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 平日の十三時時二十分、お昼の人気番組の名物コーナーが始まる。電話で視聴者とスタジオの司会者・ゲストが話す、ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話である。

 司会のミノは慣れた手つきでコードレスフォンの受話器を手にとり、本日の電話の主と電話をつなげた。番組そのものは十二時からスタートしており、すでに一時間二十分経過している。特にトラブルもなく、番組はここまで順調に進んでいた。普段通りに電話をつなぐミノの動作も番組進行が順調であることを物語っていた。


「もしもし」

「あ、もしもし」


 無事に電話がつながった。まず大丈夫であるが電話回線を使う以上、不測の事態は起こりうる。コーナーを担当する番組スタッフにとってはひとまず安心できる瞬間だ。あとは百戦錬磨の大物司会者であるミノの手腕に任せてしまえばいい。


「お、皆さん、今日は珍しく男性の方ですよ」


 おもむろにミノはスタジオの観客に語りかけた。たった一言ではあるが、ミノは電話の主が緊張していることを見抜いたからだ。一呼吸入れることで相手の緊張をほぐすテクニックなどミノにとっては朝飯前だった。時間帯としては昼飯後であるが。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「・・・ラディッツと申します」

「ラディッツさん・・・。男らしいお名前ですね。どうされましたか?」


 このコーナーでは通常名前を尋ねることはない。ただ、男性はスタッフとの事前の打ち合わせで実名を公表することを強く望んでいた。実名で出演することによって強く訴えたいことがあるらしいのだ。


「あの~、今日は弟のことで相談があります」


 男性は意を決したかのように話し始めた。その声はどことなく暗く、深いものがあった。


「私には分け合って生き別れの弟がいるのですが、つい先日弟の所在が分かり、初めて会うことができました。」


 このコーナーは話したいことならば自慢話でも世間話でも何でもいいのだが、圧倒的に悩み相談が多い。その中でも多いのは家族の悩みだ。しかし、生き別れというのはかなり重い部類の話である。さらに女性が圧倒的に多い中で今日は珍しく男性である。この二つのことが今日という日を特別なものへとさせていた。
 しかし、繰り返しになるが、ミノは百戦錬磨の大物司会者である。この程度のことでは全くうろたえない。ノープロブレムだ。


「あの、私の家には代々続いている家業があるのですが、両親は弟が生まれた直後に亡くなっていまして、両親が亡くなってから私は知人と共同で家業を続けているのです。」

「ですが、どうしても人手が足りなくなって、弟に是非とも手伝ってほしいと思って所在を調べ、会いに行ったのです。」

「弟は妻子持ちながら無職だということも人づてに聞いていたので、弟にとっても良い話だと思っていました。」

「うんうん、優しいお兄さんじゃないですか」


 ミノが適度に相づちする間、アシスタントの高橋はホワイトボードに男性の家族関係の図を書き上げていった。その手際は見事で、彼女が長年この番組に従事し続けていることを物語っていた。


「でも、弟はかたくなに私の誘いを断ってきたのです。

「おや、弟さんは何で断ったのですか?」

「私の家業が理解できなかったようです。弟の知人から聞いたのですが、養父の育て方が悪かったらしく、弟は幼いときに性格が捻じ曲がったそうなのです。それが原因で家業のことをかたくなに理解しようとしないんです。しかも、そのせいで兄の存在そのものすら理解しようとせず、甥っ子には会わせてくれませんでした。」

「そうなんですか・・・・」

「でも、お兄さん。弟さんには弟さんの生き方がありますよ。育った環境が違えば考え方だって変わります。」

「ですが、やっと会えた弟を無職のまま放ってはおけません!」


 男性の声には力がこもっていた。ミノにも弟への熱い思いが伝わってくる。


「・・・。それで、会ってからどうなったのですか?」

「・・・。私は職人気質といいますか、ちょっと短気なところがありまして弟と喧嘩になってしまいました。」

「あら・・・」


 女性ゲストが思わずつぶやいた。手を口にあて、目をまるまるとさせる仕草をカメラはタイミングを逃すことなく捉えた。ゲストとカメラマンとの絶妙なコンビネーションだ。


「そしてついカッとなって弟のすきを突いて甥っ子を公園に連れて行きました。そうでもしないと甥っ子に会わせてくれなかったのです。」


 それまで穏やかに話を聞いていたミノの表情が急に変わった。ミノは相談者にこびるようなことはしない。むしろ冷たくあしらうことのほうが多い。珍しく男性であったためミノは普段よりも穏やかな態度で接していたが、それもここまでだ。
 眉間にしわを寄せたミノはゆっくりと口を開いた。


「あのね、お兄さん。」

「どんな理由があろうとね、それはダメですよ!子供を巻き込んでいい道理なんてありませんよ!!」


 ミノは声を荒げた。子供を巻き込んだことがどうしても許せなかったからだ。その怒りに同調するかのようにゲストも皆険しい表情となった。常連の男性ゲストは腕を組み、ミノの怒りはもっともだといわんばかりの顔をしている。

 男性もそんなスタジオの空気を感じたのだろう。しばしの沈黙の後、親に叱られた子供が恐る恐るしゃべるかのようにか細い声を発した。


「・・・すいません。」


 しかし、ミノもゲストもそんな言葉だけじゃ許さんとばかりの表情である。
 男性はその後の出来事を話し始めた。


「私も一応反省したんです。」

「・・・どうしたものかと思っていたのですが、そこに逆上した弟が柄の悪い男を連れて殴り込みにきました。どうも弟には良くない友人が何人もいるみたいなんです。」

「・・・・。もうどっちもどっちですね。」


 ミノはテーブルに手をつき、もう電話を切ろうかと思った。それでも電話を切らなかったのは子供が絡んでいたからだ。子供がどうなったのかを確認しない限りは電話を切るわけにはいかなかった。


「正直、私はあきれましたよ。で、それでどうなったのですか?」

「柄の悪い男に私も弟も殺されてしまいました。」

「・・・・!!!!!!!」


 スタジオがざわつく。百戦錬磨のミノでもこの展開は予想の斜め上だった。あまりのことにミノですら固まってしまったのだ。


「そして、柄の悪い男は甥っ子を誘拐していったみたいです。これは私の推測なのですが、もとから弟を殺害して甥っ子を誘拐する計画を立てていたんじゃないかと思います。」





 この日はミノの長い司会者人生の中でも最も謎めいた一日であった。順調であったはずの番組もリズムが崩れ、この日を境にどうも上手くかみ合わないことがでてきた。
 その後、三年してこの長寿番組は終わりを迎えたのだが、この日の一件が番組終了の引き金になったと噂されている。


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