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19 Provost Richter

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 新聞が家の前に捨ててあったので拾って読むと、三日前ので、でも一応全部読んでみると、三面記事に気鋭の現代アーティストのインタビューが掲載されており、それは食堂で遭遇した少女、エリザベス・マスターズだった。どうやら彼女もジャックと同じく部外者らしかった。作った作品は、タイヤに針金を巻きつけたやつとか、牛乳パックに針金を巻きつけたやつとか、ヤギの剥製に針金を巻きつけたやつだった。マリアは悪夢に似ているな、とだけ思った。
 〈西聖堂前交差点の決斗〉のあと、ニーナ・マッケンジーは浮遊霊になってしまった。体に穴のあいた塵芥の塊となって街をさ迷い、出会った人々を通り魔的に窒息させた。町中が埃臭くなり最悪だったがそういうのは日常茶飯事だ。この町ができたころからどこかでこれと同じか、それよりひどい出来事が毎日発生しており、住民はテレビやラジオでその結末を知るだけだ。自分が遭遇するかもなんて夢にも思わない。
 マリアはジャックと〈白ライオン亭〉にいるときに、付けっぱなしになっているテレビを見ていると、〈灯し主の短剣〉を激しく批判する、退魔師団のリヒター司祭長が映っていた。まだだいぶ若い、コドニア系の女性だった。「ブラックモアのやつも車に轢かれてそのままおだぶつ、魔女もろとも漂ってればよかったんじゃ」マリアは床に落ちていたメンソール系の煙草に火をつけて咳き込みながらそれを見た。「あやつも含めて、〈灯し主の短剣〉のやつらはまさに鈍らぞろいじゃよ。所詮は外注のサラリーマンどもに完璧な仕事なぞ期待できぬ」
 インタビュアーが「やはり不満が(ある)?」と聞くと司祭長は仏頂面で頷いた。
 そのあと、退魔師たちがカメラを連れて道を歩くシーン。司祭長はまだ、意欲がないとか雑とか、〈灯し主の短剣〉社を批判し、そのあとは〈銀の教団〉のことを、「粗雑な北方人」と呼んで憚らなかった。同じカテゴリの魔物を狩る集団同士が大抵犬猿の仲なのは、ロウサウンド住民にとっては周知の事実であり、そのさまは名物の一つだ。ただ、彼らはパフォーマンスではなく実際に相手組織を本気で嫌っている場合が多く、過去には魔物狩り同士での抗争、内乱がいくつか起きてすらいた。
 そのあと、窒息した死体を運ぶ〈ソーン埋葬隊〉の棺桶係から情報を聞いて、魔女の霊を探す辺りでジャックとマリアは店を出て、別なところで飲みなおすことにした。

 海沿いの花壇街からすこし内陸方面へ入ると、すぐに線路や道路や水道管や電線が絡みつく、要塞みたいな建造物が建ち並んでいる。勝手に窓とか壁に開けた穴に橋を架けて新しい道が生まれる。そのさまは蔓植物が繁茂するのに似ている。ファーゼンティアではさらに顕著で、初めに災厄を逃れた人々が城壁を築き、その中が一杯になると、さらに外側に新たな城壁を築き……それを繰り返して同心円状に恐ろしい密度で、どんどん膨れ上がっていく。いずれ北部は都市に多い尽くされるだろう。やがては南方と帝都とファーゼンティアの都市群が一つになり、海上にまでそれらは侵食する。地上のすべてが都市に覆われるのだろう。また災厄が起こって竜が暴れ、狂った魔術が吹き荒れない限りは。
 陸橋を渡って繁華街の方面へ行くと、とたんに毒々しくネオンサインが輝いている。酔客たちが野放図に動く。電車が、ばかでかい音を立てて建物の隙間を掻き分けるように進む。電機屋の店先に並んだテレビで、外郭に偏西獣が現れ、狩人たちが討伐したと伝えられている。拡声器で〈万物会〉の信者が〈拓きしもの〉の教義を唱えているがそれはほとんど魔導師の呪文と同じく、意味を成していないように聞こえた。
 手ごろな酒場に入ると、ほとんど満員だが、歪なコの字型の店内には二人ぶんの席はなんとか残されていた。入ってから気づいたが、店の奥の出口は駅と繋がっており、近道で通る人間がだいぶ店内の面積を狭めていた。店内が妙なところに繋がっているのはよくある話だ。設計上の欠陥に思えるが、設計なんて誰もしてないのでそうではない。アーシャがこの前、ドロウレイスに滞在していたときの話をしてくれたが、かの町は恐ろしい混沌が支配している。花屋の床に開いた穴が誰かの家の二階に繋がっていたり、喫茶店の奥の扉が銭湯の入り口だったりする。手術室と下水道が、市民会館と魚屋が、娼館と図書館が繋がっている。日の当たらない雑多な町にいきなり大穴が開いて、太陽の光が降り注ぎ、直径五百メートルほどのその穴の下にだけ植物が生い茂っている。
 二人は他の客の話を肴にして、薄いビールを飲んだ。後ろの席の男は軍の兵士らしかったが、素行不良で除隊間際だった。話している相手は燃素工場の魔導師で、今の仕事をやめたがっていた。
 ジャックは、職場の上司が蟲に寄生されとんでもないことになったという話をしてくれたが、マリアは気分が悪くなり、途中で遮った。
 帰り道。マリアは腕の見せ所だと思った。彼女が自負する才能だ――なんとなくの方向感覚だけで、目的の場所にたどり着くことができるのだ。この日も、だいぶ酔っていたのにも関わらず、気がつくと家にいた。これも数世紀に渡ってこの都市で暮らす人間が、培ってきた進化なのかもしれない。
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