高橋とアンリエッタは、池袋のサンシャインシティにやってきていた。もちろんデートではない。
「人がたくさんいますね、これが即売会ですか」
「そうだよ、サンシャインシティではたびたび行われているんだ。ひばりが丘からも近いし俺もちょくちょく来ているんだ。俺の同人人生はここから始まったと言っても過言ではない」
二人はサンシャインシティで行われている即売会に来ていたのであった。『ふたなりオンリー同人誌即売会』、高橋が仕事の合間を縫って必死に描き上げコピー機につまらせた『ふたなり娘アヘ顔触手陵辱~ひょっとこフェラは許さない~』もここで売ることになっている。
「これがふたなり……実際にこのような人間は存在するのですか? 女性なのに男性器が付いているなんて」
係員から渡されたチラシを見て、アンリエッタは困惑していた。
「うーん、両性具有という人はごくまれにいるみたいだけど、漫画みたいに立派な肉棒と蜜壷を併せ持っている人がいるかどうかはわからないな。まあ漫画だし架空の世界の話だと思ってくれればいいよ」
高橋も両性具有についてはあまり知らなかった。2ちゃんねるのオカルト板で見たような気がするが、そのとき見た写真の女性は男性並みにムキムキで本当に女性だったのかどうかもわからない。
「人間の想像力とはすごいものですね。マスターの漫画もか弱い女性に立派な男性器が付いていますし。あとこの表情、笑っているのですか? 上を向いてよだれをたらしながらダブルピースをしているのは」
高橋のコピー本をまじまじと見ながらアンリエッタが言った。
「それはアヘ顔ダブルピースだよ。アヘ顔っていうのは、スケベなことで気持ちいいときになる表情のことさ」
「はあ、私は絶対にこんな顔はしませんけど」
「まあ二次元の話だよ。三次元の女性がこんな顔をしても恐ろしいだけだよ、一度AVで見たけどトラウマになりそうだった。まあアンリエッタなら別だろうけど」
「私はこんな顔はしません」
「す、すまない」
アンリエッタが剣の柄に手をかけたのを見て、高橋はあわてて謝罪した。窓際族の高橋にとって謝罪は日常茶飯事、お手の物である。
「わかっていますよ、マスター」
アンリエッタはにっこり微笑んで剣から手を離した。
「そうか、いや本当にすまないつい想像してしまった。さて、会場が開く時間だ。俺たちも中に入ってブースのセッティングをしよう」
係員の指示に従って高橋とアンリエッタは会場に入った。そこそこの広さの会議室である。ふたなりオンリー同人誌即売会という文字と女の子が描かれた恥ずかしい横断幕が天井から釣り下がっている。
高橋とアンリエッタはダンボールからせっせとコピー本を取り出して机の上に並べ、おまけの缶バッジとペーパーも箱に入れてセットした。二人の姿を眺める男の気配にも気付かずに。
「あれがピュアエロスの乙女か、なんと美しい。倒すのが惜しいが仕方あるまい、あとで私の同人誌の餌食にしてやる」
金髪外国人の男はニヤリといやらしく笑った。
「また孕ませ系の同人誌ですか? 私はあのジャンルが好きになれません。というか嫌いです」
「黙っていろ、マリン」
マリンと呼ばれたロリ系の美少女は男の一言で口をつぐんだ。マリンといえば海物語のマリンちゃんだが、残念ながらそちらのマリンちゃんとは一切関係ない。
「あの乙女とマスター高橋を倒し、この世のすべてを孕ませる! そのために興味のないふたなりエロ漫画を描いてこのオンリーイベントに参加したのだからな」
「!?」
不意にアンリエッタは周囲を見渡した。
「どうした、アンリエッタ」
「いえ、何か邪悪な気を感じたものですから」
「エロ同人誌がほとんどだから邪悪な気がないほうがおかしいさ」
ハハハと笑う高橋をアンリエッタは制した。
「マスター、スケベ心イコール邪悪、というわけではありません。スケベ心は誰でも持っているものです。強いエロスを持った人間がダークサイドに堕ちたとき、ダークエロスが生まれるのですよ」
アンリエッタの言葉に高橋はうなづいた。島課長、彼も強いエロスを持ちまたダークサイドに堕ちた人間の一人だった。
「もしかしたら、ここにダークエロスの乙女を従えたものがいるのかもしれません。十分注意してください」
「ええー、今日はバンバン売ろうと思って普段より多めに刷ってきたのに」
「マスター!」
「はい」
戦闘が起これば即売会どころではない。あまったらメロンブックスにでも置いてもらおうか。高橋の心は萎えるばかりだった。