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オリュンポスの冬

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 近代オリンピックが行なわれるようになり、夏季オリンピックは百余年、冬季でも九十年ほど経つ。現代人たる我々は二年毎にこのスポーツの祭典を、かたや水上陸上で、かたや雪上氷上で楽しむことができる訳であるが、ここで古代オリンピックに思いを馳せてみたい。
 吉田茂樹氏の『オリュンポスの冬』の中には、氏の古代ギリシア研究の真髄があると言っても過言では無い。地中海洋行という貿易会社(バブル崩壊の少し前に倒産してしまったということだが)を率いていた吉田氏は、その財力を用いて在野のギリシア文化研究者としても活動している。残念ながら氏の研究は大学機関で通常行なわれるような様式や手順を使っている訳では無いので、一定の評価は受けながらも、大学出版局や大手出版社からの刊行は避けられている。そこで何を思ったか吉田氏は、やはりその財力を用いて自費出版してしまったのである(これらのエピソードは「まえがき」にてアイロニーを交えた彼独特の軽妙な語り口で述べられている)。自費出版のためごく少数しか出回っていないが、非常にニッチな研究領域に重ねて私的研究の域を出ないことから需要は低く、結果的に需給相場は均衡を保っている格好である。

……ギリシアにも雪はある。しかしながらその降雪範囲は非常に限られている。(中略)オリュンポスの峰に雪が積もるとそれは戴冠の様相を呈する、非常に美しい、神々しい光景なのだ。古代ギリシア人たちはオリンピック(江口注:おわかりの通り、ここでは古代オリンピックを指す)を神に捧げるものと考えていたから、当然冬期間に競技を行なうことはできないかと考えていたのである。

 これは興味深い指摘である。古代ギリシアの時代から、冬季五輪の構想があったと吉田氏は言うのである。さらに次の部分の記述からは、古代人の果てしない想像力を感じることができるだろう。

……当時の遺構から出土したプレートに、まさに古代の「冬季オリンピック」構想が書かれていたのである。山から何かに乗って滑り降りてくる男の姿、夏の武装競争で使用した盾(日常でも軍事的に使われているものだ)を氷上で滑らせる様子、またその盾に乗って、立って降りて来る様子などが描かれている。(中略)これらの描写は、近代オリンピックにおける冬季のそり競技やカーリングに相当するようにも思われる。古代人の無辺際な発想には頭が下がる思いである。

この部分、まさに近代冬季オリンピックにおける「そり競技」「カーリング」である。また、時代が時代だけに、吉田氏も様子の描写だけに留めているが、「盾に乗って、立って降りて来る様子」というのは、現代のスノーボード競技ともよく似ているではないか。

 世の中には買って良かったと思える本が必ずある。私はこの古代ギリシア人の鋭敏なる先見の明を我々に紹介して下さった吉田氏に感謝しなくてはならない。

書誌情報
著者:吉田茂樹(ギリシア文化研究家)
出版社:地中海洋行書籍部(この一冊のみで現在業務は行なっていない模様)
出版年:昭和六十一年
定価:二千八百円
江口眼鏡の購入価格:千円
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