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6. 妄想

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妄想



 彼女はベッドの上の僕にのしかかり、甘えるようにして息を吐き出しながら顔を体に押し当てる。彼女の体温を皮膚の上に乗せながら、僕はゆっくりと彼女のセミロングの髪を撫でた。
「君って駄目人間だよね」
「どこが?」
 彼女が嬉しそうに僕の悪口を言い、僕は聞き返しながら彼女を抱きしめる。小さくて華奢な体の彼女は、僕の腕の中で暖かく熱を発した。
「自分のこと勉強できるとか文章書けるとか楽器が弾けるとか思ってるけど、それを外に晒す勇気は無いんでしょ?」
「まあ、ね。でもみんなそうなんじゃないの?」
 僕は彼女に唇を重ねた。唾液に覆われた舌が僕の口の中に滑り込んでくる。僕も舌の先で彼女の唇をつつくように舐めると、彼女は感じたのか、腕の中で小さく震えた。そうしてから彼女は何事も無かったかのように言葉を続ける。
「でも君よりずっと勉強できる人は留学したり資格取ったり、色んな事やってるよ? 君よりずっと文章書ける人は新人賞に応募して賞をもらって連載しているよ? それに君より楽器の上手い人は君の部活にたくさんいるでしょ? 外に晒さないってのはそれを受け入れたくないってことじゃないの?」
「人は人だよ。僕は僕だよ」
「でも君自身が君の現状に満足したとしても、他の人はどう思うかな。君に価値は無いよ。」
 僕は黙り込んだ。それが覆しようのない真実だからだ。頭の中で必死に僕は自分の価値を探した。でも、考えても、考えても、僕に人に自慢できるようなものは無かった。
「君の言うとおりだ。僕に価値は無い。僕は生きている価値がないんだ」
「生きる価値って。そこまで言ってないのに……あ、でも一つだけあるよ。君の価値」
「何?」
「私は、君と話していると楽しい。君がいるだけで幸せになれる」
 そう言って彼女は優しく微笑み、また僕に唇を重ねた。
「私は、大好きだよ、君が」
 僕は胸の上の彼女に手を伸ばそうとした。
 空を切った。
 ここまで全部妄想だった。
 僕に彼女は居ない。僕を肯定してくれる彼女は居ない。
 居ないのだ。
 一緒に遊んだり、セックスしたり、プレゼントを買ってあげたり、手を繋いで歩いたり、喋ったり、笑ったり。そんなことができる人は居ない。居ないのだ。
 自然に涙が溢れてくるのを感じた。涙は頬を伝って枕に落ちた。一滴だけ涙をこぼしてから僕はすぐ泣き止んだ。子供のころのようにわんわんと声を出して泣かなくなったのはいつからだろう。
 しかしはっきりした。僕は肯定してほしいだけなのだ、自分の存在を。居て欲しいと望まれ、居ていいんだと自分が納得するため。何も特別じゃなくていいんだ、このままでいいんだと言ってくれる人が、欲しいんだ。
 消えていった妄想の彼女に、僕は桜と名前を付けた。
 僕の一番好きな花の名前だ。
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