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空、泳ぐ(中)

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 薬草ジュースが効いたのか、嬉しいことに酔いはさほど残ってはいなかった。
自分の部屋で起きたのがお昼を回った15時だったのにも原因はあるだろう。
「おやつの時間か…。」
そう言いながら私はおやつの煙草に火をつける。しみる。

 昨日の夜は結局朝まで飲み明かした記憶があった。
元々ほどほどにはアルコールに強いほうで、若いころは飲み比べなんかもよく行ったりもしていた。
あの頃に比べればだいぶ落ちたように思えていたが、まだまだいけそうだ。
「アルさんへの取材は二日後だったね。」
人から見ればミミズがのたくる寸前の文字が並ぶメモ帳をみて、少し笑う。
自分から見ればととのった綺麗な文字に見えるのだ。なんといっても

「ミスレア地方の古代文字に似ている。」

冒険者仲間からはそうやって面白がられているが、本の編集者から見れば迷惑極まりないだろう。
 しかしこの話はいわば私の持ちネタのようなもので、昨日の夜もママとアルさんに披露すると酔いの影響もあってか大層にウケた。
実際以前の本にも載せたことがあるし聞いたことのある読者もいるかもしれない。
「こういうすべらない話を何人かで持ち合って披露する会というのも面白いかもね。」
突拍子もないアイディアをまとめるため、メモを書き起こす。
私のメモ帳にまたもや古代文字が増えることとなった。


 「さあ、二日間どうするかな?」
アルさんは毎日バーで歌っているわけではなく、休みの日もそれなりにもらっているようで
「空の街で人魚でしょう?気を使ってもらってるんだと思います。」
その休みに合わせて取材を敢行しようという運びに決まったのだ。
幸い長期滞在していることもあって、スケジュールを詰めることもなくアルさんに無理のない日程での取材ができる。
人魚も人間もいんげんも休みなくひっつかれるのは嫌なものである。そうすると良いものはでてこない。自論。
 「今日は部屋で休んでホテル料理でも味わおうかな。」
こう自然と思うのはやはり隠しきれないものがでているのか。休みがないと疲れはでるものなのだ…。


 シャワー室へと向かおうとやや重たい腰をあげると同時にふうと小さく息を吐き、呼吸を整える。
一日の始まりとは起きた時なのか、それともシャワーを浴びる時なのか。
そんなつまらないようでつまること考えながら一糸まとわぬ姿となり、私はシャワー室へと消えていった。
 まず右手で冷たい冷水を受けながら、温かくなったころに左腕を差し出す。今度は右手で温水を浴び、次に頭から勢いよくかぶる。
滝のように温水が胸・腹・股間のほうに流れたら、最後はつま先に熱を集中させて受け止める。
中肉中背のおやじの体とはいえ、水分が合わさるととたんに若々しくなったような感覚になり心地よい。
 シャンプーをガシガシっと髪になじませると、まだまだ多い髪の毛がこれくらいは大丈夫だよと言っている気がして不敵にニヤリ。
周りの同業者もずいぶん禿げ上がってしまっている中なので、これが私の体で数少ない誇れる自慢なのだ。
そしてシャンプーを洗い流すとボディソープに手をだし、ヌルヌルと洗い始める。
頭とは違い入念に洗い上げることを意識して、気持ちよくなりながらの時間をたっぷりと楽しんだ。
 最後に顔を洗いクリームを塗りたくり余計なヒゲを剃り落す。
心身ともにリラックスできたことに満足し、バスタオルで体を清めて私はシャワー室を後にした。

 さて読者諸君はそろそろ思っていることだろう。なぜこんなおやじのシャワーシーンを細かく書いたものを読まなければならないのか、と。
これは私のせいではない、編集担当のポートキン君のせいなのだ。
彼とは打ち合わせの時にこんな話で盛り上がってしまった。
「ポートキン君、文字数を稼ぐにはどうしたら良いのかな?」
「先生、そんなものは決まっていますよ。」
彼は立てた右手を口に当て、声を落としているのに興奮を隠しきれない様子でこう囁いた。
「シャワーシーンです。シャワーシーン。今すごくブームですよ!」
「先生、娘さんとのお話を今作に入れるんですよね!じゃあ是非いれましょうよ!」
私の娘のシャルエッタは今年で18歳になる見習い冒険家だ。
詳しい容姿などは後の章で語ることとするが父親の私からみても美人さんで、それを知るポートキン君がスケベ心丸出しにそう提案してきたのだった。
「なるほど、シャワーね。考えておくよ。」
ポートキン君は嬉しそうに満面の笑みを顔に浮かべたが、一週間後に私が持ってきたその原稿をみてとんでもなく落胆した顔へと変わった。
 

 そんな話はさておき、ロビーへと降りた私は、お知らせのチラシのあるコーナーに寄り一枚手に取ってみる。
そのチラシはバー「マイルメール」の宣伝紙のようでアルさんの写真が映ってあった。
とても美しい人魚の女性…。その秘密をインタビューできることを思うと早くも二日後が待ち遠しい気分へとなってくる。
 私のシャワーシーンを垣間見てがっかりした読者諸君。期待していてほしい。






 
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