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第七話  『言葉はまるで、稲妻のごとく』

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 まさひろは、手牌を開けた。

〈四眼の溝鼠〉(1/4)
〈六眼の溝鼠〉(1/6)
〈六眼の闘牛〉(2/6)
〈五眼の黒豹〉(3/5)
〈三眼の飛竜〉(5/3)
〈三眼の悪魔〉(6/3)

 この中から一枚、河に出す。
 どれがいいか。
 壁牌が充実している。四点以上が四枚。六眼は〈襲撃〉されてもほとんど殺されることはない牌だ。いわば安全牌。初手に出しても、悪くはない。もっとも第一打の牌は、手牌の中でもっとも優れた牌を出すのがセオリー。そういう意味では警戒され、〈襲撃〉される危険性の低い第一打に壁牌を打つのは避けるべき。
 そんな考え方もある。
 チラッ、とまさひろが視線を上げると、慶は両手を卓に揃えて、まさひろを見返していた。なんとなく気まずくなり、まさひろは顔を背ける。
 少眼強牌の〈三眼の飛竜〉あたりを出す手もあった。が、ここは素直に〈六眼の闘牛〉を出すことにする。牌を持ち上げ、軽く気持ちを入れてから卓にそれを打ちつける。望んだ牌を思い描けば、この船では牌に念が通用する。まさひろの場に打たれた牌の背は――
 そのまま、〈六眼の闘牛〉。
 慶が見ている前で、そろそろとまさひろは打った牌から指を離す。これでいい。
 〈シャットアイズ〉では、当然だが自分の手牌にある牌は相手の手牌の中にはない。一種一枚、それが決まりだ。ゆえに、もしここで無闇に強壁牌を念牌してみたところで、もしそれが相手の手牌の中にあればそれが嘘だとバレてしまう。その牌が本物ではない、それだけの情報が相手にどれほどの利益をもたらすか測定できない。それがこの〈シャットアイズ〉だ。
 だから、あえて真実を念じた。
 真実だけは、決してバレない嘘になる。
「――俺の番か」
 思い出したように呟いて、慶が伏せていた手牌を開けた。六枚しかないので、それは慶の手元で気の利いた召使のようにちょこんと整列している。慶は牌の角を指先で撫でながら、座席に沈み込むようにして第一打を考えている。おそらく、とまさひろは考える。――真嶋慶は、攻防選択で迷っている。
 このシャットアイズは、先手有利の勝負である。
 なぜなら、先攻は〈襲撃〉による牌の消耗がなければ、先に〈決着〉宣言の盤上五枚に届くからだ。〈襲撃〉があってどちらかが斃れれば逆転するのだが、それさえなければ必ず先にリーチを打てる。ただし、河にある牌の攻撃点数が十八点を超えていれば、だが。だから、というわけではないが、シャットアイズには後攻の基本戦術として、こんなものがある。
『攻撃牌を一枚も出さない』。
 普通は、〈襲撃〉のことも考え、そして何よりリーチ宣言条件へ達するために攻撃力の高い牌――つまり魔兎、飛竜、悪魔あたりをバラ打ちする。が、先攻の相手が必ず先制リーチを打ってくるなら、強牌などなんの意味もない。スタミナのない〈単眼〉や〈二眼〉の悪魔ばかり並んでいても、リーチを喰らえば参照されるのは防御点数だからだ。その瞬間、打点はまるで無意味な飾りになる。
 ゆえに。
 〈襲撃〉で効果的に相手の牌を喰らうことも、リーチ宣言へ達することも出来ないのであれば、〈四眼〉や〈五眼〉など、壁牌を並べて相手のリーチ失敗に期待を寄せる――そんな打ち方もある。
 もっとも。
 実は慶の手牌には強牌しかなく、後攻で迷っているのは、まさひろの不要な警戒を誘うための囮。
 どんな可能性は常にある。
 これは博打だから。
 すっと慶が一枚の牌を手に取った。それを揉むようにして額にかざしてから、彼は風ごと切るように牌を打つ。骨を叩いたような軽い音がして、黒牌の背から慶の指が離れた。
 〈二眼の魔兎〉(4/2)。
 一瞬、まさひろの思考は止まる。
 ――普通だ。どちらとも言えない、微妙な牌。強牌ではある。が、眼が足りない。ほとんどの戦闘に耐え切れずに死ぬ牌だ。もちろん念牌はほとんどが偽りなのだから、慶が適当に念じただけ、とも考えられる。だが、その牌には妙な生々しさがある。帽子を被り、つぶらな瞳をぱちくりと開いた絵柄の魔兎が虚空を見上げてくる。〈二眼の魔兎〉――
 まさひろの手牌には、ない。
 あるいは慶もまた、真牌を念じてきたのか。
 否定はできない――あの牌なら終盤の〈襲撃〉の連打に耐え切れるような牌ではない。リーチ得点用に警戒されやすい初打に潜り込ませておくには、むしろちょうどいい、そんな風にも思える。
(くそっ、キリがねぇ……)
 まさひろは新たに牌を引く。
 再び六枚に戻った手牌を見下ろした。

〈四眼の溝鼠〉(1/4)
〈六眼の溝鼠〉(1/6)
〈五眼の黒豹〉(3/5)
〈三眼の飛竜〉(5/3)
〈三眼の悪魔〉(6/3)
〈三眼の黒豹〉(3/3)NEW

 まさひろが引いたのは、〈三眼の黒豹〉。弱牌だ。攻めるにしても防ぐにしても、出すような牌ではないから考慮には値しない。このシャットアイズでは、純粋に強壁牌から並べていけば決して最後まで場に放たれない牌がある。いわば無駄引きのあかし。
 問題なのは、いま。
 まさひろには、〈襲撃〉権利が発生している。一順回って、伏せている〈六眼の闘牛〉が使えるようになった。
 いくかどうか。
 それとも、無視して守るか。
 いま、まさひろの手牌には六眼牌がまだ一枚ある。それを張り流して、先攻でありながらも防御に構えることもできる。先手がリーチをかけずに六順前に牌を河に出した場合、後手はリーチ権利こそ得るが、相手が六枚あるのに対し、五枚で勝負を仕掛けなければならない。――そのままどちらかが強壁牌を引くなり出すなりして勝負を仕掛けていくか、あるいは膠着状態のまま流局か。どちらもこのシャットアイズではよく見る光景だ。どちらを選ぶことも、まさひろには出来る。
 まさひろは、盤上の牌を拾った。
「……〈襲撃〉、する」
 掌の中で牌をひっくり返し、それを表にして慶の牌のそばに叩きつける。慶はそれを見る。
「真牌か? なかなかやるじゃん」
「御託はいいから、牌を開けろよ。――どうなんだ? 相打ちか、それとも――」
「勝負なし。俺のはこれだから」
 慶はカラリと牌を開いた。
 〈四眼の黒豹〉(3/4)。
 〈六眼の闘牛〉とは、どちらも攻撃点数が防御点数に届いていないため、牌は表にされたまま、場に残る。結果は互角、いや、
 まさひろの方が、やや有利か。
 真牌を念じていたことを自ら明かしてしまう結果にはなったが、それでも相手の手番を跨いだだけ、何かのカムフラージュや牽制には役立ったように思える。慶の打った〈四眼の黒豹〉も、壁牌とはいえどちらつかずの牌だ。こちらの動向を読み切れず無難な牌で回したのではないか? 少なくとも六枚あってあの牌が最も強い牌ということはないだろう、もしそうなら、案ずることはない。優勢だ。
 まさひろは考える。それは彼を評価してきた世間とは裏腹に、冷静沈着と言ってよかった。自分の手牌と、開けられた二枚に血を通わせようとしているかのように何度も視線を往復させながら、次の一打を考えている。悩む価値はある。
 開けられた、あの慶の〈四眼の黒豹〉が問題だった。
 黒豹は攻撃点数三点。そしてまさひろの手牌が、

〈四眼の溝鼠〉(1/4)
〈六眼の溝鼠〉(1/6)
〈五眼の黒豹〉(3/5)
〈三眼の飛竜〉(5/3)強牌
〈三眼の悪魔〉(6/3)強牌
〈三眼の黒豹〉(3/3)

 になる。
 綺麗に引っかかっている。
 強牌の飛竜と悪魔の命の数が、黒豹とぶつかるには、わずかに足りない。どちらも防御点数三点。これらの牌を置けば、黒豹に襲撃されたら相打ちになってしまう。それは避けたい――飛竜と悪魔を斃されればまさひろの手牌の質は一気に落ちる。防御はともかくリーチは難しくなるし、また、これから慶が強壁牌を出してきた時に飛竜や悪魔がいなくては対処し切れない。一方的に場を〈襲撃〉で喰い荒らされた後の確定勝利条件でのリーチを受けたら、まさひろの十万脂貨は水泡と化す。
 まさひろは、決して強い賭博者ではない。
 マアムの言っていたように、この十万は、溶かせばもう、真嶋慶にもザルザロスにも挑めなくなる額だ。
 それどころか、ほかのバラストグールとも闘えなくなる。尾羽打ち枯らしてなお、羽ばたけるほどまさひろの脂貨は多くない。
 だから、負けるわけにはいかないまさひろの一打は、その一枚を措いて他には無かった。
 六枚の中から一枚が抜き取られ、絵柄を念じる。まさひろが苦し紛れに打ち出した、その牌は――
「〈三眼の悪魔〉、か」
 慶が、ぽつりと言った。
「今度は、真牌じゃねぇんだろ?」
 まさひろは頷いた。
「ああ」
 そんなことはない。
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