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第十九話 悪霊の恩恵

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由音自身、未だに昨夜の攻撃の正体を掴めずにいた。
いや、正体は分かり切っている。
(あの短刀でやられたのは間違いない。問題は、アレがどうやってオレんとこまで届いたかってことなんだよな)
距離にして十メートルはあった間合いから、三十センチ程度しかない短刀が何故届くか。
そこを判明させなければ結局昨夜の二の舞だ。
だがしかし、今回は由音にも多少の余裕がある。不意打ちの奇襲でもない限り、由音の異能はきっちりその効果を果たすのだから。
(…しっかたねえ、痛いけど)
もう一度見てみるしかない。その身で受けて見定める。
決めてから、由音は倉庫の床を踏みしめて一直線に女へ突撃する。
「ハッ、馬鹿が!」
嘲り、女が短刀の切っ先を由音の眉間に向けて刺突に構える。
間合いを一瞬で埋める術があるとしても、おそらく位置までは変えられない。その為に切っ先を向けているのだろうから。言ってしまえば切っ先は銃口で、照準だ。
だからこのままだと眉間に短刀が突き刺さる。いくらなんでもそれは不味い。
発動のタイミングは読めなかったが、適当に間を計って顔を切っ先の延長線上からどかす。
ドスッという鈍い音と共に前進する体に僅かな抵抗が加わる。見れば、顔をどけた先にあった肩に短刀が突き刺さっていた。
「いっで…ッ!」
女が力を加えると短刀にも同じだけ力が入り、まるで固定されているかのように短刀が空中で静止する。それでも前に進もうとした由音の力で自然と刃が深々と肉を抉る。
(なんだよこれ…投擲?違う投げてねえ!なんだ…刀身は肩に刺さってるのに、なんで柄はあいつが持ってんだ!?)
短刀を突き出した格好の女は確かに短刀の柄を握っている。だが柄から先、鍔から向こうが消えている。
無い刀身の部分だけが、由音の肩で肉に身を沈めている。
(刀身だけ…飛ばした!?)
考えつつ、それは違うと自分で否定する。
刀身だけが飛び出るギミックのあるナイフも存在するが、あれはそういう類のものじゃない。まっすぐ女を見て突っ込んだ由音の目にも、正面から刃が飛んでくるのは見ていない。
それに、刀身を抜こうとして数歩下がろうとした時にも違和感はあった。
「つっ…!」
勝手に抜けた。数歩下がると、刀身はずるりと抜けて空中でぴたりと止まったまま、先端から血を滴らせていた。
まるで壁にでも固定してあるかのように微動だにしない。最初に出現した位置から、刀身は一ミリたりとも動いていなかった。
「フン」
一息吐いて、女が柄と鍔だけの短刀を後ろに引く。と、何も無かった刀身の部分が鍔から生えるように元通りの刀身を取り戻した。
それと同時に空中で止まっていた刀身もすすと空間に呑み込まれるように消えていった。
「なんだそりゃ!」
思わず叫ぶ。
明らかにおかしい。突き出した空気中の一点に異次元の穴でも開いてるかのように刀身が消え、逆に何もない空間からいきなり突き出して消えた刀身が飛び出た。
どういう異能なのかがさっぱりわからない。
「お前にゃわからねーだろな」
気付けば、短刀を握る女が由音の腰の位置まで身を沈めて眼前まで迫っていた。
速すぎる。
(こいつ、動きそのものも人間離れしてやがっ)
対応できなかった由音がせめてもの抵抗として後ろに下がろうと足を運んだが、女の踏み込みと短刀のリーチの短さにすら抗えない。
真下から真上へ振り上げられた短刀が、たった今刺突を受けた肩の傷を通過するように脇から正確に叩き込まれ。
そして、由音の右腕が肩から吹き飛んだ。
(嘘、だろ!?)
ありえない。たかが女の一振りで、高校生男子の二の腕が両断されるなど。
対して、女は勝ちを確信してぺろりと舌を出した。
対処できるわけがない、脳が追い付くはずがない。
普通の人間にとって、慣れ親しんだ五体のどれか一つだけでも失うというのは大事だ。ショックで思考は乱れ、パニックになって激痛で何も考えられなくなる。加えてこの距離。心臓でも首でも狙い放題だ。
そう確信していたからこそ、女はまず心臓を潰そうと思った。そうして動きを止めてから、首を撥ねて最後まで死亡確認を取ってやろうと。そう考えていた。
だから油断した。
「ふっ」
由音は頭上高く飛んだ自分の右腕にも血を噴き出す肩にも一瞥すらくれず、まず左手で女の胸倉を掴み、
「ざけぇっ」
強く引きつつ頭を大きく後ろに引き、
「んなっつのっ!!」
持てる力の限り前に振り出した。
「な、ぶっ!!?」
額がちょうど女の鼻下にぶつかり、予期せぬ一撃に戸惑う間もなく女は後方に吹き飛んだ。
「くそっクソッ!いってえなチクショウ!!」
由音も追撃することなく、地面に落ちた自分の右腕を拾ってそのまま尻餅を着いた女の横を通り過ぎ、椅子に縛られていた静音のところまで走ってから振り返り再度女を睨みつけた。
「馬鹿かお前!普通そんな簡単に人の腕吹っ飛ばすか!?こんなん久しぶりだわ!」
「頭突きで人を吹っ飛ばすお前も大概だろうがこの石頭がぁ…!」
鼻を押さえて立ち上がる女の言葉を無視して、由音は背後の静音に視線だけ向けて外傷の有無を軽く確認する。
「静音センパイ!大丈夫っすか!?」
「私は、全然何も。由音君こそ…その腕」
おそるおそる切断された右腕を見れば、断面からは絶え間なく血が流れ続けている。
「っ…由音君!私の縄を解いて、早くしないと君が…!」
体に触れられれば、失くした腕も元通りに“復元”できる。が、流れ出た血液まで元通りにすることは出来ない。このままでは出血多量で命が危ない。
だが焦っていたのは静音のみで、当の本人である由音は痛みに顔を顰めてはいるが失った腕そのものにはさしたるショックもないようだった。
「いや平気っす!くっつくんで」
余裕を見せるようにへらっと笑って、由音は左手で両断された右腕を肩の断面に押し付ける。
すると断面同士が粘着質な音を立てて、結合を始めた。神経から骨から筋肉から、互いが互いを求めるようにズレを修正し、足りない分を補完し、最後に皮膚が繋がっていく。
「…うん、よし!治ったぁ!!」
左手を離し、由音は右腕を持ち上げる。肘や指、手首等をこきんと動かして、異常がないことを確認する。
流石にそれを間近で見ていた静音も驚きを顔に出して口を開く。
「由音君…その力」
「うっす、これがオレの異能なもんで。だから殺せねえよ、テメエにはな!」
切断の傷痕すら残さず完治させた由音が、ドヤ顔でその光景を見ていた女に顔を向ける。
「薄気味わりー野郎だ……昨日の傷も、それで治したってんだな」
「そういうことだ!」
「で、それだけか?」
吐き捨て、女は身を沈めて一歩を踏み込む。それに反応して由音も腕を前に出して駆ける。
今度はあの妙な力は使わなかった。だが、それを抜きにした上でも女の動体速度は反則じみたものだった。
「結局、ただ治りが早いだけのサンドバックってことじゃねーの。おら試してやるよ、どこまでやったらお前は死ぬんだ?」
左手首が半分ほど切断され、首の頸動脈が斬り裂かれる。喉から逆流してきた血が由音の口から溢れ出る。
眼球を狙って突き出された短刀を右手を盾に受ける。掌から甲へ突き抜けた刀身を握り締めて顔の横へずらす。
「…ごぼっ。あ゛ー…だしがに、ごれじゃサンドバッグもいいどこ、だな」
喉に詰まる血液のせいでまともに喋れなくなっている由音が、それでも笑顔で手を貫通した短刀を握ったまま女の目と鼻の先まで顔を寄せる。
「………んーじゃ、見ぜでやるよ。オラ、試してみぜろ」
「…ハッ!」
瀕死の重傷を負いながら見せるその表情に僅かな悪寒を覚えた女は、密着していたその状態から靴底を由音の鳩尾に叩き込んで距離を取る。
「ごほっげはっ!!…ペッ。ああ、死ぬほど痛え」
既に治っている首をさすりながら、溜まっていた血を吐き出す。
左手首も結合され、今短刀を引き抜かれたばかりの右手の平も完治していた。
「人間離れしてやがんなーお前。正直キモイわ」
「テメエこそ前世はゴキブリか?ってくらいめっちゃ早いじゃんか。人型のゴキブリは火星に帰れよな!」
互いに悪態をついて、仕切り直すようにじりじりと距離を測る。
(わっかんねえなーこいつ本当に人間か?ありえねえ動きだ、“倍加”使った守羽みてえ)
心中で女の動きに僅かばかりに困惑しながら、しかし手詰まりだとは思わない。
その程度のことなら、自分にも出来るのだから。
(オレも使うしかないよなあ。このままじゃジリ貧だし)
動向に注視しつつ、由音は自らの内側にある力を引っ張り出す。
(クソ悪霊、代償は勝手に持ってけ。どうせ減った分は異能で取り戻す)
この身体を常に蝕み侵し続けている存在へと呼び掛け、ほとんど強引に引き摺り出す。
産まれる前からこの身を呪い続けている忌々しい悪霊の力を、由音は恩人とその先輩の為に使う
椅子に縛られたままの静音は、おかしなものを見ていた。
背中を向けて立っている由音の体から、奇妙な黒い|靄《もや》のようなものが出ているように見えたのだ。
それは由音を中心に渦巻くように取り囲い、再びその身体に取り込まれていく。
「ぐ…くっ」
由音の呻き声が耳に届く。
「深度は………とりあえず、こんなもんか」
由音が自身に向けて呟いた内容は、静音には理解できなかった。
ただ、よくはわからないが。
アレは、あまりよくない力だ。
そういう認識が彼女にはあった。人間にとって、由音が使おうとしているあの力は良くないモノだ。本能的にそう感じる。
その力を纏った由音の表情は静音からは見えなかったが、
「……、」
由音は、薄く笑っていた。
直後に由音は拳を強く握り腕を引き絞る。
短刀を構えていた女の真横で。
「「…!?」」
由音の姿を視界に捉えていたはずの静音と女の二人が、ほぼ同時に目を見開き驚愕する。
動き出す一歩目、その初動。
何も見えなかった。
「おあぁっ!」
それでも女の方はギリギリで対応し、由音の拳を短刀の腹で受けていた。
ただし、衝撃を受け切れず浮いた体が数メートル横へ飛ぶ。
「へっ!」
女の両足が地面に着く頃には、もう由音は大回りに移動して女の背後を取っていた。回し蹴りで女の頭部を狙う。
「ナメ、んなっ!」
左手で由音の蹴りを受け止めてその足首を掴み、短刀を握ったまま右腕を振るって肘鉄で由音の足を折る。
「いてっ!」
普通は『痛い』では済まない怪我なのだが、由音にとっては顔を歪める以上の影響はなかった。
だが次の動きも女の方が早かった。
へし折られた左足を掴まれた状態で、軸にしていた右足を払われる。一瞬だけ中空に身を放り出された由音の右胸に短刀を突き刺し、さらに足首から離した左手で掌底を打ち込む。
ありえない腕力で押し出された身体がくの字に折れて倉庫の壁まで吹き飛び轟音を上げて減り込む。
「げぼっ…!」
左足首骨折、右肺及びその他内臓に損傷。
ーーー完治所要時間、二十七秒。
(足だけならっ、十秒もいらねえ!!)
いち早く治った左足で壁を踏み叩き、減り込んだ自分の体を壁から脱出させる。まだ肺が治り切っていないせいで呼吸が辛いが、それもあと数秒の我慢だと自らに言い聞かせる。
壁から体を引き剥がした直後、減り込んだ壁にまたしても何もない場所から刀身が伸びてきて危うく左の肺も破壊されるところだった。
「お前…訂正するわ。人間離れしてんじゃなくて、人間の力じゃねーなそれ。どーりで気持ちわりー感じがすると思ってたんだ」
刀身を戻して、女が汚物を見るような目で由音を睨む。
「なんだ、その力は。異能じゃねーのは確実だ。だとしたら人外との契約か、呪いか、あるいは何かの家系…いやそれもねーな。だったらあたしが知ってるはずだ」
「契約なんかしてねえよ、呪いっちゃ呪いかもしれないけどな」
完全に内臓器官も完治したのを自覚しながら、由音は彼にしては珍しい不愉快そうな表情で目を細める。
「ただ、取り憑かれただけだ。産まれる前から、忌々しい悪霊にな」
「…!お前、霊媒体質の人間……ってこた、そりゃ“憑依”の力か!」
言ってから、女は由音を凝視して、
「それにしちゃ、随分と長生きじゃねーか。見たとこ身体異常も精神異常も無い。母胎にいた頃から憑かれてたのならせいぜいが五年生きられりゃマシな方だと思ってたが…ん?」
そこで女は何か思い至ったかのように顔を上げて、得心がいったと言わんばかりの表情で凝らした瞳をさらに鋭くさせる。
「あー…そうか、そういうことか。なるほどなぁ、確かに|概念種《がいねんしゅ》の悪質な浸食に対して、それなら対抗も拮抗も可能か」
「なんだよ、たいしてヒントやったわけでもないのにバレちゃったのか」
うんうんと頷く女に、由音は微笑を見せながら強く意識する。
今の深度では足りない。
「概念種の力を引き出すには供物や寿命を差し出すのが定例だが、お前はそれを払わず力のみを得ている。や、払ってることは払ってるのか」
「……」
深度上昇と同時に異能もさらに展開。
「つーか、取り憑いた悪霊や怨霊ってのは力を使わなくても勝手に寿命を削り喰らっていくクソしかいねえ。憑かれた時点でおしまいだ。“憑依”に対する特殊な耐性を持つ家系や体質者でもない限りはな」
答え合わせのようにぺらぺらと喋る女は油断しているわけではない、隙だらけなわけでもない。
わかっているのだ、由音が力の底上げを行っているのを。仕掛けるタイミングを窺っている。
「で、耐性のねーお前が寿命を喰われながらも生き続けてる理由。対価を払って体を強化させても平気な理由。…そしてお前が持つ、致命傷からすら復帰するその異能」
ダン、と地面を強く踏んで短刀を構え直す女は答えを明らかにする。
その間際に、由音の方も準備は完了する。
同じく地面を擦っていつでも飛び出れるように腰を落とす。
女が最後に放ったその発言は、再衝突のスタートを合図する役割も果たした。
「“再生”、か。外因による傷を治癒し、人ならざる存在からの寿命搾取に対してすら外的要因と見なして削られた命をも再生させる!“憑依”の力をノーリスクで扱える最高の組み合わせじゃねーかこの化物がぁっ!!」
女が吼え、短刀を手に迫る。
「ざっけんな、こちとらちょっと特殊なだけで真っ当な人間じゃオラァ!!」
由音も心外な発言に対し怒声で返して迫る刃を素手で受ける。
“再生”の能力者にして悪霊に“憑依”された特殊すぎる少年は、静音の想い人であり想われ人である友人の到着を、文字通り闘いに身を削りながらただ待つ。
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八回。
既に八回、由音は普通の人間であれば死んでいた。
女の猛攻は悪霊の“憑依”を用いて人外の力をその身に宿している由音ですら化物じみていた。
最初の方こそ様子見だったのが、今では完全に殺し切る勢いで由音の全身を斬り刻んでいる。
しかしそれでも、由音は押されることはあっても退くことはない。
眼球を真っ二つにされ、指を斬り飛ばされ、腹を斬り開かれても。
そのたびに脳が焼き切れそうなほどの痛みに悶え苦しんでも、決してショック死や廃人となることはない。
痛覚による脳へのダメージですら、“再生”の能力は『真っ当な人間』として東雲由音が存続する為に機能する。
それでも、結局は最低限のカバーだけであって完全に痛みを消せるわけではない。
(…体が重たくなってきた…痛覚ダメージの蓄積がヤバいな…。どうすっか)
今は“再生”も“憑依”も抑えた状態で闘っている由音にとっては、この状況はあまり切迫したものではなかったが、あまり長く続けていたい状況でもなかった。
(どっちの能力も上げ過ぎるとちょっとした拍子で暴走しかねないからなあ。ここらへん、まだ調整不足だから)
考えている最中にズバンッと振り回された短刀に左腕が肘から先が落とされる。
思わず拾おうと視線を下に向けた瞬間、視界いっぱいに女の膝が映り、由音の顔面が陥没して仰け反る。
「ガラ空きだぞ霊媒者!いい加減死ねってーの!」
凄まじい速度で斬撃が全身を裂く。
膝蹴りで顔が跳ね上がった由音の体が仰向けに倒れる前に、短刀を逆手に持ち替えた女が由音の首を狙う。
「ッ…!」
首の両断までは由音にも経験が無い。“再生”が通用するのかわからない以上、潰れた顔でなんとか開いた片目で追った刀身を右腕を使って防ごうと首との間に割り込ませる。
目で追っていた短刀が消え、首に軽い衝撃があった。
「あ…?」
見れば短刀の刀身は消え、柄を握る女の手は防御に回した由音の右手の手前で止まっていた。
そして刀身のみがいきなり由音の首に側面から肉を裂いて埋もれていた。
(や、っべ!!)
力任せに刀身が首に食い込んでいくのに焦りを見せた由音が、がむしゃらに足を突き出して女の腹を蹴って後ろに下がるが、女の追撃の方が早い。
「由音君!」
静音の声を聞きながら、目の前で笑う女の右手が振るわれる。
稼いだ距離は二歩分、女なら半歩で詰めるだろう。由音はその半歩の間に体勢を整えることは出来ない。
(クソが!深度上げて対応するしか)
ドゴンッッ!!!
突然天井が破壊され、女と由音の中央に何かが降ってきた。
「っ!」
「どわっ!?」
古びた倉庫である故に溜まっていた埃が舞い上がり、誰もが誰もを見失うほど視界が灰色に埋め尽くされる。
その中で、

「三十倍」

倉庫の天井をぶち抜いて降ってきた何かがそう呟き、女へと正確に突っ込む。
「出やがったなてめー…!!」
女はすぐさま迎撃態勢をとった。
ガガガガンッ!!
女の斬撃を叩き落とし、強引に捻じ込んだ一発が女の腹に沈む。
「チィッ!」
腹に受けた一撃にも意識を向けずに放った横薙ぎの一振りを躱し、後ろへ下がるついでに尻餅を着いていた由音の首根っこを掴んで一緒に後方へ飛ぶ。
「神門おっせえよお前!」
「お前がアバウトな場所しか教えねえからだろ!倉庫一つ一つ見て回ってたら時間食ったんだよ!まあ、お前が派手に闘ってたおかげでこの辺まで来たらすぐわかったけどな」
由音を放り投げて、神門守羽は斜め後ろで椅子に縛られている静音を見つける。
「静音さん!大丈夫ですか!?」
「守羽…。うん、平気。大丈夫だよ」
想い人の颯爽とした登場に、静音も微笑で無事を告げる。
「そうですか、よかった。…で、一応お前も無事か?」
むくりと起き上がった由音に、流れ作業のように安否を確認する。一見して明らかに大丈夫ではない傷を負っていた由音も、首を押さえながら立ち上がり、
「あー…うん、大総統にボコられたグリードの気持ちがわかるくらいには叩きのめされたけどまあ大丈夫だ」
「そうかい」
取り合わず適当に流して、だが再度由音へ顔を向けた守羽が逡巡してから口を開く。
「…悪いな、助かった。おかげでここまで来れた」
「おう!今日のもこれでチャラにしてくれよ!」
「わかった」
答えつつ、横目で静音の体を流し見る。
ざっと見た感じでは外傷はない。拉致されて縛られただけのようだ。
まあ、それ『だけ』でも彼にとっては許し難い行いではあったが。
「東雲、あの女はなんだ。人間か?」
「わかんね!人間っぽい動きじゃなかったけど」
「ふうん。…おい、お前は何者だ。人間じゃねえのか?」
冷徹な瞳で、守羽は女を見据える。
女は守羽の顔を見て青筋を浮かべて怒りを露わにした。
「ハッ、ようやく会えたな神門守羽。見りゃわかんだろーが人間だ。『シモン』っつってもてめーにゃわからねーか?カス野郎」
「ああ知らねえ、誰だテメエ。|名前《シモン》とかどうでもいいが、人間なんだなお前」
心底興味が無さそうに、守羽は一歩前に出て拳を握る。
「どの道、人間でも人外でも関係ねえんだがな。何が目的でも構わないし、やることも一切変わらない」
その目に殺意すら乗せて、眼前のシモンと名乗る女を睨み上げる。
「テメエ俺の先輩に手出してただで済むと思うなよクソ女。ふざけやがって、ぶち殺す」
普段なら出ないであろう粗野で乱暴な言葉遣いで、守羽もまた怒りを露わにしてシモンに拳を向ける。
それを見て、シモンは煮え滾る怒りの感情を露出させたまま器用に笑みを作って見せた。
「はっはっ、…上等だ来いよ半端者。ずっとぶち殺してやりてーと思ってたのはむしろこっちの方なんだぜ?」
同じように短刀の切っ先を向けて、シモンも由音の時とは比べ物にならないほどの殺意を噴出させた。
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