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08.王様ダウト

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「男鹿、調子はどうだ?」
「後藤……」
 俺は男鹿の隣に腰かけた。いま他の連中はしりとりをやっている。こんな序盤から切り札を出してしまってあいつらはどうやってサービスエリアまでの時間を潰すつもりなのだろう。
 男鹿は持ってきたらしい水筒のお茶をチョビチョビ飲んでいる。よく見れば、というか普通のことなんだが、今日はみんな私服だ。学ラン着てきたアホを除けば、みんなそれぞれ女子は可愛く着飾り、男子はユニクロの回し者と化している。かくいう俺はしまむらでね。
「……副会長はいったい何を? 何があってあんなノリノリに?」
「紫電ちゃんは歌の喜びに目覚めたんだよ。いいことだ。人生とは小さな楽しみに躍起になることを言うのだよ」
「……そんなの、綺麗事」
 男鹿はジト目になって窓の外を見やっている。あんまりご機嫌がよろしくないご様子。まだ清水の虫歯を引き抜きそこなったことを気にしているようだ。
「男鹿よ、せっかくの慰安旅行なんだ。もっとアゲアゲでいこうぜ↑」
「そう思うなら、後藤はそうすればいい。私はスマホの脱出ゲームをやり続ける」
 男鹿はまじめくさった顔で液晶画面をスワッピングしている。どうもかなり頑なだ。俺は頬杖を突きながら話題を考えた。
「あ、そだ。嶋岡さんってお前らのことなんか知ってんの?」
「……本人が何か言ってた?」
「なんか思わせぶりだったぞ。教えろよ」
 男鹿は特に抵抗することなく事情を説明してくれた。
 今年の春先から沢村を始めとしたヘンテコ能力者集団がドンパチしたりしなかったりしていたわけだが、その総指揮を執っていたのは今前方でノリノリで熱唱している紫電ちゃんだった。
 が、なんだかんだと言って世の中にはずるがしこいヤツもいて、そういうちょっとあくどいヤツから紫電ちゃんを守ろうという動きが佐倉や男鹿を筆頭とする連中の間で湧き起こったらしい。
 かといって指揮官不在でこっそり引越(ヤ)っちゃおうっていうのも無理があったらしく、結局、指揮官を秘密裏に募集したのだそうだ。
 で、採用されたのが嶋岡さんだったらしい。
 なんでまた同級生から、と思ったが、秘密を知るものは近しいところに置いておいた方がいいからと佐倉が言ったようで。
 突如として学園異能ラブコメの裏方担当になった嶋岡さんはあれよあれよという間にその策謀を駆使し、時々沢村のラッキースケベなどに遭いながらもその小悪魔的な態度から人気を博し秘密裏に指揮官になったはずなのに「頼りになる上官」ランキングで二位の紫電ちゃんと大差をつけ、「ぬいぐるみにしたい上官ランキング」では惜しくも紫電ちゃんに大敗を喫した。そんなことされててまったく裏の同僚に気づかない紫電ちゃんもちょっと天然である。
「あずさは凄い。私のミスもちゃんとフォローしてくれた」
 男鹿がストローつきの水筒からお茶をちゅうちゅう飲みながら言った。
「いつも私は、みんなに迷惑をかけてばかり……」
 やばい、また落ち込みモードだ。
 男鹿の肩のあたりに黒い靄が見える。
 これはいけない。
「ま、まァとにかくさ! 男鹿よ、向こうに行ってみんなに混ざろうぜ! おーい何やってんのー」

 ○

 さて、旅行と言えばトランプである。ババ抜き、七並べ、ダウト、大富豪、ブタのしっぽからナポレオンまでトランプを用いたパーティゲームにはいろいろある。普段は全然やらないのに、旅行先へ着くまでになんとなくやってみると楽しい。それがトランプだ。間違っても変なものを賭けたり、命とか張っちゃったりしちゃいけないのである。
「それじゃ、シャッフルするねー」
 そう言って嶋岡さんがパラララララとアコーディオンを奏でるみたいに52枚のトランプを広げては混ぜ合わせる。
「違う。そういんじゃない」
「なんだよ後藤、顔色が悪いぞ」茂田がポテチを喰いながら聞いてくる。
「俺はもっとこう、拙いシャッフルとか、勢いあまってバラ撒いたりとか、そういうのが見たいんだよ。あんな本式のシャッフル見たくもないの」
「どんな拘りだよ……」
「癒し系アニメ見てる時に、急に政治の話とか、ニートがひどい目に遭う話とかされたら嫌だろ? そんな気分がするんだよ……」
「とりあえずお前のために窓を開けておくわ……」
 車内に清涼な風が吹き込んでくる。座席をひっくり返してボックス型にして、二列両端八席が向かい合っている中に座る俺たち男子や女子どもの髪やスカートが舞い上がる。
「ちょっと! 窓開けないでよ!」と佐倉が文句を言う。
「うるせーな! 後藤が具合悪いんだってよ」
「窓から落とせばいいじゃない」
「まァまァサッキー、許してあげようよ」と言ったのはトランプを持つ嶋岡さん。サッキーて。
「さ、そろそろ七並べも飽きてきたね。ちょっと趣向を変えてみて、いまからダウトがいい人~?」
 はーい、と女子どもが元気よく返事をする。
 やれやれだぜ。
「あのクソゲーのどこがいいんだよ。終わらねーじゃねーか」
「え、なんで?」と天ヶ峰がポテチを喰いながらなん――も考えてなさそうな顔で聞いてくる。
「ダウトはカード出してって、ダウトして当てたらカード出したやつが、外したらダウトしたやつが場の札を全部手札に加えるだろ」
「うん」
「で、手札がなくなったら負けなんだよな」
「いえす」
「終盤になって、手札が一枚しかなくなって、たまたま自分の順番で運よくそのカードの番が来るわけねーだろ。だから枚数少なくなったヤツにはダウトしてれば終わらないんだよ」
「え、なんで?」
 しばきてぇ。なにその目。「終わるじゃん」とか酒井さんに同意を求めてるし。酒井さんも頷いてるし。もぉぉぉぉぉぉぉなんで女子ってこうなの!?
「あははは」と嶋岡さんが笑う。
「後藤くんも通だねえ。そこに気がつくとは」
「いやみんな知ってるし」
「まァ確かに、普通のダウトじゃちょっとね。そこで嶋っち考えました」
「嶋っちって……」
「清水卿、大丈夫? 聞こえてる?」嶋岡さんは清水のフルフェイスヘルメットをゴンゴン叩く。清水はスケッチブックに「いたい」と書く。嶋岡さんはにぱっと笑う。
「聞こえてるみたいだから説明するね。僕が考えた改良型のダウト……その名も『王様ダウト』!!」
 嶋岡さんが虚空に拳を突き上げて宣言する。
「おぉー」と感心する女子ども。
 男子の中から芥子島が身を乗り出して尋ねた。
「ひとつ聞かせてくれ。それはえっちなゲームか?」
 嶋岡さんがふっと表情を消して、芥子島に顔を寄せた。秘密の談合。
「えっちなゲームだよ」
「ぃよっしゃあああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 芥子島の気迫が窓ガラスをビリビリ震わせた。なぜかバス前方で対抗意識を燃やした紫電ちゃんが「はなてっこころーにきざんだゆーめをっ、みらいさえおーきーざーりにっしってっ」とボリュームを上げる。
「嶋岡さん、早く説明してくれ! 俺は王様になりたい」
「あっはっは、芥子島くんは面白い人だなァ。いいよ、お姉さんそういうの認めます」
 嶋岡さんは手裏剣でも放つみたいにみんなにカードを配りながら説明を始めた。
「基本は普通のダウトと同じなんだ。でもダウトして、直前の人が嘘をついてたらダウトした人は『王様』に、そして嘘をついた人は『悪者』になるの。あとは普通に王様ゲームの要領で、王様が悪者に一個だけ命令できる。あ、ごめんねミサトン。カード落ちちゃった」
「いいんだよ嶋っち」と天ヶ峰が慈悲深い微笑みを讃えて、カードを右隣に座る嶋岡さんに渡す。
「――で、王様は悪者と自分を罰ゲームの対象にしてもいいんだけど、悪者と『もう一人』を選んでもいいのね。言うなら、普通の王様ゲームで何番と何番がなんとかをする、っていうのの代わりだね」
「ほう」と芥子島。
「よくわからん、もう一度説明してくれ」と茂田。
「田中くん大丈夫? バス酔い?」いつの間にか蘇生していた横井は田中くんの介抱をしている。
 嶋岡さんは手札をみんなに配り終わって、それをまたパラパラとシャッフルする。
「ダウト宣言の後、王様は悪者と――あ、ちなみにダウト失敗したら宣言者が悪者、告発された方が王様ね――王様は悪者と、もう一人を選ぶんだけど、その時に四種類の宣言ができます」
「えっち、すけっち、わんたっちか」
「それじゃ三種類だ後藤」
 女子からの視線が重たい。
「あはは、残念だったね後藤くん。もっと普通の選び方です。えっと、四種類の内訳は『軍人さん』、『お金持ち』、『お百姓さん』、『お嫁さん』です。これはそれぞれトランプのマークにちなんでます」
「後藤後藤」天ヶ峰が俺の袖を引っ張ろうとして俺の薄皮を摘んでいる。
「わかんない。なんでトランプのマークにちなんでるの?」
「とりあえず俺は痛い」
「教えてくれないと引き千切る」
 嶋岡さんがこっそり手招きしてくれたので、俺は嶋岡さんの隣に逃げた。
「あっ、逃げた!」
「嶋岡さん、守ってくれ」
「仕方ないなァ」にやにや笑うボーイッシュ・ガール。
「ミサトン、トランプのスペード、ダイヤ、クラブ、ハートはそれぞれ軍隊、商人、農民、教会を意味してるっていう説があるんだよ。それに引っ掛けてあるだけ」
「ふーん……」
「王様はその四つのうちどれかを宣言したら、場に伏せてあるカードをめくっていきます。ダウトだから、場札は全部裏向きだよね。で、自分が宣言したマークのカードが出てきたら、それを出した人をもう一人の罰ゲーム対象に出来るってこと。やったね!」
「……やったね!」
 あんまりわかってなさそう。
 嶋岡さんはまたケラケラと笑い、
「まァ、とりあえずやってみようよ。あ、この人数だとカード足りないから1セット増やして100枚でやろう」
 そう言うわけで、ゲームが始まった。
 といっても、普通のダウトである。1、2、と言ってカードを出し合う。するとすぐに天ヶ峰が、
「ダウトォ!!」と叫んだ。
 カードを出した田中くんがビックリしている。
「え、マジかよ天ヶ峰」
「お前のやっていることはすべてまるっとお見通しだ」
「普通に俺2を出したんだけど」ぺろり
「にぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」
 頭を抱えてうずくまる天ヶ峰。
「わ、私の完璧なトリックがああああああああ!!」
「どんな企みをどう仕掛けたのかが謎だろ。……つか、これってもう一人の『巻き添え』選択が誰にも当たらない可能性あるよな。それってどうすんの?」
 後藤くん鋭い、と嶋岡さんがウィンクしてくる。可愛いから許す。
「最後までめくって指定された役がいなかったら、巻き添え指定はなし。王様と悪者だけ」
 なるほどねぇ。
 田中くんは軍人さんを指定したが、直前にカードを出した霧島はハートの1だったので、巻き添え指定は失敗に終わった。
「というわけで、さァ田中くん」
 嶋岡さんが両手を広げる。
「いらぬ疑いをかけてきたミサトンにあんなことやそんなことをして……いいんだよ?」
「いやいやいや、ちょっと怖いんですけど……なんか睨んできてるし……」
「何を言ってる、それでも君は王様かい!? そんな弱腰じゃこのデスゲームは生き残れないっ!! さァ!! なんかやるんだ田中くん!!」
 結局、焚きつけられた田中くんはその強面の顔をしょんぼりさせながら天ヶ峰に「べしっ」とデコピンを一発かました。
「うう……」
 天ヶ峰は額をさすさすしながら、目に涙を浮かべる。
「いつか殺すぅ」
「どうして王様になったのにこんなことに……」田中くんは両目を押さえてうなだれた。
「あっはっは。さて」
 1と2のカードをダウト失敗の天ヶ峰に渡して、嶋岡さんが言った。
「ゲームを続けようか」
9, 8

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