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【2】雷光雪花

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【2】-電光雪花-

「彼女の正妻【partner】の座をかけて、貴女に決闘【duel】を申し込みますわ!」
「受けて立とう。その勝負、この命にかけて勝利せん!」
 朝型、学園内部の正門近く。
 おはようございます、お姉さま。あらあらうふふ、ごきげんよう。と。
 ほ~んわかした気配が流れる『学園』の正門近くにて、『電装少女』の「プレイヤー」が二名、闘志を剥き出しにして相対していた。
「今日こそ教えてさしあげますわ。彼女は、貴女のような三流には相応しくないということねっ!」
「御託は、わたしの前で跪いてから、いくらでも聞いてさしあげよう」
「……あぁっ、お姉さまたちっ! 私のために争わないでっっ!」
 交わる視線。
 あらあら、決闘【Duel】の合図ですわね。仲睦まじいことですわねぇ。
 おねえさま、ごきげんよう。と波が流れていく。
 そんな中で可憐な少女が一人。瞳に涙を浮かべていた。両手を合わせ、自らの存在の罪深さを嘆いている。
「望まれるなら、私は、二人のお姉さまのオペレーターを致しますからっ!」
「まぁ、聞きまして? 我が君の優しきお言葉を」
「聞いたとも。しかし、貴女に渡すつもりは毛頭ない」
「どうして! どうしてですの、お姉さまっ!?」
「……美しき花を共に愛で、音に響かせるのも良いでしょう。しかし、それでは手に入らぬ。私は君をもはや、手折れるほどに抱きしめねば気が済まない」
「そんな……っ、これからも三人で仲良く過ごすことは叶わないのですか?」
「君よ。案ずることはありません。貴女の優しさは私がすべて抱きしめて、残る哀しさと寂しさは、これより目前の姉が土と共に還るでしょう。想いが香る花に変わることで、あちらの者にも良い想い出となりましょう」
「言ってくれる。もはや言葉は不要か……」
「ふふ。では半刻後に『電糸世界』の領域で、白黒つけると参りましょう」
「望むところ。愛しの君よ。我が迅速きをご覧あれ」
眦から裂帛の気合いを飛ばし、上級生二人は早くも圧し合っていた。

 ――春。それは青春の季節。
 満開の頃合いを終えたばかりの桜吹雪が舞うなかで、自分好みのオペレーターを奪い合わんと、あちこちで決闘【duel】を望む声があがる。
 正式な決闘【duel】とは、学園監視の下による、電糸世界での私闘の条件にあたる。これに勝利した者が、自他共に〝二人はパートナーである〟と認めることができる。
「オペレーターは、自動初期設定の【A.I.U】で宜しいですわね?」
「構わない。それで純粋な公平を期せるだろう」
 プレイヤー両者は電糸世界にて没入【Dive】を行い、性能を制御された【武装】を伴ってぶつかりあう。
 電糸世界でプレイヤーが負うなんらかの負傷・被害【damage】は、現実の肉体にも還元される。俗に「幻肢痛」と呼ばれる症状が発生するのだ。
 現実にも電糸にも〝存在を有する〟少女らは、夢でも幻でもない、明確な傷痕として、その身に大きな被害を還元されてしまう。しかし決闘【duel】の際には、お互いの【武装】は〝攻撃性能を疑似化〟されており、つまり仮想的に、合成映像化したもので攻撃する。
 斬撃や、射撃など。通常と同様に〝視える〟のだが、電糸世界の演算装置が「プレイヤーに命中した!【hit!】」と判断すると、攻撃の可視効果は消失し、代わりに一定の被害数値――【damage=hit_point】――が顕現化されるのだ。
 この値を時間内に多く与えた側、あるいは一定値を与えた側が勝者となる。
 決闘【duel】は、将来的に電糸世界で異形【bug_CODE】を排除する訓練にも繋がるので、通常の授業でも用いられている。
 女子生徒たちからも、単純に遊戯的な側面で人気があり、この条件から新たに派生させた球技なども実案化されていた。
 このように危険性がなく、遊戯的な側面の強い決闘【duel】だが、『遊戯』という概念こそが、両者の気持ちひとつで〝真剣勝負〟に様変わるのは周知の事実だ。
 そして「勝負」に勝たなければ、何も得られないのは世の常だった。

【time_Re_CORE】四月六日、午前八時五十八分二十六秒。
【place_CODE】教室【class_room_2-A】

「おっはよー、友ちゃーん」
「はいはいおはよう。今日も遅刻寸前の登校、ごくろうさま」
「いやー、やっぱ春の妖精さんがねぇ。お布団から出るなってさぁ」
「アンタの頭は一日中、妖精さんでしょうが」
「まぁーね」
 ガタッ、タン。
「――そいでさぁ、今朝の〝学園情報誌〟見たぁ?」
「見たけど、なにそんなニヤけてんの。特に面白い記事なんてあった?」
「違うよぉ~、学園が、新聞社と提携して正式に発信してるやつじゃなくてさぁ!」
「もしかして、地下室的【side_underground】なヤツ?」
「そぉそぉ! いやぁねー、わたし、もうビックリでさぁ。あ、ヤバ、座学で使う紙媒体の教本忘れちった」
「……アンタは近所の噂好きのおばさんか」
「教本見してね。隣座わるね。いいよね」
「うざ。そんなんじゃ、一生パートナーに恵まれないよ」
「え、私のパートナーって、友ちゃんしかいないよ」
「バ、バカッ! そういうこと、教室で言わないの!」
「いいじゃん、いいじゃぁーん。とにかくこれ見てよ~」
「見、な、い! あぁいうのって裏付けしてないガセばっかじゃん。趣味悪いよ」
「いやまぁ、確かにそうなんだけどー。でもこれは、たぶんマジネタすよ旦那」
「わ、私はまだアンタの旦那じゃないんだからねっ! で、結局なんなの?」
「ほらぁ。やっぱ気になるっしーょ?」
「聞いてやらないとウザいんだってのよ……」
「じゃ、電糸情報、一時共有するからちゅーさせて♪」
「ん」
 ちゅっちゅ。
「ん~、朝ちゅーはいいですね♪」
「そ、そういうことっ、だから言うなってっ!!」
「それより、どや?」
「その顔マジ殴りたいわ。……で、参照してみたけど、これ本当?」
「たぶん。問題の映像に関しては、情報処理部が〝一切の合成痕跡アリマセン!〟って宣言してたし。そもそもこの情報素子のっけてる媒体が堂々と、合成処置が認められた場合は、即刻返金いたしますって宣言してたぐらい」
「ふ~ん。ちなみに発行元ってどこ?」
「あそこ。ほら、乙女諜報部だっけ?」
「げ……。あそこって嬉々としてゴシップと浮気調査だけを追いかけてる、超のつく外道部じゃん……」
「うん。問題の映像は、そこの外道部の部長が撮ったらしいよ。……私たちも、一回だけなら、追いかけられてみたいよね~?」
「……責任取れる年齢になるまで、待ってよ……」
「うん、待ってる♪」
 いちゃいちゃ。
 ――【SHOW-> text.data_cybernetics_hum_CODE】――

 蒼月沙夜が『ランカープレイヤー』として認められたのは、ごく最近のことだ。
 ちょうど一年前の今ごろ。桜が散って緑に変わり、街路に植えられた茂みから、白い百合が咲きはじめた頃合いだった。
『――なにみてんだよ』
 雨の中。拗ねて、傷ついて、くすぶっていた、野良猫に出会った。
『一人で暮らしてんの? じゃ、アタシ行くとこないから、そこ泊めろよ』
 沙夜は昔から、雨の日が好きだった。耳朶を打って脳髄まで痺れさせてくれるような、強い雨の足取りを好んだ。
『へぇ。沙夜ってオス型なんだな』
 雨が降る日は、一人でいると決めていた。誰かとお喋りしたり、集まって騒ぐのも嫌いではなかったが、せめて雨の降る日ぐらいは、四方を壁に包まれた場所で、黙って読書でもしていたい。
 ――それが私です。と言えば、他人は沙夜のことを、物静かで内向的な少女だと捉えてくれた。そして特別頭の悪くなかった沙夜は、自然と〝そういった〟立ち振る舞いを見につけた。〝そういった〟外見を繕い、〝そういった〟雰囲気を纏わせることに成功した。
 ヒトが勝手に抱く印象【image】と、自分の外見をさりげなく合わせれば、生きるのはだいぶ楽になった。世を上手に渡っていこうと進化した工夫の賜物だと想う。
 なのに。
『雄型っての納得だわ。沙夜って気が強くて、独善的な思考してそうだよな』
 紅い尾を生やした野良猫は、あっさりと見破った。沙夜の了承を取る前に、勝手に風呂で熱い湯を浴びて、引出しの中にしまってあった布で身体を拭いた。
『なー、お菓子とかねぇの、腹減ったんだけど~』
 まだ滴っている途中の黒髪を、ぐしゃぐしゃしながら、野良猫は台所の冷蔵庫を勝手に開けた。容姿はとびきり宜しいのに、その態度と言葉づかいで台無しだった。
 沙夜とは真逆。――そう、真逆。
 薄っぺらい、わかりやすい、単純な虚勢を張り重ね、折れそうな自分を、半べそになって喚き支えている。脆くて儚い〝少女〟だった。
『沙夜、ちょっと金貸してよ。とりあえず、三万ぐらいー』
 沙夜は普段、怒らない。怒ったところでエネルギーの無駄だと悟っているので、意図的に沸点を高くしている。感情が昂ぶった時は、瞬時に冷却機関が作動する。なのにその時に限っては不発だった。わなわなと、両肩が震えていた。
 そもそも、限度があるのだと、この時になって久しぶりに思いだした。
 ――一体、何様なんですか、貴女は。
『御園瑞麗』
 野良猫はさらりと言いきった。それは野良猫であったが、同時に性と名を持つ、由緒ある血統書つきのメス猫だった。桁外れの数式演算力を持つ、天才だった。

――【CONNECTION.to->World.REAL】――

 日中。
 蒼月沙夜の意識は、現実世界と再接続された。かつての記憶情報素子を眺めていたのは、足下が崩壊したと思えるほどの、ひどい不安に苛まされたからである。
「……みーちゃん、なんで……?」
 見つめる。電装少女のみが操作可能な情報素子を開き、同じく過去の、時刻的にはつい今朝に起きたらしい映像を見つめ続けている。
 過去に映る二人の少女。一方がひったくるように唇を奪い、弾き飛ばされる。それから二人は言い争う。修羅場と呼べるほどの熱気を以て、監視されているとは露知らず、双方共に気持ちをぶち撒けていく。
『――鳴海だ。あたしにトドメを刺したのは、アンタだ』
 その言葉には、ありったけの哀しみ、怒り、悔しさが滲んでいた。
『だったら、瑞麗の方こそどうなんだ。――愛されたい、大事にして欲しい。そう叫ぶばかりで、自分からその環境を作ろうとしない。対価を得ようとするばかりだ。おまえの言う通り、そんな奴は、ただの傍迷惑なゴミだろうさ』
 返す言葉は理詰めで、微塵の容赦も含まない。
 片や〝想い【heart】〟に傾いた、感情的な論理武装。
 片や〝現実【real】〟に傾いた、現実を語る理論武装。
 それら二つは〝落としどころ〟を踏まえねば、決して交わることのない意志だった。
 子供が「大人はわかっちゃくれない」と言い捨て、大人が「子供はなにもわかってない」というぐらいには、水平線を描くもの。
 けれど、どちらもが〝本気〟で。
 本気になるには、必ず、その相手のことを知っていなければならなくて。
 熱く、鋭く、相手を容赦なく蹴り飛ばすには、
 それだけ、相手のことを、冷ややかに理解している側面がなければできない。お互いの長所と短所を分かっているからこそ、たまにどうしようもなく激突し、時に破状を引き起こすぶつかり合いが起きるのだ。
「……ずるい……」
 昔から、頭の悪くなかった沙夜には分かる。
 昔から、こんな風に、感情が剥き出しの大喧嘩をした事のない 沙夜には分かる。
 二人はまだ、お互いのことが好きなんだ、と。
 どうしようもないぐらいに。好きなんだ。と。
 けれど現実は、この二人を〝どこか〟へは至らせない。
 幼い少女が聞けば、胸を焦がすような悲恋。
 大人の女性ならば、一笑に吹いてしまうような、甘酸っぱい恋の話。
 そこに映るのは、その中間点に立つ、十七歳の少女だった。

 映像が終わったところで、沙夜は黙って上体を起こす。
今いる場所は、保健室の寝具の上だ。四方を布で閉鎖された空間は、彼女に安らぎを与えてはくれない。
「みーちゃん……。ひどいですよ……」
 寝具の布に包まれ、前かがみになって、蹲るようにすすり泣く。そしてもう一度、手にした情報端末機の短縮番号を操作する。
 無音。通信は切られています。また後でお掛けになってください。
 御園瑞麗にしては、よくあることだ。でも、
「……みーちゃんは、私のオペレーターなんだよ……? もう、赤城さんのパートナーじゃないんだよ……そうだよね? そのはずだよね……? もしかして、今も一緒に居たりしないよね……?」
 一度考えはじめると、思考はひたすら墜ちていく。たった一人の相手のことを想うと、今まで自然と培ってきた『蒼月沙夜』という構造体は、いつも、ぽろぽろと容易く崩れてしまう。

 【time_Re_CODE】四月九日、午前十時十五分二秒。
 【place_CODE】学園校舎・踊り場。

「なんだこれはっ!?」
 上級生たちの教場が集う一帯に、怒声とも悲鳴ともつかない声が挙がる。眉間をけわしくさせ、思わず呻いてしまったのは、今や噂に咲き乱れる渦中の人物だ。
「ナルミってばもう、ホント隙多すぎ。この頼れるお姉さんのように日頃から――」
「金乳ッ! この映像を録画した馬鹿は何処の誰だッ!? 吐けッ!!」
「誰が金乳やねんっ!」
 裏平手【tukkomi】ッ!
「アンタねぇ、わざわざ情報教えてあげた私に対して無礼よブレー! 金乳言われるぐらいなら、まだ牛って言われる方がマシなんだからねっ!」
「……悪かった、私としたことが少々取り乱した。では改めて聞こう、牛。この画像の配布元は何処だ?」
「えぇと、それはエリスが――」
「お嬢様ぁ! 否定してくださいっ!」
「え、なにを? この映像、貴女が見つけて私に教えてくれたんでしょう?」
「違いますっ! 私が言いたいのは……嗚呼っ! 私のお嬢様は、もはやヒトに非ずなのですかぁっ!?」
 ぶわっと、涙をあふれ出さんばかりの勢いで見上げる銀髪少女。対して牛は「あらやだ突然なにを言ってるのかしらこの子大丈夫?」と、小首を傾げるのみ。
「うっうっ……、本国の旦那様、奥さま、申し訳ありません。唯一のご子女は、私の教育の不手際で、ただの家畜となってしまいました……」
「ワケわかんないこと言ってないで。この映像はどこから入手したの?」
「えぇ……『電装少女』共有の情報野でございます。お牛様」
「誰がお牛様かあっ! エリス! 馬鹿にしないで、ちゃんと普段通り礼節に則り、お嬢様と呼びなさいっ!」
「はいっ! お嬢様っ! お嬢様っ! うぅ……お嬢様ああぁぁっ!!」
 抱きっ。
「……いや、うん、なにがそんなに嬉しいのか知らないけど、よしよし」
「姉妹漫才は終わったか」
「はい。終わりましてございます。えぇと、記録の元場所でございましたね」
「いやいや、してないわよ!? 漫才なんて、」
「牛はちょっと黙っていろ。エリス、続けてくれ」
「はい。本来は、どこかの部活動が配布した有料の記事らしいのですが。誰かが映像だけを〝切り抜いて〟、学園の予備記憶装置に保存【save】した様にございます」
「ダメでしょ、それ、不法よ」
「牛はちょっと黙っていてくださいませ――。ちなみにこの画像を入手したのは私ではなく、友人にございますので」
「めっ、そういう事言ってると、どんどん認識が甘くなるのよっ」
「すまない牛、エリスへの説教は後にしてもらえるか。――で、発行元の特定はできないのか」
「EXEC.正式な学園情報誌の発行ではない、ということは突き止めておりますので、おそらくは、どこかの文化部あたりかと」
「わかった。発行元には一つ、心当たりがある」
「あら、そうなの? 学園の部活動は、大小含めると百近くもあるでしょ?」
「――外道部だ」
「げ、げどうぶ?」
 言いきった鳴海は「うむ」と頷いた。
「元々は公式の学園総合情報誌に在籍していた一人だが〝迅速く・正確に・高尚な記事を良しとする!〟を心情に持つ部長のやり方に嫌家をさし、〝迅速く・金になる・低俗な記事を良しとする!〟という、ヒトに嫌がらせをする為に存在する、性根の曲がった女生徒の仕業だ」
「ま、正に外道ね……っ!」
「あぁ。奴は主に一年中、女性との噂話と、コネクタを追いかけている」
「っていうかナルミ、詳しいわね、知り合い?」
「……遺憾な話だが、元は私の幼馴染だ。今は独身寮にいるはずだが――」

「やぁやぁ。この黒鋼虎子さんを、おっよびっかなっ?」

 踊り場の上から上体だけを預け、三人を覗き込む女子生徒がいた。
 褐色肌の、小柄な女性だ。短い黄色と黒のコネクタをくねらせている。
「……出たな、虎子……」
「はい毎度っ! 鳴海、今回は稼がせてもらったよ~っ!」
「降りて来い外道。小一時間ほど、私と話をしよう。二人きりでな……」
「熱烈だねぇ! でも鳴海の説教はねちっこいからヤダ」
 爽やかに応え、首から下げた映像保存機【camera】を構え、カシャカシャと、踊り場に立つ三人の姿を捉える。
「ぐふふふふ。それよりも噂の尾ヒレ、煽り素材を入手っ! 赤城鳴海、元嫁とよりを戻すだけに留まらず! さらに第三・第四の嫁候補と発情行為をうんぬん!」
「虎子ッ! 端から正当な記事を書く気がないのか貴様はッ!」
「ないねっ!」
 断言した。いっそ清々しい外道だった。
 両手、翼のように大きく広げ。
「この世にはっ! 高尚なものなんて存在しないのさっ!」
 言いきる。
「浅く、醜く、下劣で、薄汚れた泥にまみれたその奥にこそっ、ヒトの真意あり! ならばこそ、虎子さんは追いかけよう! 求めよう! 模造しようっ!」
「いやいやいや……、模造はしちゃダメでしょ……」
「外道の虎子になにを言っても無駄だ」
「なるほど。お嬢様といい勝負の、空気よめない変態様ですね」
「ちょっとエリス、さらっとお姉ちゃんの悪口言うのやめなさい。あとお姉ちゃん、変態じゃないから。頼れて、優秀で、完璧な、」
「鳴海っ! 私はこれから授業をさぼって、突貫で仕上げた幼馴染のゴシップ記事の稼ぎを元にっ! お寿司を食べにいこうと想うわっ!」
「……は? いきなりなにを言ってるんだ……?」
「回らないお寿司っ! 特上っ! 二人前っ! わさび大盛りでっ! 虎子さんは友人の不幸を蜜の味にして、腹一杯に笑おうと想う! それだけを伝えにここにきたっ! ありがとう、虎子さんの幼馴染っ! 鳴海、超愛してる!」
「死んでしまえッ!! いや、いっそ私が引導を渡してやるッッ!!」
「ククク、幼馴染のその顔が見たかったっ! じゃねー」
「待てっっ!!」
 軽やかに脱兎。鳴海もまた、我を忘れて駆け上がる。
 乙女の恥じらいもクソもなく、二段飛ばしで風のように駆ける。しかし虎子も迅速かった。
「フフフ! この虎子さんの逃げ足に追いつけるものかしらねぇっ!」
 悪役の逃げ足が迅速いのは常だが、虎子の足もまた異常に迅速かった。
「しゅたたたたたあっ!」と廊下を疾駆する音が響く。鳴海が階段を上がって睨みつけた先には、行き交いする生徒らの隙間を器用に抜け去り、はやくも別校舎をつなぐ渡り廊下に足を踏み入れていた。
「クソッ……! アイツ、持久力はないくせにやたらと迅速い……っ!」
「鳴海さまっ」
 歯噛みして見送ると、遅れて階段をあがってきたフィノとエリスと視線が合う。
「どうした、エリス」
「……あの、大変申しあげにくいのですが……」
「なんだ?」
「愛花ちゃんから、ご連絡が来ました。――例の映像、彼女も見たそうです」
「え、な、ちょっと待て! 違うぞ! 私はなにもしてない!」
「わぁー、ナルミが動揺してる~。おっもしろーい♪」
「……お牛様、頼みますから空気よんでください。鳴海様の怒りの鉾先が、全部お嬢様に向かっても、私知りませんからね?」
10, 9

  

 ――【SHOW-> text.data_world_REAL】――

 一概に『雄型』は、立場と社会性を尊重する。出世欲などの現実的な欲と向上心に満ちている傾向がある。それは血液型占いと同じだ。科学的な根拠のない集合体だ。
 けれど昔。誰もが騙されていた蒼月沙夜の本性を、そんな根拠のない事象を基に、彼女だけが見抜いた。

 ――【SHOW-> text.data_world_Another】――

『沙夜はどう考えても、オス型だよな』
 大量の駄菓子を喰らいつつ、野良猫が遠慮なく言った。
『独占欲がすげぇ強い』
「べつに、そんなつもりは」
『アタシが欲しくないのか。その手に一生、括りつけておきたくないか』
 ニヤニヤと笑う。合成着色料で、真っ赤に色づけされた烏賊の足を齧りながら笑う。露わになった唇と、鎖骨と、乳房。
 行為の直後だったというのに情緒もへったくれもなかった。図星をつかれたところで、さらにそういう態度が苛立った。
「……ッ!」
 心が引き千切られる。平手を振りかぶっていた。拳を握って殴りつけた。
 痛がれ、苦しめ、泣け。――そんなドス黒い感情を露わにするも、上手に届かなかった。当たらなかった。
『違うだろ。沙夜の手は、アタシを殴るためにあるんじゃない』
大きく振り上げたその腕は、たやすく掴み取られてしまう。反対に押し倒されて、軋む寝具の音を聞きながら、乱暴に口付けられる。
 ふやけた烏賊の足と、滓のような調味料の味。
 これ以上にない、最低の口付け。
『やっぱりなぁ。目は良いんだけど、身体が特別にぶい。いや、感覚の方が迅速すぎて、肉体の動かし方が分からないのか?』
抵抗しようとした。けれど、行為そのものにおいての経験値は、相手の方が圧倒的に上だった。「カチリ」とコネクタが通じると、
『――ほら、行くよ。想うがままに、イケるとこまで、飛んでみな』
 瞬間。電糸信号が流れた。
 頭が真っ白に染まる。全身が【速度】に置き換わり、仮想を駆ける。
『――すっげー気持ちいいだろぉ?』
 血が沸騰し、肉が悦ぶ。
 六十兆億個の細胞と、電装少女の赤い遺伝子【plag_CODE】が熱を持つ。
 焼ける。焼け死ぬ。焦げて、灰になって、なにもかもくすんで、消えて。
『――保て。強く意識を保て、沙夜。光そのものに生まれ変わった自分を構造するんだ。光の彼方にあるもの、四次元を視ろ。自分の世界へ【昇華】しろ』
「・・・・・・・!!!!」
 裸体が弓なりにしなる。かぼそい声は、はるか彼方の後方に消えてしまう。
 現実の脳細胞がついに処理に追いつかなくなった。
 速度が止まっていく。自らが物的な存在であることに悲哀の悲鳴をあげる。
 けれど、ほんの一瞬だけ、沙夜は達していた。
 戻る。
 光速から音速へ。音速から時速へ。時速から停止へ。ゆっくりと、意識が戻る。吹き出た液体が、折り重なった自分たちの身体を汚していた。
 饐えた匂いがする。
 匂いがすることを感じるから、どうにか意識を保っているのだと知る。
『――どうよ?』
 息あらく、雌猫がふわふわとした声で言う。
『――電糸の世界は〝光速〟だろう? でも、最後まで味わえる奴は滅多にいないんだ。アタシの場合、鳴海以外は初めてだ』
「…………」
 抗うことも忘れ余韻に浸っていると、平然とした笑い声が雨のように降ってきた。
 雨は幻覚かと思ったが、確かに雨だった。ぽつぽつと、垂れてくる。
『――鳴海の他にも、光速に耐えれる奴がいたんだなぁ……』
 くつくつ、ぽたぽたと、雨が降る。
『――沙夜、アタシと組めよ。アタシが、正しい心を、正しい迅速さを、その身体から解き放ってやる』
 雌猫は、とても人好きのする、優しい笑みを浮かべた。
そして沙夜の魂を、その肉と皮を含めて、ぺろっ。と自分の物にしてしまった。

 ――【CONNECTION.to->World.REAL】――

 一限目が始まる電糸音が届いた。けれど相変わらず、ぼんやりと白い天井だけを見つめていると、保健室の扉が開く音がした。
「……すみません、失礼します……」
小さな声。囁くように聞こえ。それから辺りを見回す気配がした。
「……あれ、誰も、いない、のかな?」
「先生ならさっき、少し外に出てくるとおっしゃっていましたよ、御園さん」
 声が誰のものであるかを察し、遮光布を開き、顔を覗かせる。すると相手は驚いたように沙夜を見返した。
「そ、蒼月先輩?」
「はい。ごきげんよう」
「ご、ごきげんようっ!」
 慌てて一礼する少女の前に、沙夜もまた、慣れた仮面をつけて微笑んだ。
「あ、あのっ、どうしてこちらに……?」
「きっと、貴女と同じ理由です」
「ほぇ?」
 間の抜けた声をあげ、沙夜の言葉が意味する解答まで、二息、
「えぇと、ごめんなさいっ!」
「こちらこそ、ごめんなさい。御園さんを責めるつもりで言ったんじゃなくて。……おたがいに、苦労しますよね?」
 冗談めかして言えば、相手の少女もまた「えへっ」と微笑んだ。
「お隣いいですか?」
「掛けますか?」
 同時に言って、もうひとつ笑い合う。愛花が寄ってきて寝具の上に腰かける。
「先輩も、その……不安になったりするんですか?」
「はい。私は貴女のお姉さんのこと、大好きなので」
「ありがとうございますっ」
 本心からの言葉を形に成すと、彼女の妹も笑った。あまり表立って愛情を示す姉妹でないけれど、仲は良いのだなと思う。
「最近はあまり、お姉ちゃんと話せる機会がなかったので……。家にもあんまり帰ってないみたいだし……普段、どこ行ってるのか……」
「大体、私の家で寝泊まりしてますよ。あの日も、朝まで私の家に泊まってました」
「え? そ、そうなんですか」
「はい」
「そ、それは――えぇとっ、あの!」
「内緒にしてくださいね。特に、そちらの〝お母さん〟については」
「あ、やっぱりお姉ちゃん、お母さんのこと悪く言ってます?」
「めちゃくちゃ言ってますね」
 素直に言うと、愛花は困ったように笑った。。
「あはは……お姉ちゃんが、お母さんのこと嫌いになっちゃう気持ちは……、正直、私もちょっと分かるので……」
 視線を手元において、言葉を濁すように言う。
「御園さん――愛花さんも、お母さんのことがお嫌いですか?」
「う、うーん……。キライっていうか、んー、ニガテ?」
「その違いは大きいですよね」
「はい。……お姉ちゃんも、きっと私と同じで〝ニガテ〟だったと思うんですけど、でも、あの、去年……」
「存じてます。瑞麗さんは、遺伝糸【plag_CODE】の方でなく、お体の方に症状があって〝作れなかった〟と」
「……はい」
 ぽつりと零して、間ができた。
「それで、次は、鳴海さんの相手に、私が選ばれたんです。なんていうか、お母さんの強引な口利きみたいなのがあって……それで、やっぱし、不安で……」
「私も愛花さんと同じかもしれません」
「え?」
「不安、です。赤城鳴海さんも、御園瑞麗さんも、なんだかんだ言って、まだお互いの事が好きなんだなぁ、と分かっちゃいますし」
「そう、そうなんですよ!」
 顔を見合わせる。どちらからともなく、顔を綻ばせる。
「私、鳴海さん――あっ、赤城先輩のっ!」
「いつもの呼び方でいいですよ。私も、みーちゃん、と呼ばせて頂いてますので」
「えへ。わかりました。えと、あの映像を見た時、鳴海さんは、お姉ちゃんのこと好きで、お姉ちゃんも鳴海さんのこと好きで、私、不安だけど嬉しくもなって。でもやっぱりなんだか不安で。えぇと……上手く言葉にできなくてすみません……」
 両手を握りしめて、懸命に言葉を探す。
(いい子ですね)
 沙夜は思う。型式の占いが本当に当たるとしたら、目の前の純粋無垢な少女こそ、理想的な『雌型』だった。

 電糸の鈴音が『学園』に響き渡る。授業がはじまった。けれど少女らは二人、教室とは別の場所で過去を語っていた。
「あの、えと、四年前かなぁ。お姉ちゃんと鳴海さんがパートナーだって承認されて、最年少の『ランカー』だって認められた時、私すごく嬉しかったんですっ。
 わたし、あんまり喋るのとか、上手じゃなくて。知らないヒトと目を合わせるのも怖かったりして。それで、鳴海さんと、お姉ちゃんにすごく助けられて、えと……」
「ゆっくりでいいですよ。続けてくださいな」
「ありがとうございます……。えと、私のお母さんは、その、すごい見栄っ張りなんです……、昔からずっと、お家とお国のために、はやく子供を作れって私たちに言うヒトで……。鳴海さんのこともその……『親がわからない』からって、すごく馬鹿にしてるとこがあって、鳴海さんもそのこと知ってて……」
「えぇ」
「お姉ちゃんも、頑張ってたんです。お姉ちゃんの演算力は、本当にすごいんですよ。お姉ちゃんはよく文句言ってましたけど、鳴海さんの深層領域に合わせて【武装】を再構築して……鳴海さんの『黒雅』は、お姉ちゃんが作ったんです」
「えぇ。私も同じ学年だったから存じてますよ。二人がとっても優秀な『プレイヤー』と『オペレーター』で、大活躍してるところね」
「はい、すごかったんです。本当に」
 ――しかし反面。圧倒的すぎてもいた。
 出過ぎた杭は打たれる。悪意もそれなりに在った。けれど、それは言ったところで詮無いことで。沙夜は胸の内に秘めておく。
「でも……。その、赤ちゃんができなくて……。念のため、病院で身体の方を検査してもらったら……」
 両肩がふるえる。強く、強く握りしめた、両拳。
制服にしわが残るのも一切気にせず、一滴だけ涙をこぼす。
「……すっごく、哀しくて、悔しか、っ……たっ!」
「うん」
 抱きしめる。
 その気持ちは、沙夜には痛いほど、よく分かった。
「大好きなヒトが、幸せになれないのは、おかしいですよね」
「は……ぃ、っ」
 現実はとても〝正しくない〟。
 不都合に、不利益に、不純に、不可解に満ちている。
 誰もが幸福に生きたくて、だけど、幸福に生きられない。
 それがわかっているのに、生きている。
 脳は働いて、心臓は酸素を送る。
 電糸機器のように、釦一つで、消し飛ぶように構成されていない。
「――私は、まだまだ新参者で、瑞麗さんのパートナーになって一年ですし、鳴海さんのことや、愛花さんのこともまだ、詳しくは存知あげません」
 頭を抱いて、撫でながら、優しく告げる。
「でも、一つだけ、確かにわかります」
「……え?」
「愛花さんは、ちゃんと愛されてます。鳴海さんと、それから貴女のお姉さんである、瑞麗さんからも。貴女が、お二人を大事に見ているように。お二人もまた、貴女のことを大事に想ってる気持ちは確かです」
「……蒼月、先輩……」
「貴女はとても、可愛らしい人ですからね」
「は、はうっ! そ、そんなことはないですよっ!」
 見つめ合う。頬を赤らめさせて。
 涙に潤む瞳、近づけて。
「ですから――。出てきたらどうですか?」
「へにょ?」
「先ほど、愛花さんと一緒に迷彩電糸【stealth_CODE】を用いて部屋に入ってきた、そこの貴女、出てきなさい」
「え? え?」
「薬品棚の前に立っている貴女です。今度はこちらの映像を売りつける気ですか?」
「――さすが。新参とはいえ『ランカー』だねぇ」
 ジジ、と空間の一片が歪む。
 褐色肌の小柄な女性が、笑顔を浮かべて立っていた。
「ひゃわぁっ!? と、とと、虎子さんっ!?」
「やっほーん。愛花姫さま。おひさしゅー」
「あ、はい、その、お久しぶりです……」
「うんうん。つーか質問。沙夜っち。アタシ足音も気配も消してたつもりなんだけど。なんで気づいた?」
「清らかな愛花さんとは違う、腐った下種の匂いがしたので、すぐ分かりました」
「うお! 直球馬鹿の鳴海とは違う新手の罵倒がっ! た、たまらんっ!」
 はぁはぁ。
「……虎子さん、相変わらずゲスいです……っ!」
「相変わらずどころか、現在進行形でドス黒くなってるさぁっ!」
「黙りなさい変態。それよりも、その映像の件なのですが」
「おぉっと、虎子さんのこいつは渡せないよ! 何故ならば! 虎子さんという生き物は、最低のゲスで、生ゴミで、外道だからさぁっ!!」
「自分でそこまで言っちゃうのっ!?」
「フフフ。むしろ言い足りないぐらいだねっ! 虎子さんは乙女の敵! 虎子さんは黒いG! 素迅速く、最低、低俗にっ! 女の尻を追いかけ、汚濁に塗れっ、公序良俗に違反するっ! それが、それこそがっ、この黒鋼虎子の生き方なのさあ!!」
「ひどい……っ!」
「愛花ちゃん、綺麗な瞳を閉じてなさい。汚れてしまうわ」
「ククク。では、このお宝映像を持って、寿司食いに行きますかねぇ!」
「待ちなさい」
「虎子さんは待たぬ!」
「追加映像、欲しくはありませんか?」
「なに?」
 女の敵、黒いGこと黒鋼虎子が、出しかけていた逃げ足を止める。
「貴女の性根は覗くのも嫌になるほどですが、撮られた映像は、ある意味ちゃんと潔白の証明になるでしょう?」
「……なにが言いたいのかな? 虎子さんに時間稼ぎは無駄だよ」
「宣戦布告よ。お撮りなさい」
「なにを?」
「そ、蒼月先輩?」
「はい、愛花ちゃん、もっと私の方に寄って」
「え、え?」
「そうね。両手、私の方に回して、ぎゅって、こう、そうそう。もっと抱きついて。視線だけ、辛いでしょうけど映像器の方に向けて」
「な、なにする気ですか? 蒼月先輩も騒動に巻き込まれちゃいますよっ!?」
「巻き込まれてやろうじゃありませんか」
「え」
 にっこり。映像保存器【camera】に向て微笑む。
「ごめんね愛花ちゃん。私はね、本当は負けず嫌いで、独占欲が強いの」
「え、え?」
 世界を、七色に彩るような笑顔を向けて、彼女は微笑んだ。

「――赤城鳴海さん、ご覧の通りです。貴女の大事な姫君は私の中にございます。取り戻したければ、本日中に決闘【Duel】を申し込んでくださいな。でなければ、御園愛花さんとの間に『子供』を作るのは、この私、蒼月沙夜、です」
【time_Re_CODE】四月六日、午前十一時三十一分五十秒。
【place_CODE】伊播磨市・中央区学園・小会議室【briefing_room】。

 一体、なにがどうなっている。
 わけがわからないぞ。――というのが、赤城鳴海の本音だった。
 座学を終えて廊下に出たところ、
「やっほ~、な~るぴょん☆」と寿司を食いに行っていたはずの虎子がおり、いい度胸だな貴様殴らせろ、その醜い顔を性格そのままにしてやろう。と掴みかかったところで、今度は別の問題映像を見せられた。
 そこは『学園』の保健室であり、愛花を人質に取った沙夜が、実に堂々と宣言していたのである。

 蒼月沙夜に、決闘【Duel】を申し込め。
 さもなくば、御園愛花との遺伝糸【plag_CODE】を残すのは、私だ。

 驚き、あせって保険室に向かえば、すでに愛花と沙夜の姿はなく、紙媒体の用紙の上に直筆で『愛花ちゃんとお昼を食べに出かけております。午後には戻って参りますので、ご返答のほどを準備しておいてくださいませ』と、あきらかに鳴海に向けた手紙が残されていただけだった。
「……まったく、全員そろってどうかしてる……」
「本当にな。赤城」
 怒りを押し殺した声と共に、電糸筆が飛んでくる。
「っと」
 危うく額にぶつかるその直前に手を出して受け止める。正面を見ると、眉をひそめた教師、リーアヒルデが鳴海を睨みつけていた。
「心、ここに在らずといった感じだな。赤城」
「すみません、考えごとをしていました」
「おまえが私の話を聞き流すなど、よほど緊急事態と見える」
 くんっ、と中指を自分の方に向けて、電糸筆を取り戻す。
「明後日の重要な任務を前に、なにか予定でも出来たのか」
「その……実は」
「噂は聞いている」
 鳴海が応える前に、リーアヒルデがどこか楽しげに言葉を返す。
「なにせ『学園』全体が、お祭り騒ぎのように盛りあがっているからな。赤城は成績の方は優秀だが、女性関係の方は上手くいかんみたいだなぁ」
「先生までからかわないでください。というか、なにか楽しそうですね……」
「いやいや、そんなことはないぞぉ」
「もしかして先生も、こういった不毛な恋愛事情をお持ちですか?」
 ――ぴくっ。
「赤城……、もう一つのおまえの欠点を教えてやろう……」
「は?」 
「おまえの冗談は、本当に笑えん。発言はしっかり弁えろ……」
 ごごごごごごご……っ。
 背後から、只事でない気配が膨れ上がるのを感じ、即座に謝罪。
「申し訳ありませんでした」
「あぁ、今後は気を付けるようにな……」
 ふしゅるるぅ~。
「それでは、週末の任務についての情報更新が来たので、口頭と情報素子で並行して伝えるぞ。御園愛花には赤城の方から伝えておけ」
「EXEC.」
 鳴海は頷き、意識を週末の任務・天帝ご子女の護衛に切り替える。コネクタを机の下に差込み、目前に情報素子を出現させる。
「まずは明後日、四月九日の『学園』視察の件についてだが――」

 *

 ――鳴海の頭痛は加速した。
 明後日と、三日後の依頼内容を耳に留めた結果である。
「どうした赤城。『我、まったく以て解せぬ……』といった顔をして」
「EXEC.先生、もう一度確認しますが」
「なんだ今更になって」
「今更だから聞くんです。これは、本当に、政府からの、正式な依頼なのですね?」
「そうだが、なにか問題があるか?」
「EXEC.ありすぎです」
 上目で様子を窺いつつ、問いかける。
「当初、私はてっきり護衛というのは名ばかりで。先方が視察に訪れた際に『電装少女』の現状を確認するため、私と愛花がこの『学園』を案内すればよい。ぐらいに考えていました」
「まぁ、間違ってないな。赤城ならその点も構わんだろう。年齢の割に達観していて、説教癖があるのが欠点だが、反面、解説などは得意分野だしな」
「年齢の割にというのはさておきですね。問題はこれです」
「どれだ?」
「これです。――〝当日は、天宮殿から護衛をつけるとのお約束でしたが、花粉症がツライので辞退します。光様お一人で視察に参られますのでよろぴくv(^^)v〟」
「あはははは。いやー、だって春だからなー、仕方ないなー?」
「先生、ふざけてるんですか」
「いやいや、ふざけてないぞ。先生はまったくこれっぽっちもふざけてないぞー」
「……なんで若干嬉しそうなんですが。なんで若干、そわそわしてるんですか?」
「いやいや、先生はそわそわなんてしてないよー。あぁまったく、深刻な問題だとも。お付の方が花粉症で来られないのであれば、食事をする場所や、寝泊まりするところも新たに探さなくてはならないだろうなぁ、うんうん♪」
「……その二点は特に変更する必要がないように思えますが……」
「いや、ある!」
「では、護衛の方が本当に来られないのだと仮定して。不慮の危険性を考慮して即刻中止にすべきでは?」
「それは駄目だ」
「何故です」
「駄目なものは駄目だ。いいか赤城、貴様に拒否権はないっ!」
 指さして言いきった。
「先生、依頼の詳細に不透明な箇所が多い場合、生徒側からも、任務を辞退することは可能である、という校則をお忘れですか?」
「不透明な点など、先生にはまったく見当たらないなぁ!」
「そうですね。この依頼は、まっとうな点を探す方が難しいです」
「そうだろうそうだろう。というわけで赤城、先生の言うことは聞きなさい」
「『おことわりします』と言えばどうなりますか」
「先生はこう言う。――急に発情した赤城鳴海に、強引に性的行為を要求された。先生は逆らえなかった。もうお嫁にいけないっ!」
「それが教師のやることか」
「教師だって人間なんだよォーッ!!」
 最後の一線を、軽々超えて言いきった。
「あの、私の中で先生の株が、現在大暴落なんですがどうしてくれますか」
「今のうちに損切りしておけ。……まだまだ下がるぞ?」
 目が据わっていた。退職も辞さない背水の陣である。
 何故そうなる必要があるのか、鳴海にはまったくもって分からなかったが、
「……とりあえず、先生が本気であることは分かりました」
「そうだろうそうだろう」
 本気で頭痛を覚えはじめたのか、頭を抑えて突っ伏す鳴海。
 反面「やった、やった! 明後日はなに着てこっかな~♪」と遠距離恋愛中の少女に逆戻りした二十代半ばのオトナは、
「先生? もしや先方とはお知り合いなのですか?」
 現役十代の訝しむ視線を前に「ハッ!(`ロ´;)」。
「いやいやいや! 何をバカなこと言いよると!? 先生は、そのほら別に違うんだぞ! 今週末の為にわざわざ貯金落として、新しい服やアクセを物色しにいったりしないからな! デート用のお泊りスポット探して急いでる○ぶ買いに書店で立ち読みして妄想した挙句会計に立ち寄ったら洋服代に全額注ぎ込んでて財布の中身すっからかんだったわきゃああぁぁ恥ずかしいぃーっ! って想いをした後に、あぁっ、なんだ、ここクレカ使えるじゃーん! やったー。大人で良かったー! なんてことを改めて想ったりすることは断じてないからなっ! どやぁ!」
「至極どうでもいい上に長いです」
「赤城……。私を見る目つきが段々ゴミのようになってないか……?」
「損切りさせて頂きましたので。それで依頼の当日、明後日の件ですが」
「引き受けてくれるんだな赤城おぉっ!」
「……午前九時、伊播磨市の中央駅前、南口で待ち合わせとはどういうことですか」
「先生をさらりと無視したのはともかく、まぁ文面通りだろう」
「立場ある方が『学園』の視察においでになられるのですよね? 何故、当日の待ち合わせが駅前なのですか。そして『学園』に近いのは北口の方だと想うのですが」
「おそらくは、深い考えがあってのことだろう。我々下々の者にはわからぬ、なにかこう、思惑的なものがあるに間違いない」
「間違いない、のですね?」
「間違いない、と思うよ」
「本当に間違いありませんね?」
「た、たぶんな?」
「間違いだったらどうしてくれますか?」
「せ、先生を脅すな赤城……っ!」
「当日は、私の他に愛花も参加するのです。彼女になにか危険があったらどうしてくれますか」
 言うと、教師は「おっ」と瞳を開いた。
「なんだ赤城、やっぱり沙夜との決闘【Duel】を受けるつもりなのか。青春だなぁ」
「……話を混ぜ返さないでください。なんだか胃が痛くなってきました……」
「うむ。それが中間管理職のツラいところよ」
「誰のせいだと……!」
 危うく、立場を忘れかけて襲いかかろうとした時だ。
 ――どすどす。
 外の廊下を乱暴に歩いてくる足音がした。わずかに気になって振りかえると、足音は扉の前で止まった。叩き割るように扉が開いた。
「鳴海ィイイッ! 虎子のバカはドコにいやがるッ!?」
 御園瑞麗は激怒していた。
 艶やかな黒髪にはたっぷり寝ぐせがついて、制服にも皺が窺える。間違いなく寝起きだった。
「……あぁ、そうか。元はと言えばおまえのせいか……」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇッ! 先生、話はあとどれぐらいで済むんだ?」
「ちょうど纏まったところだ」
 いやいや、ぜんぜん纏まってねぇよ。
 どこぞの牛のように、鳴海が心の中で裏平手【tukkomi】をかます。
「んで、虎子はドコだよ?」
「説教でもしたいなら一人で行ってこい。私たちの写真で、今頃はどこぞの寿司屋にでもいるはずだ」
「相変わらずの逃げ足だなあのアマっ!」
 舌打ち一つして、後ろ髪をかいた。
「おい鳴海、沙夜は強ぇぜ。あんま油断すんなよ」
「余計な世話だ。それと、元より負けるつもりは毛頭ない」
12, 11

  

【time_Re_CORE】四月六日、午前十三時五分。
【place_CODE】伊播磨市・中央区学園・噴水広場前。

「えーえー、それではーっ! 第一回『御園愛花と子づくりするのは私だぁ!』選手権を開催いたしますっ! 実況及び、審判及び、解説はこの私、頼れる皆のお姉さんこと、フィノ=トラバント=アイリスがお送りいたしまぁすっ!」

 わああぁぁーっ!! きゃああぁーーっ!! 
 お姉さま頑張ってーっ!! 蒼穹の彼方まで飛ばしてぇーーっ!!

 現実と電糸、二つの世界。
 時を同じくして舞い飛ぶ春の桜。雲行きは怪しく、天気予報の通りに、灰暗色の雲が流れはじめていた。
 しかしそんなことはお構いなしに、万雷の拍手が巻き起こった。
「……授業はどうした」
「自習になったんでしょ。面白そうだからって」
「いいのか? みんな、それで……いいのか……?」
「はいっ! そこブツブツ言わないっ! えー、気を取り直してまいりましょー。それではこちらが、決闘【Duel】の景品となっております。勝者の嫁こと、御園愛花さん、白百合組み所属のオペレーター、現在十四歳でーすっ!」

 わー! かわいー! きゃーっ!
 ほっぺぷにぷにしたいーっ! 家庭的だーーっ!!

 現実から飛んでくる声援を耳にして、
「あ、あのあのっ、フィノ先輩っ! 質問ですっ!」
「あら、なにかしら! どんと来なさい! それはもう! なんでも超できるお姉さんが、バッチリ答えてあげるわよっ! 真剣ダゼの赤ペン先生のようにね!」
「あの! 今の私の姿なんですがっ!」
「えぇ、えぇ! 貴女の姿がどうしたのかしら、アイカちゃん!?」
「私っ、なんでか花嫁姿で更新【upload】されてるんですけど!?」
 ――ふわり、と。
 西羅式の、白いウエディング姿の裾が風に舞う。さらに愛花の側には付添人のつもりなのか、やはりドレス姿のエリスが、ハンカチをもって「うっうっ」と涙ぐんでいた。
「愛花ちゃん、似合ってますぅ。本当にお綺麗ですぅ、おめでとう……」
「あ、ありがと、じゃなくて! だからなんで、私お嫁さんの姿なんですかっ!?」
「いやだって~、そっちの方が盛り上がるかなと思ってぇ~」
 空気読めない牛が「ンモっ」と笑う。
「はぁ。お嬢産牛の痛さはともかく、愛花ちゃんも、中々によろしいお胸のお発育をされてますよね……」
 ――もみゅもみゅ。
「や、ちょっ、やめてよぅっ! っていうかエリスちゃん、あっ、んあっ!? な、にゃんか、すごい揉みなれ……ひぁあんっ!?」
「ふふ。良いではありませんか……。どうせ現実の方では、赤城先輩に毎日いやらしいことを要求されているのでしょう。こちらの世界ではせめて――」

 警告【WARNING!】
  電糸世界の特定座標にて、性的な発言と接触行為が認められました。
  直ちに中止してください。さもなくば、停学処置権を発行致します。

「あら、まったく。お嬢産牛並みに空気読めない管理人【system_CODE】ですね」
「エリスちゃーん。そろそろお姉ちゃん激怒しちゃうゾ?」
 ぺきぽきと指を鳴らせ近づく気配に、エリスは「ふぅ、仕方ありませんね」と一歩身を引いた。
「……あ、ふやぁ……」
 愛花がちょっと息荒く、くたっと脱力する。
 ――こほん。
「それではっ! ぼちぼち、麗しき姫君を我が嫁にせんがために剣を取る、二人の若き騎士のご紹介を致しましょうかっ!
 まずは『一体いつになったら始まるんだ?』という顔をしておりますのが、皆さんご存知、御園愛花の正パートナー! 赤城鳴海、赤城鳴海でございまぁす!」
「選挙活動かよ……」

 わああー、きゃああああっ! 鳴海先輩がんばってーっ!
 負けたら私をお嫁さんにしてね! 一生養ってぇーっ! 
 貴女の下で、食って寝て、だらだら過ごしたいでーすっ!

「……せめて家事はしてくれ頼むから……」
 現実世界からの熱い声援を受け、その美形が一瞬、人生に疲れた表情に変わる。しかし一応、形だけとばかりに、ひらひら手を振った。
「ナルミ。私、アンタのそういうところ嫌いじゃないわよ?」
「やかましい。早く進行しろ」
「わかってるわよー。じゃ、挑戦者の解説に移るわよっ!」
「はいどうぞ。よろしくお願い致しますね」
 にこりと、人好きのする微笑。余裕を持ってお辞儀する挑戦者。
「さぁ、対戦者はこちらっ! 良妻賢母! 細身美麗! 一見とても頼れそうで、ほんわか天然系、この私とキャラ被ってる、実は結構なお嬢様っ!」
「え? 誰かほんわか? え? 頼れる? 天然っていうかただの牛――」
「はいっ! どこぞの口喧しい妹は完全無視っ! しかぁし! しとやかな外見とは裏腹にっ、その中身はやはり『雄』だったっ! 寝取り二股上等だ! 腹黒乙女、蒼月沙夜、蒼月沙夜でございまぁす!」
「へー。私ってフィノさんの中でそういう評価なんですねぇ。割と正解ということにしておきますが、あんま調子こいてると、ブッた斬ってサーロインにしちゃいますよコラ?」

 わーーーっ! きゃあああああーっ!
 裏サヤ先輩出たーっ! S! S! 物理的にブラック!
 その笑顔で私を踏んで! なじってええぇっ!!

「……えーと、頼れるお姉ちゃん、この四月にちょーっと寒気がしたのはさておき。さぁさぁさぁ! 会場はまさに始まる前から最高潮の盛り上がりっ! では両者、この闘いにおける決意の一言をどうぞーっ!」
「そんなものは必要ない」
 鳴海が左掌を下に向け、軽く前に出す。
「勝つのは私だ。電装更新【update】」
 ――しゃらん。
 最も基本的な構文【CODE】を呼べば、その手には決闘【Duel】用の細剣が握られている。
「蒼月、始めるぞ」
 相手の心臓に向け、鋭い切っ先をまっすぐ示す。
「悪いがこれ以上、お前にくれてやれるものは何もない」
「もちろん。そのつもりで来て頂かなければ困りますよ。電装更新【update】」
 沙夜が左手を腰元へ、右手をその先に置くように添える。
 ――チキ。
 顕現されたのは、こちらも決闘【Duel】用に構成された剣だった。が、やや反りの入ったそれは、この極東の島で産まれた『倭刀』と呼ばれる代物だ。
「私って、実は独占欲強いんですよ」
「見ていればわかる」
「ふふ。じゃあ遠慮なく、妹さんの方も寝取っちゃいますね?」
「やらんと言った。もう二度と、私は手放さない」
 鳴海が、愛花をちらと見て、正面へと戻す。
「悪いが、徹底的に斃させてもらうぞ。おまえの様な奴が二度と現れんようにな」
「えぇ。無様にのた打ち回って、吼えててくださいな。負け犬さん」
 ――双方構える。
 二人の『プレイヤー』が、開始の合図と共に地を蹴った。

 *

 学園の中庭。噴水のある広場に、巨大な半透明のモニターが浮かんでいる。
 急遽こしらえた屋外会場は、今や『学園』の生徒で埋め尽くされており、きゃあきゃあと明るい声援をあげながら、始まった決闘【Duel】の行方を見守っていた。
「……ったく、なーにが楽しいんだか……」
 そんな様子をまざまざと見渡せる場所、立ち入り禁止であるはずの『学園』の屋上だった。瑞麗は塀に上体を預け、紅いしっぽをぱたぱた揺らす。
「くあ……」」
 大きな欠伸を放ったその時だった。
 彼女の生体素子に宛先不明の通信が入る。
「んだよ、うざってぇなぁ」と、通話を切断しようと意識野を向けると、

【kagemusha】:
『――Hello.Player.Mirei.
 どうもこんにちは。サボリ魔さん。急ぎ、指令室にお急ぎください。
 でなければ最悪、貴女のパートナーが、死にますよ?』

「はぁ……? なんだテメェ……」
 瑞麗は即座に、逆式探知の構文【CODE】を発動した。
 しかしより迅速く、通信は途絶えていた。


【time_Re_CODE】????????
【place_CODE】?????

「さぁ、斑鳩(いかるが)。準備はいいかしら」
「……ん」
「これが、たぶん最後の試験【test】になるわ」
「……ん」
「ふふ。つよーいお姉ちゃんたちを、やっつけられるかしらねぇ」
「できる。いかる、のが、つよい。あいつら、きゅうせだい」
「あらあら。斑鳩は強気ねぇ」
「ん。ぜったい、まけない。いかる、おそらで、まける、ない」
「えぇ。では、行っておいでなさいな。誰が一番、この蒼穹(ソラ)を迅速く飛べるのか。証明してご覧なさい」
「いえす。まい・ぷれいやー」
13

□□ □□ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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