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おさんぽサークル 石神透の場合 case1

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「特技はルービックキューブです」
今日から大学生の僕がこのセリフを言うのは、今現在僕が参加予定の‘おさんぽサークル'の新入生歓迎会を含めて15回目になる。
初めてルービックキューブの存在を知ったのは僕が幼稚園生の時である、両親とデパートに行った時のことだった。
父と二人でおもちゃ売り場に並べられた、TVで人気ヒーローの変身ベルトや、戦隊モノのフィギュアを眺めながらクリスマスにサンタさんから貰うプレゼントの品定めをしているときのことだった。
不意に僕の目に飛び込んできたのは、緑・白・橙の三色の六角形だった。
その見事に三色に塗り分けられた六角形に近づいてよく見てみると、どうやら六角形ではなく六面体であり、裏側には赤・青・黄の三色が同じように3面に塗り分けられていた。
これは一体どうやって遊ぶのだろうか?こんな変身グッズを使うヒーローは見たことがない、もしかしたらあれをなんとかして組み替えるとかっこいいロボットになるのかもしれない!
なにも知らない当時の僕はシャボン玉を吹くように純粋な想像を膨らましていく。ただのパズルグッズだとも知らずに。
「おとうさんぼくあれがいい!あれなんてなまえ!?」父は大声に驚いて僕の白い指先の向こうのおもちゃを見る。
「あれがいいのか?いや、お父さんとしてはもっと大げさなのでもいいんだぞ。ほら、このベルトかっこいいぞ?いつも真似してるヒーローのじゃないのか、これ。お財布の心配をするにはまだ早いだろう」
父は諭すが、六色六面体の魅力にすっかりハマっていた僕は聞く耳を持たない。
「あれがいい!はやくサンタさんにお願いしなきゃ!あれなんてなまえなの?」
「ようし、分かった。あれはな・・・」



「ルービックキューブ、ってあのルービックキューブ?」
僕と同じ新入生と思われる隣に座っていた女の子がよく通る声で言う。長い黒髪に赤いハンチングがよく似合う、あどけない顔つきでこちらを見ている。
そんな今時の女の子が隣に座っていることに若干の動揺を覚えながら、バッグから自前のキューブを取り出す。
おさんぽサークルのメンバーは僕を含めての6名、計10の瞳が机上のキューブに注がれるのを感じて少し緊張するが、おさんぽサークルという物腰柔らかな名前の響きの通り、みんな人が良さそうだ。
息を吸って安堵を取り込み、緊張を消化していく。
「そう、みんな知ってるコレね。じゃあ早速誰かにバラバラにしてほしいんですが……」
僕が言い終えると間髪を入れずに、返事が向かい側から返ってきた。
「はいはい!やりたいやりたい!ていうかこういうのは私じゃないとだめでしょ!」
そう言いながら机の上にあったキューブは一瞬にして彼女の元へとワープした、まさに0.8秒と衝撃である。
後に知ったことだが、彼女はおさんぽサークルの副部長である。なにかとメンバーを引っ張っていく立ち位置にいるようだ、なるほど納得。
あっけらかんとしている僕に、キューブを持った彼女の横に座っているスマートな顔立ちの金髪で短髪の男が僕に言う。
「ごめんな、こいつ昔っからこうなのよ。我儘というか自己中というか……。根は悪いやつじゃないんだがな、許してやってくれ。おいお前それ壊すなよな、おいやめろそれ握りつぶすもんじゃないから、バラバラにするってそういう意味じゃないから、回すアレだから」
「うっさいわね、それぐらい知ってるわよ。で、あなたお名前は?」
そういえば名前を言っていなかった。
「あ、石神秀です」
「石神くんね、これは何回くらい回せばいいの?」
「では、26回でお願いします。終わるまで目を瞑ってますので」
そういうと僕は机に突っ伏した。


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