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3rd Albunホワイト・ライオット・ボーイ<Disc 2>

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新年の幕が明け、新都社にオーケンが手抜きで書いたような性春小説が載る頃、ボクは向陽高校の第二音楽室を目指して歩いていた。

病院を退院し、学校に通い始めたのはいいが担任の先生に留年を告げられたのでボクは放課後の部活をメインに学校を番長登校するようになっていた。

まぁ、前任の番長はボクが追い出したんだけどね。その番長が在籍していた音楽室のドアを開けると同じバンドメンバーのマッスとあつし君が出迎えた。

「おぅ、ティラノ。ひさしぶりじゃん。調子どう?」
「うん、大分いいよ」

ボクがドラムの前のあつし君に返事を返すとマッスが肩から下げていたベースギターを弾き始めた。

デュグン、デュグン、デュン。独特の低音を聞きながらボクは椅子に座って二人のセッションを眺めていた。あれ?こいつら、ちょっと上手くなってね?

ボクがそんなことを思っていると後ろのドアが開き、三月さんが部屋に入ってきた。

「みんなおつかれー、鱒浦くん昨日言ってたパンフレットもらってきたよー」
「ああ、ありがとう」

三月さんからパンフを受け取るとマッスはそれをボクの前に広げた。

「向陽町ティーンズバンドバトル『光陽ライオット』!俺たちの次の目標だ!これに出て優勝出来るように頑張ろうぜ!!」

事態をボクが掴めないでいると三月さんが説明してくれた。

「ティラノ君が入院してる間2人でずっと練習してたんだよ。生まれ変わったボーカリストを迎え入れるために、って」
「病院で演ったような曲たくさん書いたら絶対優勝出来るって!」

あつし君がテンション高く立ち上がる。ボクはパンフの内容に目を落とした。「えーと、オープニングアクトは『となりの壁ドンドンズ』。あ、エスカさんの『きんぎょ in the box』も出るんだ」

「『きんぎょ』最近キテるよな。こんど『Dareka』と全国ライブ周るんだろ」
「...すげーよな。『Dareka』はポストバンプって言われたくらいのバンドなのにな。タイアップに恵まれてればなー。インディーズに落ちぶれなくて済んだのに」

バンド談義を繰り広げる二人を見てボクは本音を伝えることにした。

「お前ら、ホントにこのライブで優勝するつもりなのかよ。『光陽ライオット』つったら10年前からある権威ある大会。
そんな目の肥えた客達の前で楽器経験半年ちょっとのボク達が演奏して勝てると思ってんの?」

あつし君がつばを飲み込んだ。「やるからには優勝狙うに決まってんだろ」マッスの強い決意を聞いてボクは「よし!それでこそT-Massのメンバーだ!」

と二人の元へ駆け寄った。肩を組み合うボクらを見て三月さんが言った。

「漫画やドラマで見たけどこういうライブって大方やる前から優勝決まってるんじゃないの?主催者側は『きんぎょ in the box』を売り出したいんでしょ?」
「いや、大丈夫」

あつし君がボクの体から離れて言った。

「決勝トーナメントは主催者投票の他に観客からのツイッター投票があるんだ。『きんぎょ』に組織票が集まっても逆転できる可能性はあるよ」
「ウチのボーカリストは色々と人気物だからな」

マッスが横目でニヤけながらボクを見つめる。

「決勝は地元のTV局も入るらしいし『きんぎょ』に勝てばメジャーデビューの話もくるかも」
「まじで!?」
「とにかく最初の目標は予選リーグを通過することだな。ティラノ、TVの前で下半身露出すんのはやめてくれよ」

マッスがボクをからかうとボクは部屋の片隅に置かれていた自分の赤いストラトキャスターのストラップを肩から下げた。

メジャーデビューか。俄然やる気が出てきたぜ。ボクはギターにアンプをジャックし晴れの舞台に向けて号砲を打ち鳴らした。

「Let's get スウェーット!! 真夏の海はヌレっ、 ヌレっのダンスホール!
Let's get セーックス!! 真夏のギャルはヤリっ、ヤリっのオーバーホール!!
鼻の穴から息巻いて 花の穴めがけてイッちまいてー!」

ボクが目の前の三人に向けて新曲「真夏のmaji-pa☆Gal」を演奏するがみんなの反応は冷ややかだった。

三月さんがテーブルについてお茶を注ぎ、マッスがあくびをするとボクはギターを弾くのを止めた。

あつし君が涙目でボクの腕にしがみついた。

「おい...病院で俺たちに見せてくれたあのパフォーマンスは幻だったのかよ...」
「まー、こんなもんだよな。現実なんて...」

落ち込むバンドメンバーを見てボクは頭を掻いた。知らねぇうちに期待値が上がり過ぎなんだよ。ボクは病院で演ったアニキが作った曲、「バードケージ」のイントロを弾き始めた。

しかしエレアコとストラトのネックの違いに戸惑い何度もコード進行を間違えた。ティーカップを置いた三月さんがボクを見て言った。

「ティラノ君ってさぁ、ギターあんまり上手くないよね」

はぁ!?ボクが振り返るとマッスもそれに続いた。

「ああ。前から思ってたんだが...ノンタンの方がマシなレベル」
「キャラクターボイス.千秋は関係ねぇだろ!!」
「キレるポイントが違うんだよ。ティラノ、手、見せてみて」

ボクはムカつく気持ちを抑えながら左手をあつし君に差し出した。人差し指を揉みながらあつし君がため息をついた。

「やっぱ、そうだ。こいつ全然家で弾いてない」
「俺たち、ずっと2人で練習してたんだぜ?退院してからお前、なにやってたんだよ」

ボクは二人に2011年の11月から年明けまでの過ごし方を白状した。

「えっと、退院後は録画した『イカ娘』と『僕は友達が少ない』のアニメまとめ見して、年末は隣街まで『けいおん!』の映画を見に行きました。
年明けはひたすらコタツで食っちゃ寝、食っちゃ寝。みかんオナニーがとても気持ちよかったです」
「もう、だめじゃんこいつ...」

三月さんがテーブルに頭を擦りつけた。ボクは開き直ってみんなに叫んだ。

「なんでだよ!なんでいきなりボクに対する風当たりが強くなってんだよ!それに大会は2ヶ月後なんだろ?やるまえから諦めてるやつがあるかよ!帰れ!!」
「そうさせてもらう」
「ちょっと、ちょっと」

帰り支度をするマッスを三月さんがなだめる。ベースケースを肩に下げたマッスが帰り際にボクに言った。

「入院しててビハインドがあったのは確かだけどさ、お前には少しがっかりしたわ。次会う時にはちゃんと練習してこいよな」
「お、おいマッス」

部屋を出るマッスをあつし君が追いかけて出て行った。なんだアイツ。そこまで言うことねぇじゃねぇか。ボクは脂肪で柔らかくなったツルツルの手の平を握り締めた。

58, 57

  

「えー、今から超すごい事やるんであつまってくださーい!!!」

向陽町の駅前の公園。ボクは帰宅する学生やサラリーマンに向かって大声を張り上げた。ボクの声に反応した顔の怖いおにぃちゃん達が近づいてきた。

「あ?なにやるって?」
「えー、いまから路上ライブを、演ります...」
「つまんねー曲歌ったらぶん殴るからな、てめぇ」

人間の半径1mは「プライベートエリア」と言われている。そのエリアをはるかにまたぎながらボクを睨むおにぃちゃん2人を両サイドにボクはギターを弾き始めた。


「鱒浦君とあつし君ね、病院のティラノ君のライブ、すごくよかった、って褒めてたんだよ?」

ボクがマッスと喧嘩した放課後、帰り道でボクの少し前を歩く三月さんがつぶやいた。女の子と登下校。長年の夢が叶った瞬間だったがボクの心はルビーの指環のようにくぐもっていた。

生返事を返すと三月さんが話を続けた。

「鱒浦君なんて『アイツを気持ち良くバンドに迎え入れてやるんだ』って週4回もベース教室に通ってるんだよ。あつし君は知り合いのスタジオミュージシャンに、」
「もういいよ」

ボクは三月さんの言葉を遮った。音楽に対する意識の低い自分が恥ずかしかった。ボクの横に並ぶと三月さんがボクを見て言った。

「キス、しよっか」
「はぁ!?」

「じょーだん。どうせ帰ってあたしのことオカズにするんでしょ?気持ちリセットしたらもっかい二人のために頑張ってよ。じゃ、ここで」

三月さんは小走りで土手のむこうに消えていった。そっか。あいつらのためにも頑張って練習しなきゃな。ボクは家に帰って三月さんでNaNiKaをするとベッドの上でテレビを見つめた。

エリカ様が主演の「タイヨウのうた」の再放送がやっていた。そうだ、実戦経験を積むには路上ライブがちょうど良い。

ボクは手のひらの精液を洗い流し、ギターを抱えてこの駅前の公園に向かったのだった。


「あー、すっきりした」
「おめーみたいな調子コイてるガキみてるとムカつくんだよ」

2曲目の途中で金髪に殴りかかられたボクは冷たいアスファルトに突っ伏していた。世間ってのは、冷めてぇよな。口の中の血だまりを吐くとボクは立ち上がりアニキから借りたエレアコをかき鳴らした。


「ちょー、なにあれ。うけんだけど」
「おー、ヒロキー。あそこでストリートミュージシャンみたいのがいんだけど」

2日目のよる8時過ぎ。今度は酒に酔った大学生の連中がボクを取り囲んだ。

「おにぃちゃん、ゆずやって、ゆずー!」

口から吐く息が酒臭い。ボクは「Monig Stand」の間奏を止め「ゆず」で知っている曲を弾き始めた。

「サーウナ、行こう!サーウナ行こう!」
「ぎゃはは!」
「行かねーよ」

股の緩そうな縦巻きギャルがボクの姿をみて笑う。連中はしばらくボクをからかった後、「調子コイてんじゃねぇぞてめぇ」と肩を小突いて去っていった。後で気づいたが財布を盗まれていた。


3日目、ボクが「あずにゃんの声でイこうよ」という曲を演奏していると制服姿の女子高生が声を掛けてきた。

「あ、あの...昨日もここでライブ演ってた人ですよね?...よかったら一緒に写メ、撮ってもらえませんか?」
「え?まじで?」

ボクは演奏を止めて顔を整えると女の子の横に並んだ。ホワイトムスクの超いいにおいがする。「はい、とりますよー...」

写メを取り終わると女の子はかったるそうに態度を変え「ミキー。これでいいー?」と遠巻きに見ていた女の子に聞いた。

輪の中に消える彼女にぺこりと頭を下げるとボクは息を巻いて次の曲を弾き始めた。

後で知ったことだがmixiの彼女のブログで「罰ゲーム!」というタイトルで「ちょおきもぃストリートミュージュシャンいた…」と晒されていた。


4日目。向陽町に大寒波がやってきた。手はかじかんで指はひび割れる。野良猫1匹いない公園でボクは声を張り上げていた。

絶対社会に認められてやる。ボクはその気持ちを芯に凍える街並を睨みながら自分の感情をぶちまけていた。

ボクがストリートライブを始めて5日目。向陽町の公園にはとうとう雪が降り積もってきた。もちろん目の前にお客さんはいない。

ばす、雪合戦をやっていた子供たちが投げた雪が頬にぶつかる。

「すいませんでしたー」
「あやまんなくていいって。あの人、なんかオカシイじゃん」
「おいこら、聞こえてるぞー」
「やべ、逃げろ」

そしてボクの周りには誰もいなくなった。氷点下2℃。ボクは暖を取りに近くのファミレスに立ち寄った。

「ご注文は?」
「ドリンクバーは冷たいのとあったかいの、両方出来ますか?」
「はぁ…どちらかでお願いします」

なんだよ、ケチケチすんじゃねぇよ。こっちは喉ガラガラの手のひらガサガサなんだよ。

ボクはドリンクバーを頼むと薄いグラスと厚いカップを両手に持って機械の前に向かった。「あれ?もしかしてキミ、あの時のコだよね?」

機械の前で女の子に出くわした。えっと誰だっけ…「ほら、夏祭りであった。彼女出来た?てかまだ音楽やってんの?」

ドリンク片手に冗談で足を振り上げる彼女を見てボクは記憶がフラッシュバックした。

「あ、お久しぶりです!江ノ島エリカさん!!」
「江ノ島エスカね…」
「チェスカさん?...」
「いやいや!本田圭佑所属してないから!てかこのやりとり懐かしいな!」

「エスカー、どうしたの?」

後ろからエスカさんを呼ぶ女の子の声がする。「あ、紹介するよ。今時間ある?」

え?これはもしかして、誘われてる...?二つ返事でOKするとボクはエスカさん達が座っている席に向かい

両手を使ってパスタを食べている女の子にボクは頭を下げた。彼女がスプーンとフォークを置くとボクは鼻息荒く自己紹介をした。

「ボクの名前は平野洋一です!みんなからは、Tーれっくす、ティラノって呼ばれてます!
エスカさんとは夏祭りで知り合いました!ライブを邪魔された時は犯し殺そうとも思いましたがそれも今はいい想い出。プロのミュージシャン目指して日々頑張ってます!!」

「えー、なにこの人、おもしろーい」
「半生を語りだすかと思った。自己紹介で」

テーブルについていた二人がボクを見て笑う。「誰を犯し殺そうと思ったって?」エスカさんがボクの足を踏んづける。謝罪して席に着くとエスカさんは二人の紹介をしてくれた。

「こっちの髪が短いのが由比ヶ浜絵兎(ゆいがはまかいと)。ウチのバンドのベーシスト。んで、こっちの背の高いのがドラムの馳杏(はせあんず)ちゃん。
今日は今度の全国ライブの打ち合わせで来たってところかな。そして私が江ノ島恵栖華(えのしまえすか)。改めましてよろしく。ティラノ洋一くん」

「よろしくー」
「ども。」

「よ、よろしくお願いしますっ!一緒にプロ目指して頑張りましょう!!」

女の子3人とテーブルを囲みボクはテンションが舞い上がっていた。持ってきたドリンクを飲みながらボクは3人に色々なことを聞いた。

全国ライブに向けての心意気、口説かれそうになった有名人、彼女達が通っている学校の話とか。茶髪でショートカットのカイトさんはノリがよくて

「なでしこジャパン」にいそうなふいんきだったので「サワホマーレ・カイト」と呼ぶことにした。無論、心の中で。

しばらくすると退屈そうにしていた杏さんが口を開いた。「ねー、なんか腐ったドブみたいな臭いしない?」「えっ?そうですか?」

ボクがきょろきょろするとカイトさんが「おいやめろって」と杏さんをたしなめる。「ねー、平野くん、ミントスあげるよ」「はぁ、どうも」

「ねー、平野くん、コーラ飲んで」「はぁ、わかりました...」杏さんに言われるがままボクはミントスを大量に口に含みコーラを口に運んだ。


パァン!!乾いた音がファミレスの店内に響く。「ちょっと、大丈夫!?」立ち上がったエスカさんがボクに駆け寄る。青木田に殴られて入れた差し歯がからんからん、と音を立てて皿の上を転がった。

それをザン!とフォークで突き刺すと杏さんは低い声で話し始めた。

「おめーみたいなブサイクで才能も無い奴がモテるためにバンド始めました、みたいな話聞かされるとムカつくんだよ。
こっちは人生かけてプロ目指してやってんだよ。ガールズバンドってだけで『けいおん』、『けいおん』って後ろ指さされてさぁー
どーせあんたもけいおん見て音楽はじめました、ってカンジのオタクなんだろ?とっとと家に帰ってエロ同人誌でも読んでれば?」

「おい!杏!」
「いや、いいんです。事実だから...」

ボクはコーラと血を口から流しながら杏さんを睨んだ。サイフから千円札を取り出すとそれをテーブルに叩きつけて彼女に宣戦布告した。

「今度キミ達が出る『光陽ライオット』。それにボクのバンド『T-Mass』も出る。そこで俺がファッションで音楽やってるんじゃないってことをステージで証明してやるぜ!
パンツ洗ってまっとけや!このアバズレ女共!!」

「ちょ、てめぇ!!」鬼の形相で立ち上がる杏さんを見てボクは入口に向かって駆け出した。「ティラノ君!」エスカさんがボクの背中に向かって叫んだ。

「今言ったこと、覚えとけよ!」「ええ、覚悟しておきますよ!」ボクは扉を開けるとギターを抱えて街を走り出した。セミプロの人たちにケンカ売るなんて、なにやってんだ俺は。

てかやべぇ。あの杏って子、目がまじだった。ボクは第一線で勝負する女の子達の本性を垣間見た気がしていた。

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ボクは『きんぎょ in the box』の面々に喧嘩を売った後、その足で町外れのスタジオを目指していた。三月さんの話によるとこの辺のスタジオでマッスとあつし君は練習しているらしい。

英語の綴りの看板を見つけるとボクは地下に続く階段を下り、受付の人に挨拶してマッス達の姿を透明のドア越しに探した。

長身のベーシストを見つけるとボクは重い防音仕様のドアを開けた。

「あ、ティラノ、どうしたの?」

ドラムの演奏を止めてあつし君が立ち上がった。マッスがゆっくりとボクの顔を見る。ボクは二人を交互に見つめていった。

「今、『きんぎょ』の連中にバンドバトルで蹴散らしてやるって宣戦布告してきた。久しぶりにジャムろうぜ」
「おい、お前」

ギターケースを肩から下ろすとボクはマッスに左手の手のひらを向けた。

「路上ライブ5日間!雨の日も雪の日も観客ゼロの日もやりとおした!もうブヨンブヨンの脂肪のカタマリとは言わせないぜ!」
「...ティラノ」
「やっとやる気になったかよ。よし、じゃあ始めようぜ!」

マッスがあつし君に合図すると豪快なシンバルによって約5ヶ月ぶりにT-Massは再始動した。マッスとあつし君のグルーブにボクはエレアコを弾きながらアドリブでメロディを付ける。

「少しはマシになったじゃねぇか!」

マッスは声を張り上げると弾いているベースのフレーズを変えた。デ、デ、デリュン、ベルン、ベリン。1フレットから24フレットまで軽快に動き回るランニングベース。

すると今度はあつし君が苦手としていたハイハットの裏打ちから2バスで力強くドラムを叩き始めた。二人共、ずっと練習してたんだな。ボクは二人の猛烈な勢いに乗せられて

精一杯になりながらも一心不乱にギターをかきむしっていた。


30分ほどして部屋の退室時間が来たのでボクらは受付の前のロビーの席に座って水を飲んでいた。あつし君が感慨深げに口を開いた。

「いやー俺たちもバンド結成してもうすぐ1年か。早いようであっという間だったよな」
「おいおい、どうしたんだよ急におセンチになって」

ボクがからかうとあつし君はペットボトルのキャップを閉めた。

「俺、4月で高3になるからさ。3年になったら色々進路の事とか考えなきゃいけないし。ホントの事、言っていい?」
「言えよ」

1つ年下のマッスがあつし君に話を促した。外見だけ見たらどっちが上級生か分からない。あつし君を少し遠い目をして語りだした。

「あの時、ティラノに声かけて2人とバンド組んでなかったら俺、今頃どうしてたんだろうなぁ、と思ってさ。ずっと青木田達に復讐しようって
考えたままスティックで電話帳叩いてる間に高校生活終わってたかと思うとゾッとするよ。『光陽ライオット』。それを俺のドラマー人生の集大成にしたい。
今まで子供の頃から賞なんて取ったこと、なかったからさ。だから絶対に優勝してやろうぜ!『光陽ライオット』!」

「そうだな」

暖かい目であつし君を見た後マッスはボクの方を見た。わかってるよ。俺は二人の間で立ち上がった。

「俺、もっと練習してギターうまくなりたい!ちんこをいじって精子がでました、みたいな曲じゃなくてみんなが聴いて感動して興奮できるような、
もっといい歌が書きたい!そしてこのT-Massでバンドバトルを優勝したい!だからもっと!」

「お~キミら来とったんか~。毎日毎日遊びもせんと頑張っとんな~」

ボクが熱弁をふるっていると空気を読まずに「ドンドンズ」のボーカル、ドンキホーテ浜田さんがボクらの前を通りかかった。

「浜田さん!いつもありがとうございます!」

あつし君とマッスがドンキさんに深々と頭を下げる。ボクが頭に?を浮かべるとマッスが説明してくれた。

「ここのスタジオ、ドンキさんの口利きでタダで使わせてもらってんだよ」「へぇそうなんだ」

「時に少年、」

タバコに火をつけたドンキさんがボクを見て言った。

「さっき、もっとギターが上手くなりたい言うてたな。その言葉に偽りはないか?」

突然まじな話を聞かれてびくっとしたが俺は力強くうなづいた。「はい!最強のギタリストになりたいです!」

するとドンキさんはカウンターの方を振り返った。「そういうことや。ちょっとこの子に稽古付けてやってくれんか!」

受付のカウンターで爪を磨いでいたおねぇさんがけだるそうに立ち上がった。

「あ、ロックスのライブの時の...」

マッスが言いかけるとくすんだ金髪のおねぇさんはボクの方をぼんやりと見つめた。ボクは無言で頭を下げた。ひと呼吸置いておねぇさんの赤い唇が開く。

「明日の4時、多賀野山のバス亭前に来て。時間厳守。待ってるよ。洋一君」「は、はい!!お願いします!!」

ボクが声を裏返すとふふん、と鼻で笑いおねぇちゃんはカウンターの奥へ消えていった。

「『ピンクスパイダーあつこ』。俺の学生時代からのバンド仲間や。手ェ出そう思ったらキンタマ食い千切られるで」

ボクの肩を叩いてドンキさんは廊下を歩き出した。「あ、そうだ」道の途中で立ち止まってドンキさんは振り返った。

「4時言うても午後ちゃうで。午前4時。多賀野山はこっから2時間ぐらいかかるからちゃんと調べて向かった方がええで」
「は、はい!ありがとうございますっ!」

ドンキさんがいなくなったのを確認するとボクはゆっくりとため息を吐きながら顔をあげた。

「美人の先生がついてくれてよかったじゃねぇか」
「ティラノ、期待してるよ」

マッスとあつし君がボクの背中に無責任な言葉を投げかけた。その後二人と別れ家に帰ると明日の修行内容を予想しながら、アニメを予約録画して眠りについた。

午前4時ちょっと前、ボクは多賀野山のバス亭の前に立っていた。車で送ってくれたかぁちゃんが眠たそうに車をUターンさせて帰っていった。

こんなところで一体何をしようっていうのか。暗闇ひとり、ボクは白い息を吐いた。崖の下からは住んでいる向陽町が見おろせた。

「なんだ、本当に来たんだ」

突然声をかけられて振り返ると白いつなぎに麦わら帽子をかぶった女性が立っていた。

「よ、よろしくお願いしますっ!ボク、平野洋一っていいます!」
「知ってる。さっさと行こう。今日は忙しいよ」

ドンキ浜田さんに紹介してもらったピンクスパイダーあつこさんはボクの前を横切るとすたすたと狭い歩道を歩いて行った。

ぶかぶかの彼女のつなぎや長靴を見てボクは修行の内容を理解した。

「ギターの修行って、農業ですよね!?」「まー、そんなところだけど」

「よかった!ボク、サンデーの『銀の匙』って漫画ハマってるんですよ!家畜の餌やりでもマキ割ダイナミックでもなんでもやりますよ!」

調子外れのボクの声が闇に響く。アオーン。ボクの声に野犬が反応すると前を歩いていたあつこさん(この呼び方で呼ぶことにした)が立ち止まり目の前に現れた農場を見上げた。

ほう、こんなところに立派な農場施設があったなんて。無言で中に案内されると堅物そうな中年男性を紹介された。

おそらくボクの上司になる人だろう。こんな山奥にすんでいる人間なんて性格がねじ曲がっているに決まっている。どうせ鼻で笑われるんだと思い、

適当に自己紹介をすると白髪のおじさんはシワだらけの顔を崩して笑い出した。

「そうか!キミが昨日あつこが言ってた平野洋一君か!あつこをよろしく頼むよ!うん!ワシはあつこの父親の山田耕作!わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」

馴れ馴れしく耕作さんがボクの肩を叩く。あつこさんの方を振り向くと照れくさそうに視線を落とした。細身の体に長いまつげが綿毛のように揺れている。

学校のチャイムの音が鳴ると耕作さんが深く息を吐いて言った。

「よし、腹ごしらえをしたらさっそく平野くんに手伝ってもらおう!体力には自身ある?」
「はい!潜水は無駄に1分半出来ます!」
「...体力関係ないし」
「ハハハ!少しは見ごたえありそうだ!よろしく頼むよ!」

その後食堂に招かれ、ボクは他に数人の社員の人と朝食を摂り、トイレに大便をぶちまけると家畜が飼育されているケージに向かった。


「はぁ~~!もう、ムリですぅ~~」

太陽が昇りきる少し前、倉庫から20キロの家畜の餌を往復して運んでいたボクの腰は悲鳴をあげた。藁の上にどっかり腰を下ろすと

「ダメダヨー、サボッチャー」とカタコトでリャンさんがボクを叱りつける。うっせぇな、こっちはまだ完全に右足治ってねぇんだよ。

「はいはいわかりました。頑張りますよ」「ハイハイッカイデイイヨー、ニホンジンナンダカラワカルデショー?」

ボクは腰を上げるとちょいちょい嫌味を言ってくる中国人社員の後ろをついてなんども倉庫と牛小屋の中を歩き回っていた。


「どうだい!平野くん!牛の餌やりは?」

肩で息をしながら休憩室で休んでいるボクに耕作さんが話しかけてきた。「ええ...全然よゆうっす...全然」

胸ポケットからタバコを取り出したリャンさんが耕作さんに言った。

「ダメ。コノコウコウセー、ゼンゼンツカエナイ。オモイノ、モテナインダモン」「...そうか、平野くん、午後から違うしごとをやってもらう。1時になったら鶏小屋に来てくれ」

耕作さんはそう言い残すとリャンさんと一緒に喫煙室に入っていった。午後はにわとりでも追いかけんのか。ボクは深くため息をついた。


「そういうことだから。さぁ頑張って!」

あつこさんに説明を聞くとボクは目の前のピヨピヨ鳴く黄色い天使達を見つめた。「お腹の下をめくって出っ張りがある方がオス。ない方がメス。よろしく頼むね!」

スタジオでの不健康そうなふいんきとは違い、はつらつとした態度で仕事のやり方を説明するとあつこさんは鶏小屋へ走っていった。

そう、午後のボクの仕事はひよこの鑑別だ。ひよこを上から掴もうとするとピー!と激しく鳴きながら指をつついてくるので手のひらで優しくすくうようにひよこをひっくり返してやった。

この子は肛門に突起がある。こいつはオス。♂のマークがついたケースにそいつを放り込むと次々にボクはひよこの下半身を眺めながら識別していった。

日が暮れるとスピーカーから学校のチャイムのような終業の合図が鳴った。くぁ~、やっと終わったぜ...ボクが凝った肩を回しているとと耕作さんがボクの元へやってきた。

「おつかれ平野君!」「おつかれさまでした~」「そういえば、今日、泊まる所あるのかね?」「いや、ないです。かぁちゃんに迎えにきてもらおうかと」
「いや、家から遠いだろう。今日はウチに泊まって行きなさい」「いいんですか?」「そういうことだ。あつこ、平野君に部屋を案内してやってくれ」

耕作さんの言葉を聞いてあつこさんがボクの前に歩いてきた。「ウチらの家、この近くだから。着替えたらさっさと入口の前に来て」

つっけんどんな態度でボクに言うと腰まであるくすんだ金髪をひるがえしてあつこさんは小屋から出て行った。

「どうだい?ウチの娘は?」「は、はぁ...いいんじゃないでしょうか」「ハハハ!そうか、ハハハ!」

耕作さんの笑い声を聞きながら着替えを済ますとボクはあつこさんの後をついて彼女らの家に向かってけものみちを歩いていた。

62, 61

  

職場から少し離れた山田家に招かれるとボクは耕作さんとその奥さんとで食卓を囲んだ。「いいんですか。食べさせてもらっちゃって」

キッチンから出てきたあつこさんがボクの前にご飯茶碗と卵を置いた。あれ?これって?もしかして?TKG?

ボクが涙目で耕作さんに訴えるが耕作は黙って笑うだけだ。席についたあつこさんがボクに言う。

「洋一、ひよこのオスとメス、間違えすぎ。女の裸、見たことないんじゃないの?」「う、うっせぇな!」「クォラ!食事前に下ネタは止めなさい!」

耕作さんの奥さんに口喧嘩を止められるとボク達は食卓で手を合わせた。「いただきます」ボクは筋肉痛の両腕を上げ卵をかき混ぜた。

「ちゃかちゃかちゃかちゃか、かき混ぜんの、止めろよ」「すいません、お醤油とってもらえませんか?」

あつこさんの嫌味を無視し、耕作さんから醤油を受け取るとご飯の上に流した卵の上に醤油を垂らした。いくらペナルティとはいえど重労働のあとに

卵かけご飯だけ、って俺を舐めてるのか。怒るでしかし。口の中にご飯をかっこむと甘味で頭の中がふっとんだ。「う、うまい!」ボクは思わず立ち上がりテーブルを猿のおもちゃのごとく叩いていた。

「今日採れた卵だからねー。栄養価もたっぷりだ」「すいません!おかわりください!」速攻で平らげたボクがキッチンに向かおうとすると奥さんが代わりにご飯を注いでくれた。

採れたての卵がこんなにうまいとは。白身が鼻水みたいにビロンビロンにならず卵黄に厚みがあって食べごたえがある。

結局ボクは卵かけご飯だけで5杯もおかわりをした。「はぁ~ごちそうさまでしたぁ~」「...本当にTKGだけで晩飯済ませたよ、この子」

食事が済みあつこさんがキッチンに向かうとボクは食器の洗いを手伝うことにした。らーめん屋で皿洗いのバイトをしていたので食器を洗うのだけは得意だった。

あつこさんにTKGの味についての感想をいうとあつこさんはこんなことを言った。

「そりゃ、キミが食べた卵だって雌鶏が肛門痛めて生んだ魂だからね。キミが今日鑑別したひよこたちだって将来は食用になったり
『卵を生む機械』になったりする」
「そっか、ボクがあの卵を食べてなかったらピースケ達がこの世に生まれて来ていたのに...南無三...」
「ひよこに名前つけんなって。別れが辛くなるよ」
「まぁ、ともかくおいしいご飯が食べれて満足です!生命ばんざい!ビバ・ラ・ビダ!」
「そ、そうなんだ...それよりさぁ、」

「おーい、ティラノ君、風呂上がったぞー。次入りなさい」「はーい、わかりましたー」

食器洗いが済んだのでボクはもじもじしているあつこさんの横を通り過ぎ風呂に入った。ゴムがのびのびの耕作さんのパンツを履くとボクは用意された自分の部屋の布団に横になった。

「はぁ~、一日仕事もしたし、うまいご飯も食ったし、風呂にも入ったし...世は満足じゃ」

うとうとし始めると頭のなかに「一本満足」のキチ○イみたいなCMが浮かんだ。「まん、まん、満足!...じゃねぇよ!ギター特訓しに来たんだろ!」

起き上がりギターをつかもうとするがどうにも体が限界だ。ごめん、今日、無理。ボクは半ケツを出したままそのまま眠ってしまった。


「洋一、洋一、起きてる?」夜中に布団で寝ているとあつこさんの声が聞こえる。まだ仕事の時間には早いはずだ。「う、う~ん、起きてますけど」

目垢だらけの目をこすり目を開けるとあつこさんがボクの上にまたがっていた。え?うぇえ!?「洋一、セックスしようぜ」

うわわぁ~、ちょっとォ~!ボクが抵抗しようとするとあつこさんに両腕を抑えられた。「あたしの事、嫌?」温かい吐息がボクの鼻をくすぐる。

「いや、嫌じゃないですけど...」「すっごい硬くなってる」あつこさんが腰を左右に動かすとボクは全身の力が抜けた。

「い、いや、始めては好きな人と...」「ごめん、聞こえな~い」うす暗がりで悦楽の笑みを浮かべ、騎乗位で腰の動きを早めるあつこさんを見てボクは恐怖がこみ上げてきた。

「止めロッテ!」ボクが力一杯体の上のあつこさんをはねのけると下着姿の細い体が畳の上に転がった。ボクはパンツを履き、電気をつけるとあつこさんを見下ろして叫んだ。

「いい加減にしろよ!あんた、いくつだよ!」「…34の女盛りです…」「はじめからボクの体が目当てだったんだな!」「だって...」

目に涙を浮かべながらあつこさんが言う。

「ライブの時に『ボクの童貞をキミにささぐぅーーー!!!』って言ってたから...」「それは表現上の比喩だ!34にもなったらわかるだろ!!」

ボクは服を来てギターを抱えるとあつこさんを睨んだ。「帰る」「そ、そんな...」真っ平らの胸にはめられたブラから小梅がはみ出しているのが見えたがなんとか堪え

くの時になりながらもボクは山田家の玄関をくぐった。「ズェッテェー、後悔するからね!」捨て台詞を吐くあつこさんを見てボクは早足でけものみちを下り降りた。

真冬の1月の寒空の下、ボクはどろのついた雪をはねのけながら歩きで国道を下に降りていてた。

あぶねー、あぶねー。あともうちょっとであのおばさんに犯されてしまうところだった。きっとあの女、週3回のスタジオのアルバイトで気に入った男を見つけたら

ギターの練習とかこつけて家に連れ込んで喰っていたのだろう。山田あつこは華麗なるスパイダー。あんなとこにいたらいつ貞操を奪われるかわかったもんじゃない。

ボクは歩みを止め星空を見上げた。オリオン座がすっげぇはっきりボクが住んでいる街を照らしていた。よーし。テンションがアガったボクは

ジャンパーを脱ぎ、一気に丸ハダカになった。一度、大自然オナニーをしてみたかったんだよねー。「ホァ、ホァ!ホァ~さむ!やっ!きもちぃ!」

あつこさんにしゃぶられていたかもしれない息子はすぐに勃ちあがりボクは向陽町を見下ろしながらイチモツをしごく手を早めた。当然周りにはだれもいない。

俺だけのprecious time. そうさ、この瞬間だけは、生きてる、ってことを実感できるぜ。「くぁ!くぁ~くはぁ~~ん!!」

絶頂まであと少し。すると背後からざっ、と雪を踏む音が聞こえた。ボクは肉棒から右手を離し恐る恐る振り返った。

「や、なに?痴漢?」
「変態?何なの?」

後ろに立っていた大学生くらいの女の子二人がボクを見て抱き合って後ずさりを始めた。ヤバイ。このままだと露出狂のレイプ魔と言いがかりをつけられて豚小屋行きだ。

ドースル?ボクがとった行動は、そう!ピョンピョンしよう!!

「もののけじゃ~もののけじゃ~」
「きゃ~、妖怪!!」
「ショウコ、早く逃げよ!魂吸い取られるよ!!」

ボクを見て怯えまくった二人は驚いて腰を折りながらも反対方向へ全力速で去っていった。ふぅ。なんとか事なきを済んだか。ボクはすっかり萎えてしまったたいまつに

再び摩擦熱を与え、その灯火を新雪にほとばしらせていった。


自慰を済ませたボクは歩道の切り株に腰を下ろし今日の事を思い出していた。いきなり朝っぱらから農場で働かされたこと、天使のような鳴き声でボクを呼ぶひよこの群れ、

耕作さん家でいただいた歯が抜け落ちるほどうまい採れたて卵の黄身、30代半ばのあつこさんの骨と皮だけのカラダ。

一体こんなことやって何になるんだ。ボクはギターの練習でこの山奥に来たのになんでアラフォー女の性欲処理をしなきゃなんないんだ。

再びムラついた気持ちを沈めるためにボクはギターケースからギターを取り出した。エレアコの音色がぼーんとヨゾラに響く。

あれ?なんかおかしいぞ?二回、三回、と弦を引き下ろすたび、その違和感は大きくなっていく。うへへ。ボクは元来た道を逆に登り始めた。


「おかーさん、いってきまーす...ってうひゃぁ!」

玄関の引き戸を開けたあつこさんがボクの姿を見て玄関に尻餅をついた。ボクはぬかるんだ土から頭を上げて叫んだ。

「あつこさん!昨日は女として恥をかかせてしまい、まことにすいませんでした。本来なら腹を切って自害すべきところですが私、数年後に最強のギタリストになるゆえ、
この度は寛容なる心で許して頂きたき候、時期尚早でボク早漏!」

「なに言ってんの?!わかったから、とにかくそこからどいて」

あつこさんに体を引き上げられると作業着を着た耕作さんが階段を下りてやってきた。

「お~、おまえら、昨日はお楽しみだったみたいじゃねぇか~」「はい!娘さん、最高でした!」「クォラ!」

あつこさんに小突かれるとボクは山田さん家にギターや荷物を置き、泥だらけの服のまま仕事場に向かう山田親子の後をついて歩いた。


64, 63

  

「それではあつこ先生、よろしくお願いします」「うむ」

鶏小屋の管理ルーム。午後になると耕作さんから昨日と同じようにひよこの鑑別の仕事を言い渡された。昨日のボクの仕事にあまりにも間違いが多いとクレームが

入ったため、あつこさんにもっかい仕事を教えてもらうのだ。

ひとかたまりになったひよこの群れがピヨピヨ鳴きながら不安げにボクを見つめている。「じゃ、教えるね」

あつこさんはその群れの中から無造作に一羽掴み取るとそいつを横にひっくり返した。「ああ!ピースケがかわいそう...」

「だから名前つけんなって。後ろから人差し指と中指の間に首を挟めばつつかれないから。野球のフォークの握りのイメージ。ほら、やってみ?」

ボクは大魔神佐々木の握り方を思い浮かべ、人思いにひよこの群れに右手をつっこんだ。うりゃ、ごめんよ!ボクが二本指でひよこを持ち上げると

短い羽をばたつかせて逃げようとする。「力入れすぎだよ!楽にして!」「うは!うは!」力を抜くとひよこは真っ逆さまにケージに落ち、

ピヨ彦は一目散に仲間の元へ逃げ隠れていった。「うーん、握り方はやりながら覚えよう。次!オスとメスの違いは?」

「はい!肛門に突起があるのがオス!卵を産むためにないのがメスです!」
「よく出来ました!肛門から出てきたものは別にして捨ててね。目標は1羽3秒!それじゃ、頑張ってね、ダーリン」

ボクに仕事を教えるとあつこさんは持ち場である鶏小屋へ戻っていった。変なあだ名で呼ぶなよ。バカップルだと思われんだろ。

いけね。集中しろ。ボクは頬を叩いて気合を入れると混沌と化した羽毛まみれのケージに両手をつっこんだ。


うはは~かわいいひよこさんたちがいっぱい~。ちょうもえる~


「こら!うとうとしない!」

午後3時過ぎ、ボクはあつこさんの痛烈なローキックで目を覚ました。いかんいかん。しかし同じリズムで奏でられるピースケ達の歌声を聴いているとどうしても眠気がやってきてしまうのだ。

「新しいの、どんどん入れてくよ、ほら!」

ケージのフタが開くとベルトコンベアでどんどんピヨ美達が運ばれてくる。ボクが全力でオスとメスを見分けるがケージはどんどんピヨ太郎で埋め尽くされていく。

ぐぇ~、むりぽ~。ボク側のケージの扉が開くとコンベアの流れに乗ったひよこ達は一斉にボクの体に飛びかかってきた。

「あ~あ、ゲームオーバー」

ひよこの大群に押しつぶされて倒れたボクの頬にピヨ美がくちばしで激しくキスをした。「洋一にはちょっと早かったね」その日の残りは逃げ回るひよこを追い駆け回して終わった。


「あつこ先生、ギターの弾き方、教えてください!オナシャス!」

夕方、昨日と同じように山田家に泊めてもらったボクは居間でチュニック一枚でくつろぐあつこさんに声をかけた。

「なーに?今日は積極的ね」「いや!そこんとこは生徒と教師の超えちゃいけない一線!とにかくお願いします!」

「禁断の恋の方が興奮するやん?感動するやん?...ギター持ってくるからちょっと待ってて」そう言い残して奥の部屋に消えるあつこさんを見てボクは自分の部屋であつこさんを待った。

「じゃーん、お待たせ~ちゃらりららら~」

ふすまを開けるとあつこさんが黒いレスポールのギターを抱えて現れた。「洋一君、メタルの経験は?」ミニアンプの電源を入れながら聞かれた。

へ?メタル?ボクは頭に浮かんだギタリストの名前を答えた。「リッチーブラックモア!ディープ・パープルの!メタルじゃないかもだけど!」

「OK」ボクのリクエストを聞いてあつこさんは 「catch the rainbow」 のギターソロを弾き始めた。

「うおー!かっけー!B'Zの松本みてー!!」ボクの歓声を聞いてあつこさんはふふん、と鼻をならして風呂上りの長い髪を振り乱しながらチョーキングを繰り返した。

ギターの音が鳴り止むとボクは感想を述べた。「いやー、やっぱあつこさん、スタジオでバイトしてるだけあってギターうまいわ」

「喋らないで。まだ、途中だから」

静かにギターのボリュームを調節しながらあつこさんは語りだした。

「あたしも学生時代は暗い子でね。家に帰ったら毎日エレキギターばっかり弾いてたよ。毎日往復20キロの登校距離で通うお嬢様校にあたしは馴染めなかった」

ギターのボリュームが少しずつ大きくなる。

「そんなあたしを救ったのがロックンロールとデスメタル。レコードから流れる名曲達はあたしを嫌なことから開放してくれた。『救われたんだ』って思ってたんだよ」

張り詰めた1弦が尖った音を立ててネックから離れ落ちた。

「でもね、そんなんじゃダメだって思った。だって人生一回きりでしょう?明日大きな地震が起きて世界がなくなっちゃうかもしれないし。
やりたいことを☆♪■▽□♪☆.........」

「あつこさん!何言ってるかわかんないですって!文字化けしてますって!!」

急に熱演を始めたあつこさんはボクが言っても演奏を止めなかった。三十路女の情念。泣きながらギターでもかきむしらないとやってられないのだろう。

9分近いギターソロが終わると汗と涙を拭いながらあつこさんは立ち上がった。

「寝る」「はぁ!?特訓は?」「明日やる」

それだけ言い残すとあつこさんはギターを持って自分の部屋に戻っていった。なんて自由なひとなんだ...先生がいなくなったボクは自分のギターを抱えて自主連することになった。

おほほ。いい感じ。ボクはここに来てなんとなくだけど飛躍の兆しを掴めたような気がしてきた。

「ピースケ861!ピヨ美923!うららららららぁ~~~!!!」

いつものようにボクは鶏小屋の管理ルームでひよこを仕分けていた。ここに来て2週間。ボクはほぼ毎日この農場施設で働いていた。

キーンコーンカーンコーン。頭の上でチャイムが鳴ると隣の部屋で仕事をしていたあつこさんがやってきた。

「おつかれ!今日は何羽出来た?」「はい!ピースケが902匹!ピヨ美が1041匹!PIYO.ちゃんが103匹です!」
「へぇー、洋一仕事早くなったじゃん」

ボクがオカマ認定した連中のケージから一羽拾い上げてあつこさんは笑った。そいつをオスのケージに放り込むとあつこさんは言った。

「よし!修行終わり!」「へぇ?!ボク、まともにギター教えてもらってないんですけど~!!」「ははっ」あつこさんが微笑んでボクの顔を見た。

「とぼけんじゃないわよ。なんでひよこの鑑別なんかさせたか、わかってんでしょ?」「はは、ばれたか...」

ボクはひよこの羽毛と体液だらけの手で頭を掻いた。その後やってきた耕作さんと一緒に帰り支度をして、ボクらは職場を後にした。


「それじゃ、洋一君、最終日までお勤めご苦労さま!今日は遠慮なく食ってくれ!」「ウホ!これ、全部食っていいんですか?」

ボクが食卓に並んだごちそうを眺めていると奥さんが目を潤ませた。「今日で洋一くんともお別れね」あつこさんが黙々とフォークでチキンを口に運ぶ。

農場で育てた牛の肉は油がのっていてクソうまかった。たらふく飯をご馳走になった後、ボクは湯船の中で手のひらを開いた。

そのまま手のひらをぐっ、ぱっ、ぐっ、ぱっ、と閉じたり、開いたり。波紋はほとんど起こらない。よし。やったぜ。曇った鏡の中で気持ちの悪い顔が笑う。

ひよこの鑑別には手首の柔らかさとひよこを傷つけない繊細さが求められる。その能力をギター演奏に生かしたら?

今までのボクの演奏は自分の感情を伝えようとし過ぎてギターを弾く手に力が入りすぎていた。

ひよこを抱えるようにネックを掴み、ひよこをひねるようにピックを返す。演奏基本動作の反復練習。ボクはここに来て飛躍的にギターを扱うのが上手くなった。

風呂から上がり、窓から満月を眺めながらボクは新鮮な牛乳を飲み干した。ギターを柔らかく操作する力。その能力をオナニーに生かしたら?

ボクはいつものようにパンツを下ろしイチモツをしごき始めた。すげぇ!まるで自分の手じゃねぇみてぇだ!!冷凍庫で冷やして壊死させた右手とは違う。

まるで男の性感帯をすべて心得たベテランAV女優にしごかれているような!衝動的感動!!ま、童貞だからよくわかんないけどね。


「よういち~、Mステに椎名林檎が出てるよ~」「あっ!ダメだって!!」急に引き戸を開けたあつこさんの白い顔にボクの28mmの銃口から飛び出したタマが飛びかかる。

「すいませんでした!」フルチンで立ち上がって謝るとあつこさんがたん、と引き戸を閉めた。カルキ、ザーメン、栗の花。

最終日だっていうのに恩人に精液をぶちまけてしまうとは。このバカチンが。反省して布団に腰を擦りつけていると再び引き戸が開いた。

「おら!オナってんじゃないよ!ほら、ギター弾いてみ?」よだれで濡れた枕から顔を上げるとワンピース一枚のあつこさんが愛用にしているレスポールをボクに向けた。

「2週間の練習の成果、私に見せてよ」

ボクはパンツを履くとあつこさんからギターを受け取った。首からストラップをかけるとずっしりと重い。はぁ、『けいおん!』の唯にゃんはこんな重いギターを

抱えて走り回ったりライブを演ったりしていたのか。「曲は何がいいですか?」「洋一が弾ける曲だったらなんでもいいよ」ケーブルをミニアンプにジャックするために

こっちに尻を向けているあつこさんが言った。とんがりコーンのような尖った尻が全然美味しそうに見えない。いかん、集中、集中。

「それじゃ、バンプで」

にわとりつながり、という事でボクはBUMP OF CHICKEN の天体観測のイントロを奏でた。「うお、すげ!」黒いギターから深みのある重低音が鳴り響く。

まさにロックギター。レスポールってこんな音色だったのか。初めて聞くこのギターの声に感動しながらボクは性急なリズムとメロディーを

6畳の真ん中に座る師匠に向けて贈った。

「おぅ、いぇーい!アハーン!あー、あー、あはーん!!オゥイェーイ!」

最後の音を弾き終わると少しの残響の後、あつこさんがぱちぱちと拍手をした。そして立ち上がってギターを受け取るとボクに言った。

「あ、あんまり上手くないですな!」「ふぇ!?」「...いや、洋一が好きだっていうアニメの真似...この2週間、よくやったよ。バンドバトル、頑張んなよ」

「あ、あの!あつこさん!!」ボクに背を向けたあつこさんを呼び止めた。「ちょ、何やってんの?!」ボクは服を全部脱ぎ捨ててあつこさんに向かって叫んだ。

「初日に恥をかかせてすいませんでした!ほら!お望み通り好きにしやがれ!!ボクの童貞をキミに捧ぐぅー!!」

ギターの弾き方を教えてもらったんだ。これぐらいやらないと。布団の上でM字開脚をするボクを見てあつこさんは言った。

「いいよ、キミまだ16でしょ?初めては好きな人の為にとっときなさいよ」「へ?いいんですか?」股の間からあつこさんが笑う。

「果実は熟したほうが美味しいってね。セーシも受け取ったし」「え!?」「んーん。こっちの話。明日の昼ここを出るから用意しといてよ」

そう言い残すとあつこさんは廊下を出て階段をのぼっていった。


次の日、耕作さんとその奥さんに別れを告げるとボクはあつこさんの軽4で多賀野山の国道をくだっていた。

「ねぇ、洋一、見てみ?」「うぉー、すげぇ...」

崖の向こうから7色の柱が向陽町に向かって突き刺さっている。「あの街に住んでる人は自分が虹に包まれてるって知らないんだね。
幸せもたぶん、そういう形なんじゃないかって」

「お、あつこさん、詩人ですな」ボクが茶化すとハンドルを握るあつこさんが笑う。30半ばのあつこさんが「結婚」という名の虹を掴む日は来るのだろうか。

町内に下り立った車は向陽高校の駐車場に停まった。放課後を告げるチャイムが校庭に鳴り響く。

ここでお別れか。ボクはあつこさんに別れのあいさつをした。「色々ありがとうございました!バンドバトル、絶対優勝してきます!」

後ろの席からリュックを取り出して振り返ると目の前にあつこさんの顔があった。「これ、おまじないね」

ボクのおでこから唇を外すとあつこさんが恥ずかしそうに笑みを浮かべた。「世界を変えてきなよ」「あ、ありがとうございます...」

2週間連れ添った師匠から言葉を受け取ると登下校する知り合いに額のキスマークを冷やかされながらボクは仲間達が待つ第2音楽室の扉を開けた。


3rd Album ホワイト・ライオットボーイ<中編> 終了 <後編>、いよいよバンドバトルが始まります!ご期待ください。
66, 65

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