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10 Countess Josephine

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 なんの名目だか分からない飲み会を軽音部が開催し、マリアはカレンとノアを連れて行った。ジャックも誘ったが、仕事で来られないということだった。
 〈白ライオン亭〉に十人くらいが集合した。部長のアン・ベルが乾杯の音頭を取る前に皆飲み始めた。
 マリアの隣には〈サドン・テンペスト・オーバードライブ〉のギタリストの少年がいて、何も飲まずにひたすら腸詰めを食べていた。
 いきなり少年はマリアのほうを向いて「プリン体についての話なんですが、プリンにはプリン体が入っていないそうで、ぼくはむしろ入れたほうがいいと思うんですよ」と喋り始める。「そのほうが、なんだろう正道な気がして。ウグイスパンにはウグイスを入れたほうがいいウグイス肉を」
 マリアが特に答えずにビールを飲んでいると、向かいにいたベーシストが「すいませんマリアさん、クローディオの話はカッコウが鳴いてると思ってください」と言った。
「カッコウはプリンの話はしないよ」
「プリンの話をするカッコウが鳴いてると思ってください」
 マリアはそうすることにして、だいたいベーシストと話した。
「……それで〈シニカル・アトム〉のボーカルの人が結成前、やたらシニカルなんで、あるとき誰かがなんでそんなに世をすねているのかと聞いたそうなんです。すると彼は『頭の中に冷笑的な原子があるからだ』って答えたとのことです。原子番号何番なのかは知りませんが、まあそれがバンド名の由来だったそうですよ」
 彼はホールデンという名前だった。エンゼルストンからこちらへ来ているそうで、ほどよく肩の力の抜けた少年だ。大体の人間は力が入りすぎているか、抜けすぎている。
 〈サドン・テンペスト・オーバードライブ〉の由来を聞くと、どっかの野外コンサートで、落雷でアンプがぶっ壊れた事件だそうだ。実際に見たわけではなく、新聞で読んだだけだが印象に残っていたので付けたと言う。
 カレンは部長と話していて、マリアもよく知らない昔のバンドや、コリムで今流行りつつあるプログレッシブロックについて話していた。最近、帝国各地で技術を必要としない早く短い曲が流行っていて、そんなのは「パンク(与太者)」の音楽だ、とコリムの音楽家の某氏が発言、以来そう呼ばれ始めているそうだ。それらパンク音楽に対抗するため、高い技術と長い演奏時間を要する、先進的な楽曲を演奏するバンドが、かの国ではいくつか現れているそうだ。
 ノアはその会話にたまに加わったり、「それはどういうふうなこと?」と質問をしたりしながら、一時間くらいかけてショットグラス一杯のウイスキーを飲んでいた。
 マリアと同い年で、やたら口数が多く、おまけにやたら知ったかぶるジョセフィンという女子生徒がいた。あらゆる音楽や映画、小説について知っているような口ぶりで話し、おまけに彼女の場合、実は知らないことが露見してもまったく動揺しないことで知られており、専ら〈女伯爵(カウンテス)〉のジョゼで通っていた――この名は、かつて邪悪な魔女に目をつけられ誘拐された挙句に、美しさを褒めることを強要され、最期までそうはしなかった〈嘘吐き伯爵〉に由来する。伯爵は虚言の罪として喉を切られて処刑された。考えてみれば不謹慎なあだ名だ。
 前に部室でなんとなく話したときも、ルジャンドルの二番目の著作の十五番目の詩が一番好き、など、普通そんな覚え方はしないだろうという曖昧なことばかりを話し、マリアをうんざりさせた。
 今夜もジョゼは全ての話題に対して「それ知っていますわ」「わたくしも好きですわ」「初期に比べるとあの監督も一段と練熟を増していますわ」などと言いまくり、一同を疲弊させていた。
 カレンは部長との会話を終えると、ジョゼに対して「あんたさっきからずいぶん色々お詳しいみたいだけど、じゃあこの男が」とノアを指差して、「〈ザ・ストリート・フラッグス〉のギタリストだってことも知ってるのかしら? まあ言及しなかったところを見るとご存知じゃないみたいだけど」
「いえ、むろん存じ上げておりますわ」と女伯爵は即答する。
 カレンは鼻で笑って、「はっ、知ってるはずないでしょう。〈ザ・ストリート・フラッグス〉は未だ結成も活動もしていないけれど存在する蜃気楼みたいなバンドなのよ。ノアだってギターを持ったこともないのにギタリストなんだから」
 マリアは、自分だってベースを弾いたことがないベーシストだろうに、と少し思ったが言わなかった。
「それでも知っていますわ」ジョゼは自信たっぷりに言う。
「どうやって知ったのよ。まさかライブしているのを見たことがあるなんて言わないわよね」
「拝見しましたわ」
「どこでよ」
「ライブハウス・パセティックでですわ」
「いや、していないから」ノア本人が言うが、
「拝見しましたわ」とまったく動じない。まさしく、喉笛に剣を突き付けられても恐れを見せなかった伯爵のごとく。
「前から思ってましたが、そんなのでよく客商売できますよね。お客さんがなに質問しても全部知ったかぶって答えるのかな」ホールデンが呆れたように言う。「絶対ジョゼさんのとこでは服を買いませんよ」
「ちょっと待って、もしかして古着屋かなんかでバイトしてるの?」ノアが聞いた。
「まさにそうなのですわ」
「苗字を聞いていい? ジョセフィン・何だ?」
「ジョセフィン・レナードですわ」
「うわ」カレンがびっくりしてむせた。「なにそれ気持ち悪い。予言通りなの!?」
「予言ではなく目標」
「気持ち悪い。っていうかノア、この人のこと知ってたでしょ」
「いや今始めて認識したんだけど」
「マジかよ。信じらんないわ」
 動揺するカレンに女伯爵が、「どうしたのですか?」と尋ねる。
「どうしたもなにも、〈ザ・ストリート・フラッグス〉のファンですべて熟知してるなら分かるでしょう予言のドラマーが誰か」
「もちろん熟知していますわ」
「なるほど、つまり加入するのね?」
「もちろんですわ」
 カレンの質問に流れでジョゼが答え、バンドのドラマーになることとなり、一同、やはり嘘は吐くもんじゃないと思った。
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