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4 Calamity Karen

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 ジャックがギターを買ったと聞いてさっそく音を出してみることになった。三十分単位で予約できる、安くて設備がボロく、汚いスタジオにやって来ると、入り口の前には酒瓶を抱えて地べたで眠っている男がいて、それが店長だった。まだ若そうだが、髪は半ば白く、伸び放題の髭もそうだった。予約した旨を伝えると相手は胡乱に頷いて、「ああ、五番に入りな」と言い、また酒を飲んで寝てしまった。
 五番へ行くと別の客がまだ入っていて、怪訝な顔で二人を見た。オレンジがかった金髪を脇で纏めた、ハイスクールの生徒といった感じの少女だ。目つきが悪く、機嫌も悪そうで、楽器も持たず、マイクもセッティングせずに、椅子に座ってただ佇んでいるだけだった。
「恐らく我々の番だと思うのですが?」ジャックが言った。
「気にせず初めてくれて構わないわ」と床に視線を下ろして少女は言う。
「どういうこと? オーディションでもするつもり?」マリアは聞くが、ジャックは構うことなくギターのセッティングを開始した。
 取り出した〈クイックシルバー〉は電気ではなく赤い精霊鉱石によって魔術的に音を増幅し、持ち主が生体エーテルをもってして音色を変える代物だった。到底電気式のギターより扱いづらく、ジャックがこれを選ぶとはなにかの理由が――いやいたずらにだな、とマリアは思った。
「どこで買ったの? 中古屋?」
「そうです。駅裏のガラクタ屋で」傍らにあった増幅機にギターを接続しながらジャックが言う。「一万サンほどで買えました。あたしは魔術的センスはまあまああるほうだと自負しているので、電気式よりこちらのほうがいいと判断したのです」
「少しばかり茨の道だけれどね」少女が言った。「都市の中だと結界が音に影響を及ぼすし、普通は酒場とか劇場とかも個別の結界入れてるからだいぶ音が死ぬのよ」
「本人が魔法に熟達してれば減衰に対抗できる? 出力上げまくれば」マリアが尋ねる。
「それだと音が汚くなるわ。意図的にそういう音を出す人もいるけど。あとあんまりエーテル量上げすぎると警察来るし」
「音が出ない。壊れてるのではないかと危惧してしまうんですが」ジャックが増幅機とギターをいじりながら言う。
「ああ」少女はアンプに近づいて、「多分反応液が切れてるんだわ。自販機で買って来ないと」
「それって普通店が補充するんじゃないの」とマリア。
「ラモンのおっさんにそういうのを期待しちゃいけないわ。サービス精神を。ここ以外の部屋なんてマトモに音すら出ないんだから」
 ジャックが反応液を買ってきて補充し、電源を入れると辺りの空気が震え、マリアは鳥肌が立つのを感じた。精霊鉱石によって増幅された音は空気だけでなくエーテルの波としても伝わってくるため、頭の中で奇妙に鳴る。例えるなら自分自身の声みたく。これが合わないという人間にはとことん合わないし、頭に馴染むという人もいる。
 ジャックはもちろんまったくギターを弾けないので、本当に「音を出す」だけで今日のところは終わった。部屋を出て、ようやく意識を取り戻し一服していたラモン店長へ代金を払い、〈白ライオン亭〉へと移動したが、なぜか少女も付いて来た。
「それで、君はいったい誰」席についてコーラを注文したところでようやくマリアは問いかけた。
「わたしは〈カラミティ・カレン〉。そう呼ばれていたわ」
「〈災厄(カラミティ)〉? 一体なぜそんなあだ名が?」ジャックがグラスを口につけたまま聞く。
「〈カラミティ・フロント〉っていうバンドのボーカルだったからよ。もっとももう解散したけど。さっきあんたたちが来る前に。だからあんたたちのバンドに潜り込みたいんだけど」
 マリアがなぜ解散したのかと尋ねると、活動実態がないまま、他のメンバーであるカレンの後輩二人が、進学で町を出るからという答えだった。
 その空中分解的な結末を気に入ったマリアが、カレンにベースかドラムを頼みたいと言うと、彼女は二つ返事で承諾し、それから数週間連絡は取り合わず、活動実態は相変わらずない。
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