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第二十六話 悩める者らが過ごす休日(後編)

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歩くスピーカー、制服を着た騒音、マシンガンノイズ、その他色々。
ともかく『うるさい』の一言に尽きるといった認識が生徒の大半に浸透している、そんな東雲由音の二つ名は数えきれないほどある。
そしてそれは、学年関係なく多くの生徒に由音の存在は知れ渡っているということ。
当然、井草千香もその話は知っていた。大声量で笑いながら守羽と談笑しているところも学校で見たことがある。
そんな東雲由音と、こともあろうに重大なミッションの最中に会ってしまった。
千香の姿は私服で、キャップを目深に被った上にサングラスまでしていたからおそらくバレてはいないだろうが、まさかあんな多くの人混みの中で同じ学校の生徒同士がぶつかり合ってしまうとは。千香は自分の不運を呪った。
驚きのあまり、つい彼の名前を呟いてしまい一瞬不審がられたが、直後に由音は何かを思い出したかのように大声を上げてすぐさま去ってしまった。
よくわからないが、どうにかなったらしい。
とはいえまだこの付近にいるのは間違いない。このままでは喫茶店に入っても鉢合わせしてしまう気がしてきてならない。
万に一つの可能性を考慮して、千香は一時的に人気の無い場所まで退避する選択をした。街の中心部から少し離れ、ビルとビルの合間で構成された細い道を、どこへともなくぶらりと歩く。
(ここは涼しくていいわねえ…)
高いビルの合間にあるこの細道はどの時間帯でも日陰になっている為、人の密集した街の中心部にいるよりもずっと楽だ。
キャップとサングラスを外してゆったりと歩いていると、不意におかしな音が聞こえてきた。
何かを叩くような…殴るような音。火の灯った松明を振り回しているような奇妙な音。何かが勢いよくぶつかったような衝突音。ビルの角、曲がったその先から音はする。
喧嘩だろうか。あるいは不良が暴れているのか。
どちらにせよ、関わり合いにはなりたくない。すぐに回れ右して来た道を戻ろうと立ち止まった時だった。
曲がり角の向こうから、燃え盛る人間のようなモノが飛び出してきた。くの字に折れ曲がった体が仰向けに地面に倒れ、しかしすぐさま起き上がる。
(え…?な、なにコイツ!?)
いきなりのことに戸惑う千香だったが、相手はそんなことお構いなしに炎に包まれた苦痛に満ちた表情をぐるんと真横に向けて千香を見た。
びくりと身を震わせて一歩下がった次の瞬間のことだった。
「どこ見てんだオラァ!!」
標的に見定めた燃える人間の頭部が、真横から突き出された蹴りに潰されて四散した。
「よっしゃあと二体っ!……んっ!?」
たった今燃える化物の頭部を破壊した相手が、大声で歓声を上げながら足から先を曲がり角から現し、視界の端で立ったまま固まっていた人物へ顔を向けて声を漏らす。
千香も、見覚えのある姿を前にまたしても口から相手の名がこぼれる。
「あっ、……し、東雲」
「…え、っと…………あっ!!副会長だっ!」
一瞬忘れていたようだが、数秒の思考の末に相手が自分の通う学校の生徒会副会長の外見と一致したのを理解して勢いよく人差し指で示して叫ぶ。
「えっ副会長なんでこんなとこにーーーってうぉおお!!」
「っ!?」
冷や汗を垂らしながら言う由音が、同時に曲がり角から飛び出て来た不気味な人型の化物が振るう爪に襲われ右腕でそれを受けた。
「いってえな!」
凄まじい腕力によって腕に食い込む五本の爪を無視して、由音は左手の握り拳を相手の顔面に叩き込む。
床に落とした陶器のように、その頭部は粉々に粉砕した。
「っ…?なんだコイツら、弱すぎんだろ…とにかく、あと一体っ!」
絶命と同時に灰のようになって消えていく化物に一瞥もくれず、由音は再び曲がり角の向こうへと跳び出す。
そこから先は、声だけが状況を千香に伝えた。

「あ、オイ待て!…逃げやがった……なんなんだよ」
「ギィ……」
「ん?まだいたのかお前。ってか結局なんだったんだよ今の!あとお前なに?」
「ギギ……ギギャギ?」
「鬼殺し?いやオレ日本酒じゃないけど」
「ギィギャウ、ギギ?」
「まあ、日本酒は嫌いじゃないけどな!!」
「ギィ、ギャギィギ、ギャゥ」
「お前そんな見た目で酒飲むの?すげえな!酒屋行って買ってくるか?あダメだオレ未成年だから堂々と酒買えねえわ!わりい!」

「…?」
おかしな鳴き声と、それに反応する由音の声が聞こえる。疑問に思った千香は、おそるおそるその曲がり角へと近寄り、そっと顔を出して先を見る。
「お…っと」
千香の気配をいち早く感じ取った由音が、身体を正面に向けて隠すように右手を腰の後ろへと回した。
角を曲がった先の細道には、由音以外は誰もいなかった。あの不気味な化物も、奇妙な鳴き声を発していたものの正体もどこにもない。
(え、どういうこと?なにもない…?)
「ども、副会長さん!こんなところで奇遇っすね!!」
千香の疑問を、片手で挨拶してきた由音が遮る。
「東雲由音、よね。アンタ。まあ奇遇っちゃ奇遇だけど」
「あれ!?オレのこと知ってんすか?」
「学校ではわりと有名人よ、アンタは」
「へえ、マジか!ぜんぜん知らんかったなー!」
それが悪い意味でだとは微塵も思わず、純粋にけたけたと笑う由音に千香は半眼で睨みつけるが由音はそれに気付かない。
千香もそれをわざわざ口に出してまで言うつもりはない。というか、そんなことよりも聞きたいことが今はある。
「ねえ東雲、さっきのって何?あの不気味な化物は…」
「んっじゃオレっ!ジョギングの最中なんでこれで!!いやー休日に街中を走り回るのって楽しいぃぃーー!!」
「ちょっ!?」
しゅばっと再び片手を挙げてダッシュで細道を走り出した由音に、片手を伸ばしながら千香が追い掛ける。
が、そこは男子と女子の差が出た。脚力で劣る千香が一本道でどんどん離され、由音はすぐにビル間の細道を出て姿を消してしまった。
「待ちなさいって!東雲っ」
止まるわけがないと知りつつもそう叫び、千香も細道を出てすぐに左右を見回した。だがあのうるさい男はどちらの方向にも姿が見えなかった。
(ぐぬぬ……なんという足の速さ)
ぐっと拳を握り悔しがる千香は、しかしすぐに息を吐きだして心を落ち着ける。
(まあ、見失ったのは仕方ない。あのわけわからない状況については絶対あの馬鹿が知ってるはず。月曜になったら学校でとっ捕まえてやるわ…)
結局、今の千香にとってはいくら気になるといっても優先事項はそれではない。
深追いし過ぎて本来の目的すら達成できないようでは目も当てられない。二兎追う者はなんとやらで、千香は確実に友人の行く末を見届ける為にひとまず東雲由音とあの不気味な化物のことを頭の片隅に追いやった。
日常からかけ離れた状況に晒されておきながらこれだけ冷静に思考の切り替えが出来る時点で、やはり井草千香という女性の胆の据わり具合は尋常ではない。これこそが、彼女が自らの通う高校で生徒会副会長に選ばれた理由でもあるのだが、それを彼女自身はあまり自覚していない。
由音が異形の人型を二体倒したところで、最後の一体は逃げ出してしまった。燃えた体で壁をよじ登り、屋上伝いにどこかへ行ってしまったのだ。

『あ、オイ待て!…逃げやがった……なんなんだよ』
『ギィ……』
『ん?まだいたのかお前。ってか結局なんだったんだよ今の!あとお前なに?』
『ギ、オマエ……オニゴロシ?』
『鬼殺し?いやオレ日本酒じゃないけど』
『オニゴロシ、チガウ?』
『まあ、日本酒は嫌いじゃないけどな!!』
『オデ、オニゴロシ、サガシテ、タ』
『お前そんな見た目で酒飲むの?すげえな!酒屋行って買ってくるか?あダメだオレ未成年だから堂々と酒買えねえわ!わりい!』

その直後に交わした、小さな人外との会話がこれである。“憑依”による人外の聴力を持たない井草千香にとってはおかしな鳴き声に反応する由音という認識でしかなかったが、一応会話らしき会話は成立していた。
内容自体はまるで噛み合っていなかったが。
「てか、お前なんでアレに絡まれてたんだ?知り合い?」
あの三体の人外は、どうも初めにこの小さな人外を標的に定めていたように見えた。逃げていたのは由音からではなく、おそらくあの三体からだ。
「チガウ、シラナイ」
千香を撒いたまま再び適当な路地裏に身を滑り込ませた由音が、手近にあったゴミバケツの上に人外を置いて話すと、黒いとんがり帽子の人外はぶんぶんと首を左右に振るって否定した。
「アレ、オニ。ダカラ、オニゴロシ、タスケテモラウ、オモッタ」
「はあ、あれ鬼なのか!?ぜんぜんイメージと違うんだけど!」
由音の頭の中には屈強な体格に恐ろしい形相、ついでに虎柄の布を巻いて鉄の棍棒を持っている姿が一番鬼というイメージなのだが、さっき戦ったあの三体はどれも鬼らしき特徴を何も持ってはいなかった。
「んで、鬼に狙われたお前はなんなの?お前も鬼?」
「チガウ、オデ、ピクシー」
「ぴくしー?」
またしても由音の頭の中では『ゆびをふる』とかを技で使いそうなピンク色のシルエットが思い浮かんだが、おそらく違うのだろうと脳内の想像を掻き消す。
「ピクシー、チカラ、ヨワイ。ダカラ、オニ、ピクシークウツモリデ、ネラッタ」
「あー、そういうやつか……食われなくてよかったな!」
由音の言葉にこくんと頷いたピクシーは、被っているとんがり帽子の位置を直しながら、
「ニンゲン、タスカッタ。デモ、オマエ、オニゴロシチガウ?」
「うーん?その『鬼殺し』ってのが誰のことかわかんねんだけど、とりあえずオレじゃねえぞ!」
この辺りでようやく『鬼殺し』が日本酒のことではなく誰か人間の呼び名であることを理解した由音だが、結局知らないことに変わりはない。
鬼を撃退してもらう為に探していたピクシーにとっても、その役を由音が代行したことでもう『鬼殺し』を探す必要はなくなっていた。
用件の無くなったピクシーは、バケツの蓋からぴょんと地面へ跳び下りる。
「もう行くのか?ピクシー」
「ソウダ。ココ、マダ、キケン。オニ、マタ、ココクル」
「また来んのかよ!なんでだ?」
「オニ、ナニカ、サガス、シテル」
“憑依”の状態を維持したまま、由音はピクシーの言葉に耳を傾ける。
「オデ、ココイタノ、タマタマ。デモ、ジャマ、ダッタ。ダカラ、クワレソウ、ナッタ」
鬼は何かを探している。そして、たまたまこの街を徘徊していたピクシーがその邪魔だったからついでに食ってやろうと狙っていた。
それをどうにかしてほしくて、ピクシーはこの街にいる『鬼殺し』を頼ろうとした。
そこまで考えて、由音はふとした疑問をピクシーにぶつける。
「なんでそれで守羽を見てたんだ?」
昨日からずっと様子を見ていたのは知っている。敵意が無かったのは頼ろうとしていたからだと思えば納得も出来る。
だが何故ピクシーは守羽が『鬼殺し』だと考えたのだろうか。
「アイツ、イチバン、オニゴロシ、ミタイダッタ、カラ」
「どゆこと?」
「オニゴロシ、ツヨイチカラ、アル。アイツ、ヨクワカラナイ、ケド、スゴクツヨイ、チカラアル。ダカラ」
「なるほど!」
確かに守羽はとても強い。本気になれば自分なんて相手にならないくらいの強さを秘めていることを由音は知っている。『鬼殺し』は強い。それを知った上で一番強い力を持つ者が『鬼殺し』であると判断するのは至極当然のことだ。
少なくとも由音は短絡的にそう考えた。
「でも『|鬼殺し《しゅう》』が出るまでもなかったな!オレでも勝てたぜ!弱いな鬼!」
「オマエ、バカ」
「なんだとぉ!」
いきなり小さな人外から馬鹿と言われ、ご機嫌になっていた由音が仏頂面になって顔を突き出す。
「アレ、ガキ。オニノナカ、イチバン、ヨワイヤツ。オニ、ホンモノ、モットズット、ツヨイ」
「なんだ、あれザコキャラだったのか…」
呟いてみて、確かにあれが本当に鬼の強さだったらあまりにも期待外れだなとも思った。
絵本や昔話でも、基本的に鬼というものはとても強いものなのだから。
(鬼はなんかを探してる…あの三体をとっちめただけじゃ終わらないってわけか。どうしよ、守羽に報告しといた方がいいかな)
思ったよりこの件は長引きそうだ。そう感じた由音はこの一件をどう扱ったものかと考える。個人で勝手に引っ張りまくった挙句に事態がこじれて守羽にその皺寄せが来てしまうことはなるべく避けたい。その為には事前に伝えておいた方が無難か。
「…オデ、モウ、イク」
ボロい布きれの衣服を纏ったピクシーは、考え込み始めた由音を一瞥して歩き出した。
「ん、おう!気を付けてなー!」
「オマエ、モナ」
最後に頭を少し下げて、ピクシーは去って行った。
(…さてさて、オレはどうすっかなー)
今後の方針を固める為に、由音はこのあともうしばらく思い悩んで時間を過ごした。
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「いやー、面白かったですね。静音さん」
「うん」
映画館から出ながら、俺は静音さんと共に映画の内容について話していた。
今までずっと暗い劇場の中にいたせいか、外に出た時の強い陽光に思わず片目を閉じてしまう。
「途中どうなるかと思いましたけど、まさかああいう終わり方とは。まあでもハッピーエンドでよかったです」
「そうだね。結ばれて、よかった」
事前情報が何もないまま見た映画だったが、バッドエンドにはならずに済んだので個人的にはとても良い作品だったと思う。
外に出て、しばらく歩道を歩きながら映画の話を続ける。
その道中で、ふと通り過ぎた店先に立て掛けてあった時計の時刻が目に入り思い出す。
「もう昼か…」
時間は十二時を少し回った頃。どうりで少し腹が空くと思った。
「この辺りでどっか探して、昼食にしましょうか」
せっかくの機会だ。俺も勇気を出して静音さんを昼食に誘う。もしかしたら映画見てそのまま帰るつもりだったのかもしれないが、俺としてはもう少しこのまま一緒にいたい気持ちが強い。
「あ、……うん。一緒に。うん、行こう。連れて行って」
一瞬だけ真顔になった静音さんが、俺の言葉に数度頷いてから微笑む。
俺は心の中でガッツポーズをとり、この付近でどこか美味しい店がなかったかと全力で記憶を手繰る。
その時、俺の右手が不意に熱を持った。この暑い夏の陽光に当てられた不快なものではなく、安心感のある温もり。それはまるで人肌のような…。
「って、え…」
「…っ」
きゅっと握られる感覚ではっとして振り返ると、俺の右手は静音さんの両手に包まれていた。当の本人である静音さんは躊躇いがちに顔を伏せていたが、俺の右手は離す気配を見せない。
「し、静音さん…?」
「あの、て…手を。えっと、駄目…かな?」
静音さんにしてはあまり要領を得ない口調だったが、この状況で静音さんの言いたいことくらいは俺にだって汲める。
あまりにも信じ難いことだし、もし間違っていたら大恥ものだが。
それでも、俺自身が望んでいたことでもあるから。だから間違っていたってきっと俺は実行していたと、思う。
そして、俺の取った行動はどうやら間違ってはいなかったらしい。
「…はい」
ゆっくりと右手を開いて、静音さんの左手を掴む。加減がわからないから、極力控えめに。掴むというより、触れるように。
それを見て、静音さんが少しだけ嬉しそうにして左手の五指を俺の右手に絡めて柔らかく握った。
「っ…」
「……」
どちらからともなく、気恥ずかし気に笑って再び歩き出す。

『っしゃぁ!!』

「「っ!?」」
一歩目を踏み出した直後に街のどこかから聞こえた、そんな大声に俺と静音さんが同時に肩で跳ね上げて驚く。
「なんだ今の…」
呟きつつ、やたら俺の知ってる|友人《ばか》の声によく似てるなと考える。
まあこんなところにあいつがいるわけないし、おそらく気のせいなんだろう。休日でテンションがハイになってるどこぞの馬鹿がはしゃいでいるだけだ、きっと。
なんとなくついさっき見たばかりの映画のような空気だったのが一瞬でいつものそれに戻ってしまったが、俺にとってはこっちの方が気持ち的にも楽かもしれない。静音さんにとってはどうかわからないが…。
「…行きましょうか、静音さん」
「うん。行こう、守羽」
空気は戻っても繋いで手は離さないまま、俺は静音さんの手を引いて昼食の店を探し始めた。



(…思わず叫んじまったぜ…バレてねえかな?)
ピクシーと別れたあとにこっそりと二人の様子を遠目に見ていた由音が、手を繋いだ瞬間に思わず全力のガッツポーズと共に声を張り上げてしまったのを慌てて両手で口を押えて人混みの中に紛れながら心中でそう呟いた。
(二人を覗いてたなんてバレたら守羽に殺されるからな……ここはとりあえず帰るか!今の守羽に鬼の話なんてできねえし)
いくら由音とて、二人の恋路に割り込んで明らかな厄介事の話をしに行くほど空気が読めていない行動は取らない。
由音がここにいる意味はこれ以上ない。あとは想い人同士、楽しい休日を過ごせばいい。邪魔者はさっさと退散するに限る。
あとは、
(副会長に見つからないようにステルスしながら帰ろ…)
今の絶叫を聞いてまたしても井草千香が周囲に注意を払いながら捜索を開始しているのが視界の端に映り、慌ててこそこそと人混みに紛れ直す由音が無事に自宅まで帰還できたのはそれから三時間後のことだった。
生徒会副会長の索敵能力は半端じゃなかった。



由音が仕留め損なった燃える人型の化物はとある山へと向かった。
自らを使役する主人のもとへ、情報を届ける為に。
『鬼殺し』と、それにまつわる情報を伝える為に。

「|馬頭《めず》、馬頭!どこへ行った!?」
「はいよ|牛頭《ごず》、血相変えてどうした?」
「戻った|餓鬼《がき》から情報が入った。他の餓鬼は|殺《や》られた。|茨木《いばらき》様が倒された地域とほぼ同じ場所だ。見つけたぞ、ヤツだ」
「そりゃあ、いい。……頭領に報告だ」

人が立ち入らない、立ち入ってはならないと語り継がれている此処は鬼の総本山。
かつて、『鬼殺し』と呼ばれるようになった少年が倒した鬼が住んでいた場所。
牛面に人の胴体を持つ人外と、馬面に人の胴体を持つ人外とが話をして頷き合う。共にその額には一本の角が生えていた。
二人(二匹?)は、山奥に建てられた荘厳な屋敷の最奥へと向かう。

「頭目!お休みのところ申し訳ありません!」
「気にすんな、見ての通り暇を持て余してるとこよ。で、どした牛頭馬頭」
「はっ!頭領、…『鬼殺し』らしき情報が、餓鬼から」
「…んだとォ…ッ!?」

『鬼殺し』。
その単語を聞いた瞬間、|頭《かしら》と呼ばれた者が持っていた酒瓶が握り潰された。ぼたぼたと半分以上残っていた酒が木張りの床に水溜りを作る。

「そうか、見つかったか。そうかそうか、やっとか……!!」
「と、頭目?」
「頭領、大丈夫ですか?」

瓶を握り潰して酒が滴る片手で顔を覆い、頭は小刻みに震える。彼の忠実な配下である牛面と馬面の人外が心配そうに動物の表情に不安を見せる。

「いや、問題ねえよ。とりあえず……ちょっと殺してくるわ」

瓶の欠片を落としながら、おもむろに彼が立ち上がるのを牛と馬の人外が慌てて止める。

「今からですか!?」
「ちょっ、落ち着いてくだせえ頭領!いくらなんでも急過ぎる!」
「うるせえ!!落ち着いてられっか!『鬼殺し』はこの手でブチ殺してやらなけりゃ気が済まねえんだよ!」

行く手を遮る牛と馬を突き飛ばし薙ぎ払い、圧倒的な力を持つ頭に臣下二人は成す術もない。

「我ら鬼の頭目たる貴方が居城を留守にするなどありえません!お考え直しを」
「邪魔だ牛頭!ぶっ殺されてえのか!他の鬼共にはオレが逃げ出したって伝えとけ!それで大半は納得するだろ」
「駄目ですって頭領!相手はあの茨木様を素手で殺したっていう『鬼殺し』ですぜ!?もし仮に返り討ちにでもあったら…!」
「野郎の首を引き千切れるんならそれもアリかもなァッ!!」

しばらくそうして牛馬の人外とその大将との取っ組み合いが続けられたが、最終的に折れたのはやはり臣下の側だった。

「はあ、はっ……わかり、ました。では、我々も付き従います」
「おう、好きにしろ」
「頭領、俺らも一応注意はしますが、くれぐれも無茶苦茶なことはしないでくだせえ」
「んなもん知ったことか」

臣下の言葉を一蹴し、彼は崩した着流しの上から薄い長羽織を着て部屋を出る。

「さっさと用意しろ、牛頭馬頭。茨木童子の|仇討《あだうち》だ。気合入れろよ」
「「…はっ」」

額に屈強な長い角を生やした鬼の頭は、同胞を殺した『鬼殺し』へと報復すべく、二匹の臣下に諌められながら静かに鬼の山を下りた。
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