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脳味噌の中、彼だけの音楽/顎男

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 そもそもアニソンを歌っちゃいけないというのが意味がわからない。
 いま、カラオケのなんかあのテレビみたいなでもテレビじゃない何かの前で後藤がイケメンにしか歌えない曲を歌っている。そもそも後藤のツラからして気に喰わない。目が糸みたいに細くてにきびだってあるのに、茶髪でそれなりの髪型してるからってそれが人間の証明になるなら美容師は神か? 神かもしれない。あいつらの「おれはあくせく働いてるださい大人とは違うんだよね」臭はいつも反吐が出る。「次はもっと早く来てくださいね」と言うから「え?」と返した時に(べつにおまえを待ち望んでるわけじゃねーよ大災害になってる糞髪ばりばり切らされるこっちの身にもなれや……)みたいな微妙な表情を一瞬で作るやつはたとえ神でも死んだ方がいい。美容師死ね。
 まァ後藤と美容師のことはおいておく。
 ともかく、せっかく音楽という素晴らしい文化を天から授かったのだから、そこはもう少し寛大になってもいいではなかろうか。バイトの飲み会のあとのカラオケという胸糞の悪くなる場面ではあるが、だからこそ、お互いの趣味嗜好を分かり合うべきじゃないか?
 べつにレールガンのOPぐらいセーフだと思うのだ。
 なのにこの空気。
 もう俺なぞいなかったことになっている。手を叩いてそれなりにカラオケっぽい雰囲気をかもし出そうとしている関口さんに面と向かってこのブスがと叫んでやりたい。このブスが。実はそれほどブスでもない。こんなところで出してすいません。
(みんなが知らない歌を歌うなって、もうそれ差別じゃん)
 もはやカルピスサワーをちびちびとなめてちびちびと酔うほかにない。
 そもそも音痴を馬鹿にする風潮が嫌いである。いや、そんな風潮があるかどうかは断言できないが、それでもちょっと感じる。
 もっとフリーダムに考えてもいいんじゃないの? と思う。
 なんというか昨今、自由や平等をうたっちゃいるがその実「それとこれとはべつ」的なニュアンスで保守的な歌い方や生き方をするやつが多い気がする。そもそもカラオケに採点機能があるのが気に喰わない。あの機能は俺が熱を入れて十八番を歌った時に必ず58点を出す仕掛けになっている。いつか壊す。
 俺は音痴ではない。
 アレンジしているだけである。
 ――無論おれとて現実はわかっている。俺は音痴である。音程というものは低いか高いかでしかなく、ドレミファソラシドは正直ドとドしかわからない。ミもファもソもラもシも優しい感じの音階は全部スルーのアグレッシヴな音痴である。
 でもですね、だからといってまじめに「いや、それアレンジじゃないし(笑)」って返すなんて文明人としてあるまじき行為だと思うのですよ。何、(笑)って。そのにやけたほっぺは切り取られたいから歪ませているのかと言いたい。そもそも俺のボケを殺しておきながら俺にだけ罪を擦り付けるそのやり口が卑怯迷惑甚だしい。死ね。
 まったくもってリア充にしろイケメンにしろクズ野郎ばかりである。それはよくてこれは駄目、というのを頭の中に脳味噌の代わりに豆腐が詰まっている女と仲良く共有しあって何が楽しいのか。女と共有するのは体液と細菌だけにしておけばいいのに。あいつらが小賢しくお上手に生きているがために俺たち非リアは大変迷惑をこうむっているのである。米国なら訴訟ものである。
 まあ、普段の社会生活ならそれも致し方ないかもと思ってやってもいい。
 が、
 音楽である。
 もともとは猿が「おなかを叩くとぽんぽこ音がするよ!」ぐらいの気持ちで始めたものを天才型の猿が体系化して今に至る文化である。どうせ。
 自由にやって何が悪い?
 間違ってて何がおかしい?
 極端かもしれないが、そう思うのである。
 「のだめ」の千秋先輩にこんなことを言おうものなら単行本を引きちぎられてしまいそうだが、それでも俺は正しいだの正しくないだのガタガタ抜かすのは音楽の基本姿勢として間違っていると思うのである。「そんなこと言ったって仕方ない」なんて軟弱なセリフはこの俺には通用しない。
 聞いてよければそれでいいし、響かなければそれまで。
 それ以上に何を求めるというのか。そもそも身内のカラオケである。なんでこんなアウェーにならなければならないのか。おまえらもう少し俺に優しくしろ。それでも「誰かを助けるのに理由がいるかい?」で育った世代か。恥を知るがいい。
 俺はちびちびカルピスサワーをなめ続ける。
 まあ別に連中も音楽の高みを目指しているわけでもなくただ俺がおかしいからガタガタ言うのだろうとは思う。
 だが、それならそれで、その場で俺の歌唱力を上げるために誰かが重い腰を上げるべきではなかろうか。
 昨今の「そっとしておく主義」は唾棄すべきものだし、(笑)をつけて一丁前の態度を取ったような気になっているイケメンは去勢してお台場に沈めるべきである。昔のイケメンやリア充にはもう少し気骨があったように思う。歌ではないが、野球やサッカーだったら「おまえその動き頭おかしいよ見ててやるからちょっとやってみろ」ぐらい言う馬鹿はまだそれでも多少はいたのである。
 雑魚は雑魚のまま勝手に死ねばいい、というのが最近の流行のようである。まったく胸糞悪い。
 そもそも話が彼方へ吹っ飛ぶが、歌ってやつは、人前で歌うことなどべつに恥ずかしいことではなかったはずである。昔は交通は人の足だったわけだから、山を越えるのに三時間や五時間はざらにかかった。その間、気をくじかれないための気晴らしに歌というものはったのである。音痴も糞もない、声を張り上げたやつが正義の歌である。
 俺はそういう体育会系の、カラオケなどに頼らない自然な歌というやつの方が好ましい。が、この糞みたいな都会で歌いながら歩いていたら職質されるか気恥ずかしさで死ぬかどちらかなのでできない。
 みんな音痴に戻ればいいのに。
 帰り際、お金が足りなかったので後輩の吉崎くんに二千円借りた。ほぼ全額である。バイトをやめた今でも吉崎くんの「いいっすよ」が耳に残って離れない。吉崎くんがアニオタだったらレールガンのOP歌ってくれただろうか。
 返しそびれた金を数えながら、そんなことを思う春である。

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