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第六話  『愚策』

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 差し出されたのは、いわば、剣。
 それもよく磨がれ脂を塗られた一級品。
 ――なにを考えてる、真嶋。
 奴隷人形が作った河を引き継いだだけではなく、『先手』という絶対的な有利まで、捨てた。牌を置かずに相手に手番を返す――
 これはもう、戦術じゃない。
 攻撃でもなければ防御でもない。相手に塩を送る行為、それも自分自身の持ち分をすべて与える愚行。
 だが――と、ザルザロスは考える。
 大切なのは、真嶋慶が何を考えているのか、ではない。
 自分がどうするかだ。
 牌を引く。ここで六眼悪魔が引ければ――だが引いたのは〈二眼の黒豹〉。
 屑牌。
 ザルザロスは、己の手牌を見る。

〈三眼の溝鼠〉
〈四眼の溝鼠〉
〈三眼の闘牛〉
〈四眼の闘牛〉
〈五眼の闘牛〉
〈二眼の黒豹〉

 河は、

〈四眼の飛竜〉
〈五眼の魔兎〉
〈三眼の飛竜〉
〈二眼の悪魔〉
〈六眼の溝鼠〉

 ここから、選択する。
 むざむざ先制攻撃権を譲渡してきた相手に、リーチをかけてとどめをかけにいくか。
 それとも、ここは警戒信号、六枚目の牌を置き攻防共に強化して、転がり込んできた『先手』を維持するか。
(……どちらか、だ。通常なら……)
 真嶋慶は、エンプティの河のすべてを見てはいない。
 ゆえに、河にある牌が壁牌だったとしても、それを知る術はない。慶は、いま、自分がいったいいくつの『目』に守られているのか、わかっていないのだ。見た牌は、たったの二枚――
(エンプティが、慶に己の牌を通報している心配は、無い)
 普通なら、増上慢もいいところ。通しの手段など、言葉や身振り、人間が石斧を振るってきた時代からいくらでもある。そもそも、言葉の始祖が身振り手振りであると言われているほどで、その暗号を初見で見抜ける者など――限られている。
 ゆえに、分かる。
 エンプティは、河の牌を『通し』ていない。
 そもそも、これはエンプティが偶発的に招き込んだ『二戦目』。
 もし、エンプティが真嶋慶の傀儡人形、すべてが机上の茶番だったとすれば、真嶋慶は『初戦』で来たはずだ――もし、真嶋慶にあの『初戦』で来られていたら、ザルザロスは負けていた。
(あぶない、あぶない……が)
 ゆえに、この状況は『真』。
 嘘偽りのない、真嶋慶の暴挙に違いない。
 ――ザルザロスの河の総力点数は、二十一。
 五枚、すでに伏せられている。だから、ザルザロスには選択肢がある。
 ここでリーチをかけて、
 最後の〈陸〉との繋がりを、断つ。
 そうすれば、もう、二度と狭山は過去を思い出すことはないだろう。
 自分が誰だったのか、
 何をしてきたのか、
 すべて、洗い流され、そして完全に〈フーファイター・ザルザロス〉として沈黙する。
 ほかの誰でも、なくなる。
 ――リーチをかけて、それが『通』れば。
(……が、そうはいかない、な……)
 ここでリーチが通るなら、真嶋は牌を置かずに手番を返してきたりはしないだろう。それこそまさに狂気の沙汰だ。ゆえに、ここから、慶の見た二枚の牌がなにか、分かる。
 六眼牌だ。
(チャチな手品だ)
 六眼牌が二枚あるなら、その時点で、『目』の数は十二。残りの三枚が、すべて三眼程度の屑牌だったとしても、二十一眼。
 それで、こちらの総力点数と同値――ザルザロスのリーチは通らない。
(とてもリーチなんて、かけられないね)
 では、残った選択肢は『六枚目』を置き、先手を守る。
 これしかない。
 事実、ザルザロスの手にも、候補の牌がすでに握られている。それを泥団子のように手の中で弄びながら、しかし、彼はそれを打とうとしない。
 考えている。
(……俺が、六枚目を打てば、真嶋は必ず『河』を見る)
 そう。
 最初から、これは取引。
 慶が差し出したのは、『先手』であって、同時に『先手』ではない。
 ザルザロスが『先手』を取れば、慶はこの状況を支配している根幹にある前提条件を崩す。
 つまり、『自分が自身の河を見ていない』という、状況を。
 だがもし、ザルザロスが『先手』を受け取らなければ。
 慶は、必ず河を伏せたままにする。
 この状況を維持する。
 そういう取引。
 もちろん、そんなものは知らないと、『先手』を取って牌を置く。それもまた常道。間違いではない。むしろ、慶はむざむざ相手に先手をくれてやっただけになる。どう足掻こうと、最悪の一手になる。それを打たせることも、ザルザロスにはできる。
 だが。
(……もし、俺が六枚目を置けば、真嶋は河を見て、それからすぐに――
 ゲームを、終わらせに来る)
 河を見て、そのなかからもっとも凶暴な牌を選び、それを相手の布陣に叩きつける。さらに以後、すべて河に打つ牌は〈壁〉を優先する。そうすれば、お互いの河はあっという間に衰弱していき、最後には消耗戦。――どちらもリーチはかけられない。そして、その先にあるのは――
 ――三戦目。
 まっさらな河と山を間に挟んで、正真正銘、最初手からの真剣勝負。
 それが嫌ならば。
『先手』を取るな。
 ――それが、真嶋慶の、『遺言』。
 もちろん、そうそう都合よく行くとは限らない。あっさりと、あのまさひろにやられたように真嶋慶が敗北することも充分にありうる。むしろ、その確率のほうが高い。だが、
 それをわかっていて、なお。
 真嶋慶は、言葉を曲げない。
 己自身を通そうとしてきている。
 それに対して、
 狭山は、
(――つくづく、思うよ)
(これだから、お前とは、やりたくなかった)
(だから――たった一度だけ、お前の誘いに、乗ってやる)
(……まんまと、な)
 手牌を伏せる。掌を差し出す。
 何も置かない。
「――お前の番だぜ」
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