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最終話 善鬼

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  「元孝殿がこの道場に持っていらした妖怪刀は、かなり変わった刀でな
   『善鬼』と呼ばれている。」

『善鬼…ですか?
 いったい如何なる妖怪を封じた刀なのでしょうか?
 いや、そもそも先代はなぜ妖怪刀などを所持していたのでしょう?
 そして、なぜそれをこの道場に?』

  「そう急ぎなさるな。
   今更隠し立てはせん。
   しかし、その前にそろそろ返事を聞かせて欲しい。」

『…いま千葉様が話されていること
 私自身の陰陽道にかけて、決して他言いたしません。』

  「よし。
   『善鬼』だが、ワシの腰にある、この脇差だ。」

『それが…妖怪刀?
 し、しかし全然妖気を感じません。』

  「そうだ、不思議だろう?
   この刀に封印されている妖怪について、元孝殿は詳しく話してくださらなかった。
   かつてお城に忍び込んで、捕えられた妖怪としか。」     
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『えっ! そんなはずは。
 過去に妖怪がお城に忍び込んだ例は、一つしか記録されていないはず。
 安倍家凋落の原因となった、あの事件です。
 その妖怪は異常に逃げ足が速かったらしく
 宿直(とのい)の者が総員でかかかっても、捕まえられらなかった。
 ありえないはず…』

  「その辺のことは、ワシにはよく判らん。
   だが、お上の公表する話が常に真実とは限らないことは
   我々が今日確認したであろう?
   それに元孝殿の話では、『善鬼』には持ち主の逃げ足を速くする力があるそうだ。
   ワシ自身は逃げる必要に迫られたことがないゆえ
   その力を実感したことはないがの。
   わはは。」

『…
 逃げ足の強化が本当だとすれば
 確かに、お城に忍び込んだ妖怪の特徴と一致しています。
 しかし…
 (いったい、どういうことだ?
  それに、なぜそんな刀を先代が持ってたのか…
  いや、この際それはどうでもいい。)
 それにしても、先代は何を考えて「善鬼」を千葉様の道場に持って来たのでしょうか?
 まさか、それを使って口縄一族を征伐してくれと依頼しに来たのですか?』

  「元孝殿からこの妖怪刀の話を聞いたとき、ワシもそう疑ったのだ。
   千葉家当主と賀茂家当主の取引の条件を思い出してな。
   元孝殿がワシのところに来たのは、助太刀を乞うためだろうと。
   敵が敵だけに手ぶらで来たのでは気まずく、土産を持って来たのだろうと。
   ところが、それはワシの勘違いだった。」

『では何故に?』

  「それはな…
   ワシもあのときは分かっておらなんだのだが…」

『?』

  「元孝殿はな、口縄一族の噂を耳にしたとき
   どのように対応すべきか思案して
   独りで密かに占いを立てたそうだ。
   占いの結果はな
      『妖の力を持つ 盗人の一族
       天下に大なる災いをもたらし
       その末に やがて自らを滅す』
   と出たのだそうだ。」

『自滅!?
 まさか…』

  「左様。
   元孝殿は、三年前の都の大火事のような『大なる災い』が起きることを
   覚悟していなさったに違いない。
   その上で、あえて様子見を続けることを決めなさったわけだ。
   『大なる災い』を防ぐために口縄一族と戦うことも、もちろん考えただろう。
   しかし、安倍家が凋落している今、賀茂家には陰陽道の伝授を死守する責務がある。
   元孝殿はそれを何より優先されたのだと思う。
   決して、太平の世に慣れきって、ただ手をこまねいていたわけではないのだろう。
   とは言え…
   ワシも最初から元孝殿の考えを、いま申したように悟っていたのではない。
   そう思うようになったのは、今日、賀茂殿の話を聞いたからこそなのだ。」

『先代は、私には
 何もおっしゃってくださらなかった…』

  「貴殿だけではなかろう。
   元孝殿は、このことを誰にも話していないに違いない。
   恐らくは最初から独りで、全ての責任を負う覚悟だったのだろう。」

『…だったら、それならば…
 いや、しかし妖怪刀「善鬼」の件は、その話と何か関係があるのですか?』

  「うむ。
   元孝殿の占いの結果には続きがあってな
      『遠くない未来のある日
       妖の力を託すべき者 陰陽師の家に現れて
       北辰の山に降り立つ』
   とも出たのだそうだ。」

『それが私だと?
 「妖の力」は妖怪刀「善鬼」のことを意味すると?』

  「先ほど言いそびれたのだが
   『善鬼』には持ち主の逃げ足を速めるほかには、特に戦闘に役立つ力はない。
   ただ、別にちょっと変わった力が備わっておってな
   他の妖怪刀の怨念に魅入られた人間を正気に戻す
   つまり、他の妖怪刀の持ち主を人斬りの衝動から解放する力があると言うのだ。
   もちろん、元孝殿の占いの結果は必ずしも明確ではない。
   これはワシの推測だが、恐らく賀茂家にはこの刀のほかに
   『妖の力』と呼べるようなものが伝わっていないのではないかな?」

『…そうかもしれません。
 では、その刀を託すべき者が私だというのは?』

  「実は、それはよく分からんのだ。
   わはは。
   元孝殿は、託すべき者が誰かを教えてはくださらなかったからの。
   ただ占いの結果を告げて、この刀を預かって欲しいと。
   恐らくは元孝殿自身も判らなかったのだろう。
   ワシに判断を委ねるとおっしゃった。
   そして、ワシは貴殿がそうではないかと感じた。
   どうだ、受け取ってくれるかな?
   貴殿には、『善鬼』の力の使い道、ひょっとして心当たりがあるのではないかな?」

『…
 まさか、仁九郎殿のこと?』            




  「そうかもしれん。
   が…
   そうではない、のかもしれん。」      



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 …
 …
 …
 …
 …






  「返事は今すぐでなくともよい。
   ん、この台詞はさっきも言ったな?
   …まあよい
   今日はずいぶん話し込んだな?
   貴殿がここに来たときには、まさか
   まさかこのような話の展開になるとは、思いもよらなんだであろう?
   正直に言うとな、ワシさえも、奇妙な感覚に襲われておる。
   ほれ
   もう外は暗くなっておるわ。
   今夜はここに泊っていかれるがよかろう
   さてと、先に…
   …
   先に夕餉を済ますとしようかの?」





                   (完)
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