【001】俺の村の現状を話そう。
俺の住んでいる村は、数年前から魔獣(←猿と豚を併せたような奴で知性がある。)の集団に目を付けられている。
作物は荒らされ、娘は拉致され、家畜は食われる。
でも救いはあるわけで、村を守ってくれる魔法使いの少女がいる。
「村の皆さん、一致団結して、魔獣からこの村を守りましょうね!」
その少女(ターニアっていう。)は、魔法を使って魔獣を退治してくれるんだが、残念なことに殲滅するには至らない。
ざっくり言うと、一回の襲撃で50匹くらい魔獣が来るんだけど、ターニアが相手にできるのは20匹くらいで、そのうち5匹くらいを殺すのが精々で、あとの30匹はフリーで、そいつらが作物を荒らして、娘は拉致して、家畜は食われる。
彼女の行動は、被害の軽減に資するかもしれないけど、根本的な解決にはなってないわけだ。ただ、言っても被害の軽減にはなっているので、ターニアは「村の守り神さま」として村人たちから慕われている。なにせ魔物と渡り合えるほど魔法の才能を持った人物ってのは希少だし、帝国に士官すれば高給をとれるところ、好意で故郷のために魔法を使ってくれているのだから、当然と言えば当然かもしれない。
ところで、数ヶ月前の襲撃で、村長が死んだ。
で、住民500人ほどの小さい村だが、一応法令の定めに従って選挙が行われて、俺が当選した。実際は、村役場の幹部が選挙前に俺のところにやってきて、「お前、村長やってみないか?」と言われたから、なんとなしに立候補して、無投票で当選したわけだ。なんで俺のところに打診があったのかというと、数年前まで帝国の中央官庁に勤めていてパイプを期待されたからっていうのと(まあ実際は、勤続5年だし、職場に馴染めずにドロップアウトした口なんで、そんなパイプ全然なんてないんだけけどな。)、村長になりそうな奴が全部魔物に襲われて死んだからっていうのと、魔物が積極的に村長から殺すからだと思う。要は貧乏くじですわ。
こうして、村政至上最年少の村長になった。当面の課題は、魔獣対策である。
とりあえず、今日の白羊の刻から、魔物対策審議会が開催され、ターニア嬢も来るので、忌憚のない意見を交わそうと思う。村の幹部から事前レクを受けたけど、いまいち要領を得なかった。中央官庁と比較するのは酷だけど、このあたりなってないと思う。
001_守護神>>(越えられない壁)>>村長
【002】このときから違和感はありました。
皆の視線は、ターニア嬢の口元に注がれている。
「そうですね、魔物避けの柵は村の西地区を重点的に。予算は……、たしか、農業振興関連の補助金が郡庁から来ていたでしょう?それを充てましょう。魔物によって農作物被害も出ているのですから、目的外使用には当たらないでしょう。西地区を柵と自警団で固めれば、わたくしは東地区と中央地区の防御に専念することができますから、効率的です」
サクサクと方針を固め、理に適った指示を飛ばすターニア嬢。唯々諾々と肯う、出席者たち。
俺もそれに倣っている。要するに、にこにこ禿同している。
この村における村長という役職の位置づけがよくわかる一幕である。
魔法使いは村長や議員になれないので、こういう現象が起きるのは特別珍しいことではない。それに魔法使い絡みでなくとも、役職とは関係無しに非公式の権力を持っている者(いわゆる元老的な人。)というのはしばしば見かける光景である。
ただ、ちょっと度が過ぎている気がする。
前の職場にいたとき、事前の説明が不十分で、「おいそんな話は聞いてないぞ!」とご機嫌ナナメになった貴族連中に、上司が青ざめた顔して詫びを入れにいく様をみて、偉い人というのは案外器が小さいものなのだなあ、と思ったものだが、なるほどこうして「される側」になってみるとそいつらの怒りも分からないでもない。いくらなんでも、最低限通すべき「筋」があるんじゃないか。
近くに座っている事務局のチビデブハゲのおっさんに、できるだけ小声に、嫌味に聞こえないように、にこやかに、そしてすっとぼけな感じに聞こえるように尋ねる。
「えーと。魔避け柵とかその予算の話って、レクで聞いてましたっけ?」
「おー……。あっ。そういえば……」
悪びれる様子も無く要領を得ない答えを呟く彼の姿を見て、心の中で天を仰ぐ。どうやら実質的な権限はターニア嬢にあるようだ。でも、村長は魔物に優先的に命を狙われるわけで、これはもう全く貧乏クジである。だんだんと腹が立ってくる。
しかしながら、直情径行、いきなり立ち上がって、「諸君!まず村長の私に話を通すべきではないかね?ターニア君、控えたまえよ!」などをやっても痛いだけである。村長として法律的な権限が付与されているとはいえ若造の新参者である俺と、「村の守り神」としてインフォーマルリーダーシップを如何無く発揮している(と思われる)ターニア嬢との間に摩擦を起こすのは、組織運営上大変よろしくない。内輪モメなどしていたら、いよいよ魔物に付け入る隙を与えてしまう。
とりあえず今日のところは、大人しく聞き役に徹することにした。
○
「村長さん」
委員会終了後、会議室を出ようとした時、ターニア嬢に話しかけられた。感情を表に出さないように最大限の注意を払う。
「色々大変だと思うけど、村を守るために、一緒に頑張ろうね」
で、さりげなく腕に触ってくる。いるよねたまにこういうこと自然体で出来ちゃう子って。ちなみに俺はそういうのされるの苦手というか慣れてない類の人で、黒髪のショートボブが可愛いなとか、意外と胸元が開いた服を着ているんだなとか考えてしまって、おまけに年頃の女の子が放つあの独特の匂いに鼻孔をくすぐられたもんだから、かなり平静を失いかけて、「ええ。本日は大変勉強になりました。分からないことが多いですから、これからもご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」と言ったつもりだけど、実際はモショモショ、ウジュジュと気持ちの悪い音声を発しただけだったかもしれない。
「うん。じゃあね、私ね。魔法の練習してくるから、またね」
ターニア嬢の姿が見えなくなって、ようやく気分が落ち着いてくる。触られた右の二の腕のあたりに、彼女の名残がまだ微かに感じられて、完全に鎮静化とはいかないけれど、対照的に脳みそはどんどん動き出す。
そして自分の職務に忠実であるためには彼女との対立は避けられないという結論に至り、そんな辛い思いをするくらいなら流されるままにただ漫然とお飾りに甘んじるのも悪くはないんじゃないの?(それで、たまにボディタッチしてくれるんなら、結構おいしくない?)と思わないでもなかったが、それでも、元来ひねくれ気質の俺は茨の道を、つまりちゃんと仕事することにした。
皆の視線は、ターニア嬢の口元に注がれている。
「そうですね、魔物避けの柵は村の西地区を重点的に。予算は……、たしか、農業振興関連の補助金が郡庁から来ていたでしょう?それを充てましょう。魔物によって農作物被害も出ているのですから、目的外使用には当たらないでしょう。西地区を柵と自警団で固めれば、わたくしは東地区と中央地区の防御に専念することができますから、効率的です」
サクサクと方針を固め、理に適った指示を飛ばすターニア嬢。唯々諾々と肯う、出席者たち。
俺もそれに倣っている。要するに、にこにこ禿同している。
この村における村長という役職の位置づけがよくわかる一幕である。
魔法使いは村長や議員になれないので、こういう現象が起きるのは特別珍しいことではない。それに魔法使い絡みでなくとも、役職とは関係無しに非公式の権力を持っている者(いわゆる元老的な人。)というのはしばしば見かける光景である。
ただ、ちょっと度が過ぎている気がする。
前の職場にいたとき、事前の説明が不十分で、「おいそんな話は聞いてないぞ!」とご機嫌ナナメになった貴族連中に、上司が青ざめた顔して詫びを入れにいく様をみて、偉い人というのは案外器が小さいものなのだなあ、と思ったものだが、なるほどこうして「される側」になってみるとそいつらの怒りも分からないでもない。いくらなんでも、最低限通すべき「筋」があるんじゃないか。
近くに座っている事務局のチビデブハゲのおっさんに、できるだけ小声に、嫌味に聞こえないように、にこやかに、そしてすっとぼけな感じに聞こえるように尋ねる。
「えーと。魔避け柵とかその予算の話って、レクで聞いてましたっけ?」
「おー……。あっ。そういえば……」
悪びれる様子も無く要領を得ない答えを呟く彼の姿を見て、心の中で天を仰ぐ。どうやら実質的な権限はターニア嬢にあるようだ。でも、村長は魔物に優先的に命を狙われるわけで、これはもう全く貧乏クジである。だんだんと腹が立ってくる。
しかしながら、直情径行、いきなり立ち上がって、「諸君!まず村長の私に話を通すべきではないかね?ターニア君、控えたまえよ!」などをやっても痛いだけである。村長として法律的な権限が付与されているとはいえ若造の新参者である俺と、「村の守り神」としてインフォーマルリーダーシップを如何無く発揮している(と思われる)ターニア嬢との間に摩擦を起こすのは、組織運営上大変よろしくない。内輪モメなどしていたら、いよいよ魔物に付け入る隙を与えてしまう。
とりあえず今日のところは、大人しく聞き役に徹することにした。
○
「村長さん」
委員会終了後、会議室を出ようとした時、ターニア嬢に話しかけられた。感情を表に出さないように最大限の注意を払う。
「色々大変だと思うけど、村を守るために、一緒に頑張ろうね」
で、さりげなく腕に触ってくる。いるよねたまにこういうこと自然体で出来ちゃう子って。ちなみに俺はそういうのされるの苦手というか慣れてない類の人で、黒髪のショートボブが可愛いなとか、意外と胸元が開いた服を着ているんだなとか考えてしまって、おまけに年頃の女の子が放つあの独特の匂いに鼻孔をくすぐられたもんだから、かなり平静を失いかけて、「ええ。本日は大変勉強になりました。分からないことが多いですから、これからもご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」と言ったつもりだけど、実際はモショモショ、ウジュジュと気持ちの悪い音声を発しただけだったかもしれない。
「うん。じゃあね、私ね。魔法の練習してくるから、またね」
ターニア嬢の姿が見えなくなって、ようやく気分が落ち着いてくる。触られた右の二の腕のあたりに、彼女の名残がまだ微かに感じられて、完全に鎮静化とはいかないけれど、対照的に脳みそはどんどん動き出す。
そして自分の職務に忠実であるためには彼女との対立は避けられないという結論に至り、そんな辛い思いをするくらいなら流されるままにただ漫然とお飾りに甘んじるのも悪くはないんじゃないの?(それで、たまにボディタッチしてくれるんなら、結構おいしくない?)と思わないでもなかったが、それでも、元来ひねくれ気質の俺は茨の道を、つまりちゃんと仕事することにした。
【003】力関係は歴然としている。
──で、数日後。
例の魔除け柵に関する決裁文書を、ウルバンという課長さんが俺のところに持ってきた。
感想。
「お、お粗末すぎる……」
当人を前にしているにもかかわらず、思わず声が出そうになる。
村といっても、王都における自治会や共同住宅の管理組合レベルの規模だから、この手の文書にそう高いクオリティを求めるつもりはない。けれど、いくらなんでも最低限度ってものがある。ましてこれは郡役場に補助金を申請するための書類に反映されるものだ。
「……すいません。この書類の中で、少し教えて頂きたいのですが」
ウルバン氏に、出来るだけ物腰柔らかに聞こえるように質問する。
「はぁ。……なんでしょう」
質問など想定してなかったという感じの反応。
「1.魔除けの柵がボブさんの家周辺に設置が集中している理由 2.魔物の侵入により農業被害が著しいとあるが、その数値的根拠。とりあえず、これらを教えてくれませんか?」
聞いたのは基本的事項だったので、できれば即答が欲しかったが、ウルバン氏は無愛想に「はぁ……ちょっと待ってて下さい」と言って村長室を出て行った。
◇ ◆ ◇
数時間後、部屋に入ってきたのはウルバン氏ではなく、ターニア嬢だった。
「いっしょに頑張るって、約束したよね?」
あからさまに不機嫌な声。
「なぜターニア委員が?」
「聞いてるのは、魔物除け柵の決裁、なんで止めたの?」
俺は即座にウルバン氏がターニア嬢に泣きついたのだと理解する。
「ああ、それは少し分からない点が」
「単に村長が不勉強なだけじゃないの、それ」
「否定はしませんが、だからこそ説明を求めているのですけれども」
「柵の配置は、専門家である私がその案が一番最適だと判断したの。素人が口を挟まないで欲しいんだけど?細かい数値は書庫に資料があるから知りたいなら自分で調べたら?」
「…………」
決して、怯んだわけじゃない。自分がおかしいことをしているとも思わない。だが、既に上気しているターニア嬢にそんな更問をぶつけるのは村の守護神と全面対決するようなものだということはいくら鈍感な俺でもわかる。
「反論が無いなら、ちゃんとハンコを押してね」
ターニア嬢が部屋から出て行った直後、廊下からちょっとした歓声が沸き起こったのを聞いて(※ウルバン氏の声含む。畜生。)、俺はどっと疲れが出てしまい、机の上にうつ伏せになった。
そう。
そうなのだ。
たしかに、ターニア嬢の言うとおりなのだ。
気になる点は、自分で調べるべきなのだ。
彼女の息がかかっている人物に聞いても、事実を歪めて報告をされるかもしれないからな。
──で、数日後。
例の魔除け柵に関する決裁文書を、ウルバンという課長さんが俺のところに持ってきた。
感想。
「お、お粗末すぎる……」
当人を前にしているにもかかわらず、思わず声が出そうになる。
村といっても、王都における自治会や共同住宅の管理組合レベルの規模だから、この手の文書にそう高いクオリティを求めるつもりはない。けれど、いくらなんでも最低限度ってものがある。ましてこれは郡役場に補助金を申請するための書類に反映されるものだ。
「……すいません。この書類の中で、少し教えて頂きたいのですが」
ウルバン氏に、出来るだけ物腰柔らかに聞こえるように質問する。
「はぁ。……なんでしょう」
質問など想定してなかったという感じの反応。
「1.魔除けの柵がボブさんの家周辺に設置が集中している理由 2.魔物の侵入により農業被害が著しいとあるが、その数値的根拠。とりあえず、これらを教えてくれませんか?」
聞いたのは基本的事項だったので、できれば即答が欲しかったが、ウルバン氏は無愛想に「はぁ……ちょっと待ってて下さい」と言って村長室を出て行った。
◇ ◆ ◇
数時間後、部屋に入ってきたのはウルバン氏ではなく、ターニア嬢だった。
「いっしょに頑張るって、約束したよね?」
あからさまに不機嫌な声。
「なぜターニア委員が?」
「聞いてるのは、魔物除け柵の決裁、なんで止めたの?」
俺は即座にウルバン氏がターニア嬢に泣きついたのだと理解する。
「ああ、それは少し分からない点が」
「単に村長が不勉強なだけじゃないの、それ」
「否定はしませんが、だからこそ説明を求めているのですけれども」
「柵の配置は、専門家である私がその案が一番最適だと判断したの。素人が口を挟まないで欲しいんだけど?細かい数値は書庫に資料があるから知りたいなら自分で調べたら?」
「…………」
決して、怯んだわけじゃない。自分がおかしいことをしているとも思わない。だが、既に上気しているターニア嬢にそんな更問をぶつけるのは村の守護神と全面対決するようなものだということはいくら鈍感な俺でもわかる。
「反論が無いなら、ちゃんとハンコを押してね」
ターニア嬢が部屋から出て行った直後、廊下からちょっとした歓声が沸き起こったのを聞いて(※ウルバン氏の声含む。畜生。)、俺はどっと疲れが出てしまい、机の上にうつ伏せになった。
そう。
そうなのだ。
たしかに、ターニア嬢の言うとおりなのだ。
気になる点は、自分で調べるべきなのだ。
彼女の息がかかっている人物に聞いても、事実を歪めて報告をされるかもしれないからな。