トップに戻る

<< 前 次 >>

危機到来? 占い師アキ登場!

単ページ   最大化   

 船内にあるラウンジを抜けると少し幅の広い通路が続いており、そこには丸テーブルとそれを囲む四つの椅子がいくつか置かれていた。小さな休憩所である。こう言ったスペースは船のいたるところに設けられている。
 先導して先を歩いていたキトはふいに振り向くと僕を手招きした。
「師匠! こっちです。この方が指輪の主である占い師のアキさんです」
 スペースの一番奥側の席に、深い紫のローブを被った老人が座っていた。いや、これはローブではない。ご近所のスーパーによくあるフード付ジャンパーである。デザインのダサさと安さの割に機能性が優れているので年配のおばちゃんやじいちゃんによく好まれる。
「おやキト、また来たのかい?」
 アキと言う老婆はキトを見ると不気味な笑みを浮かべた。幅の広いストールを首に巻き、テーブルにおいている水晶は照明の光を取り込み怪しく輝いている。
「アキさん! 先ほど言っていた僕の師匠を連れてきました!」
 おやおや、とアキは不気味な笑顔のままこちらに視線を寄せてくる。先ほどのロースとはまったく違う、深い目の持ち主だ。強い魔力を感じる。そして口が臭そうだ。
「まさかこんな所で話題の勇者に出会うことになるとはね」
「どうも養殖の勇者です」いざ口にすると切ない。
 僕はアキの向かい側に腰掛け、テーブルの上に指輪を出した。予期していたように、アキはそれを手に取る。
「事情はキトより聞いています。この指輪を使って能力を抑えろと助言したとか」
「知ってるなら話は早い。早く抑えたほうがいいよ」
「理由を教えてください。確かに能力をある程度まで抑えられるならそれはそれでスリルある冒険が出来るかもしれません。でもそんな個人の嗜好を満たすためだけに世界を危機に晒すのもどうかと思いますし……」
 するとアキはあきれたように首を傾げた。
「あんた何も分かってないねぇ。誰がただ冒険心を満たすのに能力を抑えろって言った?」
「え、違うんですか? 僕はもっとスリルとサスペンス溢れる冒険をすることで魔王討伐を有意義に過ごせと言う事かと」
「馬鹿言うんじゃないよ」
「じゃあ一体何故能力を抑えなければならないんです?」
「世界の為さ」
「世界?」
 僕とキトは顔を見合わせた。意味が分からない。世界のためを思うなら僕が最強でいるべきではないのだろうか。そうすれば魔王軍によって滅ぼされる村もすくなくなる。
「勇者、あんた、魔王が作られた存在であるって噂を耳にしことあるかい?」
「ええ、まぁ。魔王は『神』によって創造されたものだと。所詮ただの噂だと思っていましたが」
「全てが噂ではないかもしれないねぇ。尾ひれはついているだろうが」
「何か知っているんですか?」
 アキはゆっくり水晶へと視線を落とす。
「一ヶ月前、この水晶にある映像が映った。とてつもなく邪悪な何かが、世界を覆いつくそうとしている、そんな光景だ」
 船は至極静かに波をかき分ける。船内にほとんど揺れはない。この場にあるのは妙な緊張感だけだ。
「これはあくまで私の考えだけどね、もしかしたら今までの魔王は偽者で、本物の魔王がこの世に降臨しようとしているんじゃないかと思うんだ。噂で言う『神』が」
「マジですか」ゴクリと唾を飲む。キトの手も震えていた。
「師匠」
「どうした、キト」
「全く話についていけません」
「寝てなさい」
「いいかい勇者。真の闇を倒せる存在はただ一人、真の勇者だ」
「でしょうね」僕が養殖扱いされた勇者である事もお見通しか。そして天然の勇者は今僕の横で机に突っ伏して寝ている。勇者の装備を集めたことはあったが、剣は手に馴染まないし鎧はサイズが合ってないし兜は妙にきついし盾で隠せる部分ないし色々とおかしいとは思っていた。
「つまりだね」
「いや、皆まで言わないでください。分かりました」
 つまり僕が強すぎるとキトが育たない。万一僕が相手にやられたら、この世界は崩壊する。いずれくるその時までに僕の力をあえてセーブすることでキトを育てようと、そういう魂胆だろう。
 アキは再び僕の前に指輪を差し出す。僕は黙ってそれをつまんだ。丸い。綺麗な銀のリングだ。でも小さい。小指ならなんとか入りそうである。
 何万と言うHPとMP、何億と言う魔力や力、それらを一時的にとは言え捨てなければならないなんて。
「これもキトや、世界のためですもんね」
「あんたが物分り良くて助かったよ」
「だてに四回世界救ってませんよ。悔しいけど……僕……力を……くっ……」
 思わず声がかすれた。うつむくと手を握り締める。
 悔しい。ここまで頑張ったんだから。それで偽者扱いなのだから。泣きたかった。でも泣いちゃいけない。もう結構いい年してるんだから。二十歳越えちゃってるし。僕はゆっくり深呼吸すると、顔を上げた。
「それじゃあ、指輪をはめないと」
 僕は握り締めた手を開いた。
 指輪は完全なる鉄塊へと変貌していた。原型がない。三角錐みたくなっている。
「力、二十億なの忘れてたな……」
 何事も加減って大事だ。
12

先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る