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1944年の秋――――――――

赤い山伏風の帽子に、胸元にリボンのようなネクタイをあしらった白い半袖ブラウス、白いフリルの付いた膝より10センチ程短い黒いスカートに
赤い天狗下駄がチャームポイントの烏天狗の新聞記者―――射命丸文は、平平凡凡な幻想郷では事件がない事に飽き飽きしていたのか、妖怪の山を飛び出して、
結界を超えて、ネタを探しに外界にお忍びで遊びに来ていた。

首から愛用の一眼レフカメラをぶら下げて、面白い事はないかと、キョロキョロして回っていた時だった。

「そこのお姉さん! 」

「――? 」

背後から眼鏡をかけた、20代前後の青年に声をかけられ、咄嗟に文は振り向いた。

「ナンパならお断りです」と言おうとしたら、間髪入れずに彼はこう言った。

「その手に持ってるカメラ、M型ライカだろ? 」

「あら、よく分かりましたね。」

「僕も趣味で写真を撮っているんです。………といっても殆ど家の近所の風景とかなんだけどね……君も趣味で写真を撮っているの? 」

「いいえ、私のは……………仕事なんです。新聞を書いて真実を伝えるだけのお仕事。」

文の表情は、呆気に取られたかのような表情から、話しているうちに、徐々に笑顔へと変わっていき、仕舞には、その目には輝きが増しているかのようにも見えた。

「へぇ~、君、女の子でしょ? それにその若さで新聞記者をやるなんて……凄いなぁー……」

男性は、非常に驚いたような表情を見せた。
当時の日本では、現在とは違って、女性が新聞記者になる事はおろか、女性が働く事自体が珍しい事であった為か、彼が驚くのも無理はなかった。

「ねぇ! 今からさ、僕の写真撮ってよ! それで僕の事、記事にして! 」

「ええ! 完成、楽しみにしていてくださいね! 」

丁度ネタを探していた事もあったのか、文は快く返事をした。

文が青年に話しかけられてから2時間程、ずっとインタビューが続いていた。彼は、文の質問に対してジェスチャーを交えつつ、目を少年のようにキラキラと輝かせながら答えた。
外界の軍人の事なんて、幻想郷住民は知らないだろうから、文は彼に関する情報から外界の情報まで、色々な事を聞いた。

こうした質疑応答が4時間近く続いていた。空は地平線の方はまだ赤いが、高くなるにつれ、ネイビーブルーとなっていった。
カラスだけでなく、蝙蝠も飛び交っており、あと30分したら完全な夜になるであろう。

「記事、出来上がったら渡しに行きますので、連絡先を教えてくれませんか?」

「おぅ! 」

青年は、住所と名前の書いてあった紙を文に渡すと、家へと続く道に向かって、スキップ混じりに走りだしていった。
それを見届けると文も、背中から黒い烏の羽を出して、月明かりだけが照らす、濃紺の夜空を上昇気流に乗って高度100メートルくらいまで上がってから、
目にもとまらぬ速さで、妖怪の山の方へと飛んで行った。



妖怪の山にある自室に戻るや否や、食事と風呂も忘れて、彼に関する記事を書き続けた。
彼の満点の笑顔が見たい、幻想郷住民に外界の事をもっと知ってもらいたいと、納得のいく記事を書き続けるまで、1週間近くかかった。

号外と書かれたその新聞を配達しようと人里に下りたら、左右をトンボ玉で結った、紅いツーサイドアップヘアに、ぐねぐねと曲がった大きな鎌が目印の、
サボタージュ中の、三途の川の水先案内人である、小野塚小町に出会った。

「最近になって急に川が幽霊で溢れてる状態なんだよねぇ。」

「それが………どうしたんですか? 」

「四季様が言うにはね………外の世界で空から爆弾みたいなのがたくさん落ちてきて、それで大勢の人が死んでしまうんだ。」

「―――――――――――――!! 」

文は動揺を隠せなかった。彼の安否が心配でならなかった。彼は今生きているの?! と。
胸の鼓動が徐々に早く、大きくなっていった。このまま心臓が早く動きすぎてパンクしてしまうのではないか。

「アンタもさ、死にたくなかったら暫く外の世界に行くのは止めるさね。」

小町は普段のやる気のなさそうな顔からは想像もつかないような、鋭い眼差しを文に向けた。
その後いつものやる気のない表情に戻ってから、欠伸をすると、近くにあった茶屋へと、スタスタ歩いて行った。



小町の話を聞いた文は気が気ではなかった。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!
文の頭の中ではこの単語で埋め尽くされてると言っても過言ではない程だった。

この頃、外の世界ではアメリカ空軍による、主に都市圏を中心に、日本本土空襲が始まり、大量の民間人の犠牲者を出した。
三途の川だけでなく、冥界も幽霊で一杯になっている状態なのも無理はなかった。

いくら文が人間ではない、妖怪だからと言っても化学兵器には勝てるまい。当たってしまえば一瞬のうちに灰燼に帰すであろう。

文は魔法使いや神ではなく、ただの烏天狗にすぎなかったから、運命操作なんて出来る筈もなかった。
ただ只管彼の無事を祈るだけだった。

それから数ヵ月後、幻想郷の至る所で花が咲き乱れたと同時に、三途の川が、幽霊で溢れかえっているという゛花の異変゛が起こった。
丁度外の世界で、広島と長崎に原子爆弾と呼ばれる、新型の兵器が投下された直後の事であった。




―――――――1945年 8月 15日 正午

昭和天皇の玉音放送によって、日本は敗戦という形で、長かった太平洋戦争が幕を閉じた。

文は、外界へと彼に新聞を届けに行くも、辺り一面焦土と化しており、彼を探す事は困難であった。
それでも文は、彼の住所を聞いて回るも、住所の書いてある標識も全て灰と化していた為、同じ場所を、ぐるぐると回り続けているだけであった。

「もう少し……もう少し落ち着いた時に……また来ましょう……」

文は落胆した表情を浮かべながら、雲で覆われた灰色の空を、よろよろと飛んで行った。

戦争が終わっても、日本国内は、暫く混乱状態に陥る事が多々あったからか、中々落ち着いて人探しができる筈もなく、月日は流れて行った。
あの新聞の事も文の記憶から無くなりかけていた。



120季――――――現実世界で言うなら2005年の春――――――――

幻想郷中に、突如色々な花が咲き乱れ、妖精達が騒ぎ出し、挙句の果てには、幽霊が大量発生するという゛花の異変゛が再び起こった。

「あら……ペン先が折れちゃった。」

文が原稿を書いている最中に万年筆のペン先が折れてしまった為、予備のペン先を探しすべく、引き出しの中を物色していたら、
奥の方に古い新聞記事が眠っているのを発見した。

「1944年×月×日――――――」

新聞の写真を見た途端、文の頭の中に彼とのインタビューや、その後に交わした「完成したら渡す」という約束が、映像となって、
文の頭の中に入り込んだ。色あせていた記憶に、色が付き始め、彼女はあの約束の事を完全に思い出したのであった。


彼の元へ行かないと……! でもどうやって?! 安否が分からない上にかなり時が経っているのに……!

「行かないで後悔するよりも行って後悔した方がいい! 」文はそう言うと、勢い良く家のドアを蹴飛ばした。

彼から貰った連絡先の書かれた紙は黄色く変色してしまっていたが、文字はちゃんと読めた。
書かれた住所を元に文は、全速力でその場へと飛び立った。

文が山の上を通り過ぎて行った時、山の木々がざわざわと大きな音を立てて長い事揺れていた。
一方、山道は桃色の花の絨毯で覆われていた。

およそ60年ぶりに来た外の世界は、当時と大きく姿が変わっていた。

焦土と化した辺り一面には、高層ビルが立ち並んでおり、見たこともないような物体が道を行ったり来たりし、人の多さも尋常ではなかった。
幻想郷との違いに、文はキョトン顔になった。

「たった60年でこんなに進化するとは……」

人間にとっての60年は長いが、文のような長命の妖怪にとっての60年は短時間にすぎなかった。

当時とは変わり果てた姿の街に混乱を覚えたが、通りすがりの人に聞いたら、その場にたどり着いたものの、そこはゲームセンターと化していた。

文は、当てもなくフラフラと歩き続けると、人通りの少ない、小さな公園のベンチに座りながら、透き通るような青空で、風によって流れて行く雲を見ていた時、突如見慣れたスキマが発生した。

「ちょ?! 紫さん!! 人に見つかったらマズいですよ!! 」

「ねぇ、貴女、人探ししてるんでしょう?」

「えぇ……そうですけど……」

誰にも言っていないのに何でこの人は知ってるんだ。という疑問と相変わらず神出鬼没な人だという呆れが半分半分の声で、文は答えた。

「こんなに変わっちゃってるんじゃ、探したって見つからないわよね~」

「そうですねー……」

何しに来たんだ。文は小馬鹿にしたような態度の紫に苛立ちを覚え始めた時、紫は扇子で口元を隠すと妖しげな笑みを浮かべてこう言った。

「その貴女が探してる人の元へ連れてってあげようか? 」

「え?! 」

「全く、最初っから私に頼めばわざわざ飛び回らなくてもすぐ尋ね人の所までたどり着けちゃうのに。」

「御託はいいから早く彼の元へ連れてって下さい! 」

「分かったわ~ それじゃぁスキマツアーへ一名様ご案内~ 」

紫は、文をスキマの中へと引きずり込んだ。スキマが消える直前、キャー! という、文の悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。



―――――――ドスンッ!

「痛たたたた……乱暴すぎるのよ、あのババ……じゃなくてスキマ妖怪……」

文は、尋ね人である、彼の元へと落とされたのだ。
だが、文は、目を見開き、両手を口元に持って行き、思わず息を呑んだ。

「………………――――――――?! 」

文の目の前にあったのは、後ろに卒塔婆が置いてあり、彼の名前が書かれた、細長い石碑だったのだから。

「嘘………でしょ………?!」

文は腰に力が入らなくなり、その場にペタンと座り込んでしまうと、彼女の両目からは涙が溢れだし、
せき止められなくなって、10分もしない内に、声を殺して泣いた。声を出さないようにしていた為か、生まれたての仔馬の如く震え続けていた。
約束を果たせなかった自責の念と、悲しみがこみ上げて来て、その場でただ只管泣き続けていた。



どれくらい泣いただろうか。いくら泣いても涙と言うものはエンドレスに流れ続ける物で、枯れる事は決して無いと知った。
文は、自室のベッドに突っ伏すような形で床に座っていた。


彼の死を知ってから、現在に至るまでの記憶が抜け落ちていた。
それくらい泣いたという事なのであろう。

泣きすぎて疲れたのか、文は深い眠りに就いた。



それから数日後―――――――

文は通常営業に戻り、いつものように新聞配達をしていたら、サボタージュ中の小町と遭遇した。

「あやややや~? 小町さん、またサボりですか~? サボってるのが閻魔さんにバレたら今度こそ本当に解雇されちゃいますよ~」

文はいつものように皮肉めいた口調で小町を茶化す。

「お前さん、つい最近まで探してた人との約束を果たせなくてやる気無くしてんだろ? 」

小町は真剣な表情をしながら文に向かってこのような質問を投げかけた。

「?! 」

「いつぞやの号外新聞を休憩中に読んでてさ、丁度そん時だったかな。その新聞に書かれてた人と思しき幽霊がいて、そいつがこう言ったんだ。
『この記事を書いた人が渡しに来る時はもう、僕はもうこの世にいないかもしれない。無理なお願いだけど、その人に会ったら、記事……面白かったと伝えておいてくれない?
あと、直接手渡しするという約束を果たせなかったからといって、自分を責めて、新聞記者を辞めようとしないで欲しい。君には新聞を書き続けて欲しいんだ。僕の分まで………』
ってな。」

小町の言葉の途中で。文は嗚咽を上げて泣き始めた。
そんな文に、何も言わずに、小町は文が泣き止むまで、優しく抱き締めながら、文の頭を撫で続けた。
泣き声にかき消されて聴き取りづらかったが、文は「ありがとう……ありがとう……」と消え入りそうな声で言っていた。




――――――――――約束は必ず果たせる物ではない。それでも、何らかの形で思いは伝わる。だから、自信を持って!―――――――――――

そして現在(いま)、今日もスポーツ紙のような内容の新聞を、文は、幻想郷各地で、飛び回りながら配達を続けたのであった。
その表情には、一点の曇りも無く、心から楽しんでいるかのような、純粋な子供のような笑顔があった。
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