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Chapter 3

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Chapter 3



 アクアとクリスを乗せた船が港に着いた。極寒の島であるノースアイランドとは違って暖かい。他の大陸では今、初夏を迎えていた。
「――で、この道をまっすぐ行けばいいんですね?」
 船から降りた二人は、船着場にいた行商人にザリまでの道を教えてもらっていた。
「ああ、一本道だから間違うこともないだろう。ただし気をつけな。最近はこの辺りにタチの悪い獣人が出るらしいぞ」
「獣人ですか?」アクアの顔が強張る。
「大丈夫だよ。基本的に獣人は山や森の中に住んでいて、滅多に人里には近寄らないから」不安そうにしているアクアを見て、クリスが簡単に説明した。
「この辺に出没する獣人はグルフ族といって、特に気性が荒い種族らしいんだが、やつらも山の中に棲んでいる。だが、最近は事情が変わったらしくてな。ここ何十年かはとんと見かけなかったのに、つい一ヶ月ほど前から急に人里に下りてきて、人を襲ってるという話だ」
「それは妙ですね」
「ああ。ついこないだまでこの辺りは平和だったっていうのに、ずいぶんと物騒になったもんだ」
「グルフ族か。知能はどちらかといえば低い魔物だから、落ち着いて戦えばなんてことないかな。あと、たしか火に弱かった気がする」
 つまりそれは、アクアが落ち着いて戦えるかが問題になってくるということだった。もし一匹だけではなく、二匹、三匹……いや、もっと多くのグループで襲って来られたら、落ち着いていられないだろう。確実にクリスの足手まといになってしまう。
「そ、そのグルフ族という魔物は、そんなに恐ろしいものなのですか?」
「大丈夫だよ。僕がついてる。君はサポートとして、魔法を使ってくれたらいいから。なにも絶対火じゃないと倒せないわけじゃないからね」
「はあ……」
 大丈夫とは言ってくれるものの、やはり不安だった。アクアとしては、何事もなく無事に町へ着きたい気持ちでいっぱいだ。
「とにかくお前さんがたも気をつけてな。それじゃ、わしは先を急ぐので行かせてもらうぞ」そう言って、行商人は立ち去っていった。
「僕たちもそろそろ行くか。マリン、大丈夫?」
「ええ、たぶん……」そうは言いつつも、本当は全然大丈夫ではなかった。
「あはは、必ずしも襲われるとは限らないんだから、今からそんな心配しなくてもいいんだよ。それにしても、この大陸は暖かいな。むしろ暑いくらいだ」
 ここへ着く前に、一応薄着に着替えてはいた。それでも冬物を着ているため、じっとしているだけで汗が出てくる。
 港の入り口に貼ってあった周辺地図で道を再確認し、一応舗装された街道を歩き始めた。初めて見る外の世界。ほとんど城の中で過ごし、町へ出る時もお付きなしで歩くことは許されなかった自分にとって、こうして自由に外を歩けるとは夢にも思わなかった。
「あら、あそこに人が」
 アクアが指差した先に、腰をかけるのにはちょうどいいくらいの石に座っている少女がいた。歳はアクアと同じくらいだろう。ずっと動かないところからして、きっと疲れて休んでいるのかもしれない。
「どうかしたのかい?」クリスが声をかけると、少女は少し驚いたような顔で彼を見た。
「別に。ちょっと歩き疲れて休んでいただけ。大丈夫よ」
 少女は立ち上がってお尻についた小石や砂を払い落とすと、さっさと行ってしまった。
「……今の人はなんだったんでしょう」
「さあ?よく分からないけど、疲れが取れたんじゃないかな?まあ気にせず行こう」
 何となく嫌な予感のする二人だったが、気にせず先を急ぐことにした。



「ちょっとぉぉお!こっち来ないでよ!しつこいわねぇ!」
 突然少し先のほうから悲鳴が聞こえてきた。すぐさま駆けつけると、さっきの少女が獣人二匹に追いかけられていた。少女を襲っている獣人は、噂のグルフ族という魔物だろう。顔は狼に似ている。
「マリン!僕がヤツらを引きつけている間に、その人をどこか安全な場所へ!」
「はい!」
 クリスが剣を抜いて、一匹の背中を斬りつけた。
「ゲアァア!」不意をつかれた獣人が悲痛の声をあげた。そして「こっちだ!」とクリスが少女とは反対方向へ走り出すと、斬られた獣人はクリスを追いかけた。それについてもう一匹も追いかける。
「さあ、今のうちです!隠れましょう!」
「え、ええ」
 アクアは少女のもとへ駆け寄り、脇道の木の陰に隠れてクリスの様子を伺った。さすがはクリス、獣人二匹が相手だろうと、うまくかわしながら立ち回っている。
「やるわね、彼」アクアのとなりで少女がつぶやく。アクアはなんだか嬉しくなり、ふふっと笑った。
「そうなんです。昨日たくさんの敵を相手に、たった一人で倒したんですよ」
「ふーん、そう。でもそのわりには、たかだか二匹の魔物にいっぱいいっぱいな気がするけど」
 たしかに彼女の言うとおり、クリスは一匹の攻撃をかわすのに精一杯だった。少しずつダメージを与えているみたいだが、このままではクリスの体力のほうが持たなさそうだ。
「……しかたないわねえ」
「え?」
 少女は再び街道へ出て「どいて!」と言うと、呪文を唱え両手を大きくふりかざして叫んだ。「ファイアブレッド!」
 小さな爆発とともに炎が敵に直撃する。そして燃え上がったかと思うと、あっという間に黒焦げになり、グルフ族はざらざらと崩れた。
「……うっ」
 プーンとゴムの焼けるような、胸が悪くなりそうな臭いが周囲に充満した。あまりの臭いに、アクアは両手で口と鼻を覆ってその場に座り込んでしまった。
「ざっとこんなもんね!」少女は腰に手を当て、肩くらいまである髪をかきあげて得意そうに言った。
 あんなにすごい魔法が使えるのなら最初から使っておけばいいのに、とアクアは思ったが、なんとなく怒られそうだったので言わなかった。
「ところで、あなたはどうして一人でこんなところにいたのですか?この辺りは、さっきみたいにグルフ族が暴れているそうですし」
「そうなんだけど、ちょっと人を探していたのよね」
「人ですか?」
「ええ」少女はひとつ溜め息をつくと、回想を始めた。
 彼女の名前はルーン・トラスト。歳はアクアと同じ十七歳。大陸の南側に位置する、砂漠と平原の広がる国アレクサンド国の出身で、アクアと同じく魔法を操る。主に攻撃魔法が得意で、それだけでここまで乗り切ってきた。
「数日前、突然あたしが寝泊りしていた宿屋が襲われたの。襲ったのは、フードのついた黒いマントを着た三人組の男たちで、この宝玉を渡せって言ってきたの」と言いながら、ルーンはポーチからアクアの持っている宝玉と同じくらいの玉を取り出した。
「そ、それ、私の持っているものと同じ……」
「なんですって?」
 ルーンの玉を見て、アクアも同じようにポーチから取り出して差し出した。
「ほんとだわ。あなた、どうしてそれを持ってるの?」
「これは代々伝わってきたものなのだけど……あなたこそどうして?」
「あたしは、とある小道具店で見つけたのよ。なんでも、この宝玉には不思議な力が宿っていて、持ち主の願い事を叶えてくれるっていう伝説があるらしくて。まあ、そんな迷信みたいなこと、あたしは信じないんだけど、格安だったし、記念にと思って買ったのよ」
 アクアはルーンから宝玉を拝借し、自分の宝玉と交互に見た。だいぶ薄汚れてはいるが、玉から感じる不思議なオーラのようなものはまったく同じのようだ。
「持ち主の願い事を叶えてくれるなんて。私、そんなこと全然知らされていなかった……」
 これを使っていれば、国は滅ばなかったかもしれない。なぜお父様はこれを使わなかったのだろうか。でももうそんなこと、お父様亡くなった今ではまったく知ることなんてできない。
「それで、幸い他にも武装した人たちがいたから、何とかそいつらは追っ払えたんだけど、いつまた襲ってくるか分からないじゃない?これからどうしようかと思っていた時に、偶然宿屋に寝泊りしていた占い師に、この場所で運命の者を待てって言われたの」
「占い師か。僕たちの時と同じだな」
「とにかく、わけが分からないままここに来たのはいいんだけど、なにしろ『運命の者』って言われても、どんな人なのか全然分かんないじゃない?だからもうどうでもいいわ。あなたたち、あたしについてきてちょうだい」
「悪いけど、僕たちこれからザリって町へ行く途中なんだ。それに、もし本当の『運命の者』が現れたりしたら……」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。じゃ、こうしない?あたしもそこへついて行ってあげるから、用が済んだら今度はあたしについてくるの。『運命の者』についてなんにも手がかりないし、そんな人、待ってるだけ時間の無駄よ」
 アクアとクリスは、なんて無茶苦茶なんだという顔でお互いを見た。そして「ちょっと待ってくれ」と言うと、ルーンに背を向け相談し始めた。
「なんだか、このままだとこの人にうまく丸めこまれそうな気がするんだけど……」
「でもまあ、一人より二人、二人よりも三人のほうが安全に旅ができるし、なにより逆らったらめんどくさそうだ。とりあえず、ここはオーケーしておいたほうが……」
「そうですね……」
 意見が合致したところで、二人は再びルーンのほうを見た。「……わかった、それでいいよ」
「決まりね。それじゃ、早いとこそのザリって町に行って、さっさと用を終わらせちゃいましょ!じゃ、あらためて自己紹介するわね。あたしはルーン・トラスト。魔法の使い手よ。よろしく」
「……クリスだ。クリス・アーチェイン。見てのとおり剣士だ」
「私はあなたと同じで魔法の使い手、マリン・アンドレスです。よろしくお願いします」
 こうして半ば強引にルーンがくわわり、三人はザリの町へ向かうこととなったのだった。






to be continued...
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