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第5話 分家

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『順を追って、説明いたします。』

  「是非そうして貰いたい。」

『悪霊や妖怪の類がお城や都に入り込まないよう、万全の手配をすることは
 お上の命を受けて陰陽道を司る賀茂一族の者の重要な任務です。』

  「知っておる。」

『はい。
 加えまして、私共、賀茂一族の者は、お上から与えられた役目のあるなしにかかわらず
 各地の悪霊や妖怪について調査して回っております。
 かく言う私自身も、未熟者にて天文方や陰陽寮での役目は何も任されていませんが
 修行がてら妖怪の調査をするため、諸国放浪を続けています。
 そして、悪霊や妖怪の類についての報告を、定期的に賀茂本家に送っています。
 私共はまた、お上の役目とは関係なく、人里に悪霊や妖怪が入り込まないよう
 地相を読んだり、方角を占ったり、結界を張ったりしております。
 依頼があれば、悪霊除けをしたり、妖怪封じを行ったりもしております。
 先に奉行所からの牛鬼討伐の依頼を私が引き受けたのも、そのためです。
 (あれっ、爺さん何か少し笑ってる?)
 私共はそうしたことを、代々続けてきました。
 ですから、賀茂家には妖怪の記録が大量に残されています。』
 
  「さもあろう。
   当然、鵺についても記録があろうな?」

『勿論ございます。
 そして、私共の記録によりますと、鵺は過去に一度も討伐されたことがありません。』

  「何だと!?
   源三位の鵺討伐の話は、出鱈目だと言うのか?」

『いえ、出鱈目というわけではありません。
 私共の記録でも、頼政公が鵺と戦い、これを撃退したとあります。
 しかし、そのとき頼政公は、妖怪を両断することの出来る刀を所持していなかった。
 弓と矢(破魔矢)だけで戦ったのです。
 清和源氏の血統には、例えばかの源頼光が鬼退治に使ったという『童子切』や    
 『膝切』や『髭切』といった剣精の宿る名刀が伝わっていたはずです。
 しかし、どういう理由か分かりませんが、頼政公はそれらを一本も継承していなかった。
 だから鵺に止めを刺すことができず、逃げられてしまったのです。
 鵺は都に張られていた結界の網の僅かな隙を突いて、北方に逃げた
 と我家の記録は伝えています。
 しかし、淡海の国のある土地で力尽きて
 一人の陰陽師によってその地に封印されたらしいのです。』
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  「…」

『…話を続けても、いいでしょうか?』

  「待て。
   仮にその話、つまり賀茂家の記録が真実だとして
   頼政公が鵺を射ち殺し、死体も各地で封印されたという
   偽りの伝承が広まったのは何故か?
   古来の伝承は、軽々しく疑うものではなかろう?」

『私共も、千葉様と同じことを考えました。
 伝承が正しくて、記録は間違いかもしれない、と考えたのです。
 何しろ古い時代の記録ですから、誰が書いたものかもよく分かりません。
 ですから、幾代にもわたって、鵺が封印されたという地を探してきたのです。
 三年前のあの事件があるまでは…です。
 しかし事件が起きてみて、我家の記録が正しかったことも
 そして何故に偽りの伝承が広まったかの理由も、判明しました。
 偽りの伝承が広まった理由ですが
 今回の都の火事の件でお上が真実を公表しなかった理由と、同じに違いありません。
 つまり、民心が乱れるのを恐れたのです。
 都に現れた大妖を打ち取ることができなかったと知られれば
 お上の権威に傷がつきます。』

  「う~む…
   一応辻褄は合っておるな。
   賀茂家の記録には、鵺の封印された場所は記されておらなんだのか?」

『残念ながら。
 と申しますのも、鵺を封印したという陰陽師は賀茂家の人間ではなく
 安倍家の一族の者だったらしいのです。
 したがって、封印された場所も、封印の方法も、封印を解く鍵も
 我家の記録には何も記されておりませんでした。』

  「…まさかの。」

『そのまさか、を我々は疑っています。
 千葉様には、はっきり申し上げます。
 くどいようですが、千葉様限りの話ということでお願いします。
 決して口外なさらないでください。
 三年前の都の大火の背後には、安倍一族の者がいた、と私共は考えています。
 まだ確証は得られておりませんが。』

  「しかし、そのようなことをして、安倍家に何の得がある?
   安倍家の人間の関与を疑うのならば、動機についても何か見当があるのだろうな?」

『ございます。
 お城の警護で失態を犯し、配流された安倍家の一族のなかには
 お上に対して強い恨みを抱いていた者もいた、と言われております。
 そのことは千葉様もご存じでしょう?』

  「うむ、知っておる。」

『ですが、この件で安倍一族から最も強い恨みを買ったのは、我が賀茂家なのです。
 かつて安倍家は、悪霊や妖怪の類からお城と上の都を守護する役目を負っていました。
 それに対して、我が賀茂家は、御所と下の都の守護を仰せつかっていました。
 安倍家と賀茂家は等しい地位にあって、役割を分担していたのです。
 ちなみに、安倍一族は遥か昔に我が賀茂家から陰陽道を伝授されて分家したもので
 今でも両家は密接な関係があるのです。』

  「ほう。」

『安倍家と賀茂家の二家並立制が長く続いてきたのには、もちろん相応の理由があります。
 いずれか一方の家で、一族の中にも、学生の中にも、才のある者が出なかったときは
 他方の家の学生の中から優れた者を養子に貰い受ける。
 そうすることで、陰陽道の伝授に万全を期すという狙いです。
 陰陽諸道、特に天文道と占星術は極めるのは難しく、高度の知識と才覚を要します。』

  「日蝕や箒星の予測を誤って、責任を取らされた天文博士は少なくないらしいな。」

(うっ、なぜそのことを!)
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『恐れ入ります。
 まさに、おっしゃるとおりです。
 恥ずかしながら、私などは天文道と占星術の修得に手間取ったせいで
 賀茂家内部では今もって半人前とみなされております。
 ただ、それは何も私の力不足のせいばかりではありません。
 天文道と占星術の修得は、誰にとっても非常に難しいのです。
 そのため、一家のみで知識や技を独占すると、伝授が途絶える危険が極めて高い。
 実際、過去に一方の家で伝授が途絶えそうになったことは、何度かありました。
 そのたびに、両家は養子の候補を出し合って、安泰を保ってきたのです。
 そして、安倍家の失墜につながったあの事件のときも
 安倍家には陰陽道の才のある者がほとんどいない状態だったのです。』

  「安倍家は賀茂家に対して
   養子に相応しい学生を寄越すよう、要請しておったのかな?」

『その通りです。
 ところが、賀茂家の側が即座に応えようとはしなかった。
 それには複雑な事情がありまして
 決して安倍家を貶めようとしていたわけではないのですが…
 ともかく、安倍家当主が病気になり、再三の要求があったにもかかわらず
 賀茂家はぐずぐずと返答を先延ばしにしていました。
 結界の緩みを突いて妖怪がお城にまで忍び込むという前代未聞の事件が起きたのは
 そのようなときだったのです。』

  「それで賀茂家が安倍一族の恨みを買ったか。
   ふ~む…
   『複雑な事情』とやらは、聞かぬことにしようか。
   ともかく、賀茂家では今回の事件はその意趣返し、と考えているわけだな?」 

『左様にございます。』


                         (つづく) 






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