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第1話 雄一郎の心意気

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 童貞の俺のハートが燃えてからはや一日目。結局昨日は理沙に話しかけることなく学校が終了してしまった。
 そして、理沙に惚れた俺は昨夜、ある目標を掲げた。それは、ひどく単純なものだ。

『理沙と付き合う』

 のみ。別に俺はハーレムなんて大層なものは望まない。純朴で純粋が俺の魅力(だと思ってる)だからな。
 しかし、この目標。簡単なように見えて簡単ではないのかもしれない。
――それはなぜか。理沙の席の周辺を見ればわかりたくなくてもわかる。いや、というよりわからないほうがおかしいだろう。
 まぁ、一言で言えば、男子生徒達が理沙の席を囲うようにして凝集しているからだ。
「まさかの男子にモテモテの人気キャラですか……」
 俺が肩をすくめて嘆息を漏らしていると、ふいに肩を叩かれる。肩越しに見ると、始めてみる女子生徒の姿が。
 彼女は、理沙よりは肉付きがよく、背丈も一回りは大きい。髪は少し長めのようで、セミロング。そして、理沙と決定的に違うのはなんといっても胸。理沙の平らでまな板のような……いや、平和な胸とはことなり、本来あるべき場所に滑らかな曲線を描く二つの山々がある。総合的な容姿は悪くはないといったところだ。あくまで俺から見てだが。
 彼女は、「えっとー」と斜め上の方向に眼を泳がせたあと、俺の方に視線を戻した。
「えっと……、田中太郎君だっけ?」
「いえ、違います。さようなら」
 即答だ。誰だよ田中太郎って……。
「ちょ、ごめんごめん。冗談! 坂上 雄一郎(さかがみ ゆういちろう)君だよね!?」
 あたふたと俺を宥めながら、そう更正した。
「うん。ところで、なんで俺の名前を?」
「理沙に聞いたよ」
 理沙。坂上理沙のことだろうか? いや、それ以外の『理沙』はいないか。ということはこの女子生徒は理沙の友人か……?
「そうか。――で、君は誰?」
「え? あたし?」
「うん。それ以外にいないだろ……」
 なんだかこの人は凄く“抜けている”気がしてならない。少しでも気を緩めたら何かをやらかしそうだ……。
「えっと、あたしは 結城 結(ゆうき ゆい)だよ」
「そっか。じゃあこれから結城って呼ばせてもらうわ。よろしく」
「よろしく、雄一郎君」
 そう言うと、微笑を浮かべながら結はどこかへ駆けていった。その姿を遠目で見届けながら、俺は、しまった! と思った。
 なぜなら、俺は昨日決意したのだ。『俺はハーレムなんて望まない!』と。つまり、極端に言ってしまえば、理沙以外の女子とかかわりを持つことは俺の中では禁忌だ。
 くそ……。中学校の時は女子から話しかけられもしなかったのに。なんでいつもいつも必要のないというときに……。
 俺は昔からそうだった。望めば何も手に入らない。しかし、望まざるものばかりが俺の手に回ってくるのだ。
 まぁいい。なんにしろ、理沙に接近しなきゃ始まらない。
 ……ん? いや、待てよ。別に俺から接近しなくても、理沙の方から近寄ってくるんじゃないか? だって、俺からまだ告白の返事を貰ってないんだから。告白の返事が不要な奴なんて滅多にいないはずだ。
 俺はなんだか安心してきたので、両腕で顔を覆うようにして机に突っ伏し、微妙にニヤつきながら、もしもの妄想を繰り広げた。 
 
 もしも理沙と付き合ったら……?
 もしも理沙と手繋いだら……?
 もしも理沙と○○したら……? 
 もしも理沙と……
 うへ……

           ☆

 俺は、耳から脳へと波及される『おーい』という声に気づき、むっくりと身体を起こした。そしてふと、視線を窓へとやった。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 その瞬間、俺は思わず叫び声をあげた。
 外の景色が変わっているのだ。さっきまで、青い空に白雲がポツリポツリと浮かんでいたのだが、いつのまにやらオレンジ色の眩しい太陽の光が、空全体を包んでしまっている。
 俺は状況を整理した。確か俺は朝、机に身体を預けながら必技『童貞の妄想』を発動していた。それから……。それから――。

 まさか、それからずっと寝てた……?

「あ、ありえんっっっ!!」
 俺は再び声を張り上げ、同時に両手で机を叩いた。
 バンッという衝撃音とともに、『わっ』という声が耳に入った。
 俺は、声の方向に首を傾ける。すると、そこにはさっきの女子生徒、結城結の姿が。
「結城? なんでここにいるんだよ?」
「なんでって……、雄一郎君が寝てたから授業終わってからずっと起こしてたんだけど」
 結は呆れ顔で頭に片手をやりながら言うと、さらに続けた。
「先生達、怒るどころか心配してたよー。ずっと雄一郎君が寝てるから」
「な……、マジかよ」
 うそだろ……。高校生活が始まったばかりだというのに俺は一日中、寝てすごしたというのか……?
 こんな大失敗、人生で三回ほどしか経験したことがないぞ、俺は。
 一つ目は小学校の時、大衆の前で豪快に放尿してしまったこと。二つ目は中学校のときに、先生のことをお母さんと呼んでしまったこと。一番の失敗は、お母さんに俺みたいな子供を生ませてしま――いや、これ以上考えると死にたくなるからやめておこう……。
「どうしたの? 雄一郎君、凄く虚ろで今にも屋上から飛び降りかねない人みたいな目してるけど」
「い、いやぁ、なんでもないから」
「そう。ていうか、雄一郎君独り言多いねー」
「そ、そうか?」
「うん」
 確かに俺は独り言が多いことは自覚している。しかし、他人に指摘されると少し羞恥を覚える。
 結は「じゃあ」と続けた。
「そろそろ帰ろうか。時間も遅くなったし」
「おう、そうだな」
 俺は机に手を掛け、立ち上がりながら教室内を見渡した。そこで俺はやっと、“女子と放課後の教室で二人きり”と言う状況に気がついた。
 こんな状況いままでにあっただろうか? いや、ない。しかし、興奮してはいけない。いくら童貞とはいえ、俺は理沙一筋。こんなところで壊れてしまうほど、俺の心意気は脆弱じゃない……はず。
「じゃ、じゃあ一緒に帰ろうぜ。外、危ないし」
「いいよー」
 砕けました。簡単に壊れました俺の心意気。というより自分から進んで破壊してしまったような気がする。
 もういいや。だったらこの際、訂正してしまおう。俺の意気込みは、『他の女子と仲良くなってもいいけど一応理沙一筋』ということにしよう。別にいろんな女子と関わりを持ちたいわけじゃない。断じて、絶対……とは言い切れないけど。
 俺が、寝ている間に配られたのであろうプリントをまとめて、ファイルに挿んでいると、結はそんな俺を凝視していた。
「な、なんだよ……? 俺、なんか変なことしてる?」
「え? いや、別にそういうわけじゃないよ。うん」
「ならいいんだけど。行こうぜ」
 そういいながらも俺はファイルを鞄の中に押し込み、机に片手を添えながらゆっくりと立ち上がった。そして、鞄の取っ手に手をかけ、背後に回した。
「ていうか雄一郎君、背高いんだねー」
「そんなことないと思うけど。平均的な身長だ」
「そっか。でもやっぱり雄一郎君くらいの身長だとかっこいいよねー」
「そ、そうか? とにかく行こうぜ」
 俺は、褒められて顔が熱くなってくるのがわかったので、帰ることを促した。

           ☆

 学校から最寄の駅の前に、俺達は到着していた。
 そこからは、それぞれ別々の帰路だ。
 女子と二人きりで下校するというのは、結構前から憧れていたが、実際やってみると俺には難しいようだ。
 理由は一つ。会話が続かない。いや、続かなさすぎる。最初の何分かは持ったのだが、そこからがまるで地獄だった。俺も結も死んだように口を閉ざし、ただ目的地まで足を進めるだけ。
 やっと解放された気分だ。
 俺は口を開く。
「やっとついたな」
「うん。そうだね。若干沈黙がアレだったけど……」
「まぁな……。じゃあ、また明日」
 俺がそういいながら回れ右をし、歩き出そうとすると、後ろから制服の袖の部分を掴まれる。
「ん……?」
 振り向くと、結が俺の制服の袖を表情も無しに持っている。
「どうしたんだよ。いきなり」
 少し嬉しかったが、俺は特に表情を変えることなく結に問いかけた。
「いやぁ、少し頼みがあってさ……」
 結はそういいつつ、気まずそうに俺から顔を背ける。掴んだ制服の袖は持ったままだ。
「頼みごと? 俺に頼むことなんてあるのか?」
「あるよ。でも、こっちの頼みごとだけ聞いてもらうって言うのもなんか微妙だしさ、雄一郎君の頼みごと聞いてからあたしの頼みごとする」
 そういうと、結は俺の方に向き直り、真剣な表情で「頼みごとある?」と問いかけてきた。
 頼みごとは、あるといえばある。もちろん理沙の件だ。しかし、それは待っていれば自然にどうにかなるだろうし、他にはと聞かれれば特にはない。
「んー……、特には無い」
 俺がそう答えると、結は黙って一回頷いた。
「じゃあ、あたしの頼みごと聞いてくれるー?」
「いいぞ」
 結の頼みごと……。なんだろう。恋愛相談か? 少し気になるが、面倒なことだったら断ろう。
 俺は真剣な表情を浮かべている結を見つめながら、そんなことを考えていた。
 結は、少し躊躇っているのか、伝え方を熟考しているのか、視線を下にずらしていた。そして、少し間をおいて俺の目を見ながら口を切った。
「あたしの頼みごとは、多分雄一郎君にしかできないと思う」
「え……? 俺にしかできないこと?」
「うん」
「何それ……」
 意外だった。出会って間もないのにそんなことをいわれるとは思っていなかったから。
 結は、さらに間をおくと掴んでいた袖をパッと離し、実に真摯な面構えで、こう続けた。

「人を……。人を殺してくれないかな」

 …………。

 ……は?
 何を言ってるんだ……? この人は。




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