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14.「アザーワイズ」/ふいやん

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「うぅ~ん。やっとついたか」
 列車の扉が開くと、降りてきた中年の男がけだるそうに伸びをしながらそう言った。スーツは黒、ネクタイも黒。まるで葬式にでも行くようないでたちだ。しかし、寝癖だらけの髪と伸び放題の無精ひげはとても葬式に行く人間のそれではない。
「おい、見ろよ。あのピンクの駅舎。こんなばかげた町に『あれ』は出ないんじゃないか? 」
 男はピンク色の新都駅の駅舎を見てびっくりするように後ろにいた連れに声をかけた。しかし、返ってきたのは氷のように冷たい反応だった。
「建造物の色と『対象物』の出現率との相関性を示す有意なデータは見つかっておりません、ジョン・スミス隊員」
 男に続いてホームに降り立ったのはスレンダーな若い女だった。ネクタイこそしていないものの前を行く男と同じように全身真っ黒のパンツスーツ。だが、こしらはうってかわってきりっとした印象。できるビジネスウーマンという雰囲気を漂わせている。
「わかってるって――でもな、ジェーン・ドゥ。去年一年間で日本全国で捕獲された『対象物』はたったの3件。それも全部ミトコンドリアみたいなちっちゃいやつだ。こんな人口二十万やそこらの町に『人型』なんて出るわけないと思うがね」
 ジョン・スミスと呼ばれた男はやる気なさそうに言うと、ポケットから煙草を出して口にくわえた。しかし「構内喫煙」という張り紙に気づくと、舌打ちして大事そうにまた煙草を箱に収めた。
「そんなことはありませんよ。既に『対象物』の痕跡を発見しました。ほら! 見てください!」
 ジェーン・ドゥは得意そうにプラットフォームの一角を指さした。そこにはジュースの自動販売機があったが、どうやら壊れているらしく駅員が「故障中」という張り紙を張っているところだ。
「ん? なんか飲みたかったの? まあ、改札を出ればコンビニくらいあるだろうし……」
「違いますよ! 1967年のメロトン星人事件です! やつらは自動販売機に偽装した恒星間通信装置を母船との連絡に使ってたんです! 使えない自販機があるのは怪しいです!」
「あのなぁ、ジェーン・ドゥ……。壊れた自販機があるだけで宇宙人がいるなんていったら、地球はそこら中、宇宙人だらけになっちまうだろ……」
 皮肉めかして言った男だが、その言葉は真実の一端をついていた。
 実際、この星は宇宙人だらけなのである。

 アザーワイズ。
 それが彼らが所属する組織の通称だ。正式名称はこの国の首相でさえ知ることはない。
 もともとアザーワイズというのは組織そのものの名前ではなく、彼らが『駆除』する対象物の名前だ。
 その対象物とは地球外知的生命体――いわゆる『宇宙人』だ。人間ではない『他の知的生命体』――すなわちother wiseというわけだ。いつしか、それが彼らの組織そのものをさす通称となった。
 一般人には秘されているが、地球には確認できるだけで数百年前から宇宙人がひそかに住みついている。特にここ数十年は全宇宙規模の環境破壊の影響を受けて、比較的原始の自然を残している地球は宇宙人の人気の移住先となっているのだ。
 彼らアザーワイズの任務は、地球人(あるいは他の生物、もしくは非生物)になりすまして地球で暮らしている宇宙人を駆除すること。
 さもなければ――地球はいずれ宇宙人に侵略されてしまうだろう。

「さてと、で、これからどうする?」
 改札を抜けるとジョン・スミスは壁にかかった時計を見上げた。電車の接続が悪かったせいか、すでに時計は午後四時を回っている。
「もう、こんな時間だ。調査は明日からにして、とっととホテルにチェックインして、今話題の流星群でも見ようや。何ならおんなじ部屋でも――」
「セクハラで局長に訴えますよ」
 ジェーン・ドゥは冷たくそう言い放つと、ツカツカと駅前のロータリーの方へ向かっていった。
「あれ? どうするの?」
「決まってるでしょう。聞き込みです! 捜査の基本ですよ!」
 ジェーン・ドゥが向かっていく方を見ると、ベンチに野球帽をかぶったホームレスとタキシードを着た若い男が座っている。どう考えても、聞き込みをしてまともな答えが返ってくるようなまともな人間とは思えない。むしろ、この二人が地球に来たばかりで、地球人に化け損ねた宇宙人という方が説得力がある。
 だが、ジェーン・ドゥはその二人の前を素通りし、そのままタクシー乗り場に止まっている一台のタクシーに乗り込んだ。慌ててジョン・スミスもそのあとに続いて車に乗り込む。
「町の噂を聞くにはタクシーが一番なんですよ。捜査の基本です」
 ジェーン・ドゥは得意げにそう言うと、運転席と後部座席を隔てる防犯ガラス越しに運転手に話しかけた。
「ねえ、私たち、ある組織に属しているんだけど、ちょっと聞きたいことが……」
「ヒ、ヒエッ! 警察!?」
 ネズミのような顔をして運転手はそういって目を丸くした。何か警察にばれるとまずいことでもあるのだろうか? まさか誰かを車で跳ねたとか? しかし、それは彼らの管轄ではない。
「警察じゃないわ。まあ、似たようなものだけどね……。ねえ、この町で最近宇宙人の噂を聞いたことはない?」
「う、宇宙人ッスか?」
 運転手は裏返った声を上げた。ジョン・スミスは顔をしかめた。まったく最悪の切り出し方だ。このまま精神病院に車を走らされても文句は言えない。
 ところが、運転手は待ってましたとばかりに途端に饒舌になって話し始めた。よほど噂話が好きなのだろう。
「もちろん、聞いたことあるッス! この町で俺が知らないことはないッス。宇宙人といえば、そうッスね――青い髪のコンビニの宇宙人とか、人間の言葉を理解する猫とか、あとは神社の幽霊とか――」
「ちょちょちょっと待って!」
 慌ててジェーン・ドゥはカバンから手帳を取り出すと、猛烈な勢いで運転手の言葉をメモし始めた。
「ど、どう思います? ジョン・スミス隊員?」
 ジョン・スミスはつまらなそうにあくびをしながら答えた。
「どいつもこいつも期待薄だな――。まず第一に、幽霊は俺たちの管轄じゃない。次に、青い髪のは単なるヘビメタ青年だろ。駅前でブンチャカやってたやつらのお仲間だ。それに、猫型宇宙人なんてのは聞いたことがない――この運ちゃんがネズミ型宇宙人って方がまだありそうな話だ」
「あっ、ひっでぇな。これでも気にしてるんスからね。あっ、でも、そう言えば――」
「そう言えば、何?」
 口を滑らせた運転手にここぞとばかりジェーン・ドゥが食いつく。運転手はちょっとためらうような仕草を見せたが
「いや、実は俺が良くいく『エイリアン』ってスナックがあるんスけど、そこのママと女の子が、なんていうかその、火星人っぽいっていうか――」
「火星人っぽい――?」
 ジョン・スミスとジェーン・ドゥは呆れたようにお互いの顔を見つめ合った。
「あ、俺が言ったって言わないで下さいよ。特にアヤカちゃんはだいぶ気にしているみたいなんで――」
「言わない言わない。だから早くそこにやってちょうだい!」

 スナック『エイリアン』に向かう車の中でジェーン・ドゥは隣に座るジョン・スミスに囁いた。
「どう思います? ジョン・スミス隊員?」
「宇宙人がそれとわかる形で地球の生活に溶け込んでるケースは聞いたことがない……。おまけに店名が『エイリアン』……? きっと宇宙人コスプレとかそんな店だろう……」
「――あ。見えてきたッスよ」
 運転手が指し示す方に目をやると確かにスナック『エイリアン』という看板が出ている小さなスナックがある。
「なんだ。もう着いたのか……。一服しようと思っていたのに……」
 煙草を口にくわえたばかりのジョン・スミスは悔しそうにしていたが、すぐにその煙草を丁寧に箱に戻した。それでも、まだ名残惜しそうにライターをカチャカチャいじっている。そして――
「はい。到着っと。780円ッス」
 店の前に車を止め、運転手が後部座席の方に振り向くと――
 ジョン・スミスはカチッとライターの火を点火し――
 運転手の視界は白い光に包まれた。










「もう、いきなり使わないで下さいよ! 私まで記憶を消されるところだったじゃないですか!?」
 車から降りるとジェーン・ドゥは抗議の声を上げた。
「悪い悪い。けどな、今から記憶を消しますよ~メイクアスマイル~なんて言ってから、やるわけにもいかんだろ」
「でも、私にも心の準備ってものが……」
 言い争う二人の横を、記憶消去装置によってここ十分ほどの記憶を消去された運転手が不思議そうな顔をしながら車を走らせていった。
「あれ? 私たちタクシー代払いましたっけ?」
「いいや。どうせあいつは俺たちを乗せたことも覚えちゃいないんだぜ?」
「でも、いけませんよ! そういうのは!」
「ま、いいっていいって」
 ジェーン・ドゥの抗議を聞き流しながら、ジョン・スミスが「準備中」と張り紙の貼ってある『エイリアン』の扉を押し開けると――

 そこに宇宙人が二体いた。

「いらっしゃ~い♪ でも、まだ準備中なのよ。ごめんなさいね」
 二体の宇宙人のうち、リーダー格と思われる方の一体が店に入ってきた二人に告げた。
「あら? はじめて見るお客さんね。わかった! 流星群を見に観光に来たお客さんでしょ? あたり?」
「あ、あわ、あわわわわ……」
 さっきまで勢いこんでいたジェーン・ドゥだが、実際に宇宙人を見るとショックが大きすぎたようで、腰が抜けたようにへたりこんでいる。無理もない。彼女が入隊してから今までに見たことがあるのは、せいぜいミトコンドリアのような微小な生命体だけなのだ。
「あら? そちらのお嬢さん具合悪いの……? じゃあ、まだ開店前だけどそちらのソファで休んでていいわ」
 よいしょ、とジョン・スミスはジェーン・ドゥを持ち上げると、テーブル席を囲むように配置されたソファに彼女を寝かせ、その横に自分も腰を下ろした。
「何にします?」
 若い方(たぶん)の宇宙人が熱いおしぼりを渡しながらジョン・スミスに問いかけてきた。
「そうだな……。じゃ、バドワイザー。君は何にする?」
「ちょ、ちょっと、飲んでる場合ですか!? まだ、勤務時間中ですよ!! いや、私がいいたいのはそういうことじゃなくて!! 目の前に宇宙じ……」
「シッ! 失礼なことをいうもんじゃない! あ、彼女にはオレンジジュースお願いします」
 若い方の宇宙人は注文を取ると、ペコリと頭を下げて奥へ入ってしまった。
「なかなか、愛嬌のある子じゃないか。あれ、もう大丈夫なのかい……?」
 やっと宇宙人を目の当たりにした衝撃から立ち直ったジェーン・ドゥはスクッと立ち上がるとジョン・スミスに猛抗議した。
「目の前に宇宙人がいるんですよ! どうして駆除しなヒンヘフハ……?」
 ジョン・スミスは慌ててジェーン・ドゥの口を押えつけた。ジェーン・ドゥはそれでも何か言おうと口をもごもごさせている。ジョン・スミスは店内を見まわし、宇宙人が二体とも奥へ入っていることを確認すると小声で言った。
「まあ、落ち着けよ。我々の正体がばれたら、やつらに逃げられる可能性がある。ここは観光客のように見せかけて、奴らを油断させるんだ」
「ハ、ハルホロ……」
 それを聞くと、ジェーン・ドゥはソファに座りなおした。そしてゴホンとひとつ咳払いすると
「ウワー。この町に観光に来たのは初めてだけど本当にいい町ねー。ねーあなたー。ウフー」
「やめてくれよ……。気持ち悪い演技は……。単にくつろいでいればいいんだって……」
 ジョン・スミスはそういうと煙草を一本取り出して口にくわえた。だが、店内が禁煙なのかどうか測り兼ねたようで、店内をキョロキョロ見渡している。そこにお盆にグラスを二つ載せた若い方の宇宙人が帰ってきた。
「ねえ? ここ禁煙? あ、いいの? じゃ、遠慮なく……」
 ジョン・スミスはポケットからライターを取り出すと――その動きは全く自然だったのでジェーン・ドゥは何も警戒しなかった――カチッと音を立てて点火し――
 ジェーン・ドゥの視界は白い光に包まれた。










 気を失ってしまったジェーン・ドゥとアヤカをソファに寝かせると、ジョン・スミスは騒音に気づいて店の奥から出てきたユウカの方を振り返った。
「――タクシー内の会話から消去するために、パワーをMAXにしましたからね。三十分程度は気を失ってるはずです。でも、脳に影響はありません。心配はいりませんよ」
 ホッと胸をなでおろしたユウカにジョン・スミスは苦々しい表情で告げた。
「でも、困りますよ。そんな不完全な擬態で人前に出て。おまけに店の名前が『エイリアン』だなんて――我々に駆除してくれと言っているようなものです」
「あら? この方が評判いいのよ。フェチっていうのかしら? それに却って『エイリアン』なんて看板にしとくと疑われないのよ。ポーの『盗まれた手紙』は読んだことある?」
「残念ながら、我々M87星人には読書の習慣がありません」
 ジョン・スミスはそういうと煙草の形に偽装した気化スペシニウム吸引装置を胸いっぱいに深々と吸い込んだ。これが彼のエネルギー源なのだ。
「ま、もっとも地球に移住した宇宙市民の生活を守るのが私の仕事ですからね。全力は尽くします」
「それにしても考えたものね。まさか、宇宙人がアザーワイズの一員だなんて」
 ユウカはそういうとスぺソミュールのグラスをジョン・スミスの前に置いた。何も言われなくても客人の好みに応じたものを出すことが優れた女主人のマナーであることは地球も宇宙も変わりない。
「ありがとう――アザーワイズの一員でいれば、敵対的な侵略性の宇宙人を極秘裏に排除できると同時に、あなたのような友好的な宇宙市民の方の生活を守ることができます。星間亡命は全宇宙市民の基本的人権のひとつですが、地球人がそのレベルに達するにはまだ時間がかかるでしょう」
 ジョン・スミスはそういうと、ふと思い出したように話題を変えた。
「――そういえば、今日は『あの日』でしたね」
「ええ。しぶんぎ座流星群」
「また、集団移住か――」
 しぶんぎ座ガンマ星系が恒星の白色矮星化によって居住不能となったことは、ここ何年にもわたって全宇宙の話題となっていた。ガンマ星系の住人たちが新たな生活の場として移住先と定めたのが他ならぬ地球である。彼らは日本時間の今晩八時、流星群に偽装した恒星間移動ポッドによって、地球に集団移住する計画となっていた。
「彼らは非常に友好的な種族ですからね。きっと地球でもうまくやっていけるでしょう。しかし、どうしてこうも地球にばかり移住が多いのか――」
「ほら。例のあれよ。『定点観測』。すごい視聴率らしいじゃない――」
 ジョン・スミスは視線を上に上げると天井越しに夕焼けの空を見上げた。空には一番星が輝いたばかりで、彼の透視能力をもってしても流星群はまだ影も形も見えない。
「ま、何にせよ――」
 ジョン・スミスは呟いた。
「この星は実際素晴らしい星ですからね」
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