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一章『君よ白球に熱くなれ』

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 一

「は? 今なんて言うてん」
 中兼(なかがね)は思わずあっけにとられた。ただの冗談にも思える。というより、そう信じたかった。片手で握っただけのハンダルがぐらりとバランスを崩し、おっとっと、と慌ててタイヤをまっすぐに修正した。
 やけに広々と構えた道路だが残念ながら車の姿はまったくなく、二つの自転車がその中心を並んで走っていた。左右には田んぼが広がるばかりで、これほど色気のない景色もあるものかと中兼はいつも思う。
 いや、マジで、と佐久間は呟くように吐き捨てた。少しだけ自分の車輪の方が前に出るようにスピードを上げると、驚きと不信感とが入り混じった、刺すような視線で自分を見つめる中兼の表情が視界から消えた。そんな佐久間の心情を察しているのかいないのか、中兼も自然と脚に力が入る。ぴったりと横一線で並んで逃がすまいと、ペダルを漕ぐスピードを調整する。
 存在意義をまったく理解できない赤信号を、二人してフルスロットルで通過した。
「ほんまに、ほんまなん?」
 すがるような目で中兼は何度も聞いた。その表情からは、佐久間がやっぱり冗談だと言ってくれるのを期待しているのが痛いほど伝わってきて、佐久間には直視することができなかった。小さく首を振って、そのまま顔を逸らす。
 まだ少し冷たい風が吹き荒れて、二人の間の静寂を誤魔化していった。
「野球部になるって、なんやねん!!」
 どこまでも響いていきそうな大声で中兼は叫んだ。そう叫びたいのは佐久間も同感である。二人の想いはわずかに反響した後、辺り一面の緑に染み入るように消えてゆく。
 中兼と佐久間の二人は、比良鳥(びらとり)中学校のサッカー部である。怒りというか、呆れ果てるというか、とにかくもう中兼の心境は凄かった。頭の中は訳が分からなくなっていて、何に怒りをぶつければいいのか分からない。唇をぎゅっと噛み締め、歪んだ表情は真っ赤になっていた。
 少しして、佐久間もまた絞るようにして言葉を紡いだ。
「顔デカの奴、今年で転勤になる言うやんか。そんで、代わりに来る奴は野球ばっかやってきたアホなんやと」
 だからなんやねん、と中兼が間髪入れずに挟んだ。
「そいつが、野球部なんやったら顧問引き受けてもええって言っちょるらしい。そんで、ちょうどやし、サッカー部をそっくりそのまま、みたいな」
 しどろもどろな口調で、なんとか怒りが和らぐような伝え方を模索しながら言葉を連ねる。自転車を漕ぐスピードは、もういつもと同じかむしろゆっくりぐらいになっていた。
「もちろん、強制とかではないけど。でも部員はギリギリやし顧問はおらんようになるし、どっち道サッカー部は廃部やと」
 中兼はもう何も言わなかった。がくりと首を下げると、フラフラとかろうじてペダルを回した。
 比良鳥中学校は、全生徒数わずか百余名の小さな中学校であった。遊び場所など何も無いような土地にあり、もちろん学校の施設もかなり乏しい。それでも、少なくとも佐久間達自身は少ない人数でも大会で勝とうと、真剣にやっているつもりであった。しかし実際には軽いクラブ感覚というか、学校側の扱いなどその程度である。
 中兼は、今自分が日本の中学生で一番可哀想だと思っていた。
 が、実際には似たような事情で部活ができなくなる中学生などいくらでもいる。今回の措置も、学校側にしてみれば仕方のないものなのかもしれない。そもそも部活に力を入れようという教師など一人もいないし、こんな田舎ではそれが普通だと思っている。
 が、そんな大人の事情を受け入れるには、十五歳という年齢はあまりにも若すぎた。
「なんの為にやってきてん」
 震える声でそう言うと、中兼の頬を涙が伝った。
 二

「なあ、知っとる?」
「ウチのサッカー部、今年から野球部になるんやって」
 冬が溶け、緑が鳴る。
 終わったばかりの寒気は今度は暖かな風を携えて、道端の草をしゃらんと揺らす。新年度への希望が一層明るく思わせる春の日差しの中で、しかし、新学年の話題など押し退けて、新二、三年生の生徒達の間では顔を合わせてはその話題ばかりで盛り上がった。
「おい、ガネ!」
 廊下を歩く中兼の首に、後ろから腕が巻きつく。ぐいっと体を寄せ、けたけたと笑いながらその男は中兼の顔を覗き込んだ。
「聞いたで、お前今年から野球部になるらしいやんか」
 もう、朝から何度同じ話をさせられたか分からない。嫌気が差して、たった今教室を逃げ出してきたところだった。下から見上げるようにして中兼の顔を覗きこむ男を、不機嫌そうな目で睨んだ。
「なんや、怒んなやー」
「うざいねん、どいつもこいつもその話しやがって。こっちはただでさえ腹立ってんねん。何が面白いんや」
 中兼の強めの口調もいつものことだと言わんばかりに、全く動じる様子はなかった。
 首に絡んだままの右腕を、鬱陶しそうに払いのける。
「お前、野球部なんか時代錯誤の馬鹿集団やとか言っとったもんな。いやー、そのお前がまさか野球部とはよ」
「うっせ! 野球部に入るかはまだ分からんやろが」
「え? なんやほんならお前部活辞めるん?」
 きょとんとした顔で聞き返した。本当の本当に“クソ”がつくほどのど田舎にある比良鳥中学校では、放課後は部活くらいしかやることないから部活に入ろう、という風潮があった。それが結果としてクラブ感覚のような部活動を作りだしてしまったのだが、ともかく男子に限って言えば部活動率九割超という凄まじさである。全校生徒、百余名とはいえ。なので、野球部になることに反対している中兼であっても、まるっきり部活をやらないということはあまり考えたくなかった。
「お前んとこでも入ろうかなあ。今からでも入れるん? バスケ部」
「いやっ……こういう状況やしそら構わへんけど、さすがに、今から入ってもレギュラーは獲れへんで?」
 中兼は口をつぐんで眉をしかめた。
「そこやねん。問題は」
 少しでも鬱憤を晴らさんとしてか。何も映らない足元を見ながら、思いっきりフリーキックを蹴りだした。
2, 1

  

 ○

 ともかく、サッカー部が野球部になるという事件は、普段なーんの彩りもない田舎の中学校にちょっとした騒動を引き起こした。妙な形で注目されることになった十一、いや、十二人の部員は、どこかぎくしゃくしたまま、着任式を迎える。
「――始業式を終わります。それでは、このまま着任式を行いますので、生徒のみなさんは座ってください」
 クマ。
 ざわざわと腰を下ろす騒々しさの中で、男は佐久間の肩を掴んだ。“クマ”というあだ名は、“熊谷”とか“熊崎”って奴がつけられるべきなんじゃないのかと未だに咀嚼しきれてはいないものの、佐久間は無言で振り返った。
「どんな奴やと思う? 新監督」
 門馬秀義(もんま ひでよし)、通称ウマは少しワクワクしたような表情でそう言った。サッカーへの未練などあまりないのだろうか? 一瞬、佐久間は門馬を胸の中で非難しそうになったが、やめた。なんとなく門馬の気持ちも分かるのだ。どこかギクシャク、どこかフワフワしているこの落ち着かなさ。時の人と言えば言い過ぎだろうが、たしかに今自分たちが学校の話題の中心にいるというこの感覚。門馬だってサッカーへの情熱を清算しきれた訳ではないだろうが、これからどうなるのかワクワクしながら先を待ってみたい気持ちは、佐久間にも理解はできた。
 が、サッカー部ではキャプテンだった自分がそれを表に出してはいけない気がした。佐久間はあまり表情を崩さず、真剣な顔つきで言葉を返した。
「さあなー。せやけど、顔デカが言うにはなんかめっちゃ凄い奴らしいで。甲子園とか出とったらしい」
 へえー! それを聞いて、門馬はますます表情を明るくした。いや、もはや輝いていると言っても過言ではない。
「そら、野球部の監督やりたいほざくわな。サッカー部押しつけられたかてしゃーないやろ」
 門馬は納得したようにうんうんと頷いて見せる。
 せやかて……! つい、荒げてしまいそうになったトーンを一度飲み込んだ。
「せやかて、もう少し考えてくれたってええやんか」
 そう言いながらも、ちょっとだけワクワク。
「三年の春から他のスポーツやれて、アホちゃう」
 そんな凄い監督の下でやる部活っていうのは、どんな感じなんだろう。設備も指導者もろくにいない(顔デカこと鼻島教員は中高合唱部)こんな学校では、想像すらしたことがなかった。
 どうせ、何を言ってもサッカー部はもう廃部なら、引退までの三ヶ月半、その男についてってみるのも悪くは無いのかもしれない。――そんな感情は全部胸の奥の方に仕舞い込んで、“サッカー部キャプテン”としての振る舞いを優先した。
「とにかく、ガネの前ではあんまりなこと言うなや。ぶっとばされんで」
 ポン、と拳で門馬の胸を軽くどついた。
 たしかに多少はワクワクしてもいる佐久間とて、大人の事情でサッカー部を潰されたことをまだ許せた訳ではないのだ。そもそも、サッカーへの情熱を完全に清算することなどできるはずはなかった。
 ――そんな話をしている間に、着任式は勝手に進んでいた。校長からの簡単な紹介を終え、今度は新任の教員がそれぞれ自己紹介を行う。まだ若くて可愛い恐らくは新卒の女教師、マッドサイエンティストという言葉がぴったり当てはまる理科担当教師。佐久間達十二人の部員にとってそんなことはどうでもよくて、その男は最後に自己紹介を行った。
「権田巌(ごんだ いわお)です」
 太い首、こんがりと日に焼けた肌、185cmくらいはあるだろうその上背。
「未熟者ですが、みなさんと一緒に楽しい学校生活を過ごすことができればと思っています」
 言ってることは優しげだが、隠しきれないその威圧感。ちょっとでも凄まれれば逃げ出しちまいそうだ、と思ったのは中兼だった。
「今年退任された鼻島先生には、色々とアドバイスを頂いてます。勉強ももちろんですが、部活動の指導にも力を入れていきたいと思ってますので、みなさんよろしくお願いします」
 そう言って、権田はピンと伸びた背筋を45度傾けた。
 佐久間も中兼も門馬も、サッカー部はみな一様に苦笑いをしながらまばらな拍手を贈った。


 その放課後、サッカー部は空き教室に集められた。どうやら新監督が“これからの事”について話し合いをしたいらしい。教室には男子十一名女子一名の部員が全員揃い、権田が来るのを待った。
「ええー、めっちゃ怖そうな奴やんか」
 門馬はばったりと机に突っ伏していた。あの男が監督となれば、どんな地獄の練習が待っているかは容易に想像できた。中兼も似たようなリアクションである。
(くっそー、新しい監督が来たらめったくそ罵倒したろ思っとったのに。何ゴリラ連れてきてんねん)
 固まりの隅の方でカチカチと持ち込み禁止の携帯をいじる、女生徒。
 十五分ほど経った頃であろうか。建てつけの悪い引き戸がガララと力強く開けられた。口を真一文字につむぐ門馬、うまく佐久間の陰になるように体を細めて隠れる中兼、慌てて携帯をしまう女。膨れ上がった緊張は限界まで張り詰め、そして、弾けた。
「おーっ、全員揃ってるかい!」
 開口一番、高いテンションで、そう言った。
「今年からみんなの監督をやります、日羽めぐみ(ひわ)です。よろしくね!」
 嫌になるくらいに天真爛漫な笑みとグーサインを作って、たしかに、そう言った。
 三

「お、女?」
 中兼が間の抜けた声を上げた。他の部員達も同じような反応である。
「ええ! 新卒ピチピチの二十二歳、よろしくね」
 活字ならば、その語尾には恐らくハートマークがつくのであろう。全身から漲るような笑顔と若々しいエネルギーは、まるで産まれたばかりの赤ん坊のような無垢を思わせる。
「大学の同期には馬鹿にされまくったけど、綺麗な学校じゃない」
 ふーん、と品定めでもするように教室の壁を指で擦る。白いチョークを一本持ち上げると、それを黒板に滑らせた。
 “日羽 めぐみ”。その達筆は堂々と黒板のスペースを大きく占め、およそ若い女性が書くそれとはイメージが大きくかけ離れている。
「改めまして。これから君たちのチームの監督をさせていただきます、日羽めぐみです」
 一番前の席で呆然としている佐久間と目が合うと、日羽はにっこりとまた満面の笑みを浮かべて「びっくりした?」と問いかけた。その笑顔でそんな風にしてまっすぐ見られると、佐久間は困ったように顔を逸らすしかなかった。
「いや、まあ、まさか女の人やとは……」
 ――つーか!
 思い出したように声を上げると、門馬は両手で机を叩いた。
「つーか、野球やってた奴ちゃうんかい!! 顔デ……、鼻島先生が甲子園経験者言うとったんちゃうんか、クマ!」
「あらら、話が歪んで伝わっちゃってるのね。うーん、まあ、経験者っていうか……。高校時代は花弁和歌山という高校でマネージャーをやってました」
 門馬は愕然とし、佐久間は声を失った。
「三年生の時には記録員として甲子園のベンチにも入ってるのよ。すごいでしょ」
 少なくとも――、自慢気にそう語る日羽の表情には、一点の曇りもなかった。純粋に、自身の貴重な体験を生徒に対して話したかっただけなのだろう。
 ふっ、と笑みをこぼすと中兼は立ち上がった。
「帰る」
 スクールバッグを乱暴に拾い上げると、教室を出ようとすたすたと歩き出した。
「ちょっ、待てやガネ!」
 門馬が腕を掴むと、中兼は冷えた目で門馬を睨んだ。
「なんや」
「何って……、話はまだ」
「んなもんないやろ!!」
 教室を越え、廊下まで怒声は響き渡った。
「あんまふざけんなや。何がマネージャーやねん。そら、甲子園出てたような選手が野球部の監督やらせろほざくのはまだ分かるわ。どっち道サッカー部の顧問だっておらんようになるんやから、サッカー部は廃部でもしゃーないやろ」
 ――けど。
 門馬の目を真っ直ぐ見ながら話す中兼の目に、うっすらと光るものが見えた気がした。
「けど、なんやねん、これ。なんで、俺らが合わせなあかんねん。たかだかマネージャーやってたくらいなら、別にええやんか……」
 門馬の手を振りほどくと、中兼は日羽に詰め寄った。
「俺らに合わせて、サッカー部の顧問やってくれてもええやろが!」
 門馬や佐久間達でもたじろぎ後ずさりしてしまいそうな啖呵に、日羽は、一歩も引かなかった。真っ直ぐに見つめ返してくるその目に、むしろ中兼の方がバツの悪そうな顔をして一歩引いた。
「とにかく、俺がこんな奴に合わせて野球やんのは、絶対に納得いかん。……俺、部辞めるわ」
 呼び止める門馬の声にも立ち止まらず、中兼は教室の扉を開いた。
 これまでの二年間が、ぐるぐると頭の中で思い返されていた。人数が足りず大会に出場できなかった一年目。それでも決して練習はやめず、自分たちの代ではメンバーを揃えて大会で勝ち上がることを誓い合った。ボールが散らばる練習風景、陽の沈んだグラウンド、ひたすら走った校舎の外周。佐久間が上げたセンタリングを胸で受けると、ボレーでゴールのネットを揺らした。力一杯ハイタッチをして、抱き合ったり揉みくちゃにされたりしながら、もうめちゃくちゃになりながらグラウンドを走りまくった。まぐれだなんだと言われようと、間違いなくこれまでの人生最高のプレー。
 涙で霞む視界の端に、教室と廊下の境界が見える。
 ほんの少しの逡巡の後に、中兼は足を踏み出した。
「待て」
 いつ、どんな時もだ。中兼が困難にぶつかる度に、佐久間は必ず手を差し伸べた。
 大会に出場できなくて不貞腐れていた中兼に、前を向かせてくれたのは佐久間だった。
「待ってくれ。ガネ」
 歪んだ顔を見せまいと、背中を向けたまま中兼は立ち止まった。
4, 3

  

「部をやめて、どうするんや」
 力強く強引に、中兼の腕を引っ張ることができる訳ではなかった。サッカー部にかける中兼の気持ちの強さに、佐久間は負い目を感じている。少しでも、新しい部活動に期待してしまっていた自分が恥ずかしい。だが、それでも。戸惑いながらも、佐久間は中兼の背中を決して突き放そうとはしなかった。
「不貞腐れたって、今さらもうサッカー部は戻らんで」
 その言い草に、再び中兼の心がカッと燃えた。
「クマ!」
 スクールバッグをその場に置き去りにして佐久間の元へと詰め寄ると、胸倉を掴んで無理やり体を起こした。甲高い悲鳴は女のものだ。
「ようそんなことが言えたな! 悔しくないんか、お前は!!」
 胸倉を捉えた両手が、今にも拳となって佐久間の頬へと襲いかかりそうな。そんな目つきで睨む中兼の目を、佐久間は正面から見つめ返し続けた。春の風に煽られたカーテンは大きく膨らみ、教室で揺れる。その揺れるカーテン以外誰もが微動だにしない空間は、張り詰めた緊張と相まって、止まったようにゆっくりと時間が流れた。
 そして、やがて佐久間がその静寂を破った。
「そら、悔しいよ。悔しいけど……、お前に比べれば、俺のサッカー部にかけた想いなんて、大したことはないのかもしれん」
 その発言が信じられないといったように、中兼は眉をしかめた。だが、そう語る佐久間の真意はそうではなかった。
「だって今の俺は、どうやってサッカー部を復活させるかじゃなく、どんな形であれ、この十一人で最後まで共に戦い抜くことを考えとる」
 はっとしたように、門馬が顔を上げた。
「みんなも聞いてくれ。今回、こんな形でサッカー部は無くなってもうたけど……たとえ何部になったって、俺は、このメンバーで最後までやりたい。今までやってきた経験は、絶対無駄にはならんと信じとる」
 部員一人一人の顔を見渡しながらそう言った後、再び中兼の方を向き直すと、とん、と右拳を自分の胸に当てた。
「お前がやってきた二年間は、俺が、命に代えても無駄にはさせん」
 最後まで言い切ってから、佐久間は少しだけ恥ずかしそうにした。中兼の表情からは怒りの火が消え、いつもの、口は悪いが温かみのある目に戻っていた。
 両腕をだらんと下ろしてうなだれ、傍の机に座り込む。
「てゆーか、カッコつけすぎやから。ボケナス」
 そう言うと本当に力無く、照れ隠しのように佐久間の足をぽんと蹴った。
 一緒になって、佐久間も笑った。
「しゃーねーなー! 俺らも付き合ったろか」
 他の部員達も、今のやりとりを見て意思を固めたようである。口ではやれやれと言いながら、悪い気はしていないようだ。
「お前はどうするんや? 五日市」
 門馬が五日市を振り返って訊いた。
「てゆーか、私はマジでどっちでもええしね。むしろ、野球部の方がマネージャーっぽくて嬉しいかも」
 こいつは相変わらずか、と門馬は苦笑いを浮かべた。
 にっ、と笑って、佐久間が日羽の前に立つ。
「お騒がせしました。十二名全員、日羽監督のお世話になります」
 さすがに、日羽も多少の修羅場は覚悟してここに来たのだろう。結果的に自分は何もせずまとまってしまったことに、拍子抜けを喰らっているようであった。
(いや……というより、“まとめた”のか。良いキャプテンだなあ)
 先ほどの発言のこっ恥ずかしさを周りにイジられている佐久間を見て、日羽は笑みを浮かべた。
「ちゅーかよー。ほんま、なんで野球部なん? 普通は俺らに合わせてサッカー部続けさせてくれるやろー!」最後の抵抗といったようにそうは言うものの、中兼ももう楽しそうに笑っている。「そのへん、教師としてどうなん? ほんま、信じられへんわーこいつ!」
 えっ。なんで野球部なのかって?
 日羽はきょとんとして見せた。なんと答えるのか、たしかに気にはなるところだ。皆の視線が日羽に集まった。
 なんでって、そりゃあ。
「だって、野球の方が面白いじゃない?」
 本当の本当に、一点の曇りもなく、日羽はそう言い切ってみせた。
 そんなもの、なんの答えにもなってない。中兼も、納得なんてしていない。強いて言うならば、もう反論する気も失せてしまったというところであろうか。こいつには何を言ってももう無駄だと、悟ってしまった。そう悟ってしまったら、もう負けさ。
 ぷっ。
 思わず笑みを零して、諦めたように天を仰いだ。
「ほんま、腹立つわー、こいつ」
「起立!!」
 佐久間の声に合わせて、十二人が日羽を向いて立ち上がった。
「これからよろしくお願いします!!」
 むしろ胸を張って中指を立てている中兼以外の十一人が、挨拶と共に頭を下げた。
「こちらこそ。よろしくお願いします!」
 佐久間達以上に、日羽もまた深々と頭を下げた。
 ――さっ。
「晴れて野球部になった訳ですし。それじゃ、断髪式から始めましょ」
 今度こそ、語尾には絶対ハートマークがついている。嬉しそうな笑みと共に、右手に持ったバリカンがウイインと唸りを上げる。
「嫌や!! 俺、辞める! 野球部辞める!!」
「おいこらガネ! 諦めーや!!」
 楽しそうな笑い声と中兼の悲鳴が、いつまでも廊下に響き渡っていた。

 ――そういえば、ちなみに権田先生は合唱部の顧問である。



 二章へ続く
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ルーズリーフちょーだい 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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