークマンを置き去りにし、代わりに和弥のマークマンがいつきをチェックしに目の前に立ちはだかる―
しかしいつきはその手前、ゴールからかなり離れた距離から、右手で頭上にボールを掲げたままフワッとジャンプし、その慣性に任せたままボールをゴールに向けて放り出した。
 ティアドロップとも呼ばれるこのシュートは、リングにキレイに吸い込まれていった。
 港中央はまだオフェンスにリズムが戻らず、半端なシュートがリングをはじいた。
 いつきは飯島との速いパス交換で右ななめ45°、3Pライン外側で1on1の形に持ち込む。
 フェイクをかけた後一旦左方向にドリブルを突き出し、すぐさま切り返して右方向からドライブ。
 抜き切らなかったが構わず、角度のないところでストップし、架空の味方へのパスフェイクの後、ブロックされないよう相手に体を預け気味にジャンプ、片手で放ったシュートがリングに吸い込まれた。
 港中央は、庄内北のペースに引きずられることなく、ゆっくりボールを回す。
 PGの9番が、ローポスト付近でいつきを抑えてボールを要求する。
 ボールが入ると足を使い、いつきから大きく間合いを開け、ステップバックからミドルシュート―
だがこのプレイは第1クォーターから賢哉相手に何度か見せたプレイだった。
 いつきはすかさず体を寄せ、シュート体勢に入っている相手に迫った。
 結果9番はシュートにいけず、体を寄せられているため足を使うこともできなかった。
 苦し紛れのパスを近藤がカットすると、前を走る賢哉に大きくパスを出した。
 トップスピードにのった賢哉は誰にも止められず、あっという間にレイアップを決めてきた。
 
 第2クォーター開始から8-0のスコアリングラン、23-22と庄内北が点差を一気に1点差まで詰めたところで、タイムアウトの笛が鳴った。
 タイムアウトを請求したのは、港中央高校だった。
16, 15

  

17話「ライバル 2」

 (アイツの動きがやっかいだな…)
 港中央高校のPG、背番号9番の松永春樹(まつながはるき)は、タイムアウト前に暴れまくった相手のフォワード、いつきのプレーを回想していた。
 身長180cm、しっかりした体格に攻守両面の確かな技術を持ち合わせた完成度の高いPGとして、一年生ながら港中央高校のエースとして期待されている。
 その松永にとっていつきは、どう動いてくるか全く予想のつかない、出会ったことのないタイプの選手だった。
 「僕に7番(いつきの背番号)マークさせてください!」
 
 タイムアウト明け、港中央は堅実なハーフコートオフェンスで1ゴールを返した。
 ディフェンスでは提案通り、松永はいつきのマークにシフトしていた。
 (1on1なら負けない!)
 松永はいつきがボールを持つ前の動きに注視し、ボールを持った時点でキチンと正対できるよう執拗に追い回した。
 これにより、いつきは得意のボールを持ってからの速い展開に持ち込めなくなった。
 
 (やはりディフェンスがいい…この位置からの勝負は不利だ)
 3Pライン外側、ゴールからやや左で松永と正対してボールを保持するいつきは、松永のディフェンスの良さをマッチアップして改めて実感した。
 左右どちらに動いても、シュートまで持ち込めないことを予感させるディフェンスだった。
 いつきはカットインを諦め、賢哉にボールを戻す。
 インサイドのマッチアップでは、庄内北のセンター、和弥の方が優勢であった。
 和弥は中でボールをもらうとドリブルでディフェンスを押し込み、フェイクでゆさぶって最後はフックシュートを決めた。
 25-24と一点差は変わらず。
 ここから試合は両チーム良いディフェンスの応酬となり、なかなかスコアが動かない展開となった。
 第2クォーター終了、35-31、港中央が4点リードで試合を折り返した。

 「向こうの9番は後半も瀧田を抑えに来るな。」
 ハーフタイムのロッカールームで、庄内北はキャプテン近藤を中心に円を作っていた。
 「ディフェンスで仕掛けても、9番にコントロールされるしな。どうしたもんかな。」
 近藤以外の面々は、無言だった。荒い息使いが、狭いロッカールームに響く。
 (俺がアイツを抜かないと…でも時間をかけ過ぎたら…あまり強引なシュートも…)
 接戦となっている試合の緊迫感が、いつきの脳内の思考スピードを高めているようだった。
 だが、いくら座って考えていても、相手の9番、松永に競り勝ってゴールを決めるイメージは浮かばなかった。
 沈黙は長く感じられた。
 誰もが、自分がとは言えない状況だった。
 「私は、もっとガンガンいくべきだと思う。」
 口を開いたのは、顧問の高見だった。
 「ボールが止まってオフェンスが単調になってる。いつもの練習みたいに、走りまわっていろんなところから攻めて欲しい、って思うんだけどね、私は。」
 その言葉を聞いた瞬間、いつきの脳内のイメージが一新された。
 ボールを止めてしまっていたのは、自分だ。
 ゲームを組み立てろ、と言われ気負い過ぎ、いつの間にかポイントガードをやってしまっていた。
 「うちのいいところを出して欲しいな。相手に合わせたり、そういうのって逆効果になっちゃう気がする。」
 その方が負けても悔いが残らない―
 高見はその言葉だけはグッと飲み込んだ。
 
 後半第3クォーターから、試合は庄内北のペースに持ち込まれ、アップテンポな展開となった。
 5人ともが動いて動いてディフェンスをずらし、わずかな隙をついて各々が得意なプレーに持ち込んだ。
 賢哉のドライブイン、近藤の長い距離のシュート、和弥のインサイド。
 いつきもそれまでベッタリはりつかれていた松永のディフェンスにわずかな隙を見つけ、反撃を開始する。
 賢哉と飯島がパス交換する間に、逆サイドにいた近藤とサイドチェンジする形で敵味方の狭い隙間を走り抜け、ゴール左側ミドルレンジでパスをもらい、右足を軸にゴールの方を向く。
 同じようにして追いついた松永が、距離を詰めるために最後の一歩を、踏み出すか踏み出さないかのその瞬間、何のためらいもなくエンドライン方向に強くドリブルを突き出しだ。
 (しまった、だがまだ!)
 松永はいつきのレイアップを阻止すべく、すぐに体勢を立て直して追走する。
 「ぅおお!」
 いつきは渾身の力で床を蹴り、リングへ向かう。松永もこれを追った。
 しかしいつきが顔の高さに掲げていたボールは、松永の思ったタイミングでリングに放たれはしなかった。
 一度そのボールは胸の高さまで沈み込み、いつきの体はリングをくぐり抜け反対側へ達しており、そこからスナップを利かせて後方に向かって放たれた。
 ダブルクラッチからのリバースレイアップ。回転のかかったボールは見事にボードを叩いてリングに吸い込まれた。
と、同時にホイッスルが鳴り響く。
 着地を考えない全力のジャンプをしたいつきは、松永の体が接触したことで完全にバランスを失い、シュート後鈍い音とともにアリーナの床に転落した。
 「瀧田!」
 「いつき!!」
 「瀧田君!!!」
 いつきのバスケットカウントにより51-51、この後のフリースローを決めればこの試合初めての逆転となる場面で、両チームの時が止まっていた。

※バスケではシュートを打つ選手に対するファウルにはフリースロー2本が与えられるが、ファウルを受けてなおシュートが決まった場合、得点(バスケットカウント)は認められさらにフリースロー1本が与えられる。
18話「ライバル 3」

 「痛てて…あ、大丈夫です!」
 すぐに立ち上がったいつきだったが、左足首にわずかだがするどい痛みを感じ、体が一瞬傾いた。
 「あれはどうも足痛めてるわね、森君、すぐに交代!」
 「あ、はい!」
 高見が交代を指示し、いつきは左足を引きずり気味にベンチへ戻った。
 
 結局庄内北は逆転のチャンスを逃した。
 その後、オフェンスの軸いつきを失った庄内北は点の取り合いに徐々に後れを取り、最終第4クォーター残り時間3分の段階で、70-62と点差を開けられていた。
 「先生、もう大丈夫です、いけます!」
 足の痛みは消えていた。ひねったことによる一時的な痛みのようだった。
 「ほんとに?ちょっと足出して」
 高見はベンチの前に跪いていつきの左足首を軽く持ち上げ、いつきの目をじっと見つめながら、揉んだり擦ったりした。
 「よし、大丈夫ね。」
 いつきが表情を変えないことを確認した高見は、審判に選手交代を告げた。
 「みんな足が止まりかけてる。流れを変えてきて!」
 「はい!」
 
 いつきがコートに入ったことで、再び庄内北のオフェンスは動きを取り戻した。
 それにより、たとえシュートが外れてもリバウンドを取りやすくなる。
 いつきの中距離からのシュートがリングをはじいたが、リバウンドを和弥が抑える。
 再びボールがいつきに渡ると、またすぐにシュートモーションに入った。
 ディフェンスがシュートを妨害しようと猛然と迫ったその瞬間、いつきは相手の脇をすりぬけた。
 ゴール付近の密集地帯に突進したいつきは、視線をゴールから外さずシュートにいくと見せかけたパスを外で待つ近藤へ。
 ワイドオープン(近くにディフェンスがいない状態)になっていた近藤の3Pが決まり70-65。

 港中央は残り時間を考え、オフェンスの持ち時間30秒をきっちり使い切る作戦だ。
 庄内北は、ここは耐えるしかなかった。
 ほとんどの選手が出っぱなしの庄内北には、プレスを何度もかける足が残っていない。
 勝負所の見極めが重要なのだ。
 残り10秒を切った所からボールが動き出す。
 センターライン付近でボールをコントロールしていたPG松永が、パス交換からドリブルのスピードを上げてゴール方向へ。
 いつきがディフェンスにつくが、頻繁に視線を周囲へ流したことがフェイントとなり、不意のストップからのジャンプシュートを許してしまう。
 これが決まって72-65。

 (やっぱ上手い…けどこれ以上点はやれない!)
 逆に早く攻めたい庄内北は、和弥がすばやくローポストにポジショニングし、ボールをもらう。
 すかさずいつきがゴールに背を向けたままの和弥に走り寄る。
 和弥はいつきにボール渡すと、追ってきたいつきのマークマン、松永との間に体を入れ、足止めする。
 いつきはそのまま和弥のマークマンを大きなステップで抜き去り、レイアップで加点し72-67。
 
 港中央のオフェンス、ゆっくりボールを運ぶ松永がセンターラインを越えたところで、いつきは賭けに出た。
 「賢哉!!」
 いつきは叫ぶと同時に松永にプレスをかけた。
 賢哉がもう1人のガードのマークを外し、ものすごい速さで松永に迫る。
 それを見た松永は冷静にフリーになったガードへパスを捌く。
 それを追って、今度は何といつきが松永のマークを外してボールを保持する相手ガードに向かって走った。
 港中央のガードはフリーになってもシュートは打たない―
 時間と点差から見て、いつきのその考えはあたっていた。
 激しいプレスに慌てた港中央のガードは、松永のマークが外れているのを見て、苦しい体勢からパスを出す。
 「ダメだ!!」
 松永が叫ぶのも間に合わず、不用意なパスを猛スピードで突っ込んできた賢哉がインターセプトした。
 松永は一直線にゴールに向かう賢哉をすぐに追走した。
 (なんて足の速さだ、回り込むのは無理だレイアップを叩くしかない!)
 松永は賢哉の速攻のフィニッシュを狙って、ななめ後ろから飛んだ。
 だがボールは賢哉の頭上にはなかった。
 一度も振り向かず、脇の下から背後にバウンドパスで送られたボールは、走りこんできたいつきに渡り、悠々とレイアップでリングに納まった。
このゴールで72-69。
 
 「あたるぞ、賢哉!」
 あまりにすばやい速攻に、港中央の選手が自陣に戻りきっていないのを確認したいつきは、エンドラインからのインバウンドパスをもらうべく接近してきた相手のガードと、スローインしようとする松永の間に体を入れ、ディナイ・ディフェンス(パスコースを消すディフェンス)をしく。
 これを合図に、庄内北のメンバーはフルコートプレス(自陣で相手を待たず、どこにいても相手についていく)を開始する。
 飯島、近藤、和弥も最後の力をふりしぼって港中央の選手にはりついた。
 (まずい!パスが出せない!!タ、タイムアウトは…!?)
 タイムアウトは、とられなかった。
 今とれば、むしろ庄内北の選手を休ませることになる。
 松永はボールを絶対に奪われない堅実なパス先を探したが、見つからなかった。
 ホイッスルが鳴り響く。
 5秒以内にスローインが出来なかった場合、ボールは相手チームのものとなる。
 そのルールが、適用されたのだ。
 試合の残り時間は、1分となっていた。
18, 17

  

19話「決着」

 インバウンドパスを出せず、相手ボールにしてしまった松永だが、この状況で最悪なのは不用意なパスをカットされ、ゴール付近のイージーなシュートを、ほとんど時間を使わずに決められることだった。
 ディフェンスの機会があり、時間を減らせて失点を逃れる可能性のある攻守交代の罰則は、それに比べれば結果的にベターな選択だった。
 
 いつきは焦っていた。
 このオフェンスを決められなければ、勝ちの可能性は極めて低くなる。
 慎重に相手のディフェンスの穴を探すが、スタミナの切れかけたチームメイトの足は、重かった。
 (どうする…どうする!?)
 打開策のないまま、時間だけが過ぎる。
 オフェンスに時間をかければかけるほど、3点ビハインドの自分たちは崖っぷちに近づいていく。
 刹那、脳裏によぎったNBAの試合。
 ラストショットを打つのは、絶対的エース―
 何度も見てきた、あの光景。
 どんなに良いディフェンダーが相手でも、決めて勝つ。
 いつきは相手のエース、松永との1on1を選択した。

 イメージは、すぐに固まった。
 賢哉とのボール交換でゴール正面やや右、3Pライン上で松永と正対したいつき。
 視線を上げてゴールの位置を確認すると、両手でボールを頭上に掲げ、視線を右に向けボールをその方向へ差し出す。
 このパスフェイクは読まれていたが、そのまま右手でボールを左方向へ強くつくと同時に、肩と左足を同方向へスライドさせる。
 だがこれもフェイントだった。
 いつきは左方向へドリブルせず、足を前後に広げると左手に移ったボールをレッグスルー(自分の股の間を通すドリブル)で右手に戻し、後方にある左足の位置まで体を戻した上でジャンプシュートの体勢に入った。
 (やられた…止められない)
 人間は、全く動こうと思っていなかった方向に、瞬時に動くことはできない。
この日初めて見せるプレーに、マッチアップの松永は完全にフリーズした。
 
 美しいプレーだった。
 コート上の誰もが、弧を描いたボールがリングに吸い込まれるビジョンを見たような気がした。

 しかしボールは、松永の頭上を越えてすぐに落下した。
 和弥が慌ててボールをキャッチする。
 ゴールからは近いが、シュートをするにもパスをするにも体勢が悪かった。
 だがもう時間がない。
 しっかりしたステップも踏めないままの、苦し紛れのフックシュートはリングにはじかれ、リバウンドは港中央がおさえた。
 「こっちだ!」
 ボールは松永に渡り、無人の庄内北ゴールへ一人ドリブルを開始する。
 「ファウル!止めて!!」
 コートサイドからの悲鳴に近い高見の声が、空気を裂く。
 「待ちやがれ、この!」
 賢哉がギリギリで、松永の背中に追いついた。
シュートにいかせないためには、もはや体を掴むしかなかった。
 ホイッスルが鳴り響くが、いつもとは審判のジェスチャーが違う。
 「ウソだろ…」
 息をきらしながら、近藤が呟いた。
 クリアパストゥーバスケットがコールされた。
 故意の反則を受けなければ確実にゴールできるとみなされる選手に対するファウルには、フリースロー2本を与えた上、そのチームのオフェンスで試合が再開となる。
 庄内北には、致命的なヴァイオレーションだった。
 
 松永が落ち着いてフリースロー2本を決め、5点差で残り30秒。
 さらに港中央ボールでの試合再開。
 試合はファウルゲーム(負けているチームがわざとファウルをして、フリースローを与える代わりに時間を止めること)に入ったが、お互いに外しスコアは動かず、そのまま試合終了。
 74-69で、港中央高校の勝利となった。
 
 「ありがとうございました!」
 整列と礼が終わり、両チームの選手同士が握手を交わす中、いつきは一人呆然としていた。
 (なんで俺はあんな半端なプレーを…)
 「あの、自分は一年の松永です。名前、教えてもらっていいですか?」
 9番のジャージをつけた選手に声をかけられ、いつきは我に帰った。
 「え?えっと、俺も一年で、瀧田です。」
 「一年なんだ。じゃあこれからまた当たるよね。今度は負けないよ。」
 思いがけない言葉だった。
 個人としても、負けたのは自分の方だと思っていた。
 いつきが何も言い返さないまま、握手をしてお互いのチームへ戻った。
 (松永、か。)
 
 庄内北高校バスケ部の冬の大会は、一回戦で幕を閉じた。
20話「誘い」

 庄内北高校の授業のレベルは、いつきにとっては少々低かった。
 故に授業中はボーっとすることが多く、そうなるとすぐにバスケのことばかり考えてしまう。
 ここ最近は、港中央高校との試合での自分のプレーを振り返り、自問自答を繰り返してばかりだった。
 (なんで打たなかった…自信が持てなかったのか…)

 「ね、瀧田君。こないだ大会だったでしょ?どうだった?勝った?」
 気がつくと授業は終わり、隣席の女子生徒、福地真理子が自分の席に座ったままこちらを覗きこみ、矢継ぎ早に質問を浴びせていた。
 「あ、ああ、こないだね。一回戦で負けちゃったよ。」
 「えー、そうなのー?相手は?強かったの?」
 「港中央高校ってとこで、松永っていうPGが上手くてさ。うちもいいとこは見せたんだけど…」
 その先は言えなかった。
 いつきは、負けたのは自分のせいだと思っていた。
 「え、松永って言ったら、北春日中のエースだった子じゃない?うちらと同い年でしょ?男子がすごく上手かったって言ってたよ。」
 「そうだね、同じ一年って言ってたから。試合終わって、向こうから声掛けてきたよ。今度は負けないって言ってた。負けたのはうちのチームなのにね。」
 そこまで聞いて、真理子は立ち上がっていつきの座る席の前に移動し、机に片手をついていつきを見おろした。
 「すごいじゃん。それって松永君が瀧田君を認めたってことでしょ。マッチアップしたの?どうだったの?教えてよ。」
 「うん、ポジションが違うけど、途中からオフェンスもディフェンスもマッチアップしたよ。どうかな、トータルでは俺の方が決めたんじゃないかな。バスカン(バスケットカウント、ファウルを受けた上での得点)とったし。」
 試合後も、自分はバスケ選手としてまだ松永には劣っていると思っていた。
 しかしいつきも一人の男子高校生。
 目の前の、特別な想いが芽生えかけている女子相手に、話を盛らないまでも無意識に自分をカッコよく見せていた。
 「そっかー、瀧田君は優秀な選手なんだね。やっぱバスケはいいな。」
 一瞬、真理子が遠い目をしたように見えた。

 「福地さんは高校ではバスケは ってゴメン、聞いてもいいのかな。」
 「あ、うん、全然いいよ。」
 真理子は両手を後ろで組んで、すぐ側の窓枠に軽くもたれかかった。
 「あのね、大した理由じゃないんだけどね。なんて言うかその…燃え尽きちゃった、かな。」
 真理子は一呼吸置いて、またすぐに語り始めた。
 「けっこうがんばってたんだよ。自分で言うのもなんだけど、3年の時の最後の方なんか、シュートとか外れる気がしなかったくらい。最後の大会も、私一人で30点とったんだけど、チームは負けちゃってさ。」
 そこまで話すと、真理子は窓の外に視線を移した。
 「みんなや先生は、真理子はよくやった、自分たちが不甲斐無かったって言うのね。でも私、思っちゃったの。私がもっとがんばってれば、勝てたんじゃないかって。もっと点とって、もっといいディフェンスしてれば ってね。」
 いつきはその言葉を聞いて、悪寒を感じた。
 自分も全く同じことを考えている―
 「そんなこと考えちゃうと、コートに立つのが怖くなっちゃって。性格的に向いてないのかもね。」
 真理子はクルリと振り返りって再び窓枠にもたれかかり、いつきに笑顔を向けた。
 「つまんない話聞かせちゃった、ごめんね。」
 いつきにはそのつくりものの笑顔が、泣き顔に見えた。
 「ううん。つまんなくないよ。」
 声が少し震えた。
 心臓の鼓動が、速くなっていた。
 「バスケは、まだ好きなんだよね?」
 「うん、好きだよ。」
 即答した真理子の表情は、先ほどまでより和らいで見えた。
 「よかった。その、上手く言えないんだけどさ。」
 いつきは顔を上げて真理子の目を見つめた。
 「選手としてじゃなくても、関われると思うんだ。うちの部、こない?」
 「それって、マネージャーってこと?」
 「そう。ダメかな。」
 「なるほど、ね。ちょっと考えさせて。」
 そう言うと真理子は自分の席に戻り、次の授業の準備を始めた。

 翌日の体育館には、すでにジャージ姿の真理子の姿があった。
20, 19

  

21話「挑戦、そして…」

 春になり、新入部員は4人入部した。
 その内3人は経験者であり、バックアップ要員としては十分だった。
 庄内北は夏の大会のベスト8にて、港中央高校とのリベンジの機会を得た。
 いつきと松永のハイレベルなマッチアップの中、庄内北は終始オフェンスのリズムを崩さず、いつきがラストショットを決めて94-93で勝利を納めた。
 決勝リーグに進んだ庄内北だったが、中日学院には及ばず、残り2校にも僅差で敗れ、インターハイ出場は果たせなかった。
 
 夏が終わると前年同様、3年の近藤、飯島が引退し、キャプテンには和弥が任命された。
 守備の良い2人が抜けた庄内北はオフェンスにより磨きをかけるものの、総合力では中日学院をはじめとする上位の高校になかなか勝つことができなかった。
 3年に進級したいつき達は、先輩たち同様夏の大会を最後と決め、覚悟をもって臨んだ。
 いつき、賢哉、和弥によるラン&ガンは県内トップクラスの得点力を誇ったが、三度立ちふさがった中日学院に敗れ、庄内北はとうとう全国大会への出場はかなわなかった。
 
 ほとんどの生徒が進路として進学を選択する庄内北高校において、賢哉、和弥もそれぞれ専門学校、大学への進学を決めていた。
 和弥は中日学院大学の推薦入試をパスしており、大学のバスケ部であの伊藤と共にプレーすることが決まっていた。
 賢哉は、バスケは高校で終わりにするという。
 いつきはある計画を練っていた。
 アメリカに渡り、NBAの下部組織Dリーグに挑戦するというものだ。
 自分でも無謀な計画だと分かっており、なかなか周りに話せずにいた。
 そんないつきの背中を押したのは、賢哉だった。
 「やれるとこまでやってこいよ。俺は高校で終わりだけど、お前はもっといけそうな気がする。」
 いつきは両親を説得し、単身アメリカに渡った。
 
 Dリーグの合同トライアウトが行われるアリーナに辿り着いたいつきだったが、改めてサイズの違いを認識していた。
 身長175cmまで伸びていたいつきだったが、集まった選手たちはみな2mはあろうかという大男たち。
 しかしそんなことは覚悟の上。
 どれだけ「自分にしかできないプレー」ができるかが勝負と、心に決めてきた。
 基礎体力、ドリブル、シュートなどのチェックの後、実戦形式の試験となった。
 いつきはあえてボール運びをせず、高校でしてきたのと同じように、走り回りディフェンスをかく乱し、パスをもらったら積極的にゴールへ向かった。
 短い時間だったが、レイアップ、ティアドロップ、ミドルシュートをそれぞれ1本ずつ決めることができ、アシストも2本記録した。
 ディフェンスではスティールもブロックも記録できなかったが、マッチアップ相手にシュートは決めさせなかった。
 内容的には出来過ぎなくらいであった。

 後日、帰国したいつきの元にあのレイカーズの支配下チーム、ロサンゼルス・ディーフェンダーズからいつきと契約を望む書面が届いた。
 3年生は自由登校となっていた。
 卒業式を待たずして、いつきはアメリカへ旅立つことにした。
 出発前日、いつきは恋仲となっていた福地真理子の家を訪ねた。
 明け方降った雪がうっすらと積もる家の前の道路で、2人は向き合っていた。
 「明日、出発するよ。当分は戻ってこないと思う。」
 「うん、分かってる。帰ってこないのは、向こうで活躍してるってことだと思って応援してるよ。」
 福地真理子は第一志望の国立大学教育学部体育科の入試を控えていた。
 「環境整ったら、連絡する。けど、俺のこと忘れてくれてもいいんだよ。」
 いつきがそう言うと、真理子はクルリと振り返り、いつきに背を向けた。
 「バカ。」
 わずかな地面の雪を足で踏みしきりながら、真理子は数歩遠ざかった。
 「バカ。ずるいじゃん。どうして待っててくれとか、いつか呼ぶからとか言わないの?」
 真理子は立ち止まり、少しうつむいた。
 「私がジャマなら、ハッキリ言って。いつきにとって私が必要ないのなら―」
 言葉は、背後から強く抱き締められて遮られた。
 「ゴメン。正直に言うよ。どこまでできるか分からないけど、俺と俺のバスケ、ずっと見ててくれ。もしノコノコ帰って来ても、真理子だけは味方でいてくれ。不安なことがあって連絡して来ても、うっとうしがらずに聞いてくれ。俺、がんばるから。NBAいけるようにがんばるから―」
 真理子は自分の頬を伝う涙もそのままに、回されたいつきの両腕をそっと抱き締めた。
 「バカ。決まってるでしょ。私はずっと、いつきの味方だよ。何があっても、ね。」
 
 いつきの挑戦が、始まる。
 これは、数多のバスケ好きな少年達が夢見る舞台への挑戦。
 実力、才能、意志、運。
 それらが試される。
 身長は低い。
 アレン・アイバーソンのような瞬発力も、いつきにはない。
 だが、自分にしかできないプレーがある。
 自分だからできるプレーがある。
 それを信じて、いつの日か認められるまで。
 
 そして、その日が―

 「イツゥゥゥゥキィィィィィィ タキィィィタァァァァァァ!!!!!!」

21

ごむまり 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

次 >>

トップに戻る