むかしむかし、あるところに一人の少女がいました。
彼女は生まれた時から、ハコを一つ持っていました。
両親はその女に「決してそのハコを開けてはならないよ」と何度もきつく言っていました。
やがて少女は成長し、ある男の元へ嫁ぎました。
男は聞きました「そのハコの中には何が入っているのか」
「私は知らない、けれど決して開けてはならないと言われてきたわ」そう女は言った。
それから、男はそのハコの中身が気になって仕方がなくなりました。
ある日、女が出かけている間に男がこっそりとハコを開いてしまいました。
しかし、そのハコの中は空っぽでした。
男は失望し、ハコの蓋を閉じてしまいました。
それから男は、深い後悔の念に襲われました。
「妻が決して開けるなと言っていたハコを隠れて開けてしまった」
男は強く自責し、女に打ち明けようと思いました。
やがて、女が帰ってくると男は直ぐに打ち明けました。
「すまなかった」男は謝りました。
「いいんですよ」女は優しく諭しました。
「誰だって気になります、でも、何もなくてよかった」
女はそう言って、優しく笑った。
しかし、そのハコの中には、決して見ることの出来ない沢山のものが入っていたのです。
疑念、嫉妬、殺意、悪意、妄執、害意など。
ありとあらゆる見えない悪徳が詰まっていたのです。
それらは、ハコを開けると共に飛び出し、この世に蔓延しました。
世界を満たし、人の心から飛び出すようになったのです。
しかし、ハコの中にただ一つだけ残ったものがありました。
それは「希望」
あるいは「良心」とも言い換えられるものでした。
それだけは、ハコの中に。
人の心というハコの中に残って、決して飛び出していくことはありませんでした。