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46 Drunk

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 何か有名らしいバンドのメンバーと街で遭遇した。マリアが大学の近くの路上を歩いていると、無精ひげを生やしたさえない三十歳くらいの人物がいて、彼とすれ違った二人組の少女のうち片方が、「あ、〈○○・○○〉(バンド名らしい)のギターの○○さんじゃないですか!」といきなり言った。もう片方の少女も「ア、本当だ! すごい! サインください! サイン! あ、でも色紙がないや! 手に書いてください!」と半ば絶叫に近い声を上げて、○○さんは困惑しながら二人の手のひらに名前を書いて、立ち去った。そのあと、絶叫していたほうの少女はもう一人に「あの人、有名な人?」と聞いた。もう一人は「うん、〈○○・○○〉のギターの○○さんだよ。たぶん。もしかするとベースの□□さんだったかもしれないけど」と答えた。二人はそのあと無表情で歩いて行った。

 清風三十七年の春から夏にかけて、マリアは大学に復帰し始め、同時に居酒屋でバイトし始めた。最も大変だったのは嘔吐する客が予想以上に多かったことだ。トイレのみならず廊下や、もっとひどいときにはテーブルにそのまま吐瀉する者がいて、掃除するとき自分も吐きそうになり、これはゲロじゃなく泥だ、石灰泥だと言い聞かせながらつとめて無感情でやった。
 ホールスタッフにマリア・ロッシやアーシャじみただめな感じの女性がいて、今度はあまり近づかないようにしようと思ったら、その人がある日恋人をアイスピックで刺してやめていった。酔っ払った客の中にも暴れる人が多くいて、何度か警察を呼んだ。他のテーブルの客に絡んで暴行を加えたおっさんがいて、当然御用となったが、被害者の大学生、そのおっさん、呼んだ警察官、スタッフ一同が誰も同じような、情けなく困惑して、うんざりした顔だったので、マリア一人だけがなんだか面白くなりにやにやしてしまい、料理長から不謹慎だと怒られた。その後、飲み屋のバイトは夏前にもうやめた。
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