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いしまつオフレポその③美術館にて

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<わかりやすい前回までのあらすじ>
・らーめん おいしかった


 目的の一つは達された。モンハンで言うならサブターゲット達成である。支給品の追加は無いが、かわりに腹は満たされた。
 ぽっこり出た腹をさすっていると、ニトロ氏が笑顔で問うてくる。
「で、この後の予定はどうなんですか?」
 ……ん?
「そうっスねえ。次はどこに行くんですか? いしまつさん」
 柴竹氏が問うてくる。……んん?
 なんだ君たち。揃いも揃って、どうしたというのだ。エサを待つヒナ鳥のような、その物欲しげな眼差しはなんなんだ。
「だっていしまつさん、Twitterでおもしろそうなとこ探しときますって言ってたし。楽しみにしてますよ」
 
 あっ。

 ……確かに、ニトロ氏との事前の打ち合わせで、そんなことを呟いていた記憶がある。
 問題は、そのことを今の今まで完璧に忘れていたことだ。
 昼にラーメン屋、夜に肉を食いに行こうと決めた時点で満足し、その間の予定が、完璧に頭から抜け落ちていたのである。
 時刻はまだ午後二時。晩飯予定の八時まで、まだ六時間もある。ちょっとそこでお茶しよっか、で埋められる長さではない。やべえ、どうしよう。
 だが、そんな事情なぞ当然知らない二人は、相変わらず期待の表情でこちらを見つめてくる。さっきのラーメンで期待値が上がってしまったのか。背を伝う冷や汗。だが、ここで変に言い訳をしても仕方がない、無いものは無いのだ。ありのままを伝えるしかない。
「えっと、あの……すみません。実はノープランでして……」
 おい、こら、二人とも。そんな露骨に「え……」みたいな顔すんな。柴竹くん、半笑いで「いしまつさん企画者なのに……」ってボソッと言うの止めてくれ。痛い。心が痛いよ。
 マズい、このままだと「いしまつは広げた風呂敷を畳めないクソでした」とかオフレポに書かれてしまう。ニトロさんの漫画レポで俺の顔だけがよく分からないクリーチャーとかにされてしまう。なんとかしなければ。
 頭の中に、急遽地下鉄の路線図を展開。ここは銀座。築地に行くか…いやでもメシ食ったばかりだ……六本木……男三人でヒルズ行ってどうする……何かないか、何か……ん? 六本木? 待てよ、確か六本木の近くに……そうだ!
「乃木坂行きましょう!」
「乃木坂?」
 突然の提案に、怪訝そうな顔をするニトロ氏。
 だが一方で、柴竹氏の目がキラリと光った。
「乃木坂! いいッスね!」
 そう、彼はAKB48のライバルグループ、乃木坂46の大ファンなのである。よしよし、掴みはOK。これならなんとか……。
「ちなみに、乃木坂って何があるんスか?」
「え~っと、それは、ホラ、その……」
「何も無いですよ、あそこ」
 こらニトロ氏、水を差すんじゃねえ。
「ええ~……」
「ま、まあとにかく! 行ってみれば何とかなるって! ほら、もしかしたら乃木坂メンバー歩いてるかもよ?」
「それはないッスよ」
「ないよね」
 くそう、こいつら、やりづれえ。
 
 
 
 銀座から日比谷で乗り換え、10分弱。たどりついた乃木坂のホームで、柴竹氏のテンションは早くも上がり始めていた。
「このホームのカーブを実際に見れるとは……いやあ、感慨深いっスねえ……」
 柴竹氏、鉄オタでもあったのかと思ったが、さにあらず。どうやらこのホームの写真、乃木坂46の1stアルバムのジャケットに使われたことがあるのだそうだ。
「そう、ここ。ここらへんに○○(名前失念)が立ってたんですよ。いやあ、凄いなあ!」
「床に残り香ついてるかもよ?」
「それはないッスよ」
「ないよね」
 ごめんって。
 その時、構内に着信音が響いた。どうやら鳴っているのは、ニトロ氏の携帯電話のようだ。彼の顔色が変わる。「ちょっとすいません」の一言と共に我々に背を向け、電話を耳に当てた。
「ハイッ! お世話になっております! ○○○○の○○ですッ!」
 一瞬誰の声かわからなかった。終始ローギアめなテンションだったニトロ氏が、まるで別人のようなハキハキした声で喋っている。こころもち猫背だった姿勢も今や天井から糸で吊るした如くにピンと伸び、電話をしながら虚空に向かって綺麗なお辞儀を繰り返していた。
「すげぇ……」
 やや怯えた顔で呟く柴竹氏。だが柴竹くん、これが日本のサラリーマンなんだよ。ニトロ氏がTwitterで頻繁に呟く自虐を思い出す。「俺は社蓄だ。仕事が恋人なんだ」。有給で休んでいる時にさえ、電話を受け、仕事に追われるニトロ氏。その姿に、僕の目頭は思わず熱くなるのだった。わかる、わかるよ。大変だよなあ……。
「最悪ですわ……」
 電話を切ったニトロ氏は、前よりもいっそう疲れた表情で呟いた。どうやらトラブルが起きたらしい。つかまらない相手先に何度も電話を繰り返してはため息をつくニトロ氏と、心配そうにそれを見る柴竹氏を引き連れ、僕は地上へと向かった。 
 
 
 
 乃木坂で何をしようと決めていたわけではない。ただ、ちょうど駅を出たところに国立新美術館があり、女子大の卒業制作展をやっていたので、そこに入ることにした。
 元々漫画を描いているニトロ氏は、当然乗り気。柴竹氏も「僕もこういうの興味あるッス!」と乗り気であった。……彼の場合、「女子大」という部分に反応していたような気もするが。
 まったく、最近の若い奴は女子の尻ばかりを追いかけまわしていかん。ここは一つ、先輩として藝術の魅力というものを彼にきっちり教えてやらねば。僕は美術評論家の如くむずかしい顔をして、二人の後ろに続いた。

 以下、閲覧後に僕と柴竹氏の間で交わされた論評の数々である。

「あの出口付近に座ってた学生の娘、かわいかったよね。ちょっとツンってした感じのが」
「僕は受付の娘の方がよかったッスね~。一番左の娘」
「あ~あの娘もよかったねえ~。ってか全体的にレベル高くない?」
「ですね~。おっ、みてくださいよアレ。テレビの取材じゃないっすか? ヤベェ、あの女子アナ超美人」
「見てみろよあのパンツスーツ。ケツのラインがクッキリだぜオイ」
「ウヒョォ~↑↑↑」 
 ちなみにニトロ氏は鳴らない電話を青白い顔で見つめていた。

 ところで、柴竹氏とニトロ氏、二人ともまだ会って数時間ではあるが、それぞれの個性がなんとなく見えてきた。
 まず柴竹氏。彼は決して自己主張をしない。興味の向き先は自分より他人。相手が何を考えているのか、どういうことをしたいのか、出方をさりげなく見て、そこに自分の意見を寄り添わせてくる。純朴そうな顔して、実にスマート。なるほど、あの繊細で緻密なキャラクター描写はこの観察眼から生まれているのだなと納得した。
 だがその一方、あれこれ聞いても常に核心をはぐらかされているような感じや、時折スッと引いて何かを計算しているような姿も垣間見えた。「藤色アワー」にしても、「その倫理観、カリソメにつき」にしても、彼の作品には綺麗事だけではない、後ろ暗い部分が常に入り込む。彼の人当たりのよさの下にあるもう一つの姿。そこをもっとよく見てみたい。

 一方のニトロ氏もまた、あまり自分が前に出るタイプではない。だが、柴竹氏と異なるのは目線の向きだ。柴竹氏と違い、彼の思考は自らの内側に向いているような印象を受ける。頭の中に確固とした世界観があって、そこに寄り添いながら外界に接している感じ。物腰こそ柔らかいが、底にある芯は太い。
 だが「彼女のクオリア」ほか、彼の作品に通低する倦怠感と暴力、その来歴は謎のままである。キーワードはやはり、彼自身が散々ネタにしている「足立区」なのだろう。ニトロ氏が幼少期を過ごした地。彼がそこで果たして何を見て、何を経験したのか。きっとそれが、彼の作品世界の根幹であるはずだ。

 ただまあ、焦ることはない。まだ時間は充分にある。昼間のうちに距離を縮めておいて、晩飯の時に色々話を聞けばよいのだ。さてさて、どんな話が聞けることやら――
 美術館を三人で後にしながら、僕は一人、期待に胸を膨らませるのだった。
 
 晩飯の時間にゆっくり話を聞く……この判断が間違っていたことを、後に知ることになるのだが。
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