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魔物の中にも、聡明な個体とそうでない個体がいる。
そして人間以上に、その個体差は大きいといえる。
◇
「…これで…、この方のは…完了……です」
今日も一日補助魔法をかけ続けたエーコは疲労困憊していた。だが。
<つぎ。いけ>
「……え」
指揮をとっていた魔物が、容赦のない一言。
魔法の詠唱には、魔力を消費する。
限界を超えて詠唱を続けると、廃人になる恐れがある。
<はやく、しろ>
魔物の声に、僅かながら怒気が混ざる。
しばらく休養をとれば魔力は自然回復するが、この無知蒙昧で低級な魔物どもに、そんな理屈が通用するかどうか。
サボタージュと受け止められるかもしれない。用無しと判断され、殺されるかもしれない。
「…あ…の、きょ、今日は、その……明日…はッ…えぐっ…」
元来、エーコは内気な少女である。
今まで自分の生命を担保していた「補助魔法の提供」という手段が使えなくなり、突如として恐怖が押し寄せてくる。言葉が言葉にならない。
<何?何言っているか?>
「ですッ……ぐ…か、ら……」
魔物の群れに不穏な空気が流れだしたとき、エーコの後ろで、斧を持っていた個体が、突然口を開いた。
<魔力の一時的な枯渇だ。休ませれば、回復する>
思わぬところからの助け舟に、エーコは一瞬喜びの表情を見せたが、すぐにそれを消すような発言が出る。
<魔力枯渇したなら、そいつもう役立たず>
<みんなで、食う>
<魔術師の肉、うまい。極上>
一斉に、群れがざわめく。
「えっ?…えっ?あの…ッ!」
我慢ならぬと、近くにいた個体が、エーコに襲いかかる。
「ひッ――!」
が、その個体は、斧を持った個体に阻まれ、なんとか彼女は死なずにすんだ。
<なぜ。なぜおまえ邪魔する>
エーコを襲った個体が、斧を持った個体に怒りを向ける。
斧を持った個体は、冷静に、しかし力強く反論する。
<休ませて、今後も補助魔法を使わせたほうが、より大きな利益を享受できるからだ>
襲いかかった個体はまだ何か言いたそうだったが、斧を持った個体の方が、群れの中の地位が上なのだろう。
渋々といった雰囲気で引き下がる。ほかの個体も、各々ねぐらに帰ったり、水場に向かったりしていく。
「…あ、あの!助かりました!ありがとうございます!」
危機を脱したエーコが、斧を持った個体にお礼を言う。
無愛想な彼女にしては心の底から感謝の気持ちを述べたつもりであったが、<彼>は特に感じるところも無く、
<しっかり休んで、明日に備えろ>とだけ言って去って行った。
もちろん、魔杖を取り上げ、見張りをつけて――