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その11

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 三人は図書室に入り込んだ。テーブルには誰も座っていない。
「ふむ。誰もいないな」
「まあ、いまどきの小学生は本はあまり読まないのかもしれないっすね」
「嘆かわしい事態」
 と美鳥が空いた席の背もたれに手を添えて言った。
「本、好きなんすか」
「ラノベの新刊は全部買う」
「……それちょっとしたブルーレイマラソンよりきついでしょ……」
「ブルーレイってなんだ」
 時代に置き去りにされているのは天堂帝梨だ。
 ジャンパースカートのポケットに両手を突っ込んで、ふんふんと鼻を鳴らしている。それで卒業アルバムのにおいを本気で探しているのかもしれない。
「まずいな」
「なにがです」
「司書がいないから本が借りられない」
「なに借りようとしてるんです」
「卒業アルバム」
 ああ、と晩は思った。ちょっとばかなことを聞いた。
「まあ、勝手に持ち出してもばれないでしょ。数年前のやつだし、卒業生は自分のがあるだろうし」
「そうか……一度本を借りてみたかったんだがなあ」
「それはまた今度の機会にしましょう」
 三人は手当たり次第に卒業アルバムを探し始めた。
 だいたい奥の方にある、という晩の予想が当たって、アルバムはすぐに見つかった。宙木が卒業した年度のやつを引っ張り出してテーブルに広げてみる。
「知らないやつしか載ってない卒アル眺めるってのも奇妙なもんですね」
「なんか言い知れぬ罪悪感をかんじる」
 美鳥が我が身を抱いた。懺悔するなら小学生スタイルをこの期に及んで衆目にさらしていることを悔いるべきである。
「ふうん。これが卒アルか」
 天堂帝梨は珍しそうに言う。
「なんだかいい紙使ってるな」
「そりゃあ晴れの卒アルですからね。そんなことより宙木は写ってますか。一応確認しときましょうや」
 ぱらぱらとめくった。
「お、いた」
「どれどれ」
 三人が額を合わせてアルバムを覗き込む。
 六年一組 宙木雲雀
 やはりどこか陰気な顔をしている。腹が痛いか、万引きしていい出せなかった翌日か、どちらかといったような顔色だ。見ているだけで少し同情心が湧いて来る。
「昔は可愛げあるかと思ったら、そんなでもなかったすね」
「まあ、視点をぼかせば多少ある」
 よくわからないフォローをする美鳥。
「それで得られる可愛さがどれほど世間で通用するかが問題だな」
「難しい言葉使ってますね。どっかで覚えたんですかてんてー」
「おまっ、私一応教師だぞ。一応。その態度はなんだ」
「その格好はなんだとまず言いてえっす」
「!」
 天堂帝梨はいくらかへこんだらしく残念そうに黄色帽を外した。ひょっとするとおかしなことだとは思っていなかったのかもしれない。ありうる。
「ま、とにかく卒アルは見つかったんですから、撤退しましょうや。いつまでもこんなところで愚図愚図してたらトラブルのもとっす」
「晩の言う通りだな。撤退しよう」
「うん」
 去り際にふと司書カウンターの中を覗き込むと、椅子を三個並べて図書委員らしき女の子が不良スタイルで寝ていた。
「いい根性してやがる」


 ○


 まず、卒アルと晩の学年の名簿を見比べてみた。
 そして符合する生徒をピックアップ。
 あとは思い出の記録と共に三人で脅しをかけるだけだ。
「いや脅したらまずいでしょ。気持ちこもった手紙じゃないとだめって言い出したのてんてーでしょうが」
「そんなことは忘れた」
「あんたねえ」
「それよりも、まずは誰からいくかだ」
 天堂帝梨はぺらぺらと印刷した名簿をはためかせた。
「どうする。やはり女子からか」
「てんてーそればっかりっすね。色仕掛けじゃたぶん宙木は無理っすよ。ねえ先輩?」
「まあ、そういう趣味のひとかもしれないね」
 さらっと言いやがるなあこのひと、と晩は感心まじり呆れまじり。
 ため息をついて、
「でもまあ、書いてもらうなら文章がうまいひとに頼んだ方がよくないすか」
 天堂帝梨が目を見開いた。
「それはだれだ、晩よ」
「俺に聞かれても」
 天堂帝梨がばしばしと晩の頭を叩いた。
「この役立たずめ……!」
「な、なんてひどい……それが教師のやり方かっ!」
 少し眠気と空腹が混ざってきてぎゃあぎゃあやりだした二人を尻目に、美鳥がぼそっと呟いた。
「……。文章。新聞部、とか?」
 晩と天堂帝梨がぴたりと動きを止めた。
 二人とも似たような顔で感心し、
「すごいなあ先輩。天才じゃないすか」
「新聞ってあれだろ、あのすごい畳み方できるやつだ」
「……なんだろう。あなたたちに感心されても少しも嬉しくない」
「まあ気にするな」
 天堂帝梨はぴっと美鳥の手からリストを奪って、
「人から褒められたっぽいときはなんでもすべて受け取っておけ」
「そんな無茶な」
「食わず嫌いはよくないっすよ」
「千代崎くん、天堂先生に感化されすぎ」
「えっ」
 晩はにわかに落ち込んだようである。遠いまなざしになった。
 一方、天堂帝梨はこっそりと辞書で「感化」を調べていた。


 ○


 新聞部の部室は三階の奥、美術室のそばにある。もともとは空き教室だ。
 三人は卒アルと知らないひとに話しかける勇気を携えて、部室前までやってきた。
「とうとうここまでやってきてしまった」
 晩は感慨深そうに言う。
「ひとに迷惑だけはかけるまいと思っていたのに」
「ははは、晩、問題ない、きちんと話せばわかってくれる」
 と天堂帝梨。
 元の白衣スタイルに戻っているから、少なくとも格好を見られただけで通報されたり出入り禁止にされたりすることはないだろう。
 これでも校医でもあることだし。
「で」
 美鳥が顔をしかめて部室の引き戸の上、『新聞部』と書かれた札を見ながら言った。
「誰がいくの」
「私だ」
 こういうとき、猪突猛進型がいると非常に役立つ。
 天堂帝梨は道場破りのような勢いで新聞部の引き戸を開け放った。
「失礼、ちょっと話が――」
 言いかけた言葉が途中で止まった。
 新聞部は惨憺たる有様だった。
 すえたにおいに、埃の積もった机。ガラクタばかりが置いてある。
 その中に埋もれるようにして、部員たちが黙々とパソコンに向かい合っていた。ほとんど男子だ。だが、ひとりだけ女子が混ざっていた。
 それが宙木雲雀の同窓生、餡佐井真琴だった。
 非常な癖毛に、分厚い眼鏡をかけている。が、その眼鏡、鼻の先までずり落ちてしまっていてほとんど眼鏡の用をなしていない。
 その餡佐井が、うろんげな顔で天堂帝梨一味を見やった。
「あれ、てんてー。どしたの」
「真琴、おまえに頼みがあってきた」
「頼み」
 餡佐井はその言葉の意味を思い出しているかのように中空を見上げてから、
「なにかなー。あたしいまやることなくて暇なんだけど」
「ならいいじゃないか」
「なにを言いなさる。やることなくて暇なんて貴重な時間、もったいなくておいそれとは使えないよ」
 なんだかめちゃくちゃな言い分だが、この学校にはめちゃくちゃなやつがそもそも多い。
「だからてんてー。お引取りしてよー」
「ことわる」
 天堂帝梨は胸を張っていった。
 餡佐井もそれは予想がついていたらしい。
 ため息をついて、
「仕方ないなー。ちょっとだけだよ。で、その卒業アルバム、いったいなにに使うわけ」
 餡佐井のかすんだ目が、晩の持つアルバムに視線を当てた。
 天堂帝梨が驚いたように目を見開いて、
「ほほお、目ざといな。さすが新聞部の総長」
「総長?」
 餡佐井はちょっとぼおっとしてから、
「総長でもいいかあ」
「おいおい」
 とうとう晩が引きつった顔で突っ込んだ。
「フリーダムすぎるだろ。てんてーと話合わせてどうすんだよ。ねえ先輩」
「めずらしいケース」
 と美鳥。
 餡佐井はへらへら笑った。
「ま、なんの用にせよ、ただってのはいただけないなあ」
「ただじゃだめか」
「なにか報酬が欲しいねえ。特ダネとかあ?」
 そういう餡佐井の声音には気迫がない。
 不思議に思って、晩は尋ねた。
「餡佐井」と、同級生なのでタメ口だ。そしてこの学校は一年に部長を任せるならわしなので、一年生でありながら餡佐井は総長もとい部長なのである。
「思ったんだけど、うちの学校、校内新聞なんか発行してなくねえ?」
「してるよお」
 餡佐井はちょっと不服そうに言った。
「ただー、作っても張り出さないだけ」
「意味ねえじゃん」
「あるよー。まだやったことないけど、作ったら窓からばら撒くんだって」
「作ったら?」
「まだあたし、一部も作ってないんだもん」
 晩は気まずそうに周囲を見回した。
「じゃ、この男子たちはなんなんだよ」
「ネットサーフィンしてるだけー」
「……」
 がっくりと晩は肩を落とした。
「宙木に学校来いなんて言う気力、なくすよなあ」
「なんでえ?」
「楽しいことがあるとは言えないだろ、これじゃ」
「楽しいのに。ふらふらするの」
「退廃的なやつめ。てんてー、美鳥先輩、こんなやつと付き合ってたら気概ってもんが殺がれますよ。とっとと用件押し付けちまいましょう」
「うわー」
 餡佐井がけらけら笑った。
「ひとにものを頼む態度じゃないよ千代崎ィ」
「うるせー」
 天堂帝梨がこほんと咳払いをひとつした。
「餡佐井、実は頼みがある」
「実はしなくてもわかってますー」
「うむ」
 天堂帝梨は軽口に動じず頷いて、
「おまえの腕を見込んで、宙木雲雀に一筆手紙をしたためてもらいたい」
「宙木?」
 餡佐井はぼんやりと口を半開きにしていたが、やがて閃いた。
「ああ、不登校の?」
「うむ。おまえはやつと同窓なんだろう?」
「ええ?」
 思い出せないらしい。
 すかさず晩が卒アルを手渡した。
 餡佐井はぱらぱらめくって、
「あっ!」
「どうした? なにか思い出したか」
「あたし、この遠足ん時、休んだんだよなー」
 と言ってアルバムのあちこちを指差しまたへらへら笑った。
 天堂帝梨の肘鉄が飛んだが、餡佐井は椅子を引いてかわした。
「餡佐井! ふざけるなよ!」
「てんてーの方がふざけてるよー。あたしが一般人だったら鳩尾に喰らって悶絶してるところだよ」
「おまえならかわすと思っていた」
「それなら最初からやるなよぅ」
 口の減らない餡佐井だったが、しかし、これ以上天堂帝梨で遊んでいるとそのうち本当に痛い目に遭うと思い至ったらしい。
 少し真剣な目つきになって、アルバムに視線を落とした。
「ふーむ」
「どうだ?」
「ま、同じ学校ではあったよね」
 そんなセリフ思い出してなくても言えるだろ、と晩は思ったが、天堂帝梨はそれで満足したようだった。
 むふうと鼻息を噴出して、
「では、その胸に溢れる思い、とくと見せてご覧じろ!」
「その文法、ほんとうに大丈夫?」
「うるさい。いいから書け。まだ後がつかえてるんだ」
 天堂帝梨はとんとんとつけてもいない腕時計を叩くフリをした。ひとを煽る天才である。
「さ、雲雀を学校に来させるためなんだ。こう、ぐっとくるハートフルなやつを頼む」
「ハートフルねえ」
 餡佐井はしごく面倒くさそうだったが、やがてパソコンに向き直ってワードソフトを立ち上げた。
「ま、やってあげましょ」
「よし! 餡佐井、おまえいいやつだな。みなおしたぞ。なあ晩、美鳥」
「ああ、もし新聞部が新聞を発行したら読んでもいいぜ」
「あたしは駄目だしをしてあげてもいい」
「美鳥先輩、それはいやがらせです」
 餡佐井はそんな三人を見て、やはりへらへらと笑った。
「手紙は放課後までには書いてあげるよー。ま、そのあとで改訂したかったらご勝手にィ」







(解説)

 あんざいさんのヘラヘラした雰囲気は好きだったんですが、思っていたよりもページが稼げなかったです。
 この時期、きちんと1シーンに原稿用紙十枚ほどかけてコンスタントに書いていたあたり、俺の健気さに涙が出ます。無理しやがって…






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