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『たった二人の最終決戦』

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 おれはカチカチとコントローラを操作する。

 夜中に古いゲームをやっていた。最初に買った――買ってもらったのは小学生のときで、最近になって買いなおした。横スクロールのベルトアクション。ファイナルファイトなんかが有名な、アレだ。
 必殺技のコマンドを入力してやると、かけ声とポーズに合わせて、威力の高い飛び道具が出た。弾速は遅いそれをダッシュで追い抜いて接敵すると、投げ技を食らわせてムリやり飛び道具に当てる。いいダメージ。その代わり、このゲームでは必殺技を出せば自分の体力も減る。必殺技ゲージなんてものはない。乱発すれば自滅もありうる。

「……だからこそ、必殺技は当たらないといけないよな」

 面ボスを倒してリザルト画面になっているゲームの電源を落として、おれは窓の外を見た。ここのところ昼も夜もなく暗くあり続ける|黒雲《くろくも》が、今は大風にしたがって渦を巻いている。
 おれは知っていた。夜明けの前に、あの黒雲は晴れる。そして|光《・》|輝《・》|く《・》|巨《・》|人《・》が降りてくるのだ。
 いや、あれは、あれらは、あの存在たちは、巨人などとは呼びたくない。発光する巨大な人型ではあるが、それだけだ。|あ《・》|の《・》|偉《・》|大《・》|な《・》|る《・》|お《・》|節《・》|介《・》|焼《・》|き《・》、光の巨人と並べてはいけない。
 ただ「ヒトガタ」と、おれは最近呼ぶことにしていた。



 ヒトガタはこの半年で十二体ほど現われた。
 同時期に現われる怪獣と、毎回戦いを繰り広げては相打ちになってやられていくのが通例の、強いんだか弱いんだか分からない存在。ただ怪獣には現行兵器による攻撃は効果がなかったから、相打ちでも倒してくれるだけマシだと、世間の人は思ってるンだろう。それでも毎回自衛軍は出撃するし、ここ何回かでは有効なダメージを与えているようだから、必要に迫られたときの技術の進歩速度には驚かされる。

 ともあれ、巨人vs怪獣という構図は、人々に分かりやすくどちらが味方なのかを訴えた――が、それに疑問を覚えた人々もいた。
 最初のさいしょ、確認できる始めのヒトガタは、怪獣よりも先に現われている。|怪《・》|獣《・》|以《・》|外《・》|の《・》|何《・》|に《・》|、《・》|そ《・》|の《・》|巨《・》|大《・》|な《・》|る《・》|体《・》|躯《・》|と《・》|力《・》|は《・》|振《・》|る《・》|わ《・》|れ《・》|る《・》|は《・》|ず《・》|だ《・》|っ《・》|た《・》|の《・》|か《・》|?《・》 ヒトガタと怪獣の戦う場所は常に、人口密集地帯だった。しかし奔放に暴れるのはむしろヒトガタで、怪獣の動きには遠慮が見えないだろうか――そう考える人々がいた。

 だが世間の波に、そうした良識は押し流された。論理よりもイメージこそが優先されるのは常のことだったが、それは自分たちの前に暴力の尖兵が現われたときにすら機能した。
 状況を特撮番組に当てはめ、無邪気に味方を得たと喜ぶ人たち。戦いによってでる損害をしかし、仕方のないこととして受け止める人たち。商売にしてたつきとする人たち――



 それがどうした、とおれは思う。
 |そ《・》|れ《・》|が《・》|ど《・》|う《・》|し《・》|た《・》|。《・》
 知ったことか。
 怪獣は巨人に負けるのか、信じてもらえないなら見捨てるのか、正しさを認めない世界などいっそ壊れてしまえばいいのか――
 そんなことに誰がしてやるものか。
 おれが守るのはそんなくっだらない世界だ。
 おれがいて、アイツがいて、平和ボケしてるけどちゃんと考えてくれる人もいて、メシも美味けりゃ大体のもんは宅配で手に入るこの便利な国と、|そ《・》|こ《・》|に《・》|あ《・》|る《・》|お《・》|れ《・》|の《・》|世《・》|界《・》を守りたいんだ。
 他の全部はおまけで守ってやる。

 原チャをとばして、おれはおれたちの町へ戻った。
 一面には文字通り、何もない。
 先日、数回に渡って現われた怪獣が、少しずつ町を壊しては、瓦礫も含めて丁寧に処分してしまったからだ。
 町の人々は今、係累を頼りに、あるいは政府に保護されて、違う場所にいる。人的被害はゼロ。
 怪獣の選んだ、ここが決戦場だった。

 山の中腹に建った|四阿《あずまや》につくと、そこで室山|繋《つなぐ》が待っていた。

「よぅ、シゲル。時間は大丈夫か?」
「誰がシゲルか……ああ、時間はまだ、幾らか余裕がある」

 繋の言葉とともに繰り出された軽いパンチを、おれは掌で受け止める。
 こんなやりとりもしばらくぶりだと思うと、感慨深い。

「とはいえ、そろそろ始めたほうがよさそうだ」
「そうか……じゃあ、
 存分に|ぶ《・》|ち《・》|か《・》|ま《・》|し《・》|て《・》|こ《・》|い《・》、繋」

 少し驚いたように彼女は肩越しにこちらを見て、以前のような苦笑を漏らすと、あとはもうそれっきり、振り返らずに走っていく。
 走るうちに、彼女の目の前に大きな黒い紙のようなものが現われる。厚みを持たない紙――もしくはドアのような物体。それを気にもとめずに突っ込んだ繋の身体は、貫通することはせずに取り込まれ、ただ黒紙は走る勢いを受け止めたように数メートル前進しながら、パタパタリと半折りを繰り返しくりかえし、やがて存在をなくしてこの宇宙から一度消える。
 数瞬の間ののち、消えたはずの黒紙は、今度は倍々に展開を繰り返してその大きさを増していく。先ほどと違って赤黒い明滅を発する黒紙は命をはらんだかのようで、実際その中にはアイツが、繋が、形と大きさを変えて存在している。
 黒紙の大きさが|40《・》|メ《・》|ー《・》|ト《・》|ル《・》ほどに達したとき、それまで紙のようにふるまってきた黒紙は、突如ガラスに変じたごとく砕け散った。残骸は影を残す間もなく消え、中からは繋が、

 怪獣が、姿を現した。



 一昔前のティラノサウルスのような、二足歩行で尻尾を引きずる姿をまず、思い浮かべてもらえばいい。体躯に比して頭部は小さく、本来目のあるべき場所からは三日月状に曲がった角が、後頭部へ向けて伸びている。代わりに、眉間から鼻先にかけて三つ、人間ならエラに当たる突き出た部分に両側一つずつ、目のようなものがついている。突き出た鼻先と上顎は鳥類のように嘴状になっており、それがたやすくヒトガタの肌を貫通できるだけの鋭さを持っていることを、おれは知っている。
 背部から|腕側《わんそく》までを覆った鈍いトゲ形の結晶は、嘴同様、何度もヒトガタを傷つけ、苦しめてきた頼れる武装だ。四本しかない指の先端にも同質のより鋭いツメがあり、内部から爆裂させることもできるこれを束ねた|貫手《ぬきて》が、怪獣のメインウェポンだと言ってもいい。
 脚は太く、恐竜よりは人に似た関節構造で、だが全身と同じく、びっしりと細かなウロコで覆われている。背中側には、尻尾。体高にほぼ倍する尾部は中途で二股に分かれ、そこから先はひどく細く、ムチのようになっている。
 全体は赤黒い色で統一されていて、禍々しい印象を人に与える。

 けれども、あの怪獣の中身が繋であるのは、始まりを見たおれの知るところだった。

 最初のヒトガタを殺して、がたがた震えていたアイツを、
 怪獣を敵視する世間に、折れそうになっていたアイツを、
 もうやめてしまえよと言うおれに、悲しそうな目を向けるアイツを、
 全部ぜんぶ、おれは知っていた。

 今はもう、やめろなんて言わない。
 戦ってくれとも、言わない。
 いっしょに戦ってやる。
 アイツの気持ちも、ムチャも、全部受け止めて、|肯《うなず》いてやる。
 やってやれと。
 お前が正しいと。
 おれが全部見ていてやると。
 そう、言った。

 幾千もの女の悲鳴を重なり合わせたような、怪獣の甲高い鳴き声が響く。
 これがアイツなりの|鬨《とき》の声なんだろう。

 みしり、という始めの音は、すぐに後からくる同じ音の連なりに混じって分からなくなった。
 尻尾の先端、ムチ状の部分をねじり束ねたそのまた先っぽ、そこに腕部と同様の結晶が生じ、なお成長を続けている。
 見る間に怪獣の胴回りと同じくらいの大きさに育った結晶塊ごと、怪獣はハンマー投げの要領で尻尾を振り回し始めた。

 ぐるり、ぐるり――ぐるり。

 地面を|擦《す》っていた結晶塊は二回転後には離陸し、尾が空気を打ち破る音はいや増しにまし、その波が次第にピッチを|狭《せば》め、結晶の中に爆熱の灯が点り、充分に速度という威力を得た頃、黒雲は唐突に晴れた。
 最後のヒトガタが現われたのだ。

 神々しい、と言ってもよかった。
 激しく発光しているために全体の形は分かりづらいが、薄らボンヤリと見える輪郭はたしかに人型で、そいつがいかにもそれらしく、両手を肩の高さまで広げた十字のような姿で、ゆっくりと下降してくる。



 が、おれたちには着地させるつもりはなかった。
 最後のさいご、いつ、どこで現われるかが分かっていた今回しかできない、反則のようなもの。

「どんぴしゃ……!」

 というおれの独り言が聞こえるわけもなかったが、回転の中でそれでも最後の敵を見定めた怪獣は、もう半回転だけすると尻尾のムチ状の部分から先をふっつり切り離した。
 とんでもない質量と速度を持った結晶塊が、澄まし顔して降りてきた神さま紛いの胸に着弾した。と同時に、結晶塊が内部から爆裂する。
 瞬間、轟音。
 上空だったこともあって、おれの周りでは衝撃で木が傾いだり地面が揺れたりする|程《・》|度《・》だったが、直撃を食ったヒトガタが、無事でいられようはずもない。
 降下ではなく、落下でもって、最後のヒトガタは地球へ下りた。



 どうにかおれが落下現場へたどりつくと、すでに近寄っていた怪獣が、ヒトガタから何かを聞き取っているような|素《そ》|振《ぶ》りだった。最後のヒトガタはすでに発光しておらず、時折さざなみのように、弱々しい明滅の波紋が表皮を過ぎていくだけだ。胸には大穴が空いていて、これまでのヒトガタからしても、まだ生きているようなのが不思議なほどだから、もう長くはないだろう。
 やがて、ヒトガタから顔を離した怪獣は右手を貫手に構えると、ヒトガタの頭目がけてそれを打ち降ろした。
 ずぅん、と先ほどよりは控えめな地響きが鎮まると、ヒトガタの身体はどろりと溶け、次第にその輪郭を薄れさせて、あとには何も残さずに消えていった。

 残った怪獣は独り吼えて、それで、アイツとヒトガタの戦いは終わったのだった。
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