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秋風

 ◆秋風 (2008.1.26)

初出:
「泡沫断片集」(文藝新都登録作品 短篇集)
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=2694
※登録削除済み
※執筆時期不明(2004年頃?)
147, 146
「大体、お前は考えが足りないんだよ」
「アンタは小さい事を気にしすぎるじゃない!」
「アンタって言うなよ、ババ臭ぇ」
「アンタの事アンタって言ったって別にいいでしょ? そういう、どうでもイイ事をすぐ気にするのがヤなの!」
「どうでも良くねーよ。お前は配慮が足りてないからそういう事言うんだよ」
「私が何も考えてないみたいに言わないでよ! アンタの物差しで勝手に計んないでくれる?」
「俺はお前の事解ってるから言ってんだよ。お前こそ勝手に俺の事決め付けるじゃん」
「私だってアンタの事くらい解ってるよ!」
「ウソつけよ。俺の事何も知らねークセに」
「知ってるよ! 見下した様に言わないで!」
「じゃ、言ってみろよ。俺の事知ってんだろ?」
「……ッ」
「……」
 私と彼は散々怒鳴り合った後、黙りこくってしまいました。

 その日は朝からずっと曇り空で、しかも夏の終わりで、さらに夕暮れが近かったので、吹き付ける風はとても冷たいものでした。
 学校の近くにある公園のベンチで、私は彼と隣り合って座っていました。私はその時夏用セーラー服の上に紺色のカーディガンを羽織り、先生に注意されないギリギリの短さのスカートの下にはスパッツ位の長さに自分で切ったジャージを穿いて暖かくしていたのですが、それでも近くの街路樹がザワザワと枝葉を揺らす度に身をすぼめていました。
 横目で彼の顔を盗み見ると、彼はイライラしている様子でジッと正面の道路を眺めています。私は彼と別の方を向いて、シーソーや滑り台、砂場などに目をやりながら次に出す言葉を考えていました。

 二人とも喋らないまま時間が流れ、辺りはどんどん暗くなって、風もどんどん寒くなって行きます。
 ――何か、言わないと。でも、どんな事を言えばいいんだろう? 私はこれから、一体どうしたいんだろう?
「やっぱり俺ら、合わないんだよ」
 彼は唐突に、しかし落ち着いた調子で口を開きました。私は彼の方に顔を向けて、口元を結んだまま小さく頷きます。
 ――合わない。彼と私は、合わない。確かにその通りだ。話をしていたら、いつの間にか口論になってしまう。
「で、喧嘩してもさ、お互い自分が悪かったって認めないっしょ?」
 私は再び無言で顎を上下させました。
「どっちもさァ……譲らないじゃん。んで、後になって仲直りみたいなのしても、その話題が出たら同じ様に意見がぶつかるし」
「私は納得出来て無いんだもん、しょうがないよ」
 しょうがない? 自分で言いながら、私はその言葉に引っ掛かりました。
 ――しょうがない、だなんて、まるで諦めて逃げるみたいで嫌な感じだ。そんな言葉で片付けてしまうのは、なんか、嫌だ。でも――でも、しょうがなくないなら、一体どんな解決策があるんだろう? 二人の意見が衝突してどっちも譲る気が無い時、どういう方向で収拾をつければいいんだろう? 彼と口論になると、私は頭に血が上って冷静じゃなくなるし、彼は彼で我儘な事ばかりを言うし……。
「しょうがないよな」
 彼は素っ気無く言いました。
 しょうがない、しょうがない、しょうがない……。それでいいのだろうか。本当は何か上手くバランスの取れた方法があって、私も彼もソレを知らないだけなんじゃないのだろうか? 私はそんな事を考え、必死にその方法を探そうとしました。
 ――そう言えば、お母さん。新しいお父さんになる予定の人と、お母さんが激しく言い合っているのを見た事がある。結局お母さんはその人と別れてしまって、私がその理由を訊いたら「しょうがない事もあるんだよ」って言ってた。大人でもやっぱり、そう思うのかな? 合わない二人に解決策なんか無くって、しょうがないから別れちゃうのかな?
 私は膝小僧を胸元に引き上げて抱え、ベンチの上で体育座りみたいな格好をしました。

 土埃で汚れたローファーを指でいじりながら彼を見ると、彼も「しょうがない」の言葉で詰まっているのか、悩んでいるような表情で眉間にシワを寄せています。
「ねぇ、やっぱり私達ってさ」
 彼が私の顔を直視して来たので、私は革靴に目線を戻しました。
「別れるしか、ないのかな?」
 彼は迷わず答えます。
「そうだろうな。今のまま付き合っても、変わんないだろ?」
 ――変わんないから、口喧嘩ばかりするから、合わないから。だからお母さんはあの人と別れた? 合わない人と付き合ってもしょうがないから、早く別れた方がいい?
 でも、やっぱり、私は彼の事が好きだ。一緒に居て、楽しい時はもの凄く楽しい。だから私は彼と付き合ったんだ。
 彼が好き。なら、しょうがない、だなんて言ってる場合じゃない!
「ホントに変わんないのかな? ケンカしても、折り合いがつく時だってあるよね?」
 私は彼の目を見ました。彼も私の目を見ました。
「折り合い、つく時もあるけどさ。ほとんど平行線ばっかじゃん」
「でも、でもね? 折り合いつける回数が多くなったら、ウマく行くと思わない?」
「思わない。……ハッキリ言うけど、お前喧嘩して『ココが悪い』って言われても変わんねーし」
「なんでそんな事言うの。私だって、上手くいくように色々と考えてるんだよ?」
「考えるだけ、じゃん。結局。全ッ然行動とかに現れてねーんだよ。気付かない?」
「どうしてそやって諦めるのさッ? 折角、私の方から歩み寄ろうとしてるのに!」
「どこがだよ! お前、理想つーか希望言ってるだけじゃん!」
 彼はベンチから腰を上げ、私の正面に立ちました。私も足を降ろして土を踏み、前屈みになって彼を下から睨み上げました。
「理想が無かったら 二人の関係は良くならないでしょッ?」
「いや、だからお前はそれに行動が伴わねーつってんの」
「これから先なんてどうなるか解らないじゃない!」
 彼はハハン、と鼻で笑いました。その行動が私の神経をさらに逆撫でします。
「先とか言って……、ウケる。マジウケる。お前さ、もう昔の事とか忘れちゃってるワケ?」
 私は黙って彼を睨み続けたので、彼は反論を待たず再び口を開きました。
「今までもさ、ずっとそうだったじゃん。お前はどうだか知らないけど、俺はちゃんと努力してたよ? 良くなるように色々やってたんだけど。ま、お前は変わんねーし相変わらず今も口喧嘩してるし。今までの事を見れば先なんて簡単に想像出来ない?」
 私は言葉に詰まりました。しかし、彼が得意気な顔で私を見下ろしているのが許せませんでした。
 ――何か言い返してやりたい! 悔しい! でも、彼の言う事も合っていると思う。私はやっぱり彼を睨み付けたまま黙っています。

 しばらくその状況が続いて、彼は大きく溜息をついてからベンチに座りました。
「俺、帰るわ。もう付き合ってらんね」
 彼はベンチに置いてあったカバンを取って肩に掛けると、立ち上がって言いました。
「……やっぱり、合わないのかな」
 独り言みたいに私が呟くと、彼は再び大きく息をついてみせました。
「だから、ハナッから俺がそう言ってたじゃん……。お前もしょうがないっつって。しかも、今日は別れ話するからココに呼んだのにさ。結局喧嘩になってるし……。意味ねーっつーの。疲れた。帰る」
 彼は私が何か言うのを待っていましたが、私はずっと考え事をしていました。
 ――別れたい、別れる。彼の事は好き。でも別れる。
 何も言わない私に見切りをつけた彼は、「じゃ、さよなら」と言って後ろを向きます。私はまだ、何でもお見通しみたいな彼の態度にムカついていたので、精一杯強がった口調で「さよなら」と返しました。そして考え続けました。
 ガードレールをまたいで道路に出た彼を見て、「あ、これで終わりなんだな」と思った瞬間、思考の迷路から開放された気がして、何と無く、言葉とも感情とも違うものが何と無く、私の中に浮かんだのです。だから私はちょっと小走りして彼を追い掛け、ガードレールをまたいで、彼に声を掛けました。
「ね、ちょっと待って」
 振り返った彼は不機嫌そうな面倒臭そうな顔をして、強い調子で応えます。
「何」
 私は嬉しい様な気分になりました。自分でも不思議で、それがさらに私を妙な気分にさせるのです。私は不思議と普段の笑顔になって、「ね、私のCD、貸したままでしょ? デリコのアルバム。アレさ、明日ガッコに持って来てよね」と言いました。
 私の態度の変わりように不意を衝かれたのか、彼は目を泳がせ少し挙動不審になりました。私はその滑稽な姿に思わず吹き出してしまい、いけないと思いつつも込み上げて来る笑いを抑えられず、そのまま爆笑してしまいました。
「な、何笑ってんだよ。意味わかんねぇ……」
 彼はバツが悪そうに、好き勝手な方向にハネている自分の髪の毛をグシャグシャと手でかきながら口をトがらせます。
「CDな、明日持ってくよ。でもさ、お前もあのアレ、スラムダンク、返せよ?」
 余りにも私が笑うので、彼もつられて笑いながら言いました。
「何で笑うんだよ。俺も笑っちゃうじゃん。マジ意味わかんねぇ」
 笑いがようやく納まって来てから、それでもクスクスとやってましたが、私はどうにか声を出してオッケー、と言いました。

「じゃ、また明日、ガッコでね」
「あー、うん。……ちゃんと全巻持って来いよ」
「いやぁ、全部は重いからちょびっとずつでイ?」
「わぁーった。お前忘れっぽいからさ、ちゃんとドッカにメモッとけよ?」
「りょうかい」
「んじゃあ、明日、学校でな」
「うん。バイバイ」
 私はひらひらと手を振り、彼も駅に向かって歩きながら大きく腕を左右に動かしました。

 彼が公園前の道路に歩を進め、角を曲がって見えなくなってしまうと、ふぅっと大きく息をついて、私も家の方向に歩き始めました。
「イミワカンネェー」と彼の口真似をして、また吹き出してしまう自分がいて。笑い過ぎて汗をかいた肌に、冷たい風が心地良く通り抜けました。
 気が付くと辺りはビックリするくらい暗くなっていて、紺色に染まった街の中で誰かの家、窓から漏れる灯りがぼんやりと柔らかいオレンジ色に光っていました。

 彼とはもう元の仲に戻る事が出来ないでしょう。でも、彼と一緒に過ごしたあの夏の日々で、私は彼の中に他の男の子たちには無いものを見付けました。それは彼氏彼女だとかの面倒な事情を超えて輝き、私を惹きつけます。それは時として鋭利な刃物となり、無意識に出ていた私の弱点に突き刺さり私を傷つけるのかも知れません。
 でも、だからってクヨクヨしてちゃあダメなんだね、きっと。
 夏の終わりのその日、曇り空の下、暗闇に落ちてゆく街。秋風に急き立てられる様に、私は小走りで家に――明るく暖かいであろう自分の家に、向かったのです。
 私はいつだって私。それに明日は、いつだって鮮度良好なんだ! 全部大丈夫、でしょ?



秋風/了
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