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第4話 火事

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  「ふ~む…
   賀茂殿と仁九郎のご縁は、牛鬼討伐のとき一度会ったきり。
   そうだったな?」

『その通りです。』

  「それ以前には互いを知らず、それ以降も連絡を取り合っていない。」

『はい。』

  「それならば…
   貴殿が何故に仁九郎の消息を知るために、わざわざワシのところを訪ねてきたか
   もう少し説明して貰う必要がある。」

『はい。
 それは、最初からそのつもりで参りました。
 千葉様は、私ども賀茂家の現状をご存じでしょうか?』

  「賀茂家の現状?
   …
   一通りのことは、知っておると思うが」

  「三十年前だったか
   いや、もう四十年前になるか
   安陪一族がお城の警護で失態を犯して、お上の怒りを買って凋落したな?
   それ以来、賀茂家当主が三代続けて『陰陽頭(おんようのかみ)』になった。
   さらには『陰陽博士』、『天文博士』、『暦博士』の三博士も
   すべて賀茂家の者が就くのが慣例になりつつある。
   事実上の世襲制だといって、批判する者もあるようだな。
   要するに、お上の祭祀のすべてに賀茂家は深く関与しているわけだ。
   ここまでは、多少の事情通なら誰でも知っている話かな?」

  「一昨年だったか、先代当主の元孝(もとたか)殿が突然隠居なさった。
   重病を患ったとか。
   その後、跡目相続の件に関して、家内で争いが生じたと聞いておる。
   長男の保篤(やすあつ)殿を推す一派と、次男の康晴(やすはる)殿を推す一派
   その二派が対立したらしいな?
   しかし、結局長男の保篤殿が当主となり、『陰陽頭』にも就任なさった。
   康晴殿は『陰陽助(おんようのすけ)』になる話を断って、諸国放浪の旅に出た。
   それをもって跡目争いも収束し、当代を周囲が盛り立てて賀茂家は再び盤石に…
   そのように聞き及んでおるが、違うかの?」


(この爺さん、何でこんなに詳しいんだ?)

『恐れ入りました。
 大方はそれで間違いございません。
 ただ、一点、先代当主元孝は病のために隠居したのではありません。
 表向きはそのような話になっておりますが、実際は違います。』

  「ほう。
   病でないとすると、何故に突然隠居なすった?
   元孝殿の正確な御年齢は存ぜぬが、老齢で仕事が務まらぬ程ではなかったはず。
   いや、むしろまだ御健在と思っておったのだ。」

『はい、先代はまだ還暦の大分前です。
 あの、これから申し上げることは、賀茂家にとって極めて重大な問題でして…
 どうか千葉様限りの話にして、決して他言なさらないでいただきたいのです。
 曲げてお願いいたします。』

  「賀茂殿が、仁九郎の消息を知りたい理由と、その話とは関係があるのじゃな?」

『そうです。
 いささか長い話にはなりますが、私が仁九郎殿の行方を追っているのは
 先代当主、賀茂元孝を救うためなのです。』

  「一向に話が見えて来んが、まあ腰を据えて聞くとしよう。
   この千葉新之助、己が剣道に懸けて、決して口外しないと誓おう。」

『ありがとうございます。
 ならば申し上げます。
 先代元孝が隠居したのは病のためではなく
 お上から与えられた任務、つまり悪霊・妖怪の類から都を守護する任を
 果たし損ねた責任をとるためでした。
 三年程前、下の都に大火が生じ、大きな被害を与えたこと
 千葉様もご記憶でしょう?』

  「うむ。
   あの火事で、都にあった我道場の支部も焼けてしまったからの。
   それに、仁九郎が盗賊退治に志願したという話は、その火事の直後だったのだ。
   まさか、あの大火事は悪霊や妖怪やらが起こしたものだったというのか?」

『そうです。
 あの火事、お上の発表では、盗賊連中のせいとされています。
 それが真実ならば賀茂家には何も関係がないのですが…
 実は『鵺(ぬえ)』という大妖が暴れて引き起こしたものだったのです。 
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鵺は手強すぎて、太平の世に慣れきった侍達には斃すことができなかった。
 多数の術士が駆けつけ、朝日を受けて鵺の力が弱まるのを待って
 封印の地へと転送しました。
 このことを発表すると民心が乱れるのを恐れて
 お上は盗賊達のせいだということにしたのでしょう。
 実際に、火事場泥棒を働いた者は大勢いたようですしね。
 ですが、真実は今申し上げました通りです。』

  「…あの火事の夜、大妖の影を見たと主張する者が多数おることは、聞いておる。
   あの夜、都は風がなかったという話も、門弟達から聞いた。
   仮に放火があったとしても、火があれほど大きく広がったのは不思議だと
   首をひねっておったな。
   しかし、打ち倒された妖怪の姿を見たという話や
   妖怪が逃げ去るところを見たという話は一度も聞かなんだから
   やはり単なる噂に過ぎないと思っておった。
   炎の揺らめきで怪しい形の大きな影が出来て、人々が惑わされたのだろうとな。
   だが…
   賀茂殿が今話された通りだとすると、すべて辻褄が合う。」

『先代元孝は、あの事件の責任を取るために、隠居したのです。
 しかも単に隠居したのではなく
 実はお上から蟄居を命ぜられて、近々配流を待つ身…』

  「しばし待たれよ、いま
   いま賀茂殿は『鵺』と言ったな?」

『?』

  「鵺という妖怪は、確か遥か昔に退治されて
   各地に散った死体も厳重に封印されたはず。
   そして、その後に再び出現した話を聞いたことがない。
   源三位頼政公の鵺討伐の伝承、賀茂殿が知らぬはずはないぞ?
   今になって急に、しかも都に現れることなどありえんのではないか?」

『千葉様がお疑いになるのは、無理もございません…
 (それにしても少し詳し過ぎないか?)
 この話を聞いたとき、最初は私も半信半疑でした。
 それに、これまでの話とは違いまして
 鵺が出現した理由について今から私が申し上げますことは、確証のある話ではありません
 いえ、確証がないからこそ、私は仁九郎殿に会わねばならないのです。
 鵺の封印を解いた犯人と疑われる人物の行方について
 仁九郎殿が何かを知っているかもしれないからです。』

  「鵺の封印を解いた者の行方を仁九郎が知っておると???」


                  (つづく)






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