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1.安息

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ジェット旅客機B747-400特有の、枕元の彼女から聞こえてきたら引いてしまう寝息のような(決していい例えではないが)低音が鳴り止むことなく、几帳面に座席が並んだ機内に響いている。

行き先は、オーストラリア。さすがは有名国立大学の附属校。修学旅行には似つかない行き先だ。

外は既に暗闇が支配しており、昼夜を問わずはしゃげる若さを持った高校生達でも深夜2時を過ぎたこの時間ではさすがに皆寝入ってる…と言いたいところだが、当然静寂とは正反対の空間が機内には広がっていた。

しかし、賑やかなはずの機内もどこか寂しい。それもその筈、機内には彼ら千原木大学教育学部附属高等学校3年5組の生徒しか乗っておらず、機内は空席が「目立つ」どころか空席が大半を占めている。

まあどこか寂しい空間も、遊び盛りで元気の有り余った高校生にとってはかっこうの遊び場でしかない。

そして、機内に彼らしか搭乗していない理由もまた、さすがは国立大学の附属校である。

たまたま3-5の生徒が乗った新都京国際空港行きのバスは、交通事故の影響で到着時間が大幅に遅れ、空港に着いた頃には既に他のクラスの生徒はオーストラリアへと出発してしまっていた。

そこからがまともな考えではない。遅れてしまった3-5の生徒の為だけに、飛行機を一機まるごと貸し切り状態にしてしまったのだ。

どうやら他の客に迷惑をかけ、何かと問題にならないようにする為という大義名分だが、どこにそんな金があるのだろうか?金持ちの考える事は理解が出来ない。旅客会社の職員ですら疑念を抱く程の一種異常な決断だといえた。

そんな理由で3-5の生徒達は、幸か不幸か離陸時間に遅れてしまったことにより、優雅な空の旅を過ごしていた。(彼らの態度・振る舞いを優雅と呼べるかどうかは、甚だ疑問だが…)

そんな機内にも数少ない物静かな面々がいる。無造作にそしてさりげなくおしゃれにセットされた黒髪と、一見したら女にも見えるほど大きな瞳と端整な顔立ちの小漣光(男子:9)もその一人。

普段は特におとなしい方ではないのだが、今日は昨日から読み始めた話題の小説にすっかり夢中らしく、一心不乱に読みふけっている。

小説はかなりの大作で、手にあまるほどの厚さだ。まあ読みふけると言っても物語はまだ序盤、主人公が初めて人を殺してしまう場面までしか読んでいないが。

そして隣席の双子の妹。肩よりちょっと短い栗色の綺麗なストレートヘアと、まるで男のようにハッキリと強い意志を持った大きな瞳と端整な顔立ちの小漣ヒカル(女子:9)は、昨日のテニスの試合で疲れたのかスヤスヤと既に寝息を立てている。

ふと、光が本を閉じ、何か思いついたように立ち上がると、

「どうしたの?お兄ちゃん。」

それに気付いた隣のヒカルを起こしてしまった。寝起きにも関わらずいつもの兄想いで優しく、クラスの人気者であるヒカルらしい言葉である。

「酔った…」

光は自分が乗物に弱いことを忘れており、慣れない飛行機の揺れと細かい文字の羅列の影響を受け、三半規管が早くも限界を訴えていた。

いつもは健康そのものといった整った顔も、体調の悪さから血の気が引き青ざめ、表情も苦痛で歪んでいる。

「ちょっと便所……」

その声にも元気がない。

「大丈夫?一人で行ける?」

ヒカルの優しさ溢れる言葉に対する光の答えは、ただ手で「大丈夫」という合図送るだけ。本当に限界らしい。

立ち上がった光がふと前の方を見やると、ファーストクラスの方から何人かの女子の騒がしい声が聞こえる。寺田夏美(女子:11)・根岸文恵(女子:14)・原真理子(女子:16)が一人の男を囲んでその男の話題で盛り上がっている。

三人ともまあ可もなく不可もないという、ごく普通の女子高生である。そして、囲まれている男は神宮司純(男子:10)。三人は彼の“親衛隊”。

肩まで伸びた少し金がかり軽くパーマを当ててた髪と、如何にも金持ちらしいきめ細やかな白い肌、腕にはキラリと光る金のロレックス。

純は日本有数の財産を誇る家系“神宮司”の一人息子。加えて悔しいかなルックスは誰の目から見てもかなりのもので、並のアイドル程度は裸足で逃げ出してしまうレベルの美男子だ。

これで暇が有れば鏡を手にして自分の顔を見る事さえやめてくれれば文句ナシなのだが…

まあ今の光にとってはどうでも良いことであった。そんな場合ではない。今にも今朝食べてきた大好物のシュガートーストが大挙して押し寄せてきそうな勢いである。

本格的にやばいぞ…っと光が後ろを振り返り歩き出すと、2列後ろの席に何人かの男子が集まっていた。
野球部の名ライト、安久津濠(男子:1)・同じく野球部のエースで4番、五十嵐亨(男子:3)・サッカー部の司令塔でキャプテン、黒川伸一(男子:6)・バスケ部センターベンチ(つまり万年補欠…)、渡会大輔(男子:21)といった活発的な部類に入る四人だ。

濠と亨は二人とも野球部の定番坊主頭だが、亨の方は坊主頭を赤茶色に染めている。甲子園には程遠かったこの学校を、一人で県大会決勝まで連れていった実績により発生した“特権”というもののお陰で、彼だけに許されている行為。

亨は野球のセンスにも体格にも恵まれ、1年生の時から「天才」と呼ばれ常に試合に出続けてきた男。逆に濠は名前のイメージとは程遠い線の細い体をしているが、抜群の守備技術でレギュラーを勝ち取った、努力の男である。

そんな正反対の二人だが何故かウマはあった。1年の時から野球部内では一番の友達同士であり、決して野球に向いているとは言えない濠がここまで頑張って来れたのも飾らない天才・五十嵐亨がいつも励ましてくれたからであった。

そして、二人といつも行動を共にしているのが、自慢のドレッドヘアをなびかせてサッカー部を引っ張る黒川。

彼はおしゃべりで、クラスの中でも、勿論この3人でいるときも、話の中心になるような人物。しかも何故か憎めない性格をしていて、せっかく出来た彼女とすぐに別れてしまう事がしばしばあったが、誰も彼を憎んだり嫌ったりしている子はおらず、今でもみんないい友達関係を続けている。
それにやるべき時は普段のおちゃらけた態度は封印し、真剣にやり通す、筋の通った男である。亨とは幼稚園らいの幼なじみで、お互い相手について知らないことはないらしい。

そして渡会は、伸一や亨と言ったクラスの中心にいる連中といつも行動を共にしている奴で、俗に言う「世渡りが上手い」男。

4人は修学旅行の1週間後に迫っている全学年全クラス対抗の球技大会のチーム割りについて考えている。おそらく光のように特に決まった部活をやっているわけではないけど、抜群に運動神経が切れる奴をどの種目に入れるかを見当しているのようだ。高校生になってもなんだかんだでこういうスポーツ系の行事に、燃えてしまうのは体育会系のサガと言ったやつだろうか。

4人から目を離し少し進んだ左手に一人ぽつっと座っているのは江住奈々(女子:3)どこのクラスにも一人はいる陰のような存在と化してしまっている暗い女子。それでもこのクラスにいじめの様な陰険な事はなかった。ただ、いつもは人見知りなどしない光も彼女だけは少々苦手であった。

そして更に前へ進み右の奥の方を見ると、雨宮怜示(男子:2)と飯島みい(女子:2)のカップルがいちゃついている。見慣れた光景と言えば見慣れた光景だが、やはりどうも人のそういう場面を見るのは気恥ずかしい思いがしてしまうのか、光はちらっと見てすぐに視線を前に戻した。

そして席が広いはずなのになぜか人が少ないビジネスクラスを抜けるとトイレがやっと見えたが、その頃には何とか光の“発作”も収まっていた。
『せっかく席立ったんだから他の連中の様子でも見てみっか』、と光は飛行機の更に後方に向かって歩き出した。
5, 4

  

エコノミークラス最前列の中央で何やら盛り上がってるのは、沖田真(男子:4)・伊達正臣(男子:11)・南田祥悟(男子:19)・森三郎(男子:20)の4人。

今日もトレードマークの紺色の野球帽を被っている真はクラスの中心人物。光と同様に部活には入ってもいないし、成績がいいわけでもない(むしろかなり悪い…)のだが、彼の義理人情に厚く明るい人柄と屈託のない笑顔に魅せられた多くのクラスメイトが彼に信頼を寄せている。

頭が決してよろしくない分を補う様に抜群の運動神経を誇る真だが、本人は成績が悪い事をかなり気にしてる。しかし、そんな事で彼の信頼が揺らぐ訳もなく、万年学年最下位を争う事実等気にする者は誰もいない。むしろ一度数学で満点を取ったときなどクラス全員で真剣に心配してしまったほどである。(余談だが、返却後発表されたテストの平均点は95点であった)

伊達は真とは真逆、頭脳派の天才。ろくに勉強している姿を見せないし、パソコンをいじってばかりで勉強する時間なんてないはずなのに常に学年トップの成績を納めていた。

本人曰く。「天才だから当然。」らしいが…(納得いかない)

また、理由は分からないが、目が悪いわけでもないのにいつも度無しの眼鏡をしている。

この相反する「天才」2人は何故か実に気が合うらしく、何をするにも常に力を貸し合い、伊達は常々「俺と真の前に敵なんて存在しない。」と発言しており、クラスの誰もがあながち大げさな言葉ではないと思っていた。

それだけこの二人のコンビネーションは絶妙だし、見ていて気持ちがよかった。

そして、2人のもう一人の親友が森三郎。通称“サブ”。サブはクラス一のチビで特技といったモノも見当たらず、ハッキリ言って冴えない男なのだが、なぜか真・伊達・サブの人はいつも一緒なのだった。

外見とか表面上のモノだけで判断しない友人こそが、本物の友達と呼べるモノなのかもしれない。

クラスの中心を担うのは安久津・五十嵐・黒川の体育会3人組と、沖田・伊達・森の帰宅部3人組。2組がいがみ合ったり権力争いをしてるわけでもなく、むしろ仲良くやっているおかげで、3-Bの平和は守られていた。

隣にくっついている南田は、特別3人と仲がいいというわけではないのだが、どうやら何やら面白いモノが見れそうなので寄ってきたらしい。

4人は伊達の持ってきたノートパソコンの画面を食い入るように見ている。まあなんとなしに画面に映っているものは何なのか、想像できたが光は見ようとはしなかった。興味がなかった…と言うことにしておこう。

すぐ横の二人用の席に一人座ってじーっと何かの雑誌を見ているのは不破勇作(男子:16)。

いつも何者をも寄せ付けない雰囲気を醸し出し、一人でいる寡黙な男。いつも何を考えているのかも全く分からない。

それどころかこのクラスに彼の声を聞いたことがある者は何人居るのだろうか。声を憶えてる者など誰もいないと言いきっても過言ではないだろう。

そして、このブロックの右角にいるのは光の親友、槙野駿(男子:17)と尾三谷五月(女子:5)の万年ラヴラヴカップル。

よくもまあそこまで常に仲良くいられるものだ、という位いつも二人でニコニコと笑っている。学年、いや学校公認のカップルで、もう冷やかすなんて無駄な事をする奴は居ない。
いつも愛する者同士一緒にいれる事と引き換えに駿は、同じ陸上部の中でも比較的仲の良かった南田との間に修復できない程の溝を作り、絶交状態を生んでしまっていた。南田は1年の時から尾三谷にアタックして振られ続けていたのだった。

付き合い始める前に駿は友情と恋心のどっちを取るべきかで光に相談し、光は

「お前が本当に大事な方を取ればいいじゃん。どっちも同時に手に入れるなんて都合のいい事は出来ねぇんだから、どっちか片方を捨てる…駿の中で否定するしかないだろ。自分で選ぶんだよ。」

と駿の胸元を拳で叩きながら強く言いきった。

悩みに悩んだ末、駿は彼女には代えられないと決断し南田との友情を捨てて、尾三谷への愛情を取った。南田と疎遠になる事を決して望んではいなかったが…

尾三谷と付き合いだしてから駿と南田は一言も会話していない。しかしそれでも駿は何も後悔はしていなかった。

ブロックの一番後ろの真ん中で何か一種異様な雰囲気を醸し出している集団は、クラスのつまはじき者。、いわゆる“オタク”という人種の出川典明(男子:12)・鳥越太(男子:14)・日野直彦(男子:15)の3人組。

3人とも重度のアイドルマニアであり、出川と鳥越に至っては半ば犯罪行為といえる範囲にまで手を伸ばしている、という噂まで流れていた。

何やら3人は頻りに後ろのブロックの様子を見ているようだが…「なんだ?」という光の疑問はすぐに氷解する。答えは次のブロックにあった。
次のブロックに入ってすぐ左に席を取っているのは栗原琴子(女子:7)(本名は花子なのだが、本名で呼ぶと鬼のような形相で襲いかかって来るので敢えてこう呼ぼう)・畠中理伽(女子:15)・恵志織(女子:19)。

オタク3人衆が必死になっていた答えは…その中の一人、栗原琴子の存在。

今をときめく人気絶頂の清純派アイドル栗原琴子。普段は忙しさのあまり学校にはほとんど来れないのだが、今回の修学旅行だけは最後の思い出作りの為に参加したい、とマネージャーや事務所の社長に無理を言って頭を下げ、何とか許しを得て搭乗しているらしい。

誰よりも大きくかわいらしい瞳とウェーブのかかった金髪がフランス人形のようでありさすが芸能人、このクラスの誰よりも“華”がある。

そんな本物の現役アイドルが同じクラスにいるのに、『あの』3人が黙っているはずはないのだ。

そして琴子と共にいる畠中はクラス一番の変わり者で、発言が何かとクラスの雰囲気を和ませてくれる。俗に言う“天然ボケ”というやつ。

突拍子もない事を場の状況も考えないで言うのだが、本人は悪気がないので憎めない。

もう一人の恵も普通に美人なのだが、やはり隣の芸能人と比べると見劣りしてしまう。

彼女は琴子と同じオーディションを受けたらしいのだが、琴子だけが受かってしまったので恵の事を思って、皆一様に恵の前では琴子に対する対応に気を使っていた。ちやほやし過ぎないように…特別扱いし過ぎないように…

別に普段彼女がそんな事を気にしている素振りを見せないのがクラスメイトにとって唯一の救いではあったが。

そしてこのブロックが空の上で最も賑やかな(無理矢理に良く言えば…)場所になっている原因の集団が横に集まっている。

最近軽くパーマをあてたセミロングがなかなか好評だったいつも元気な、相田寿枝(女子:1)

メッシュがかった茶色の髪をアップでまとめているクラスの女子のまとめ役、佐伯香(女子:8)

抜群のスタイルと真っ黒なショートヘアが印象的な正統派美人といった面持ちの弓道部部長、日野凛(女子:17)

ストレートのロングヘアとトレードマークのぐるぐる眼鏡が見るからに優等生であることを物語る、クラス委員長吹石美鈴(女子:18)

こげ茶色のさらさらな髪をおしゃれに(明らかに素人仕事ではないレベルの)セットしているまさしく容姿端麗、才色兼備という言葉が当てはまる、遊朝未来(女子:20)

そして釘付けになっている光の視線の先にいるのは、妹ヒカルの親友であり、明るいクラスの人気者、月島紗樹(女子:10)

凛ほどではないが綺麗な黒髪を後ろでまとめて、短めの前髪と長めに伸ばした耳の前の髪を下ろしたいつもの髪型をしている。

光は密かに彼女に『特別な』想いを寄せていた。この想いは実の妹のヒカルは勿論、親友である駿にも伝えた事はない。光の心の奥底に閉じ込めた思いだった。

表向きにはヒカルと親友である紗樹と光の間には既に恋愛感情ではなく、恋愛を超越してしまった“男女の友情”しかなかった。

それが光にとってある意味嬉しいことでもあり、彼を常々苦しめ続けていることでもあった。

この6人、一人一人がそれぞれ思い思いの話題を話しているが、話は通じているのだろうか?と思うのだが全員意志の疎通が出来てるから女は凄い。とにかく賑やかで見ていて飽きない(疲れるが)。

集団の奥で何やら作業に没頭しているのは、富橋好子(女子:12)・二谷美子(女子:13)・吉川小町(女子:21)の3人。

手芸部の二谷に編み物のやり方を教えて貰っているらしい。二谷はさすが手芸部と言った感じで見る見るうちに編み上げていくが、バスケ部で普段女の子らしいことはあまりしていない富橋はかなり苦戦している。

吉川は何とか器用にこなしているが、やはり時々おぼつかない手つきになる。こちらは先程とは打って変って見ていてほのぼのとするような光景だ。

それにしても誰に編んでいるんだろう?…光にとって特に興味のある事ではなかった。

そして、足早に更に奥へと進もうと思った光の足がピタッと止まる。光の進もうとした先の空間は空気が白く濁り、ニコチンの独特の香りがして、前のブロックとはうって変わって陰湿な雰囲気が広がっている。

そこにいるのは、県下最大のチーム「Devil.Evil.Sacrifice」通称『デス』の頭、轟進也(男子:13)を筆頭とする不良達。

黒髪を逆立てピアスを左耳にに3つ開け、制服である紺のブレザーの下はワイシャツを大きくはだけさせ金のネックレスを覗かせる轟は、悪びれることもなく煙草の煙を噴かしている。

ブレザーを肩からかけ首元で結び、ワイシャツの代わりに赤の長袖シャツを着込み、金メッシュにボディーパーマのロン毛を掻き上げているのは轟の右腕的存在、児玉武司(男子:8)

ブレザー下に黒いTシャツを着込んだ、鈍い金色のスパイラルパーマ。「デス」の一員ではあるが格下の三木英斗(男子:18)

若干リボンが緩んで胸元が開いている以外は制服を普通に着こなし、一見普通の生徒のように見えるが実際は轟の女であり「デス」の幹部、長いストレートの黒髪が存在を際立たせている霧島翔子(女子:6)

霧島とはうって変わって金髪にモデルのような化粧と鼻ピアスで、ブレザーではなく紺のカーディガンと超ミニスカートという、見るからにギャルの大河内泉(女子:4)

まるで最後尾だけが別世界のようだ。さすがの光もあまり近づきたくない空間である。

実は、光と轟は幾度となく揉めており、時には殴り合いの喧嘩にまでなった事があった。

光が短気なわけでも喧嘩っ早いわけでも決してなかったし、轟も変なポリシーがあってイジメなどちっぽけな悪さはしないし、普通に生活している人間に手を出す事もない男なのだが…

なぜか異常に2人波長が合わず…ちょっとした事でぶつかり合ってきた。

「何だよ?小漣ぃ…なんか用でも……あんのか?」

さすが県下最大のチームをまとめるだけの男。短い一言でも重みというか、迫力が違う。

「いや…なんでもない。じゃあ…またな。」

この程度でビビる光ではないが、揉めるとまた面倒くさいのでとりあえず難癖を付けられる前に引き返すことにして、後ろを振り向こうとした瞬間…視界の端にもう一つ人影を見つけた。

眠っているのか下を向いているが、それが誰かはすぐに分かった。

前髪をたらし、それ以外は無造作に立てた何とも形容しがたい神秘的な銀髪。ゆるめたネクタイの下に少しだけ顔を覗かせている美しい肌。

そして、光も、神宮司も、沖田も何者も叶わぬ程の整った容姿と、存在感。威圧感。通称「銀髪の狂犬」京屋拳次。

独特の得も言われぬ雰囲気に加えて、轟すら足元に及ばない程の力を持つという噂は、彼を県下の不良達のカリスマ的存在に祭り上げていた。しかし、何故か喧嘩をしていたり、誰かと争っている場面を見たという者は殆どいない。

が、光は一度だけ見た事があった。京屋拳次が『狂犬』と呼ばれる所以を思い知らされる場面を…

血にまみれた拳と、返り血で深紅に染まった銀髪。そこに立っているのは間違いなく狂気だった…

それ以来何となく光は京屋を避けていた。県下最大のチームを束ねる男とでも対等に渡り合える光でも、正直言って、恐ろしかった。脳裏に焼き付いて離れない。

あの狂気に染まった瞳が…

そんな事を考えている内に突如光を「あの」発作が再び襲ってきた。おそらく慣れない煙草の煙に当たったのだろう、胃の中の何かが食道を伝って急速に逆流してくるのを感じる。我を忘れ、無我夢中で近くにあったトイレに駆け込んだ。

この普通が…普通という「幸せ」が…ここで最後になるかもしれない事など、知る由もなく………
7, 6

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