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第四話:まどろみに堕ちる

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「あんたら知り合いなの? 痴情のもつれ?」
 肌だけた服を直しながら赤城はきょとんとした表情で言った。
「ばっか。そういう質問する状況じゃねーだろ」
 佐々木は胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、煙草を取り出し、火をつけた。そして溜息とも取れるくらい最初は長く煙を吐いた。
「察するに、蒼甫がアイツらを知ってる理由が銀華(ぎんか)さんと知り合いだったわけね。てことはやっぱ昔ヒーローやってたんかね?」
「流石ね健。見事な推理」
 和気あいあいとする三人を他所に、蒼甫はいまだに硬直したままだった。
 もうヒーローになれない。それはどうでも良かった。銀髪の美しい少女、銀華にもう一度会いたい。そして話がしたい。ただそれだけを叶えたかった。そうすれば、どこか影が差す青春の日々が光り輝きだすような気がしていた。
 だがいざ会ってみれば、何を話したらいいかが全然思いつかない。最初の言葉ですら喉の下で止まる。挨拶のタイミングも逃し、ただ気まずい沈黙だけが二人を包む。しかし銀華の目は真っ直ぐに蒼甫を見据え、そして蒼甫はその場から逃げたい気持ちが湧くも、彼女の目に吸い込まれるように立ち尽くしている。
「じれったいなぁ。チューしろよチュー。ハグしろハグ。若い子はチューしてハグして突っ込めばもう万事オッケーなんだよ!!」
「優姉抑えて」
「おお、いかん。つい」
 夕焼けの空に、風が舞う。河川敷の芝が、小さく揺れた。河の水が夕日に反射してキラキラと銀色に光る。蒼甫はいつからか、河を眺めていた。銀色に輝く川面に、一際輝く銀を見たからだ。その銀は人間大の大きさで、いやもう人間そのものの形をしていて、いややっぱり人間じゃない。
「やあ諸君。春のうららの隅田川、なんて歌もあるが、この河も随分と心地の良いながれだぞ。こう大きな流れに身を委ねていると、小さい事など気にならなくなってくるよ」
 のっぺりとしたフルフェイスヘルメットを被ったような顔。もうそれだけで大体察しがついた。
「銀色……っ!」
 赤城はだらしなく垂れた両手を強く握った。佐々木も「こりゃまた大物が流れてきたな」と火をつけたばかりの煙草を足でもみ消した。
「まずい。俺もう変身できねーよ」
「じゃあ健は下がってな。ここからは俺と優姫でやる」
 佐々木のその言葉を皮切りに佐々木と赤城は折り畳み式の携帯電話を取り出す。
「いや、春の河は結構冷えるな。ちょっと火が欲しいところだが……」
 河から上がった銀色の人は、河川敷のあちらこちらにある小枝を拾い始める。
「変身!」
「変身!」
 掛け声と共に二人の携帯電話が強く光る。そしてすぐさま何か空中に小さい粒が大量に現れ、二人の体に吸い付いていく。それは高速で形を成し、佐々木は胸についたライオンの頭部が特徴的な黄色くごつい姿に、赤城は真紅のメカメカしい羽根がついた、普段より数十センチは身長が高いスレンダーで扇情的な姿になった。
 そして、二人は八巻の時の様に目にも留まらぬ速さで動く。多分変身してから二秒も経っていないだろう。蒼甫の視点では、変身した瞬間にぱっと目の前の二人が消えた。
 しかし蒼甫は次に二人が現れた時に驚愕する。二人が消えてから一秒も経たず、既に変身が解けた姿で空中に現れ、受け身も取らずに河に飛び込んだからだ。
「優姉! 佐々木さん!」
 八巻の大声がむなしく河川敷に響く。そして有無を言わせず八巻は河に飛び込んだ。
「お、火が付いた」
 一方何事もなかったかのように銀色の人は大きめの石に腰を下ろし、たき火を始めている。
「シルバー・ゼット」
 囁くように、銀華は言った。近くにいる蒼甫でもしっかりとは聞こえない位の小さな声だ。しかし、小枝で火を突っつく銀色の人の手はぴたりと止まった。
「んー、久しいね銀華。どうだい、たき火でも」と、まるで友人に会ったような柔らかな口調で返事をした。
「お茶を濁すのはやめなさい」
「ああ、丁度暖かいお茶も飲みたかったところだよ。グッドタイミング」
「分かってるでしょう」
「君だって私がこういう性格なのは知っているだろうに」
 銀色の人、シルバーは溜息交じりにゆっくりと腰を上げる。
「ええ、そうね。でもそれは貴方もでしょ」
 何故だろうか、蒼甫は少し胸が痛んだ。一見皮肉の言い合いのようだが、まるで長年連れ添った夫婦のような掛け合いにも見える。そこに自分の入る隙が無いように思えてしまう。
 蒼甫はきっと、蒼甫の知らないところで銀華が誰かと仲良くしている姿を想像したくなかった。だから胸が苦しい。
「で、何の用かしら。私の友人を二人も吹き飛ばして」
「アレは火の粉を払っただけさ。無用な争いをしにきたわけでは無いのだ。現に最初に心の和む登場の仕方をしたじゃあないか」
「屁理屈は沢山――」
「君を迎えに来たんだ」
 食い気味にそういうと、シルバーは傅いた。膝に小石がめり込んでいる。しかしシルバーは何事も無いように話続ける
「もう十分遊んだだろう。そろそろ戻る時が来たんだ」
「いいえ。遊びでもなければ、戻る気もないわ。彼女にそう伝えておいてくれる?」
「私が来たのは始祖様に言われたからではないのだよ」
「一番忠義に厚い貴方が独断なんて、どういう風の吹き回しなのかしら」
「いい風が吹いたんだよ。まあ、その風は肉団子も連れてきたけれど。本音を言うと、そろそろ正義を統一するべきじゃないかと思ってな。お互い消耗が過ぎるだろう」
 シルバーは膝を上げた。その膝には小石がめり込んだ後がくっきりとついている。
「君は小浦蒼甫君だよな?」
「へ? あ、はい……」
 唐突に今まで蚊帳の外だった蒼甫にシルバーは話しかけた。しかも名乗ってもいないのに蒼甫の名前を知っている。驚きで思わず返事をしてしまったが、その気味の悪さに声はすぼんだ。
「君がカギなんだ」
 シルバーはその大きな右手を蒼甫へ差し出し握手を求める。だが蒼甫の右手は動かない。そんな胡散臭い手を握るはずがない。しかも銀華と並々ならぬ関係のようだし、ムカつく。
「随分嫌われているようだが、私と君は共通点が多い。それに君なら聞こえるだろう。神の声が」
「また神様か! 何なんだよ神って!!」
「ほら、君に問いかけて来ないか?」
「だめよ蒼甫、耳を傾けてはいけないわ」
 どさくさに紛れてだが、銀華は確かに蒼甫を下の名前で呼び捨てにした。それは中学生の頃、出会ったばかりの時を彷彿とさせる。少し影が、薄らいだ、そんな気がした。

――嬉しいか。

 そして確かに、声がした。それは赤いおっさんに頭を締め付けらた時に聞こえた、蒼甫に「格好いいか」と尋ねてきた、あの声だった。
「聞こえたはずだ。神の声が。耳を傾け、君の願いを、強く祈って、渇望して、貪欲に!」
「やめなさい。駄目よ。貴方にはもう必要ない。貴方はもう普通の人。これ以上はもう要らないの」
 蒼甫の願い、それは今日果たされた。銀華に出会い、青春の光を少しでも取り戻すこと。しかし何故だろう。それで満たされない自分がいる。彼女に要らないと言われた、今の自分よりもっと、もっと強い自分になりたい。そして彼女ともっと言葉を交わし、もっと触れ合い、もっと多くの事を共有し、もっと……
「もっと……、もっと……」
「そうだ、もっとだ。もっと貪れ」
「なんで。もう満たされているのに。もうすべて終わったのに」
「人の欲望に限りはない。一度底を知れば、その底はすぐさま単なる通過点へと変わる。人は一生満たされないのだ」

――全てを手に入れたいか。

 欲しい。欲しくて堪らない。金が、栄誉が、力が、銀華が、欲しい、欲しい。
 欲望は白い小さな粒となって蒼甫の周りを漂い始める。そしてそれは蒼甫の右手に巻かれた腕時計へと静かにゆっくりと集まっていく。
「いけない!」
 伸ばした銀華の手をシルバーは強引に引き戻す。
「ここで見ているんだ。正義の味方と、ヒーローが、今一つになるのだ」
「駄目、蒼甫、そうすけっ!!」
 遠くに聞こえた銀華の叫び。久々に彼女の感極まった声を聞いた気がして、蒼甫はまどろみの中で少し笑った。
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