マリンと呼ばれた乙女と対峙した高橋は明らかにうろたえていた。
倒すべき敵が年端もいかない美少女なのだから、ジェントルマンである高橋が動揺しないはずがない。
「どうしたマスター高橋、中学生以上はババアじゃないのか?」
それとは対照的に、余裕しゃくしゃくの様子で金髪サラサラヘアーを掻き上げる後堂エム。
「今どきの娘は無駄に発育がいいから困る。まあジャパニーズガールズは童顔だからちょっとはマシだけどね」
後堂は目を細めていやらしい笑みを浮かべた。
青い目のサムライ、いや、後堂エムはサムライなどではない。
ロリっ娘をシャブ漬けにして孕ませるシャブライだ。
「黙れメリケン野郎! 俺は意味もなく少女に手を上げるようなクズじゃない、それだけだ」
高橋は握りしめた拳を机に強く叩きつけた。
「アンリエッタ、俺はJCを傷つけるようなことはしたくない……彼女を救う方法はないのか」
高橋の問いかけに、アンリエッタは首を横に振った。その顔には悲しみの色が浮かんでいる。
「マスター、その優しさがいつか命取りになるのです」
「いつかとは今日のことだけどね。いけマリン、マスター高橋と乙女を殺せ!」
高橋の想いを踏みにじるように嘲笑し、後堂はマリンに指示を与えた。
「くそっ……お約束の熱い展開っ……しかし実際に体験してみると堪えがたい苦痛!」
二次元では情け容赦なく童顔の乙女にアヘ顔ダブルピースをさせている高橋だが、目の前にいるのはまごうことなき三次元の乙女である。
「このような非道な方に仕えるのは不本意ではありますが、召喚された身、文句は言えません。お覚悟を!」
フリル満点のエプロンドレスを翻し、マリンはピンク色のかわいらしいフライパンを振り上げた。
「マスター、下がってください!」
高橋はアンリエッタに胸を押され、よろめくように後ろに二、三歩退いた。
「フハハハハ! レディに守られるとは情けないなマスター高橋! そんなことではいつまでたってもメジャーにはいけないぞ!」
耳障りな声で、神経を逆撫でする言葉を次々に吐き出す後堂。
一方アンリエッタは口を真一文字に結び、マリンに向けて情け容赦なく剣を振るう。
同じエロスの乙女として、矛を交えることでしか分かり合えないものがあるのだろう。
高橋では目で追うことすら難しいその剣筋を、マリンは的確に把握しピンク色のフライパンで受け流していく。
「ん? どうした? 君の選球眼では彼女たちの動きについていけないかな? んん~?」
「くっ……いい加減にしろよ、俺はメジャーなんかに収まる器じゃないんだ」
ニヤニヤと笑う後堂に対し、高橋はじりじりと確実に追い詰められていた。
窓際サラリーマンとして上司や取引先からの罵詈雑言には慣れていたが、後堂のアメリカンでファッキュウな言動はいちいち癇に障る。
第一外国人の分際で神聖なる日本語を流暢に操ることが許されるのは、パックンと厚切りジェイソンくらいのものだ。
今の高橋の怒りの力をもってすれば、巨人から村? 町? だっけを守るために作られた壁すら壁ドンの一撃で粉微塵にできるほどだ。
しかし高橋はじっと耐える。
この忍耐力こそ、高橋のエロスに次ぐ武器であった。
サビ残、休日出勤、エレベーター土下座。理不尽にして限りなくブラックに近いグレーな要求を、高橋はこの忍耐力で耐えてきたのだ。
高橋の常人を遥かに上回る忍耐力は、あの課長島すら足元にも及ばないと言われていた。
「ホワット? MLBこそ至高のプロスポーツリーグだろう?」
「フ……」
行動の挑発にしかし、高橋は不敵な笑みを浮かべて見せる。
「何がおかしい?」
「ふはははは! 至高のプロスポーツとはな……」
不気味なものを見るような目で、後堂は後ろに一歩下がった。
一方、立場が逆転したように声をあげて笑う高橋。
「マスター……?」
後堂の不安が伝染したように、マリンがふと眉をひそめた。
そこへ斜め上からアンリエッタの剣が振り下ろされる。
マリンは反射的に後方へ飛び退る。
かぶっていた大きな帽子を飾り立てていたニンジンのぬいぐるみがぽとりと床に落ちる。
「あなたの相手は私だ、よそ見をするな」
アンリエッタはその一撃に驕ることなく、戦闘の最中集中を切らせたマリンを叱咤した。
「さすが、ピュアエロスの乙女ですね」
「敵をおだてるか」
「私の純粋な意見です」
マリンは琥珀色に光る瞳でアンリエッタを見据えたまま、ニンジンをつま先で小さく蹴り上げた。
宙に舞うニンジン、激しくぶつかり火花を散らせる銀の剣とフライパン。
下から斬り上げられた剣をフライパンの背で受け止めたマリンは、後ろに大きく跳躍する。
会場にひしめき合っていた大きなお友達が、慌てて道を開く。
余興にしてはあまりにも鬼気迫り隙がない。
その現実離れした戦いを、GEEKもNERDもOTAKUも固唾を飲んで見守っている。
じりじりと間合いを詰めようとするアンリエッタ。
その射程にマリンを捉えようというまさにそのとき。
ボン、という破裂音とともに、フライパンが柄を残してアンリエッタに襲い掛かった。
剣を盾に第一撃を躱したものの、フライパンはヨーヨーのようにすでにマリンの手元に戻りアンリエッタを追撃する。
「取っ手のとれる、聖具ティ・ファール!」
マリンの声に、アンリエッタは目を見開きごくりと唾を飲んだ。
「なぜ、ダークエロスの乙女であるあなたが『聖具』を」
そして、絞り出すような声でそう呟いた。