「前にテレビで見たのですけど……火星には人面岩があるらしいのです」
彼女は嬉しそうに僕に語りかける。
「『これはどう見ても人工物ですね。とても自然のものとは思えません』とコメンテーターが言っていたのです」
彼女の頭の中で、彼女の持論が高速で回っている時の表情だ。自分の考えが次から次へと溢れ出てきて、楽しくてたまらない、そんな表情。
「私にはどうにも、その言い方がピンとこなかったのですよ。だって、おかしくないですか?」
「――何が?」
「考えてもみてください」
彼女はそう言って立ち上がった。腰掛けていた切り株は少し湿っているように見える。それが気持ち悪かったのか、彼女はおしりをぱたぱた、とはたいた。
「どんなに社会的だとしても、人間はあくまで自然が生み出した動物なのです。人間は自然の一部だと思うのです。だとすれば、例えばビルや、ダムや、飛行機や、コンピューターとか、人間が生み出したモノも、それは自然の一部と考えられるのではないでしょうか」
突拍子も無いことを急に言い出すのは、彼女のクセの一つだ。
たまに、人間離れしてるよな、と思う。
でも仕方ないのかもしれない。彼女が本当に人間であるのかどうか、僕でさえも確信が持てないのだ。幼なじみと言ってもいいくらい、付き合いの長い僕でさえも。
「じゃあコメンテーターはなんて言えば良かったのかな。『これは何らかの生物が創りだしたモノではありますが、あくまで自然の一部ですね』とでも言うか?」
ちっちっち、と言いそうな様子で、彼女は指と首を振る。
「甘いのですサトウくん。そんな回りくどい言い方ではコメンテーター失格ですよ。ただ一言、こう言えばいいのです」
彼女は無い胸を張って、誇らしげに言う。
「『これはどう見ても人工物ですね』。余計な一言は要りません。人工物だからって、必ずしも自然じゃないなんてことがありますか」
彼女はその言葉を自分に言い聞かせているように、僕には聞こえた。
なぜならそう口にする彼女の笑顔こそが、僕には人工物に見えたから。
それでいて、とても自然なものに見えたからだ。