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悲惨

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 悲惨。

 俺の人生を一言で表すのなら、その言葉が一番しっくり来るだろう。

 両親に見捨てられて預けられた施設では、くだらない理由でいじめられ、軟弱者と罵られ、貧乏人と蔑まれ、やり返す力も勇気もなく、ただひたすらに助けを求め、そしてまた見捨てられる。
いつしか俺は、『死』を望んでいた。

 手首には無数の切り傷、飛び降りて入院する事もしばしば。それでも俺はしぶとく生き続けている。何度も手首を切り裂き、何度も飛び降り、何度も死のうとしながら、生き続けている。

 自分は何故死ねないのか、本気で悩んだ事がある。こんなにも死を望んでいるというのに、何故生きてしまうのか。幾度も幾度もうんうんと唸り、考えて、最近わかった。

 怖いのだ、自ら望んでいる「死ぬ」という事が。死ぬ勇気がないのだ、情けない事に。

 自分の手首を切り裂く時、手が震えていた。飛び降りる時、足元が竦んでいた。別に考えなくともわかる事だった。切り傷は手首から遠く離れていたし、飛び降りる高さなんて、せいぜいマンションの2階より少し高い程度。


 死にたいと望んでおきながら、俺は死ぬのが怖かった。

 死にたい、死にたい、死なせてくれと毎日懇願した。かくしてその想いは神に届いたようで。


 脳炎。

 病気などの抗体が誤って脳を攻撃し、脳に炎症が起こる原因不明の病気、らしい。

 そんな死に至るような病気が、まるで神に祈りが通じたかのように俺を蝕んでいた。最初は軽くぼーっとして熱っぽいだけだと思っていたが、入院中の定期検査にて発覚したのだった。

 とても嬉しかった。医師は「治療法がある」と言ってきたが、俺にそんな金はないし、出してくれる人もいない。何より、とうとう死ねるのかと、うきうきしていたほどだ。

 病院側としては引き取り先のない死体が増えるというのは多少迷惑だろうがそんなもん知った事じゃない、俺は早く死にたかった。自分では殺せない自分を、この病気に殺してほしかった。俺は満面の笑みを浮かべて、自らの死を受け入れた。

 そんな俺を、医師が『お前は狂っている』とでも言いたそうな目で見ていたのを覚えている。

 熱はあったし頭ははっきりしないし吐き気もする、更には手足も少し痺れているような感覚に襲われていたが、俺の心は人生で最も輝いていた。
3, 2

  

 ある日、父に出会った。

 足音すら気になるほどの静けさに包まれた病院の廊下での事だった。

 俺を見た父は目を丸くして、じっと見つめてきた。数年ぶりだというのに、顔だけは覚えていたらしい。隣には見知らぬ女性が付き添っていた。なるほど、俺の母とは縁を切ったか。

 病気のせいで足元がおぼつかない患者服姿の俺は、傷跡の残った手首と飛び降りた傷を包んでいる包帯が丸見えで、その姿を見た父は「滑稽だな」と俺を侮辱する。

 俺は耐えた。いや、耐えたなんて立派なもんじゃない、『言い返せなかった』。男だから、なんて理由で俺を捨てた父に憎しみを抱くも、何も出来ない自分が腹立たしい。

 しかしわざわざ俺を侮辱しに病院に来た訳ではないのだろう、その手には花を携えていた。

「お前と違って、いい娘が産まれたよ」

 訳を聞くと、そう答えた。心底憎たらしい。

 父はふんっと鼻を鳴らしてきびきびと歩き始める。隣の女性は複雑そうな顔をしつつも、俺にぺこりと頭を下げ、花を両手に持つ男の後を追っていく。

 ――何故、俺の母はあの人じゃなかったのか。そう思えるくらいには、俺は小走りに去っていくあの人に、僅かながら好感を抱いていた。
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