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ジュビリー・ワン

《第5回 ジュビリー・ワン》
『安息は与えられる』
『全てがゼロになる』
『勝者こそが、強い』
(パンフレットより抜粋)

 黒人の男は森を疾走していた。
 まだ、この辺りには誰もきていないはずだ。まずは逃げて、居場所を確保する。他の連中が潰し合ってくれりゃあ、好都合――
 安息を得るべく闘う5人の内1人――それがこの、ステファンという名の黒人だった。
 その能力は、5人の中では際立って高いものがあった。身体能力はチーター、危機察知能力はフクロウと評論家に評され、ブックメーカーのオッズでは、堂々の1番人気。
 森を走るステファンの映像は、世界中にネット配信されていた。
 その姿が急に消えた時、ステファンに賭けた多くのギャンブラー達が頭を抱えたのだった。

 グレゴリアは、投げ縄の名手だった。
 懲役280年を喰らう前までは、投げ縄ショーで生計を立てていたプロである。彼は時速60キロで走る標的でも、狙ったところに縄をかけることができた。人間相手にも何度か試したことがあり、その全てを成功させている(もっとも、そのお陰で懲役を喰らったのだが)。幾ら爆発的な瞬発力とスピード持続性を備えた黒人とはいえ、グレゴリアにかかれば凡百の野生動物とさして変わりはしなかった。
 ステファンを絞殺し終えたグレゴリアは、この闘いへの手応えを感じていた。
 俺は勝てる。コイツ以外の参加者は、どれも皆平々凡々そうだった。コイツを始末した今、俺に敵は――
 結果から言えば、それは慢心だった。

 ミリーは、人並み外れて手先が器用な女だった。しかし、これはミリーに限った話ではないが、優れた能力を持つ人間は、その力を悪用しないよう、常に己を律する心を備えていなければ、どこかでタガが外れ、暴発してしまうことが間々あるものだ。
 この《ジュビリー・ワン》に出てくるような人間は、皆、心と能力のバランスが取れていない者たちである。
 試合開始から1時間で、ミリーは小型監視カメラを改造し、動体感知センサーを内臓した自動小銃を作り上げた。そして、参加選手の1人であるシンドウという日本人を垂らし込み、それを広範囲に設置させた。
 会場のこの孤島は、ミリーによる監視システムによって縛り付けられつつあった。
 今、銃が発射されたことを示すアラームが鳴った。ミリーは六つ並んでいるモニターの内の右から3番目を覗き込んだ。モニターは、グレゴリアの姿を映していた。
 弾はどうやら、額を貫いていた。
 やはり、私は間違ってはいなかった。人間が自ら動き回るなんて旧時代の発想よ。私のように優れた人間は、こうして効率的に人間を狩ることが――
 後頭部の鈍い痛みを感じる間もなく、ミリーは意識を失った。

 シンドウは、うだつの上がらない男だった。
 他の4人と違い犯歴はなかったが、莫大な借金を抱えていた。
《ジュビリー・ワン》は、懲役であろうと犯歴であろうと借金であろうと、全てを洗い流してくれる。
 しがないホームレスとして日比谷公園付近を徘徊していたシンドウだったが、どんなどん底状態でもチャンスを掴むためのアンテナは張り巡らしていた。
 紆余曲折を経て参加者の枠に滑りこんだシンドウ。しかし、周りの犯罪者達は、皆それぞれ優れた能力を持った曲者揃いで、早速シンドウの気持ちは折れた。そして、そんな圧迫された心理状態も手伝って、ミリーの策略の手先にされてしまった。
 ミリーは、シンドウを“都合の良い男”と見た。使えるだけ使って、その内勝手に自分で設置した自動小銃の網に掛かり、消えてくれるだろうと高を括っていた。
 確かに、シンドウの手によって設置された自動小銃は20丁を超え、動体感知センサーも、180°回っており、設置した本人でも無事に戻ってくるのは難しい。
 しかし、シンドウにも、能力はあった。それは、長年のホームレス暮らしで培われた、抜群の記憶力に他ならない。
 ホームレスとは、基本的に再利用の文化である。捨てられたゴミの中から使えそうなものを拾い、直したり解体して部品にしたりする。そして、そうした有益なゴミとは、どこにでも転がっているものではない。シンドウは有益なゴミを出してくれる家庭の位置を、自分のテリトリーの中ではほぼ完璧に把握していた。
 シンドウは、そうした経験を生かし、自動小銃の網の中を際どく切り抜けてきたのだった。
 ミリーの後頭部を鈍器で殴りつけるまでのプロセスは、シンドウにしか分からない蟻の道を通じて作り上げたものだったのである。
 そしてシンドウは、数年振りに女の体を貪った。
 既にミリーはこと切れていたが、それも構わずシンドウはミリーを犯した。その模様はやはりネット中継で全世界に配信されていた。
 ミリーは、インドア派らしく引き締まった肉体ではなかったが、その緩み具合が、シンドウの好みと実にマッチしていた。実はシンドウは、ミリーを一目見た時から犯したくて仕方がなかったのである。
 甘美なる死姦は、シンドウに絶頂の高波を運ぶが、それは同時に危機への無防備を伴った。
《ジュビリー・ワン》とは――否、人生とは――
「くたばれ」
 ――敵に背中を見せた瞬間、終わるものなのだろう。

 勝ち残ったのは、リチャードという英国人だった。
 リチャードは銃の使い手で、射撃競技で五輪代表にもなった程の、英国では有名な存在だった。
 しかし彼もやはり、ただ的を狙い撃つだけでは飽き足らなくなってしまった男だった。
『第5回《ジュビリー・ワン》優勝おめでとう。君は無期懲役だったか』
 巨大モニターの向こうで、口髭を蓄えた、恰幅のいいシルクハットの老紳士が、無表情で話していた。
『今から連絡する……ああ、私だ。うむ、優勝したリチャードの……よし、君はこの瞬間から無罪放免だ』
「…………」
 リチャードは、モニターから目を背け、じっと考え事をしている風だった。
『…どうした? 君はもう一般人だ。嬉しくないのか?』
「…本当か?」
『何がかね』
「有り得ない。いかにアンタが大人物で、どれほどカネと権力を持っていようとも、個人の罪や犯歴をなかったことにできるものだろうか。しかも、あらゆる国の、だぞ」
『出来るさ。私には』
「それならば、質問に答えていただきたい。これまでの優勝者は、今どうしている?」
『…皆、自分のいるべき社会に戻り、平穏に暮らしているだろうさ。私はあくまで、罪を帳消しにするだけで、その後の人生は彼等自身のものだろう?』
 ウソだ。
 リチャードは、そう思った。
 リチャードの動物的直感は、彼に告げていた。目の前の紳士が、何一つ本当のことを言っていないということを。
 ジュビリーなど、ないのだということを。
 彼はガッカリした。
 ガッカリして、モニターを撃ち抜いた。脇を固める紳士の部下達が慌てて銃を取り出すが、あたふたしている間に全員撃ち殺された。
 リチャードは、何がジュビリーだ、と呟き、孤島を出る舟に乗り込んだ。
 その後の彼の行方は杳として知れない。
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