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ベイビー・ステイ・ウィズ・ミー/七瀬楓

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 僕は小説を書いている。
 しかし、それは書いているだけであり、僕はまだ物書きとさえ呼べないような段階にいた。いつかは作家になるのが夢ではあるけど、まずはステップを踏み、着実に夢への階段を登っていかなくてはならない。だからまず、物書きになるため、僕は今日もキーボードを叩く。
「……で、こっからこの二人はどうなんの?」
 アパートの一室、僕の部屋。
 デスクに座ってキーボードを打つ僕の後ろ。ベットに座る彼女は、プリントアウトした未完の作品を読んで、ぽつりと呟いた。見なくてもわかる。その表情は、呆れと侮蔑。そしてほんの少しの怒りを混ぜた物であるはずだ。
「さあ……」
 キーボードを叩く手を止めて、何か反論しようとしたけれど、それ以外何も出て来なかった。
「作者の早生(はやお)でさえわかんないのに、なんであたしがわかんのよ。この二人が、この後どうなったか、なんて」
 ぱしぱしと紙を叩く音が聞こえる。
 正直言って、僕でさえ、僕に言われてもという気持ちになっているのだ。その二人の事は、その二人に聞いてほしい。けれど、その二人は僕の頭の中にいる。だから、彼女が僕に訊くしか無い事もわかっている。
「早生ってさ、面白いの書くクセに、完結させたことないよね」
「……なあ、蜜」
 僕は椅子を回して、彼女へと向き直った。ベットの上に座る彼女――有田蜜(ありたみつ)は、黒いアイシャドーと赤い口紅。そして、右半分がショッキングピンク、左半分が血のような赤の無造作ショートヘアーという、日本では常識を疑われそうな頭をしていた。音楽の趣味もパンク。そして服装の趣味もパンク。
 白黒のボーダー柄の、うさ耳パーカー。そしてヘッドホンを首からかけ、赤いチェックのミニスカート。見た目のうるささに騙されるが、顔は童顔。……それがコンプレックスだから、強めのメイクをしているらしいが。
「あんまり、図星を突かないでくれよ。僕はそういうことを言われると、拗ねて何も手につかなくなるタイプなんだ」
「そりゃ、もう一年の付き合いだからね。早生が拗ねる所は何度か見てきたけどさ。でもはっきり言って、読者は結末が読みたくて小説読むわけでしょ。落ちがない小説って、論外じゃない?」
「わかってるよ。だから、僕はまだ物書きにすらなってないんだ。小説を書いてるだけで」
「読んでみたいなー。早生の完結した小説」
 まるで甘えるような視線に、僕は思わず溜息が漏れていた。僕だって、自分が完結させた小説を読んでみたいと思っている。
 けれど、僕にはどうしても、最後だけが思いつかない。彼らが最後、どこへ向かおうとするのか。そんな、一見簡単そうなことさえ、僕にはわからない。
 書く前は『自分で全部考えてるんだから、完結させるのくらい楽勝だろ』くらいに思っていたのだけど。決してそういうことじゃない。
 まるで、進路相談の時、自分の将来が一切想像できないような不安。展開に詰まった時、僕はそんな絶望的な気分にさせられる。
 それが嫌で、足掻くみたいに、僕はキーボードを叩いて、ディスプレイに物語を紡いでいく。その間、蜜はずっと、僕の後ろ――ベットに座って、小説を読んでいる。
「今回のは、書き上げたいんでしょ?」
「……ああ」
 この話は――。僕が、物書きになるためのチャンスなんだ。
 別に、プロになる為、賞に出す小説とかじゃない。ケジメだ。完結できない小説書きは、本当に物書きと言えるのか。僕は当然、言えないと思っている。
 だから、これを完結させ、胸を張って小説を書いていると言えるようになりたいんだ。
 それに、この話は、僕と蜜がモデルだから。



  ■


 僕と蜜は、互いが大学一年生の時に知り合った。
 僕は文学好き。対して蜜は、パンク音楽が好きな、イマドキから少しはみ出した女子大生。
 蜜とは共通の知り合いがいて、そいつがコンパを企画。僕は正直言ってそういうのが苦手だったので、大人数コンパだったのをいいことに、隅っこでお酒を飲みながら本を読んでいた。
『それ、そこまでして読むほど面白い?』
 そんな所を、蜜に話しかけられたのだ。
 僕は『面白いから読んでる』と答え、彼女は『貸して』と無遠慮に僕の本を奪い取った。どんどん人が帰っていく中、僕は彼女が読み終わるのを待つハメになった。そして、彼女は読了後、『こういうの、もっとあるの?』と言い、それをきっかけに、僕達は付き合いだしたのだ。
 彼女はそれが、初めての読書だと言った。その本は、ツルゲーネフの『初恋』
 初めて読んだ本が『初恋』とは、なんだか洒落たジョークみたいだなと思ったのを覚えている。
 ――そして、彼女の初恋が、僕だという事。僕もそうだと言う事。それを聞いて、二人で笑いあった。
 僕は『ハーレクイン・ロマンスみたいだ』と言い、蜜は『少女漫画みたい』と笑った。二人が見てきた物が違っていて、また笑った。似ていない事が嬉しく思えたのかもしれない。まるでパズルがハマるように、正反対な性質を持っていた僕と蜜は惹かれ合った。

「うおーっ! なに、早生ってビール好きなの!?」

 僕の部屋を訪れて、初めて蜜が口にした台詞はそれだった。
 あんまり自慢できる事じゃないので人には言わないが、僕は酒が大好きだ。ついでに、煙草も。酒、煙草、本。それさえあれば、他は特に何も必要としない。
 そんなんだから、僕の狭いアパートは、冷蔵庫いっぱいのビール。押入れいっぱいの本、そして、カートン買いした煙草がデスクの端に溜めてある。書きながら煙草を吸うのは、なんだかクセみたいになってしまった。昔の小説家っぽくて、ちょっといいなと思っているが、それはなんとなく蜜には言ってない。
 僕が小説を書いていたら、突然蜜がやってきて。勝手に僕のビールを飲んでいく。その間、彼女は適当に僕の小説を読んで、僕の背中をぼんやりと眺めている。
 その間、何を考えているんだろう?
 ずっと疑問だったんだ。
 もちろん、本だって読んでいるんだから、その内容について考えていたりするんだろうけど……。でもだからって、読み疲れたり……なんとなく顔を上げた時、彼女は僕の背中を見て、何を考えているんだろう。
「無心、だよね」
「……はあ?」
 急に、僕が考えごとをしながら書いていたら、蜜はそんな事を言い出した。
「いや、早生が小説書いてる時、あたしが後ろから見てるのは、もう知ってると思うけど」
 知っている。視線を何度も感じる。でも、僕はそれについて言及したことはない。――蜜が見ている事を知っていると、彼女に知られているとは思わなかった。
「なんとなく、早生って無心だなーって思うんだよね」
「……そんなこと」
 ほんとは、雑念だらけだ。
 蜜が気になって仕方ない。でも、それが鬱陶しいという物じゃない。安心する――寄りかかっていられる――そういう類の物で。
 けど、僕はそれを口にできなかった。僕も蜜も、ベタベタとするのは嫌いなはずだった。なのに、どうしてこうも、蜜といるのは心地いいんだろう。一言口を開けば、そんな余計なことまで言ってしまいそうで、僕は口を開けなかった。
 なんてかっこわるいんだろう。僕は。
「無心になれるくらい面白いんでしょ、小説書くのって」
 ニコニコ笑う彼女に、僕は頷くしかできなかった。
 楽しい。そういうのは、いつの間にか忘れていた。僕はどうしても、主人公の未来が想像できなくて。書けなくて。でも書くのは好きだったから、いつの間にか焦ってしまって。
 楽しい……。
 否定する人も多い、その感情。努力に楽しいが付与すると、それは遊びだと言う人が多い。けど、僕はそう思わない。楽しいとやる気は一緒なんだ。何故か世の中は、楽しいと思われない事ほど大事にされているけど、楽しいから人は行動する。辛いことも、楽しい事が後に待っているから出来るのに。
 じゃあ、僕が小説を書いて、一番楽しい時っていつだ?
 それは完結させた時だと思う。一度も完結させたことがないけど、そう思う。
 先の見えない――広大なアメリカの道路みたいな原稿用紙を、頼りない言葉で一歩一歩埋めていく。どこまで行けばいいのかもわからないけど、それでも歩かない事にはどこにもつかない。
 あらすじは、こうだ。
 主人公の男と、ヒロインの少女は幼馴染。似た所もまったくない正反対の性質だけど、彼らは惹かれ合う。磁石のSとN。そんな陳腐な表現が合いそうな二人。彼らは同じように歳を取り、手足が伸びきった頃、男と女が友情とは違う関係で結ばれる事を知った頃。自然とそういう関係になった。
 けれど、そこに悲劇が襲う。お約束だ。綺麗な恋愛には、それを襲う黒い絶望。
 彼女の体を、不治の病が蝕む。主人公は毎日お見舞いへ行き、彼女の大好きな蜜柑を届ける。
 そして彼女は、ある日主人公に告げる『もう蜜柑はいらない』と。最初は楽しみにしていた蜜柑も、彼女にとって段々と死を告げる足音の様に聞こえてきたのだ。死という、絶対零度を持つ現象の。
 それが辛くて、彼女は彼を突き放す。
 そこからが僕には想像できないんだ。だから、突き放された後の彼が、どうしたのか。どんな感情が湧くのか。
 わかるし、想像もできるけど、それを理解しているかと言われれば、そうじゃない。数学の公式だけ丸暗記して、しかし応用はできないような感覚とでも言えばいいのか。
「はあーあ……。なんか、眠くなってきた……」
 考え事をしすぎて、頭が重い。筋肉と同じで、頭も使い過ぎると消耗するってことが、小説を書き始めてからよくわかった。不眠症に悩む人は、小説を書くなり、創作してみるといいんだ。
「今なら膝枕サービス。あたしは小説読んでるから、寝ちゃえば?」
 と言って、彼女はあぐらをかいて、膝をポンポンと叩く。
「……いいのか?」
「……いいですよ?」
 なんで敬語だ。
 しかし、僕は確かに眠気が限界だ。今は寝てしまおう。特に何か締め切りがあるわけでもない。
 ……僕はただ、物書きにすらなれない自分が、好きになれないだけなんだ。
 僕は、デスクから腰を上げ、ベットに座る蜜の膝へ寝転がる。ああ、柔らかい。疲れを溶かしてくれるようだ。僕は、本を読む彼女の表情を見上げて、まどろむ意識を楽しんだ。



  ■




 夢を見ている。と、思う。
 夢だと、思う。
 目を覚ますと、僕の身体が拘束されている事に気がついた。湿気の酷い地下室。コンクリートが打ちっぱなしの灰色の四角い空間。そこはベットのみ。僕は、そのベットの上に拘束されている。誰が、何のために?
 そんなことを考えて、関係ないようなことを思い出した。
 ――僕が書いた小説で、主人公が拘束される小説がある。今流行りの、ヤンデレ? とかいうのが好きな友達がいて、そいつに書いてくれ書いてくれと頼まれて書いてやったんだ。まあ……結末は全然できてないんだけど……。彼はそれでもいいって言ってたっけな。『結末はこっちで想像すっから! ヤンデレは過程と爆発した所が大事なの!』って言うから、そのまま渡したけど。
 いや、ちょっと待て。ちょっと待てよ。
 これがその、僕が書いた小説を夢で体験していたとして。いや、間違いなくそうだろうけど。僕はこれからどうなるか知っているぞ。
 来るな。来ないでくれ。
 目を力いっぱい閉じて、そう願ってみたけれど。しかし願いなんて基本的に、虚しく空振る物だ。特に小説の中では。
 ガチャリとドアを開く音。僕にとっては、絶望がやってくる鐘の音。
「……起きた? 早生くん」
「み、蜜……」
 部屋に入ってきた蜜の目は、どこか爛々としていた。今から、ずっと欲しかったおもちゃで遊ぶのだと言わんばかりに。
「蜜……ここはどこだ! これを解いてくれ!」
 僕は必死に叫んだ。ここから先の事は全部知っていて、僕はそれでも叫ぶ。夢の中だからなのか、身体と意志が一致してはくれない。
「ウチの地下。叫んでも無駄だよー。あたし以外には、声届かないから」
 僕は――というより、僕が書いて、追体験している小説の主人公に――どす黒い絶望がやってくる。皮膚は粟立ち、肝が冷え、血の気が引いていく。
「なんでこんな事を……?」
「だって……。早生くん、モテるから……」
 自分で書いておいてなんだが、なんて突拍子もない事を言い出すんだ。いや、確かにここに至るまで、主人公にはなんども警告を出した。それに気づかないのは、主人公特有の危機意識の無さではあるが。しかしだからって爆発するまで放っておくなよ。自分で書いたんだけどさ。
「早生くんは、外の世界で生きてるかぎり私だけの物じゃないんだなって思うと辛いの。両親の、友達の、知り合いの、みんなの早生くんで――。だから、ここで、私だけがここにいるって知っていれば、それは私だけの早生くんって事になるんじゃないと思って……」
 確かにこう言わせた。そして、僕がここから何を言うかも知っている。言ったらまずい事になるとわかってはいるのに、口は僕の意志なんか無視して、予定調和に言葉を紡ぐ。
「でも、外の人たちは僕を知っている……。そうしたら探して、僕がここにいるのを感づく人間なんているかもしれないじゃないか」
 だからそんなバカなことはやめろと。そういう意味で言ったのに。彼女は違う意味で解釈していた。
「……そっか。そうだよね。私しか知らない早生くんがいないと――私だけの早生くんにはならない……」
 そう言って彼女が取り出したのは包丁。こうなってくると、俺が拘束されているベットが、まるでまな板みたいに見えてくる。
「何する気だ……その包丁で!?」
 まあ、わかるけど。まな板で鯉がピチピチしていて、自分の手に包丁が握られていたら、捌くしかない。
 彼女はゆっくりとベットに拘束された僕へと歩み寄ってくる。そして、彼女は包丁を振り上げ
「ここであなたを殺せば――あなたの死は、私だけの物になる!」
 僕の胸に向かって、彼女は包丁を突き刺した。
 痛くはない。けれど、激痛のような不快感が僕を襲った。そして、流血のように、僕の意識がどこかへと流れだしていった。
 ここから先はない。主人公が死ぬからじゃない。主人公を殺した彼女が、何をどう想い、どういう行動をするのか。それが僕にはわからないからだ。



 ■



 今度はどこだ。なんの小説だ。
 僕の目の前には、蜜が車椅子に乗っていた。おそらく病院の、中庭だろう。遠くに赤十字を掲げた白い建物が見える。
 僕と蜜は、その中庭にある、一際大きな樹の下で、お互いなんとなしにぼんやりとしているようだった。彼女は手に蜜柑を持ち、それを丁寧に剥き、一欠片を口に頬張る。
「……おいしい」
 普段の蜜とは程遠い、か細い声。
 居心地の悪い感じだ。僕は、いつもの元気に満ち溢れた蜜が好きだ。僕はあまり活発な方ではなく、それとは反対に、蜜は活発で、僕をいつも引っ張ってくれる。彼女には、その活発さが欠片もない。
「どう。少しは元気出た?」
 僕はまったく状況がわからないけれど、しかし夢だからなのか。僕の口からは、勝手に状況を理解していると思わしき言葉が出る。それに頷いて、蜜はもう一欠片、蜜柑を口に放り込んだ。
「うん。……ありがと、早生くん」
「蜜は本当に蜜柑が好きだね。キミが美味しそうに食べる所を見ていると、箱で買ってくればよかったとさえ思うよ」
「さすがにそこまでは食べきれないよ。これでも病人だよ、私」
 クスクスと笑う蜜。
 これ、僕が書いた――僕と蜜がモデルの小説だ。いま書いていて、ラストだけ想像できていない。幼馴染で、恋人が、不治の病にかかり、入院。主人公――つまり今の僕が、そんな彼女に蜜柑を届けるという話。
「ああ、元気そうに見えるから。つい忘れちゃってた」
 そう言って、僕は空を見上げた。夏の日差しが、木漏れ日を作る。この日陰だけは、まるで別世界のように涼しかった。周囲の人は、みんな汗をかいているというのに。
「それに、蜜柑を食べ終わるまで……私は生きていけるのかなとか、考えちゃうんだよね」
 まるで砂時計のような。残りが可視化されることで、時間という感覚が明確になってしまうということなのか。
「生きられるさ。食べきってからも。キミが諦めちゃどうにもならない」
「うん。……わかってる。別に治らないとか、悲観してるわけじゃないけど。死んだら、早生が持ってきてくれる蜜柑はもう食べられないんだろうなって思うと、やっぱり寂しいよね」
「蜜……」
 寂しい。僕と別れるのが寂しい。そう言ってくれる事に、少しだけうれしさを感じてしまう。でも、それは彼女が死に直面しているから出てきた言葉であって、それを喜ぶのはなんだか、彼女の死を喜んでいるような気がして、嫌だった。
「死ぬ事と寂しいって事は、似てるんだよ、きっと」
「大丈夫。寂しい思いなんてさせないさ」
 僕はそう言って、蜜の前にしゃがみこんだ。そして彼女の手を取る。そうしたら、この温もりがなくなるのかもしれないと思って、背筋が寒くなった。まるでここにだけ冬がやってきたように。
「うん。おかげで今は、寂しくないよ」
 蜜が、僕の手を握り返してくる。この温もりを失いたくないと思って、僕も握り返した。この繋がりが絶たれるということは、絶望しか残っていない。蜜が――彼女が、僕の希望なんだ。
 彼女が張本人で、僕はほとんど部外者と言ってもいいのに。僕の方が蜜に支えられている。なんて情けない。そして、心地いい。
 だからこそ、ダメなのだ。僕が彼女に、安寧をあげなきゃならないのに。
 僕のことじゃない。これは夢だ。そして、僕が書いた小説だ。
 現実の認識。地に足がついたところで、僕の意識がドロドロと蕩けていく。鍋の中のシチューみたいに。
 そうか……。ここからクライマックスだから……。僕の中には、ここから先がないから。夢でさえも、見れないんだ。
 それがわかって、するりと、僕の意識は、簡単にこの世界から抜け落ちた。



  ■


「……あ」
 目を開くと、小説を読んでいた蜜と目が合った。後頭部にある暖かくてやわらかな膝の感触が、ここは夢でない事を教えてくれる。
「まだ一時間しか経ってないけど?」
「いや、とてもじゃないけど夢見がよくなくてさ……」
「ああ、うなされてたね。殺されるー、だの。寂しいーだの言ってたけど」
 僕はそんな寝言を言ってたのか。自分の顔が赤くなるのを感じながら、僕は頭を起こし、ベットに座る。
「自分が書いてきた小説の夢を見たよ……。どれも妙な所で区切られててさ。結末書いてないから、当たり前なんだけど」
「イライラするでしょ」
「する。それもすごく」
 完結させなくては、という気持ちだけ高まってしまった……。まだできそうもないのに。
「結局さあ、どうなるのこの女の子。っていうか、作中のあたし? 死ぬの、生きてるの?」
「死ぬ、と思う。だって、奇跡が起きて生き残るなんて、陳腐だ」
 僕の言葉に、嫌そうな顔をする蜜。
「なに?」
「や、あたしがモデルの登場人物を、そうあっさり殺すって言われるといい気分はしないでしょ……」
「そう?」
「当たり前でしょ。絶対、生き残らせてよ。陳腐でもいいじゃない、面白きゃ。バットエンドよりハッピーエンドがいいに決まってるんだから」
「……僕は医学に詳しくないから、奇跡とかになるけど」
「別にいいよ。奇跡なんて、起こる時はどーしたって起きるの」
「奇跡っつってるわりに、なんか現実的な……」
「だいたいね、フィクションは奇跡に意味を求めすぎよ」
「そうは言ってもさあ、いろいろあるんだ。説得力とか、プロットとの兼ね合いとか。ただ奇跡ってんじゃ、ご都合主義だしさ」
「それでもいいじゃん。幸せなら」
「それって面白い?」
「面白くはないかもね」
 即答かよ。しかも真顔で。蜜が、大した理由なしに奇跡起きてもいいって言い出したのに。
「面白くはないけど、でもそういうのもいいんじゃないの? だいたいね、ただ付き合ってセックスしてっていう単純な行為に、恋愛だとかロマンチックな名前つけるっていうのは、納得行かないのよね。特別な事なんてなんにもなくない? 認知の歪みってやつよね」
 蜜は時々変な事にこだわり、そして独自の考えを口にしてくる。まさか女の子の口からそんなことを聞く日が来るとは思わなかった。
「だから、あたしだけに読ませてよ。そういう、特別な事がなんにもない話」
「……あんまりキミに、面白くない話は読んで欲しくないけどね。しかもそれが、僕が書いた物なんて最悪だ」
「一度はっきり言っておくけどさ。あたし、別に早生の書いた面白い小説なんて特に読みたくないからね」
「えっ」
 不意打ちのカウンターを食らったようなショック。僕の顔が酷い物だったのか、蜜は慌てて「別に変な意味じゃなくって」とフォローを入れてくれた。
「まず完結だって。面白いかどうかはそっからでしょ?」
「……そりゃそうだけど」
「一回あたしの言う通り書いてみたら? 奇跡が起こって、病気治って、そんで――」
「そんで?」
 笑顔のまま固まる蜜。そのまま、うんうん唸って腕を組む。作者の僕にだってわかんないのに、読者の蜜にわかるわけがない。
「結婚式でもするんじゃないのかな? もう二度と別れるような事がないように」
「……結婚式?」
 男女のゴールとしては一般的で。小説のハッピーエンドとしては少しばかり陳腐になってきたそんな言葉を、蜜はあっさりと言ってのけた。
「他に、死ぬまで別れない誓いなんてないし、ね。式場はランドマークタワーのホテルが適当だね、絶対」
「そういえば、好きだったな。蜜は。――どこがいいんだそんなに?」
 僕から見れば、ちょっとデカいだけのビルにしか見えない。そりゃ、横浜の観光名所なのだから、それだけじゃないのだろうけど。
「威張ってないからね。あんだけデカいのに。有名なビルはやれデカいだのやれ施設がすごいだのとうるさいけど、ランドマークタワーさんはそんなことないわけよ」
 ビルが威張る、というのが僕にはよくわからないが……。
 他人の趣味に、それも誰かに迷惑をかけたりとかはしてない物に文句を言う気にはならないし、その文言も浮かばない。
「奇跡で病気が治って、そんでランドマークタワーで結婚式ねえ……」
 おもしろくできる自信があんまりないなあ……。
 ご都合主義の固まりになっている。死にかけの恋人が出てくるだけで、かなりパターンは定型化してくるだろう。
 けど、それはそれでいいか。そう思っている自分もいる。
 どう片を付けるのか固唾を飲んで待っている所に、わざと外した展開を用意するというのも、なんだか子供のイタズラみたいで、ちょっと面白いかもしれない。
 どうせ、読むのは蜜だけなんだ。それなら、蜜が言った通りに、肩の力を抜いて書くのもいい。
 書き上げるのはこれが初めてなんだ。誰だって、最初から傑作を狙えるわけがないんだから。
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