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一九八X年

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 東京・四谷三丁目。昨日まで降り続いていた雨が今朝がたやみ、群れていたカラスたちも暗雲に吸い込まれるように消えていった。しだいに空が青さを取り戻す。
 火曜日の昼間はいつもどおりの閉塞感に覆われていた。――国鉄は今年もストを起こすのだろうか。週末まであと三日半もあるのか。会津若松で誘拐されているらしい少女はどうなっているだろうか――世の中の不安と我が家の不安とが綯い交ぜになって行きかう交差点。
「――――」
その中で、人々は不意に、マリアの叫び声のようなものを聞いた。あるいは、彼女はマリアだったのかも知れない――

 黒い塊が落ちてきた。それははじめゆらゆら揺れて、じきに重力加速度に応じてずんと鉛のように重くなった。社会に投じられた魔球、とも言えた。
 魔球、といえばピンクレディーが「魔球は魔球はハリケーン」と永射保の大きなカーブボールを歌ったのは数年前のこと。キャンディーズも普通の女の子に戻って、世間は松田聖子や中森明菜で回っていた。
 魔球はそのままキャッチャーミットに受け止められることも無く、バッティングセンターで客に見送られた球のように、固い地面に激突した。即死だった。
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