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雪の少女セツナ

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 出入り口から外へ掛けられている橋を渡り、レム大陸へと降り立つ。積雪量の割に外を歩く人の姿は多い。
 ここが雪の港町レーベだ。
 この街を始めレム大陸は年中雪が止まない特殊地域。街の人々は雪を溶かして水道源にしているという。家の屋根には雪が積もらないよう特殊な素材が使われており、激しい積雪量の割に街の住民は上手く雪と共存して生きている。
 そしてこの街最大の特徴は、若い子の肌が皆白く美しいと言う事である。当然可愛い子も多い。僕が一人顔をニヤつかせていると背中からキトのうめき声がした。
「ん……師匠」
「起きたかい、キト」
「何だか寒いです」
「到着したからね。一面雪だらけだ。まず防寒着を買おう」
「そうですね。じゃあもう一眠りしますので」
「死ぬぞ」
 体を震わせるキトを背中からおろす。
 しばらく歩くと街の中央となる広場へと足を踏み入れた。職人が作ったらしい細やかな造形の氷像が飾られており、こう言う芸術品を見るたびにここが雪の街だと実感させてくれる。氷像は随分と精巧に造られており、髪の毛の一本一本まで綺麗に彫り分けられていた。素晴らしい作品だ。思わず目を寄せる。
 像のタイトルは『闇に沈む勇士』。
 不穏なタイトルだ。確かに像は皆苦悶の表情を浮かべてはいるが、そんなものを街の広場に飾るとは趣味が悪い。
 近くのブティックに足を運ぶ。この店はお洒落で素材も軽く機能性に優れた防寒着が安価で売られているのだ。
 店内へと続くドアは二重構造になっている。寒い地方ではこの造りが当たり前なのだとか。二つ目のドアを開けるとカランカランと鐘の音が店内に響き、それと同時に店員のお姉さんだかおばさんだか何と呼べばいいのか判断しかねる微妙な年齢の方がこちらに視線を寄せる。
「あれ、勇者様だ。いらっしゃい」
「お久しぶりです」
「お知り合いですか? 師匠」クイクイっと僕の袖を引っ張るキト。
「店員さんだよ。この店に来るうちに顔を覚えてもらっちゃってね」
「と言っても数えるほどですけどね。勇者様、また冒険の旅を?」
「ええ、まぁ」魔王が復活したことはとっくに既知だとは思うが、なぜこう町人と言うのはわかりきった質問ばかりしてくるのだ。
「大分前に買われたジャケット、どうでした? 私の一押しのやつ」
「え? ああ。部屋で大切に保管してますよ。今回持ってくるの忘れちゃって」
 まさか買った一週間後にどこぞの防具屋で売り払ったとは言えない。旅とは非情な物で、次の街に強力なアイテムがあれば資金作りをするのが当然なのである。それは買ったばかりのアウタージャケットであろうと例外ではない。
 これ以上ジャケットについて追求されてはたまるかと僕はキトの手を引っ張りそそくさと店の奥へと姿を隠した。これで安全だ。
「僕は最悪魔法で体温調整出来るけど、キトはとりあえず全部買い揃えた方がいいな。薄着だし」
「まさか魔王討伐の旅でミロさんが敵に捕らわれている絶望状況の中お洒落を追求出来るなんて思いませんでした」
 そう言われるとまるで僕がただ遊びほうけているだけのろくでもない人間みたいじゃないか。ただ防寒着を買うだけなのに。それくらい許してくださいよ。
「どうですか師匠。上着を購入するとしたら、このくさびかたびらを直接肌に着たほうがお洒落度上がりますよね?」
「肌に凍ったかたびらが張り付いて火傷してもいいならそれで良いんじゃないかな」
 あーだこーだ言いながら服をチョイスしていると入り口の鐘が鳴り響いた。来客だろうか。何気なく目線を飛ばすが誰もいない。奇妙に思い辺りを見わたしていると裾を引っ張られた。視線を落とす。
 見覚えのある銀髪の女の子が立っていた。
「勇者、久しぶり」
 そして彼女はニコリと笑う。天使みたいだ。横に居るキトが惚けた顔をする。
「師匠、この美しい方は一体……?」
「いや、だ、誰だろう」
 見覚えはあるが微塵も思い出せない。こんな可愛い子を忘れるはずもないのに。
 するとレジのところから店員さんが顔を出す。
「嫌ですねぇ勇者様、ほら、ジャッカル兄妹のセツナちゃんですよ」
「ジャ、ジャッカル兄妹?」
 なんだそのダサいネーミングは。十年後に思い出して枕に顔を埋めて叫ぶのが容易に想像できるあだ名である。
「もしかして勇者、覚えてない……?」
 セツナと呼ばれた少女の目が潤みだす。見たところ十五、六歳だ。年齢の割に結構涙もろいのね。
「えーと」
 色々記憶を巡ったがどうしても思い出せそうになかった。
「師匠……」キトの視線が痛い。こいつの視線から察するにどうやら知らなくても良いからとりあえず知っている体で話を進めろと訴えているのはわかる。もうどうしようもない。ここはあえてキトの提案を飲む事にした。
「あぁ、思い出したよ。ほら、ジャッカル兄妹のセツナと言えばアレだよ。お、大きくなったなぁ」
 知ったかぶりである。
 僕がここに長居したのは三年前。二回目の魔王討伐に出かけたときだった。そのあたりで探りを入れるしかない。まさかこんな所で知り合いらしき人と出会うなんて。
「最後に会ったのは確か、さ、三年前……」
 パッとセツナの表情が明るくなる。正解か。
「三年前だよなぁ。そっか、見違えたよ。あの頃は確かまだ黒髪──」
 不穏な空気が漂う。
「じゃないよねぇ。そだよねぇ」泥沼だ。誰か助けてくれ。
 助けを求めて店員をいちべつすると、彼女は懐かしむように目を細めた。
「思い出しますねぇ。防寒着がなくて凍えていた勇者様一行をセツナちゃんが連れてきてくれたんですよねぇ」
「あ、そ、そうですねぇ」
 そうだっただろうか。この店を見つけたのは雑誌に載っていた隠れスポット特集を読んだからだった気もするが。人違いではないのか。ここまで来て人違いだったなどと言われた僕は爆発する。
「雪の魔女ローズマリー、勇者が倒してくれなかったらどうなってたか分からなかった……」
 セツナは僕の腕をギュッと抱きしめる。柔い感触が僕の腕を包む。素敵。
 雪の魔女ローズマリー。ああ、なんかいたわ。倒したわ。白い化粧したおばさん。確かに倒した。雪を自由自在に操り、強力なしもべや氷点下に達するほどの気温の変化、そして雪と氷の魔法に結構苦戦した記憶がある。でもこの女の子については覚えていない。しかしそんなことはもはやどうでも良かった。結構胸あるじゃないの。その感触を僕は心に刻み付けねばならなかったから。
「そうだ、セツナちゃん。勇者様にあの事相談したら?」
「うん」
 僕はキトと顔を見合わせた。
「あの事って?」
 セツナは深刻な表情で口を開く。
「お兄ちゃんを助けて」


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