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つけよる!つくもちゃん

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 ○つくもちゃん

 俺の名前は進藤春樹。
 長宗我部大学工学部知能情報システム工学科という、履歴書に書くのがうんざりするほど名前が長い学科に所属している。今、研究室にひとりきりで、DNSというシステムに関する論文を書いている。明日までに草稿を完成させなければいけないので、今日は家に帰れるかもわからない。参ったな。見たいテレビがあったのに。
 当然、研究室にテレビはない。録画もしていないので、諦めるしかない。
「あーあ、つまんねえの」
 俺以外に三人いる研究室のメンバーは、足早に論文を終わらせて帰っていった。
 まあ、まったく手を付けていなかった俺が悪いといえば悪いのだが。
「せめて話し相手でもいればなあ」
「いるよ」
「そうだよなあそんなの居るわけが……」
「よう」
「疲れてるんだな俺。幻聴が聞こえ出した」
「呼ばれて飛び出てジャンジャジャーンってやつ」
 隣にある冷蔵庫がしゃべっていた。帰りたい。
「私はつくも。付喪神だよ」
「ひどい現実だ。いやこれは夢だ」
 冷蔵庫には二つの目と口が張り付いている。高い声と顔のそばのリボンでかろうじて女の子だとわかっいや忘れよう。俺は何も見ていない。きっと現実逃避の心が見せる幻覚だ。
「付喪神は色んな物に移れるんだよ。たとえば」
 冷静になるんだ、進藤春樹。こんな非現実的なことが起こるはずがない。夢じゃあるまいし。
「こんな風に」
「人のパソコン画面に貼り付きやがった!!?」
 夢であってほしい。

 ○付喪神

「で、お前が付喪神ってのはホントのことなのか」
「うん」
 ディスプレイに貼り付く顔が話す。見れば見るほど現実とは思えない。
「夢だよな」
「しかしこれが現実だ」
 頬を引っ張っても痛くない。そろそろ精神科に行った方がいいかな?
「じゃあ、現実だという証拠を見せてくれよ」
「付喪神は万物にとりつくことができるから、あらゆることはお見通し。例えば君の名前は進藤春樹」
「うおっ、あたってる」
「好きな体位は騎乗位で好きなXVIDEOはマジックミラー号の素人による素」
「よし分かった信じよう。つくも、お前は現実に住まう付喪神だ」
「わあい」
 どこまで見られてんだ。
「でもなんで急に付喪神が、俺の前に?」
「……その理由、聞くと申すか。話せば長くなるぞ」
「えー、それは困るな。手短に頼むよ」
 論文の期限が差し迫っているんだ。余り無駄な時間はとれない。
「ひま」
「二文字!?」
「もう少し簡潔に説明すると……」
「いや二文字より短くはさすがに」
「暇」
「文字でしか伝わらないレトリック!」

 ○見えない

「でも、困ったな」
 俺は悩んでいた。つくもというよくわからん付喪神がいて、話し相手になってくれるのなら一人でも寂しくならないから、それはそれでとても助かるんだけど。
「お困りか、少年」
「そうやってふとした瞬間にディスプレイに映るのやめろ」
 どこを見て話せばいいのか分からなくなる。
「いや、この部屋は俺以外にも使う人がいるからさ、お前が突然現れるとみんな驚くだろ? 騒ぎにはしたくない」
「ノープロブレム。他の人には姿は見えないよ」
「あ、そうなのか」
 それなら問題ないな。俺がみんなには見えない何かと話してるだけで済む。
 ゴメン、どう見ても問題あった。
「ちょっと待て。それでも結果的にみんな驚くことになる」
「じゃあみんなが居るときは話さなければいいんじゃない」
 そうか。みんなが居るときはみんなと話せばいいんだな。確かにその通りだ。
「その間も私は暇だから話しかけ続けるけどね」
「俺の精神がイカれそうで怖いからやめてくれ」
「じゃあ無言で見つめ続ける」
「怖くはないけど気が散るからやめてくれ」
「誰もいない部屋から足音がひた……ひた……と」
「誰が怖い話してくれって言ったよ」
「え……猟奇殺人系が良かった?」
「そういうことじゃねえから!」

 ○タイムリミット

「まずい、こんなことして遊んでる場合じゃない」
 朝には論文を提出しなければならない。おれはジュースを飲み干すとパソコンに向き合った。
「くさそうなジュースだね」
「紙パックのうんしゅうみかんジュース、それのどこがくさそうなんだ」
「だって、ウン○のにおいがするみかんでしょ?」
「ウン○臭みかん!?」
 いかん、集中、集中。
「ほらほら、邪魔するな」
「な……なんでそんなこと言うのお」
「俺は論文を仕上げなきゃいけないんだ! 気が散る」
「る……ルーブル美術館、ああー『ん』がついた」
「しりとりしてんじゃねえよ! 少し黙れっての!」
「ノリスケおじさん……ああー」
「だからやめろって」
「千葉ロッテ」
「千葉……、ん? お前そのネタ分かるのか」
「まあ付喪神だからね」
「久しぶりぶり」
「ブロッコリー」
「付喪神すげえな」
「付喪神すごいよ」
「じゃあ、これはどうだ……」
「付喪神にわからないことなど……」

 ○だめでした

「結局終わらなかった」
 朝までつくもと遊んでいたら、結局論文一つも進まなかった。俺の研究室人生、初っ端からやばい。
「いやー、僕ボブを20回噛まずに言えた辺りは覚醒してましたな」
「覚醒してたかもしれんけど、マジでどうしよう論文終わってねえよ」
「代替案を考えよう」
「代替案? なんだそれ」俺はすがる思いでつくもに尋ねた。
「案は100個ほどある」
「かなりあるな。少しは期待してるぞ」
「まず、教授を殺めて……」
「前提がおかしいだろ」
「え? そうなると案は全部おじゃんなんだけど」
「教授殺すパターンしかないのかよ!」
 困った。もうすぐ論文を回収しに先輩がやってくる。どうしたものか。
「こうなったら最終兵器を使うしかないですな春樹殿」
「まだなんかあるのか……」
「まず、肩幅に足を開いて立ちます」
「ほう」
「右手をかっこよく顔に当てます」
「なんか中二っぽいが」
「そして左手は後方に真っすぐ伸ばして」
「ただの中二ポーズじゃねえかこれが何の……」

「進藤……そのポーズは、何だ?」
「………………おはようございます」

 こうして、俺のもとに付喪神のつくもがやってきた。
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