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捕食フレンド

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 学校からの帰りみち、茶色い者に食われた。気づいたらもう、わたしはパックリやられていたのだ。予告なしだった。看板に「茶色い者が襲ってきますよ」とでも書かれていたら、わたしは強いので、頭突きとラリアットでKOしてたんじゃないかな、たぶん。
 でも世の中は甘くはなくて、ハラペーニョかよーってつぶやきたくなるような悲しい辛さだから、地獄突きが成功していてもやられていたかもしれないよね。
 すばらしいことに、まだ全部は飲みこまれていなかった。左腕と左脚を口におさめた茶色い者は、頭を飲みこもうとして手間取っているみたいだった。
 わたしが頭をさげたら、引っかかりなく丸飲みできそうだった。わたしとしても、もう半分近く食われちゃったし負けかな、っていうのがあって、茶色い者のお食事を手伝ってあげてもよかった。
 だけど、それって癪っていいますか、捕食するものと捕食されるものの関係としてどうなのよ、って思いますし、こんなんで茶色い者は大丈夫なのかな、っていう親心的なものも浮かんできて、結局わたしはずーるずると茶色い者を引きずりながらお家を目指すのだった。
 茶色い者には重さがなく、実体もあるんだかないんだかよくわからない感じで、変てこなスーツを着ている気分。食われた左腕と左足はすごく遠いところへ行ってしまったみたい。感覚がぼやけきっていて、動かしているというより、動かされているのに近い。
 凍った発泡スチロールの匂いがしていて、わたしの頭のなかでぐるぐる回り続けていた。
 クラスメイトに何人かとあった。みんな「すごいね」とか「やばいね」とか口にしていた。飼うの? 飼わないよ。知らないおじさんが写真を撮ってきた。コンビニの店員がガラスの向こうから、わたしを見ていた。
 フラッシュを焚かれるとまばたきしてしまうのは何でだろう。電子レンジがついてもまばたきしてしまうのよね。
「茶色い者に食われた、着信拒否するパンダ、チャイが飲みちゃい」
 自分でもわけのわからないことを歌いながら、シャッターだらけの商店街を突き抜けると、駅のホームと線路が見えた。
 アナウンスが風に乗って聞こえてきた。もうすぐ二番線に電車がやってくるみたいだ。車掌さんが陽気な声で告げている。
 急ごうとしたら、目の前の横断歩道の信号が赤に変わった。間に合わないなあ、とぼんやり思っていたらiPhoneが鳴りひびく。
 母親からだった。
「今日は鍋だから早く帰ってきなさい」
 乱暴にそれだけ言うと、電話は切れた。鍋の季節はとっくに過ぎている。それでも律儀なものでわたしのお腹は鳴った。
 食べられているのに食べることを考えているのはどうなんだろう。でも、お腹は空くでしょ。注文の多い料理店っていうお話がある。太らせてから食わすんだ。あれ、でも餌のほうが自ら太りだしてどうするんだよ。
 カバンの外ポケットに携帯電話を滑りこませる。信号が青に変わった。
 わたしは早足で改札まで進み、Suicaをタッチしようとした。そのときごわごわした手がわたしの顔のまえに現れた。
「ちょっと、君ね」
 予想とは違って、若い車掌さんだった。帽子の下の顔がムッとしていた。
「食べながら電車に乗るのは駄目だから、食べてから中に入りなさい」
「食べられているんです」
「同じことですよ」
 若い車掌さんは、わたしから視線を外そうとしなかった。久しぶりに茶色い者を見た。そういえば、さっきから何回も頭を下げているのに、一向に食われる気配がない。
 どうやら食べようとして引っかかってしまったらしい。わたしが脱ごうと努力しても、茶色い者はびくともしない。そもそも構造がよくわからないのだ。胃があるのかもわからない。
 電車はとっくに走り去ってしまっている。子供が指をさしながら通りすぎていった。若い車掌さんは腕を組みながらわたしのことを睨んでいる。
 こうなったら食べられてしまえ、とわたしはSuicaを地面に置いて、茶色い者のなかへ入りこもうとした。
 しかし、わたしの肌と、茶色い者の口が、ぴったりとくっついてしまったようで、どうにもならない。茶色い者も弱ったようにときどき躯をくねらせるだけだった。
 参った。
 わたしはぼんやりと改札の向こうを眺めていた。すると、ちょうど次の電車がホームに滑りこんできたところだった。
 色とりどりの服を着た乗客たちが、電車から吐き出されている。
 わたしは素早くSuicaを取った。改札を通り抜けると、力をこめて走った。茶色い者は身体にフィットしていて問題なく走れた。
「あ、ちょっと君!」
 後ろから若い車掌さんの声が聞こえる。わたしは改札に向かってくる人間たちをよけながら、車両に滑りこんだ。
 へへへ。ざまあみろ。
 そう心のなかでつぶやいて、わたしはドアの脇にもたれた。振動が右半分だけ伝わってくる。
 ドアにつけたひたいがつめたいよ。

 家に帰ると、母親が洗濯物を畳んでいた。左半身がうまく使えないのでお茶を飲むことに苦労していると、母親の声が聞こえてきた。
「それ、脱げるの?」
「脱げないよ」
「そんなもの捨ててきなさい」
「だから、脱げないのよ」
「そう」
 母親は興味を失ったらしい。わたしから顔をそむけると、畳んだ洗濯物を抱えて階段をあがっていった。
 テレビの画面では天気予報。お姉ちゃんが帰ってくる。わたしを見るなり「バカでぇ」と言って消える。しばらくして鍋。
 しらたき、白菜、豆腐、たら、えのき、まいたけ、あと何かよくわからないやつ。
 茶色い者にしらたきをあげたけど食べなかった。けほ、けほ、という息がわたしにかかる。
 左半身のやろーが食われちまったままなので制服のまま布団に入る。お皿洗う音が聞こえる。明日は英語があるから嫌だ。
 朝になっていて起きたら、わたしの左腕はいつものシャキーンとしたものに戻っていて、左足も曲げたり伸ばしたりできた。
「感動的だ」
 わたしは布団のすみっこに、茶色いガムみたいなのがでろーんとしていることに気づいた。茶色い者のようだった。餓死したんだ。かわいそうにね。
 庭でお墓を作っていたら、お姉ちゃんが茶色い者にお湯をかけた。復活してそそくさと逃げていった。お姉ちゃんは何も言わずにピーナッツパターパンを食べていた。
 次に見たとき茶色い者は、犬を食おうとして吠えられて、水たまりをパシャっとして逃げていった。マジ弱すぎる。
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