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深い森の奥。
一人の少女が、魔物に囲まれていた。
少女の周りには、人間の死体が、10体ばかり転がっている。
「どうしてこうなったのよ……ッ」
帝国魔道局支給品の魔杖を握る手が震えている。
顔は青ざめ、目には涙が浮かんでいる。
そこには、帝国髄一の魔術師エーコ・ハミルトンの面影はどこにも無い。
<<無様。無様。この人間、無様>>
猿とイノシシを混ぜたような醜悪で狡猾なその魔物が、
不快な声で嘲笑の言葉を浴びせる。
<<お前。もう。死ね>>
殺意をたっぷり込めて棍棒を振り上げた時、エーコが叫んだ。
「まッ…、魔法で、強くしてあげるからッッ!」
棍棒が振り下ろされる。
ぼぐッ……、と嫌な音が響いた。
「ぐ…あッ…あああッ…ッ」
帝国支給品の、対魔道結界が施されたローブを装着していたので、致命傷には至らない。
それでも、軽傷とは言えない傷を彼女に負わせた。
エーコはなおも魔物たちに必死に語り掛ける。
「ほら、強くなって、もっと人間を殺したいんでしょう?!
人間との戦いの前に、補助魔法を使ってあげる!!
な、なんだったら、回復魔法も使ってあげる!!
あなた達の低レベルな魔法と違って、帝国の魔法レベルはとっても高度なんだから!!
それに、私はこう見えても、将来を嘱望された魔術師なの!!」
トドメを刺すべく、先ほどの魔物が再度棍棒を振り上げようとした、その時、
魔物の集団の中でも、身体の大きな個体が声を出した。
<<お前。俺達に。回復魔法や補助魔法。使うか>>
エーコが、ひきつった笑顔で、震えながら答える。
「そ!そうです!そうです!優秀な帝国魔術師のエーコは、
今日から貴方魔物さんたちのために、その力を如何なく発揮させて頂くことを決めました!」
<<お前。恥ずかしくないか。>>
「素敵で頑張る魔物さんたちのサポートをさせて頂けるなんて、光栄の極みです!」
<<プッ…>>
<<ギャアアアwwww>>
<
魔物の一匹が笑うと、残りの個体もつられて笑い出した。
嘲るような、勝ち誇ったような、そんな笑い。
そして帝国の将来を、いや、人類の将来を担うはず「だった」少女の顔にも血色が戻る。
「あは……、ご歓迎頂いたようで!エーコは嬉しく思うですよー!!」
<<プギャアアアwwww>>
<<プギャプギャーーーーm9(^Д^)wwwwwww>>
「あは、あははははは……」
このように。
人類の英知である魔道技術が、本格的に魔物側に流出した歴史的瞬間は、
後世想像されるような重苦しいものではなく、少女と魔物が笑いあうなかで発生するという、
実に滑稽なものであった。