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曰く食事

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曰く、屋台のおでんには独特の味がある。
その味を嫌う人もいれば、その味を好む人もいる。僕は専ら後者だ。この屋台のおでんはとても美味しい。冬の寒空の下で、身に染み渡るような暖かい味だ。
しかし僕にこれ以上、味について語るというのには無理がある。僕は生まれて間もない頃は左利きだったのだが、これが非常に不便なもので、右利きに調整しようとしたのだが、箸を持つにせよ何にせよとても難しいのだ。そして漸くして右利きになった小学1年生の時に、担任の先生が『お箸を持つ方の手が右手です』と、言った。これに僕は、言葉で言い表せない何かを感じた。所謂、反骨精神というやつだろうか。僕はこれを聞いた時に箸を持つ時だけは左で持とう、と決心したのだ。しかし右利きになった僕にしてみれば、今度は左利き、それも箸を持つ時だけ、という非常に面倒なことになってしまった。その練習が実を結んだのは小学4年生の夏のことで、当の僕の担任だった先生は何処かへ行ってしまった。しかし、そんなこんなで僕は食事を摂る時には手に意識を集中させていたものなので非常に味に疎い。基本的に不味すぎるもの以外であれば何でも食べることができるだろう。
かといって、このおでんが美味しくない訳では、断じてない。
しかし、この屋台の店主は、と言うと派手な黄色い頭巾を被り、眼鏡をしている、恐らく定年退職をした後であろう、おじさんだ。
このおじさん曰く『ここより美味しいおでんは他にもあるさ』という。
しかし僕はこれより美味しいおでんを食べたことは一度も無い。
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