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何をやっても上手くいかない。
だから、自殺する人もいるのだろう。
努力すれば報われる。
それは単なる偽善だ。
もしそれが事実なら自ら命を落とす人なんて居ないのだから。
人間は未完全だ。
失敗もするし、後悔もするし、取り返しのつかない過ちだって犯す。
でも社会は完璧を求める。
未完全な人間に完璧な精度を求められても、それに対応出来るのはごく僅かだろう。
社会不適合者、人生の脱落者。
今の俺にもっとも相応しい言葉だ。

―――人生に正解は無い―――

そんなのは分かってるし当たり前の事。

しかし、世の中はやたらとレールを敷きたがり、レールの上に人間を置きたがる。

その方が、リスクも少ないし楽だし安全だからだろう。

だが、俺はそんなレールの上の人生を歩くのはご免だ。

レールの上だって安全ではないし、辛い事や悲しい事もあるだろう。

それに今更レールの上に戻ったところでたかが知れているのだ。

人は生まれた時に、既に社会での価値は決まっていると思う。

貧乏な家庭、裕福な家庭に生まれるかこの時点ですでに平等と言う言葉は意味をなさない。

俺が生まれた家庭はと言うと一言で言うと底辺だ。

スタートラインがそもそも他の奴と比べて圧倒的不利な状態だ。

でもそれが今の俺の現実だ。

ハッピーエンドばかり並べる新聞やTVのニュース、TVも所詮人間が作り出したもの、視聴者のご機嫌を窺い、視聴率を取る為に都合の良いニュースを流す。
何故ならビジネスとはそういうものだから。

マスコミは他人の揚げ足を取る事に必死、芸能人は自分の得た地位を守る為に必死。

くだらない。

でも、世の中が腐ってようが今の俺にはどうする事も出来ない。

俺は無力だから。

だからこうして、今日も俺は意味のない喧嘩に明け暮れている。

「てめぇ、ガン飛ばしてんじゃねぇよ、死ねよぼけぇ」
ホストなのか、チンピラなのか、やくざなのか中途半端なルックスの男が吠える。
体格も中途半端だ。
細身の黒いスーツに黒いシャツ、腕にはどこのブランドか分からない時計を付けている。

「死ぬのはお前だよ」
俺は男の声に臆することなく噛みつく。

喧嘩は慣れてる。
ボクシングもかじっていた事もあるが、相手の反則行為に腹が立ち半殺しにしてジムを追い出された。

「へっ、やる気かよ、100回死ね」
男はやす台詞を吐くと、俺の顔面目がけて拳を放った。

だが、そんな素人丸出しの拳が俺にあたる訳も無く、俺はそれを余裕でかわしガラ空きになったボディに1発入れた。

男はすぐに体制を崩す。
すかさず俺は顔面に右ひざを入れる。
鼻が折れる感触がひざに伝わった。
男はそのまま地面に向かって倒れ込む。
地面には男の出血がじわじわと広がっていく。

「雑魚が」
俺はそう言い放つとすぐにその場を後にした。

警察沙汰になるのが面倒だからだ。

その後、コンビニで時間を潰し、缶コーヒーと赤マルを一つ買って店の外で一服した。

周囲を見渡すと、主婦やらサラリーマンやら学生やらの群れが目に入った。
丁度通勤ラッシュの時間だった。

時計に目をやる。
8時を少し過ぎたところだった。

俺も本来であればあの群れの中にいるのだろう。
だが、俺は社会不適合者、脱落者。
だからどうでも良いのだ。
今更あの集団に溶け込む気は毛頭なかった。

家に帰っても酒とパチンコと良く分かならない信仰宗教に溺れた母親と、無職の父親がいるだけなので、一日の大半は外で過ごしている。
金は喧嘩した奴の財布から、適当に抜いてるので不自由はしない。
犯罪だろうが何だろうが、俺は罪悪感と言うものはまったく感じていない。

強者が弱者を糧にするのは当たり前のルールだと思っているからだ。

生きて居ても死んで居ても大して変わらない。
世の中の人間の大半がそうなように俺もその一部だと感じていた。

公園に行くとホームレスが何人かグループになって談笑を楽しんでいた。
少女が一人、砂浜で遊んでいるのが何となく目に入る。

小柄でほっそりとした身体に赤いワンピース。
ショートカットの黒い髪、年齢は10歳前後くらいだろうか。

俺は少女がそこで何をしているのか気になったので声を掛けてみる事にした。

「そこで何をやってるんだ?」
少女は誰もいない砂浜でしゃがみ見た事のない小さな壺を持っていた。

「不幸を集めてるの、私悪魔だから」
少女は俺に視線は向けず、ずっと小さな壺を眺めている。

「最近そう言う遊びが流行っているのか?」
少女の冗談に俺は微笑した。

「それが私の仕事だから」
声色一つ変えずに少女は話を続ける。

「仕事?」
遊びにしては凝った設定だ。

「それにしても妙ね、あの老人達見るからに不幸そうなのにちっとも不幸が回収出来ない」
彼女は俺の問いには答えず話を続ける。

「幸せの価値観は人それぞれだからな」

「それと妙な事がもう一つ」

「ん?」

「何故、あなたは私の姿が見えるの?」
少女は壺から視線を俺の方へ変え、赤い瞳を向けた。
清潔のある黒い髪に、透き通った白い肌、赤い唇。

「さぁね、悪魔を見たのはこれが初めてだけど」
少女の整った容姿に俺は少し動揺した。
人間ではない悪魔に相応しき美しさだった。
可愛いでも綺麗でもない、美しいと言う言葉が彼女を形容するのに一番近い言葉だと感じた。
「あなたには悪いけど、私達にはいくつか掟があるの」
「人間に見られた悪魔はその人間をしもべにするか、殺す事」
「この場合殺すのが一番手っとり早いと私は思うのだけど」
少女の赤い瞳が輝きをます。
少女の真っ直ぐな言葉に俺は確信した。
本物の悪魔なのだと。

「良いぜ、殺せよ、どうせ大した人生ではないんだ、今死んだ方がこれから生きる手間が省ける」
「悪魔に殺されるなんて早々なさそうだし名誉な事だ」

いつか人間は死ぬ。
それが遅いか早いかだけだ。

「面白い人間ね、そんな事を私に言ったのは君が初めてかもしれない」
少女はその場で笑う。
その笑い方はとても冷酷に感じられた。

「気に入った、お前を私のしもべにする」

「好きにすれば良いさ」

浅はかな俺はこの時、秋空の公園で悪魔のしもべとなった。
あの日の事は夢だったのだろうか。
朝日がカーテンの隙間から差し込み気持ちの良い朝を迎えた。
しかし、記憶だけは鮮明に残っていて少女の赤いワンピースや赤い瞳が頭から離れなかった。
俺は、自室のカーテンを開け、普段着に着替え、キッチンで母親がテレビを観ている姿を横目にすぐさま家を出た。
携帯で時間を確認するとまだ8時を少し過ぎたところだった。
不登校の俺は、学生達が通学する姿を目にしながら、ポケットから煙草を取り出し、火を付ける。
周りを見渡しても少女の姿は無く、俺はいつも通り、商店街で時間を潰す事にした。
商店街に向かう先にコンビニが目に入ったので、朝飯代わりにパンとコーヒーを買う事にした。
店内に入ると、自分の通う学校の制服が目に入り、居心地が悪かった。
俺は学生達が店外に出るまで雑誌コーナーで時間を潰す事にした。

「あっ、あんた南じゃない」
「こんなところで何してるの、学校は?」
背後から声がし、振り返ると同学年同クラスの河野由美が立っていた。
河野とは中学から同じクラスだが、俺にとっては顔見知り程度の存在だった。

「学校は行ってないし、今後も行く予定はない」
俺は素っ気なく答えると、惣菜パンとコーヒーを手に取り会計のレジに足を運ぶ。

「ねぇ、あんたなんで学校来なくなっちゃったの?」
「中学まではちゃんと通ってたのに、成績だって悪いわけじゃなかったでしょ」
河野は俺の素っ気ない態度に臆することなく、俺に話しかけてくる。

「お前に答える義務はないよ。」
俺は河野にそう答えてコンビニを出た。

「お前は薄情な奴だな、南明久」
コンビニを出ると赤い少女が退屈そうな顔で俺に言った。
俺は唐突に現れた少女に驚きを隠せなかったが、すぐにどうでも良くなった。

「久々に自分の名前を呼ばれたから誰の事か分からなかったぜ」

「何を言っている、さっきも呼ばれていただろう」

「いや、フルネームでさ、学校の出欠以来じゃねぇかな」

「お前は何故学校に行かないんだ」

「退屈だからだよ」
学校に行かない理由、俺の中で明確な理由など存在しなかった。
ただ、周りに流される生き方に疲れただけなのかもしれない。

「ねぇ、南そこの女の子誰?」

「か、河野まだ居たのか?」

「居たよ~、さっきからずっとここに」

「何で声を掛けなかった」

「それよりその子誰?親戚の子?」
何故、河野がこいつを見る事が出来るのか俺は疑問に思ったが、この場を取り繕う為にどうすれば良いか考える事にした。

「親戚じゃない、私の恋人だ」
と俺がこの場を凌ぐ嘘を考えている間に、とんでも無い事を口にされた。

「えっ、だってどう考えたって、年が合わないんじゃ」
「南君って、少女趣味だったの?」

「ちょっと待て、俺はロリコンじゃない、恋人でもない」
俺は赤面しつつ答える。

「なんだ私が折角空気を読んで助け船を出したのに」
少女が小声で俺に言う。
全然助けられてない上に、河野に入らぬ疑惑を掛けらてしまい俺は困惑した。

「違う、ただの兄妹だ」
俺は結局身内と言う事にした。


「南君って兄妹いたのね、それにしても綺麗な妹さんね」
「妹さんあまりお兄ちゃんを苛めちゃ駄目だぞ」

赤い少女は少し納得のいかない顔をしている様子だった。

「と、取り合えず、お前学校行けよ」

「あっそうだった。でも兄妹揃って不登校なんて…」
「今度南君の家に遊びに行くから、それじゃ」
そう言い残して河野は急ぎ足でその場を去っていった。

「お前あの女に気に入られてる様だな」
「もしや、お前もあの女に気があるのか」
「だから私の考えた恋人説を否定したのか」
赤い少女はうむうむと頷きながら考えていた。

「それはない、お前の設定に無理があったから訂正しただけだ」
「それより、お前何でこんなところにいるんだ?」

「まぁしもべになって貰ったんだから使わないと損だと思ってな」

「それと何故俺以外の人間にも視えるんだ」

「簡単な事だ、実体化してるからだ。お前が私相手に喋っても独り言を言ってる様な感じになるだろ」

「なるほど、そうか、あとお前のお前名前何て言うんだ」

「ルシフェルだ、主の名を忘れるなよしもべよ」

「で、これからどうするんだ?」
「不幸でも集めに行くのか?」

「そんなにお前は仕事をしたいのか?仕事熱心な奴だな」
「今日は私に一日付き合え」

「はぁ」

俺はルシフェルの行動に一日付き合わされる事になった。
2, 1

  

「ねぇあの店、入りましょう」
ルシフェルが喫茶店を指差すと俺は言われるがまま従った。

俺とルシフェルは適当に空いてる席に座り、店員にコーヒーを二つ注文した。
しばらくして注文したコーヒーがテーブルに置かれる。

「何これ黒くて苦い」
ルシフェルが顔を歪める。

「なんだ、お前コーヒー飲んだ事ないのかよ」
俺はルシフェルの綺麗な顔が歪められる事を滑稽に思った。

「私、基本的に実体化しないし、人間の食べるものを口にするって事ないの」
「ふーん、じゃあこれ入れてみろよ」
俺はルシフェルのコーヒーにガムシロップを少し多めに入れる。

「甘くて美味しい」
ルシフェルはどうやら甘党らしい。
俺はシロップもミルクも入れずコーヒーを飲み、ポケットから煙草を取り出し火を付ける。

「ところで、今日これからどうするの?」
「普段人間がしている事を私もしてみたい」
「何故?」
「悪魔は退屈なの、だからたまには刺激も欲しいわ」
悪魔とは退屈な生き物ものらしい。
その点は俺もルシフェルも変わらない様だ。

「でも人間が普段している事も退屈でつまんねぇぞ」
「私にとっては退屈じゃないわ、こうして実体化して明久と話してるだけで面白い」
ルシフェルはそう言い微笑む。

「変った悪魔だなまったく、そう言えばルシフェル、お前お腹とか空かないのか?」
「基本的に実体化しても空腹は感じないわ」
「そっか、でも折角だし何か食っとけよ」
俺はテーブルからメニュー表を取って、ケーキを一つ頼んだ。

「何これ」
注文したケーキが来ると、ルシフェルは滑稽な顔をした。
「ケーキと言う奴だ。多分気に入るはずだ」

「ふーん」
ルシフェルは少し警戒しながら、ケーキを口にする。
その動作が少し猫に似ている気がした。

「さっきのより甘くて美味しい」
ルシフェルは胸やけしそうなくらい甘ったるいケーキを美味そうに食べる。

「たまにはこうするのも悪くないわ」
「そりゃよかった」
「それより、ルシフェルってどれくらい悪魔やってるんだ?」
「まだ60年くらい」
俺の人生の3倍近く生きているのか。

「そりゃ飽きるな」
「でしょ」
「それより、もっと楽しい事したい」
ルシフェルの口にケーキのクリームが付いているのが気になったので、俺はハンカチで拭いてやる。

「気が効くな明久」
ルシフェルは完全に整った容姿をしていてたまに人形と話しているような気がした。
俺は煙草を灰皿に入れ、少し思案する。

「遊園地でも行くか」
俺は何年も悪魔として縛られ続けたこの無垢な少女を楽しませてあげたいと思った。

「遊園地?」
ルシフェルは本当に何も知らない様だった。

店を出た俺とルシフェルは時折感じる視線を避けながら、地下鉄とバスに乗って遊園地に向かう事にした。
ルシフェルは窓から見える景色を物珍しそうに眺めていた。

「お前って悪魔になってからずっとあの街に居たのか?」
「そうだ、あそこが私の管轄地区だからな」
「へぇ~」
生まれてからずっと一人で同じ景色ばかり見て来たのだろうか。

「あとどれくらいで着くんだ遊園地と言うのは」
「もう少しだ」
ルシフェルは待ち切れない様子だ。

そして、しばらくして遊園地に着いた。

「人がいっぱいいるな~明久」
「シーズン時期はもっといるけどな、まだ今日は空いてる方だ」
「これよりももっと増えるのか、凄いなぁ」

その後、ジェットコースターやコーヒーカップなどのアトラクションを堪能した。

「明久、遊園地と言うのは楽しいな」
「まぁ、何回かこれば飽きるけどな」
「私は何回乗っても飽きないぞ」
ルシフェルは目を輝かせながら、俺が売店で買ってきたソフトクリームを頬張っている。
「本当に変わった悪魔だな」
「明久、今度はあれに乗ってみたい」
ルシフェルは観覧車に指を指す。
「あれは今までの物と比べるとそんなに楽しいものじゃないぞ」
「良いんだ、私はあれに乗りたい」
「はいはい」
ルシフェルがソフトクリームを食べ終わるのを待ち、俺は言われるがままに観覧車に向かった。


「高いぞ、明久、人が蟻みたいだ」
「まだ、高くなるぞ」
「おぉ~楽しみだな」
ルシフェルが何故俺をしもべにし、何故人間の生活に興味を持つかぼんやり考えていた。
もちろん分かるはずもない。
でも俺は純粋に今が楽しかった。

「なぁ、明久、私はお前みたいに優秀なしもべを持てて良かったよ」
ルシフェルは唐突に真顔でそんな言葉を口にする。
「優秀って、まぁ普通の事をしただけだけどな」
「お前は優秀だ、主の命令に従順だしな」
俺はさしずめルシフェルの犬って事なのだろうか。
「今日はありがとう」
ルシフェルは礼を述べる。
その時に見せた笑顔がとても綺麗で俺は少し動揺した。

遊園地を出た頃には夕陽が傾き始めていた。

「ところでお前、今日どうするの?」
「どうって、何が?」
「いや、俺は家に帰るつもりだけど」
「なら私も明久の家に行く」
「お、おい、ちょっとそれ本気かよ」
「当たり前だろ、私は宿などないのだから」

前途多難な一日はまだ続きそうだった。
家に着き、部屋に入ると両親は外出中の様だった。
母はどうせパチンコに行っているだろうし、父は飲みにでも行っているのだろう。
相変わらずロクでもない家庭環境だ。

「入れよ、今誰も居ないし」
「うん」
ルシフェルは何故か少し遠慮がちな様子だった。

自室に入ると、俺はいつもの習慣でソファに倒れ込む。
ルシフェルも真似して倒れ込む。

「これはフカフカしてて気持ちが良いな」
「それにしてもお前の部屋何もないな」
俺の部屋は散らかってもないし、特別片付いてる訳でもない。
ただ単純に物が少ないのだ。
ギターやら、漫画やら、雑誌やら、ゲームと言ったものは一切ない。
あるのは机、テーブル、ソファ、ベッド、箪笥で終了だ。
生活に不必要な物は身の回りに置かない様にしてきたのだ。
元々、あまり多趣味な人間でもないし。

「なぁ~、明久」
「何だ?」
「明日は何をして私を楽しませてくれるんだ?」
「また、遊びに行くのかよ」
「良いじゃないか、悪魔にも休息は必要なんだよ」
ルシフェルはそう言うと頬を膨らませる。
「なぁ、何でお前悪魔とかやってるんだ?」
「悪魔はなりたくてなるものじゃない、生まれてくる時に決まっているものなんだ」
「だから、抗えない、従うしかないんだ」
「そうか」
俺は改めてルシフェルが悪魔なのだと言う事を痛感した。
いくら、自分より幼く見えても背負っているものが違うのだ。

「俺はそろそろ眠いから寝たいんだが、お前ソファーとベッドどっちで寝る?」
出来れば押入れとかに隠して置きたいが、流石にそれは気が引けた。
両親が俺の部屋に入ってくる事はまずないだろうが。

「明久と一緒が良い!」
俺は随分悪魔に気に入られてしまったようだ。
「それは無理だ、ルシフェルがベッドで俺はソファーで寝るから」
「しょうがないな、フカフカを譲ろう」
ルシフェルはどうやらソファをいたく気に入っているようだった。
電気を消し、ベッドに入るが、ルシフェルが寝付けない様子だったので俺はルシフェルの話に付き合ってやることにした。
話の内容は主に今日の出来事だった。
遊園地がお気に召したらしい。
遊園地くらいならいつでも連れてってやれるのに。

ルシフェルは話し疲れたのか、しばらくすると小さく寝息を立てていた。
悪魔とは無縁に思えるとても優しい寝顔をしていた。

俺も今日の出来事で疲労が溜まって居たようで寝付くのにさほど時間は掛らなかった。

俺は夢を見た。

辺りを見渡しても草原しかなく、見た事の無い景色なのにどこか懐かしく。
心地よい風が吹き、青空が清々しく、雲が穏やかに流れていく。

歩き疲れた俺は芝生の上に仰向けになる。

このまま、ずっと時が過ぎれば良いのにと俺は思う。

現実では時間は残酷に時を刻むし、積み重なった時間はもう取り返しのつかない何かに変わる。

後戻りの出来ない焦燥感、不安、虚無感。

そして、夜は更けていく。
4, 3

  

ソファで寝たせいだろうか、身体の節々に痛みを感じる。
室内は薄暗く、ぼんやりとした頭で机に置いてある携帯を開き時間を確認する。

―――AM8:45―――

どうやらもう朝を迎えていたらしい。
雨音が外から聞こえる。
カーテンを開けるとどんよりと曇った空の景色が目に入り陰鬱な気分になる。
ルシフェルはまだベッドで寝ているようだ。
俺は戸を開けサンダルを履きベランダに入り、煙草に火を付け紫煙を曇らす。
悪魔のしもべになり、悪魔と生活を一緒に共にする。
ルシフェルと居て退屈は感じなくなったが、それが自分にとって良い事なのかも分からない。
まるで空は俺の心模様を写しているかのように感じた。
「明久~どこ~?」
室内から声が聞こえる。
ルシフェルが起きたようだ。
「ベランダ」
「ベランダ?」
ルシフェルは声のする方に向かってとことこ近づいてくる。
「おはようルシフェル」
「おはよう」
俺はベランダに置いてある灰皿に煙草を捨てて部屋に戻る。
「今日は何か嫌な天気だな~」
「そうか、私は雨も好きだけどな、静かで良いじゃないか」
ルシフェルは笑顔を見せながら答える。
寝起きなのに寝癖は無く、髪は艶やかな状態を保っている。
「今日はどこに行くんだ?」
「ん~取り合えず、朝飯でも食いに行くか」
俺は大して空腹を感じてなかったが、じっとしているのがなんとなく落ち着かなかったので、家から出たかった。
「そうだな~」
とその時、呼び鈴が鳴った。
誰だろうか。
まさかクラスの担任とか、セールスマンか、宅配便か……。
「ちょっと待ってろ」
俺は自室から出て玄関に向かう。
リビングも寝室も静け返っている。
まだ親父もお袋も寝ているのだろうか。
玄関のドアを開くとそこには河野由美が立っていた。
「おはよ~! 早速遊びにきたよ!」
俺は唐突に現れた人物に対し、驚きを隠せなかったが、すぐに冷静に戻りドアを閉める。
「ちょっと待ってよ~南!」
「差し入れも持って来たよ~!」
「ねぇ~開けて下さい~!」
「居るの分かったから、ずっとここに居座るよ!」
このまま玄関前で騒がれるのも嫌だったので仕方なく河野を家にあげる事にした。
「お前来るのはえぇよ、何時だと思ってんだよ」
「ん~良いじゃん、どうせ暇でしょ、それより妹さんは?」
俺と河野はそんなに親しい仲ではない。
何故こんなに慣れ慣れしく接してくるのか、少しめんどくさく感じた。
河野は別に目を引くほどの美人でもないし、勉強が特別出来る訳でも運動が特別出来る訳でもない平凡な女子高生だ。
「俺がいつも暇しているみたいな言い方はよせ」
「だって、事実でしょ~」
一々勘に触る女だ。
「それより妹さんは~」
「お前さっきからそればっかだな、俺の部屋にいるけど」
俺は河野を自室へと誘導する。
「あぁ~妹さんおはよう~!」
「なんだ、この女は」
ルシフェルは興味ない顔で答える。
一応面識はあるのだが、すっかり忘れているらしい。
都合の良い頭だと思う。
「明久~お前の彼女か?」
「違う、ただのクラスメイトだ」
「っていうかお前一度会ってるだろ!」
「やっぱり、妹さんお人形さんみたいで、綺麗~美人~華蓮! そして南と全然似てない!」
朝から河野はルシフェルを目のあたりにして興奮しているようだった。
「それより妹さん名前って何て言うのかな?」
河野はルシフェルに問う。
「ルシフェルだ」
「あれ、るしふぇる?ってどういう漢字で書くのかな? 当て字?」
「南の家ってハーフだったけ? でも南は普通に日本人って顔だし」
「あぁ~親がその場のノリで付けた名前なんだ、俺の親適当だし」
「そうなの! でもルシフェルってますます可愛い~~~」
「明久、この女うるさいぞ」
ルシフェルは河野の態度がめんどくさい様だ。
「そうだな」
「南~この子私に頂戴~!」
河野はどうやらルシフェル目当て俺の家に押しかけたらしい。
「お好きにどうぞ」
「明久~お前、主を裏切るのか」
ルシフェルは小声で俺に言う。
「良い退屈凌ぎになるぞ」
ルシフェルは若干殺意を込めた眼差しを向ける。
後で殺されるかもしれない。
「それより、何か持って来てんだろ、早く食わせろ」
「なんで食べ物になるの~、ルシフェルちゃんのお洋服に決まってるじゃん」
「……そうきたか」
河野がルシフェルに抱きつくと目が光る。
「さて、お着替えしましょう~」
「ちょっと、バカ離せ~」
河野が強引にルシフェルの着衣を取ろうとする。
「明久~何やってるんだ私を助けろ!」
俺は取り合えず部屋を出る事にした。
河野に対抗するのもめんどうだし、何より疲れるからだ。
リビングに行き、空っぽの冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぎ飲み干す。
寝室を少し覗くと、親父も、お袋も居なかった。
また遊びに出掛けているのだろうか……。
親父もお袋も最近、帰って来ない事が多い。
昔は親父もお袋もTVドラマかなんかに出てくる理想的な夫婦だった。
朝食や夕食も家族で摂り、休日は家族で出かけたりもした。
親父の会社が倒産してリストラに合ってから、家族の間に亀裂が入ったのだ。
それはとてつもなく、大きな亀裂だった。
役職についてた事もあって、貯金もそれなりにあるし、親父の祖父が大企業で重役についていたので金銭的な援助も多少してもらえている。
いつまでも親にしがみ付いている情けない親父にお袋は見切りをつけたのかもしれない。
離婚するのも時間の問題だと思う。
俺はポケットに鍵と煙草が入っている事を確認すると外に出た。
雨がポツポツと降り、地面に水たまりを作っている。
俺は適当に傘立てから傘を取り、近所のコンビニへと向かう事にした。
雨が傘にあたり、時折衣服に水滴が付着する。
街ゆく人もどこか忙しそうに見える。
コンビニに着き、いつもの様にパンと缶コーヒーを買う。
店員もどこかやる気なさそうな態度でスタッフ同士で雑談を楽しんでいるようだ。
俺は早々とコンビニを出て、帰路に着いた。
家に帰るまでの道のりをただ、ぼんやりと歩く。
雨の音と車の行き交う音だけが虚しく感じる。
家に着き鍵を開け、部屋に入ると自室から物音が聞こえる。
「お~い、俺だけど入るぞ」
俺は自分の部屋なのに何で断りを入れているのだろと多少疑問に感じながらもドアノブを開ける。
「待て~! 入るな明久」
ルシフェルだろうか、若干興奮気味に声を荒げている。
「南~入って良いよ~」
今度は河野だろうか。
どっちの言葉を信じれば良いのだろう。
迷った挙句、俺はドアを開ける。
「あっ明久~入ってくるなと言っただろうが」
ルシフェルが赤面しつつ俺に反抗する。
「どう~可愛いでしょ!」
「ルシフェルちゃんメイドバージョンです!」
河野は満たされた顔で俺に言う。
「私の服を返せ!」
「駄目~! 当分はこれがルシフェルちゃんの服です」
無理やり着させられたのだろう、ルシフェルはご機嫌斜めな感じだ。
「ねぇ~南! ルシフェルちゃん可愛いよね~!」
「悪くないと思うぞ」
俺は面倒だったので適当に答える。
多分ルシフェルに似合わない服なんてないだろう。
ルシフェルの容姿が既に基準外なのだから。
「あぁ~! 明久コンビニに行っていたのだな」
「そうだけど、パンとコーヒーを買ってきた」
「私のは?」
「わりぃ、忘れた」
今までずっと一人分しか買っていなかったので習慣だろうかすっかり忘れていた。
「南~! 私のは?」
「お前のがあるわけねぇだろ」
二人して凄い形相で俺を睨みつける。
食べ物の恨みだろうか。
「じゃ~お前の分をよこすのだ!」
「そうだ! そうだ!」
河野もルシフェルに加勢する。
これはNOと言える雰囲気ではなさそうだ。
俺の直感がそう言っていた。
「良いよ、そこまで言うならやるよ」
「優しぃ~! 流石南!」
「お前のはねぇよ」
俺はルシフェルにパンとコーヒーを渡す。
「ほらよ」
「ふむ、良い心がけだ。」
ルシフェルはメイド服のフリフリ姿で俺の買ってきたパンを食べる。
なんだか、滑稽な様子だ。
「うむ~これも甘くて美味しいな明久!」
「そりゃ餡子が入っているからな」
「ルシフェルちゃん甘いの好きなの?」
「まぁな」
「じゃ~お姉ちゃんと一緒にケーキ食べに行こう!」
ルシフェルは少し考える素振りをする。
「う~ん、明久が来るなら行く!」
「えぇ~南も来るの?」
「俺も行くのかよ。 河野と二人で行ってこいよ」
「こいつと二人でいると危険過ぎるんだ」
「良いじゃんどうせ南暇でしょ?」
「だから、いつも俺が暇みたいな言い方はよせ」
「事実じゃん!」
「はぁ~分かったよ」
ルシフェルは俺がなくなく承諾すると、途端に上機嫌になる。
そんなに好きなのか、ケーキ。
「じゃ~、私そろそろ行くわ~! ルシフェルちゃん堪能出来たし、ケーキの約束も出来たしさ」
「あれ、今日行くんじゃねぇのか?」
「また日を改めましょう~!」
「自分勝手な奴だなお前」
「じゃねぇ~!」
「あっ待て私の服を返せ~!」
ルシフェルの声も届かず河野は姿を後にする。
「あの女何を考えているのだ」
「お前相当気に入られた様だな」
「羨ましいのか?」
「馬鹿言うな」
今日もそんな感じでゆったりと時間は流れていく。
「今日はどうするのだ?」
「外は雨だし、家で過ごそう」
「私は遊園地とやらに行きたいぞ!」
「いや、雨だぞ」
「お前の部屋は何もないからつまらんのだ」
「しょうがないな、映画でも観に行くか?」
「映画?」
「あぁ~行って見れば分かるよ」
「それは面白いのか?」
「それも行って見れば分かる」
「おぉ~楽しみだな!」
俺はルシフェルの要求に渋々従い、家を出る準備をした。
6, 5

  

傘を差し再び、ルシフェルと共に家を出る。
空の濁った色が視界に入る。
「お前のその格好やっぱり目立つな」
「仕方ないだろ! 私だって好きで着ている訳ではない」
メイド服を着たルシフェルは頬を膨らませる。
「服もついでに買っておくか?」
「それより私は映画とやらが早く観たいのだ」
既にルシフェルの頭の中は映画の事で一杯らしい。
雨なのかいつもより人気は少ない様に感じた。
「あそこの交差点を右に曲がって少し歩けばすぐ着くよ」
「ふむ。 楽しみだな!」
俺は今の時期に何が上映しているか少し考えていたが、普段映画を見ないので分かるはずも無かった。
ルシフェルが時折水溜りを踏んで驚く様子がおかしく、その度に俺は笑う。
「着いたぞルシフェル」
「ほぉ~でっかい建物だな」
ルシフェルは関心した様子で建物を見上げる。
「おい、ぼ~っとしてないで入るぞ」
「うむ」
館内に入ると今上映されている映画のポスターがいくつか貼られていた。
サスペンスと、ラブロマンス。
どれも特別興味をそそられる内容では無かった。
ルシフェルにどちらが良いか尋ねる。
「両方観たい!」
「それは無しだ」
「じゃ~こっち」
ルシフェルはサスペンス映画の方へ指を差す。
「ん~じゃこれにするか」
「明久。 お前適当過ぎるぞ!」
映画の内容は犯人が身代金誘拐の為、人質を取り、監禁して探偵である主人公がその犯人を突き止める内容だった。
「それより、売店で何か買っていこう。 上映時間まで少し時間があるし。」
「何が売ってるんだ?」
「ん~ジュースとかポップコーンとか」
「ポップコーン?」
「あぁ結構美味いぞ」
「お前はここで待ってろよ、俺が買って来る」
「うむ、悪いな」
俺は売店へと足を運ぶ。
「すいません、この映画のチケット欲しいんですけど、高校生1枚、子供1枚」
「はい、かしこまりました」
「あと、オレンジジュースとコーヒーとポップコーン2つ」
「ポップコーンはキャラメル味とバター味がありますが、どうされますか?」
「じゃあキャラメルとバター一つずつ」
「サイズはいかがなさいますか?」
ポップコーンにサイズがあるのか、めんどうだな。
「じゃ~キャラメルをLサイズ、バターの方はMサイズでお願い」
「かしこまりました。 ご注文内容はこちらでお間違いなかったですか?」
「あぁ、それで」
「では、お会計させて頂きます」
「はい」
俺は清算を終えて、ルシフェルの元へ向かう。
「はいよ、お待ちどうさん」
「遅いぞ! 明久、待ちくたびれたぞ」
「お前はわがままだな、はい、これ」
「何だこれは」
「ポップコーンだ、甘いの」
「おぉ、甘いんだな」
「上映始まる前に全部食うなよ」
「明久、これ美味いな!」
「はは、そうか良かったな」
「さてそろそろ映画始まるみたいだし、行くか」
上映が終わって人がぞろぞろと出てくる。
「うぁ明久人が一杯出て来たぞ!」
「あぁ、俺達も入るぞ」
ルシフェルの手を引き俺は館内へ入る。
「真っ暗だなぁ~明久」
「ここでは大人しくしてろよ、でっかい声とか出すなよ」
「私はいつも大人しくしているではないか」
「そうだな、じゃその調子で頼むわ」
ルシフェルは上映が始まるまでポップコーンとジュースに夢中だった。
だが、映画が始まると、巨大なスクリーンに映し出される映像に驚き、時折迫力ある音響にビクつきながらも釘付けになって観ている様子だった。
そして、2時間弱の上映が終わる。
館内から出て、俺とルシフェルは食べ終わった飲み物とポップコーンの容器をゴミ箱に捨てる。
「明久! 映画とやらも中々面白いな!」
「そうか、そりゃ良かった」
「あの犯人中々頭の回る者だったが、主人公があそこで犯人を誘導し罠を仕掛けるところとか、人質を助ける執念に感服したぞ」
「そうだな」
「明久、私の話ちゃんと聞いてるか」
「あぁ、聞いてるぞ。 それよりこの後どうする?」
「そうだなぁ~、私は遊園地に行きたいぞ!」
「それは無しな。 雨降ってるしな」
「家で大人しくゲームでもやるか」
「ゲームってお前の部屋何にもないじゃないか」
ルシフェルは帰り際も今日観た映画の事を熱心に話たりしていた。
俺はルシフェルと出会ってしもべになってから一度も悪魔らしい事をしてない事に疑問を感じながらも帰り道を歩いた。
「なぁ、明久。 私は一体何の為に生まれて来たんだろう」
「人を不幸にする為じゃないか」
「それはもう飽きた。 チェック」
「ん~ルシフェルお前、結構物覚え良いな」
「負け惜しみか、これでチェックメイト」
家に帰ってきてからチェス、ポーカー、将棋、オセロ何かを延々とやっている。
TVゲームとかは金がないので無理だ。
ルシフェルはゲームの呑み込みが早くどのゲームも回数を重ねる度に俺の勝率は下がって行った。
「参りました」
「明久~ゲームとやらも面白いがお前が弱いからそろそろ飽きてきたぞ」
「ん~、まぁ俺あまりこういうのは得意じゃないんだよ」
「そろそろ眠たくなってきたので寝るぞ」
「そうだな」
そう言って部屋の明かりを消す。
俺はソファーにもたれ掛かる。
「明久、たまにはベッドで寝た方が良いんじゃないか。 私の隣空いてるぞ」
「ん~俺はこっちの方が落ち着くんだ」
「変った奴だな。 フカフカも良いがフモフモの方がもっと良いぞ!」
「気に入って何よりだ」
「明久」
「ん?」
「おやすみ」
ルシフェルは何か言いたげな顔をしていたが、そう言うと布団の中に潜り込んだ。
「あぁ、おやすみ」
俺はルシフェルに言葉を返し、瞳を閉じた。
何となく分かっていはいた。
こんな日々がいつまでも続く事が無いって事を、それでも俺は気付かないフリをしていた。



朝目が覚める。
雨も上がり、カーテンから陽の明かりが漏れる。
「明久おはよう!」
「おう、珍しく早起きなんだなルシフェル」
「お陰でお前の間抜けな寝顔を見る羽目になってしまったぞ」
「はは、悪かったな」
「今日はどうするんだ?」
「ん~、そうだな」
「ケーキでも食べに行くか」
「お~! それが良い」
ルシフェルは途端に顔を微笑ます。
単純な悪魔だ。
「じゃ~行くか、適当に時間潰したら行くか。 俺はちょっと寝起きの一服を」
「私はフモフモをもう少し堪能する」
ベランダから見える景色、いつも見慣れた景色なのに何故かいつもと違う様に感じた。
いつも吸い慣れた煙草も今日は不味く感じ、吸いきらない内に灰皿に戻した。
ピーンポーン。
俺がベランダから戻ろうとした瞬間にチャイムが鳴る。
嫌な予感しかしない。
ピーンポーン。
「明久誰か来たみたいだぞ」
「こんな時間に来るのはあいつだろ。 ちょっと見てくる」
玄関に近付き、ドアの覗き見から確認する。
「南~! 遊びに来たよ!」
そこにはやはり河野の姿があった。
俺の勘は当たった。
俺はしぶしぶドアを開ける。
「南! おはよ~! 今日はすぐに開けてくれたね」
「後々めんどくさそうだからな」
「るしピーいる?」
「変なあだ名で呼ぶなよ」
「あらら、もしかしてジェラシー?」
「南だけにるしピーを独占させる訳にはいかないのよ」
「してねぇよ」
河野は相変わらずの様子だ。
「さてと~今日もるしピーを堪能するぞ」
そう言うと俺を置いて足早に河野は俺の部屋に向かった。
「おはよ~! るしピー! 朝からメイド服でお出迎えなんてもう鼻血が」
「お前が勝手に着させたんだろ!」
「しかも、ツンデレですか! キャー」
「明久やっぱりこの女めんどくさいぞ」
「まぁ、慣れるしかないな」
「慣れるのか?」
「意識しないのがコツだ」
「そうか」
「また兄妹二人の世界ですか! 私も混ぜなさい!」
「明久どうやら私には無理そうだ」
「頑張れ」
穏やかな朝が河野の乱入により騒がしい朝に変貌した。
恐ろしいやつだと思った。
「ねぇ、ケーキ食べに行きましょう」
「行ったじゃん食べに行くって」
「あぁ~そう言えばお前が呟いてたな」
「なにそれ、独り言みたいに言わないでよ。 いっとくけど、南はどうでも良いんだから」
「はいはい、ルシフェルだろ」
「違う、るしピーだよ!」
「その柿ピーみたいな言い方はよせ」
「明久柿ピーってなんだ? 甘いのか?」
「るしピーをそんなのと一緒にしないでよ」
「あぁ~もう良い。 良しケーキだろ、さっさと食べに行こう」
「駄目~! るしピーと買い物に行くんだから」
「買い物?」
「言っとくけど、買い物する余裕なんてないよ」
「ふふふ、私は伊達にバイトばっかりしてないのよ」
「お前が持つんだな。 なら好きにしろ」
「ルシフェル、良かったな新しい服買って貰えるっぽいぞ」
「私は服よりケーキが食べたい」
あぁこいつの頭はそれだけか。
「じゃ~行きましょう!」
こうして今日も一日が始まった。
8, 7

  

周囲から時折視線を感じながら、俺とルシフェルと河野は街を歩く。
一体どんな風に思われているのだろうか。
まぁ周囲になんと思われようとどうでも良い事だが。
「なぁ、どこに連れていく気だよ」
「南、あんたには関係ないわ!」
河野は相変わらず俺に対して強い口調で答える。
「私とるしピーとの大切な時間を邪魔しないで!あんたはただのオマケなんだから」
どうやら俺は河野にとってただのオマケらしい。
それも俺にとってはどうでも良い事だが。
「私は早くケーキが食べたい!」
すっかりケーキの虜になってしまっている哀れな悪魔だ。
でも俺はそのしもべだから、更に哀れなのか…。
それもどうでも良いだが。
「お姉さんがいくらでも食べさせて上げますからね~!」
そう言って、ルシフェルの頭を撫でる河野。
上機嫌だ。
「あっ、一つ目の店発見!!!」
そういうと河野は、ルシフェルの手を引っ張って走り出す。
「るしピー行くよ~!」
河野はルシフェルの手を掴み颯爽に駆け出して行き、俺はその場に取り残される。
「……まぁ、俺オマケだしな」
「さて、折角だから俺も何か見ていくかな」
結局俺達は別行動を取る事になった。
そして、俺は商店街をブラブラ一人で散策する。
大きい紙袋にポスターを山ほど入れた奴や、髪を明るく染めたガラの悪そうな奴や、メイド服を着ながらビラ配りをするもの、観光に来た外国人などが、ごった返してた。
「ねぇ、お兄さん何か買ってかない?」
ブラブラしてると露店の女に話掛けられた。
「金あんま持ってないぞ俺」
「うちはリーズナブルだから」
彼女は笑いながら俺に言う。
彼女はとても奇抜な格好をしていた。
髪は紅蓮の様に赤く、瞳は青と緑のオッドアイ。
なのに不思議と彼女に似合っていて違和感を感じなかった。
「このアクセとかどう?」
「いや、俺はそういうの興味ないし」
「じゃプレゼント用とか!」
「プレゼント?」
「お兄さんも気になる女の子の一人や二人いるでしょ」
生憎そういう対象の女はいなかったが、折角だし悪魔用に何か
見ていくことにした。
「じゃあ、女用で手軽なやつとかあるか?」
「おっやっぱり。これとかどうです?」
女は手際良く、ショーケースの商品を紹介する。
値段はまぁ、そこそこって感じだ。
俺は一通り商品に目を通し、銀色の髪飾りに目が行く。
「それ気になるな」
「あぁ、これ?」
「そうそれ、値段付いてないし、いくらなんだ」
「これは私が一番初めに作ったものなの」
少しぎこちなさを感じるが、透かし彫りにしてある、蝶がとても綺麗だった。
「へぇ~、じゃそれが欲しい」
「良いの? こんなんで?」
「おい、俺は客だぜ。もっと自信を持って売って欲しいものだぜ」
「ありがとう! そか、こいつともお別れか」
「思い入れのあるものなのか? なら無理にとは言わない」
「良いよ。お兄さんになら。今日お別れする運命だったんだよ」
「サンキュー、でいくらだ」
「タダで良いよ」
「良いのかよ」
「処女作だし、何か気に入って貰って嬉しかったから」
「ありがとう」
「ねぇ、それプレゼント用なんでしょ?包もうか?」
「悪いな」
「はい」
丁寧に包装された品を渡され、俺は彼女に最後に深く礼を言いその場を後にした。
そうしてぶらぶら商店街を散策していると、後ろから声が聞こえた。

「明久~!」
「あっルシフェルじゃねぇか」
「河野は?」
「あの女と一緒に居ると私の身が持たないから、逃げて来たのだ」
「なるほど」
「まぁ、取り合えず合流しとくか」
「折角逃げて来たのに、また呼ぶのか」
「大丈夫だ、俺が何とかするよ」
「ほ、本当か。流石我がしもべ」
俺はポケットから携帯を取り出し河野に電話する。
「おい、今どこだ?」
「あっ南?ねぇごめん、るしピーどこ?見失っちゃって…」
「今一緒にいるけど」
「良かった~!」
「取り合えず、本人疲れてるみたいだしどっかで休もうぜ」
「わかったわ~しょうがないなぁ。るしぴーは…まだ半分もお店回ってないのに」
「俺も腹減ったしよ」
「ん~じゃ、銀の時計台の下に来てね~!」
「はいよ~」
そうして、俺は携帯を切る。
「明久~、早くケーキが食べたい」
「本当にそればっかだな。時計台のとこで合流らしいし、行くぞ」
「うん」
俺とルシフェルは雑踏の中人混みを避けながら歩く。
しばらく歩いていると目的地の時計台まで付いた。

「あっやっときた~!」
河野は既に待っていたようだ。
「おう、待たせたな」
「南は別に待ってないけど…おかえりーるしピー!」
「はぁ~明久私にこいつを意識しないコツを教えてくれ」
ルシフェルはとことん河野と相性が悪いらしい。
「服も買って貰ったんだし。ちゃんとお礼言えよ」
「む~不本意だけど…ありがとう」
「きゃ~~るしピー可愛い! お姉さんが何でも買ってあげるからね!」
河野は終始変らぬテンションだ。
「で、店はどこにする? 俺はこの辺あんま詳しくないんだけど」
「ふふ~ん、私に抜かりはないのよ。この先少し行くとケーキ屋があるの。落ち着いた感じのお店でケーキの種類も豊富だし、凄い人気のある店があるんだよ」
「そんなに人気だと結構待ちそうだな」
「私の友達がそこで働いてて、今日行く事言ってあるから前もって席取って貰ってるの」
「へぇ~手回し良いな。もっと別なところで活かせよ」
「うるさい!」
俺達は雑談を交えながらも河野お勧めの店に足を運ぶことになった。
「あっここだよ!」
河野が指を差す。
レトロな感じの店だった。
店の周囲は商品を購入した客やこれから入店する客が出入りしていて賑やかだった。
女性が多かったが、若い子も居れば、40~50代くらいの女性もいる。
色んな年代に支持されているようだ。
「さっ入ろ?」
せっかちな河野が手招きをする。
「おう、いくぞルシフェル」
「うん」
店内に入ると落ち着いた照明や、手作りらしい小物が綺麗に並んでいた。
オルゴールのBGMが掛っており、いかにもメルヘンちっくな感じがした。
中にはカップルやサラリーンマンなども居て、各々楽しんでいる様子だ。
「由美ちゃんいらっしゃい」
黒髪でポニーテールの女の子が奥からやってきた。
「あっ奈緒ちゃんやっぱり制服姿可愛い!!!」
どうやら河野がさっき言っていた、友人らしい。
「席空けといたからこっち来て」
「それにしても由美ちゃんの言ってた通り可愛くて綺麗な妹さんですね」
「……結構生意気だし大変ですよ」
「明久私のどこが生意気なんだ!」
ルシフェルは頬を膨らませ怒る。
「きゃあ可愛い。私もこんな妹欲しかったな」
「ねぇ!奈緒ちゃんも思うよね!」
女同士意気投合している様子だ。
「じゃあ、あの注文決まったら呼んで下さいね」
そういうと、河野の友人はまた厨房に慌ただしく向かっていった。
「はいこれメニュー」
河野からメニュー表を渡される。
俺は甘いのなんて興味ないんだけどな。
「るしピー何にする?」
「私はイチゴのショートケーキが良い!」
「即答かよ。折角なんだしちょっと違うの頼んでみたら良いんじゃないか?」
と言うか他にケーキの種類を知らないのかも知れないが。
「ん~まぁ王道だし良いと思うよ。ここのは何でも美味しいから!」
河野は自信満々に言う。
「俺はチーズケーキでいいや」
「兄妹揃って決めるの早いわね」
「私はモンブランとラズベリーパイとエクレアとシュークリーム頼もうっと」
「頼み過ぎだろ…太るぞ」
「甘いものは別腹なの。るしピーも他に食べたいのあったらどんどん頼んで良いからね」
「あっ南あんたは自分の分、自分で払いなさいよ」
一々高圧的な態度に出る河野が少しめんどくさい。
「ケチくさいな」
まぁ、良い。俺はケーキに興味ないし。
「よし、ルシフェル好きなだけ頼むと良いぞ!」
河野の財布の中身が空になるまで食べ尽くせば良い。
「わーい」
ルシフェルもようやくいつもらしさを取り戻していた。
窓から漏れるちょっとした光や、コーヒーや甘い匂いがする店内は河野が言う様に悪くなかった。
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黒 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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